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四章
4、日なたの中で
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「あの、重いでしょ?」
「お小さい頃に比べれば、当然成長なさっていますから」
アレクの低い声が、私の胸元に響くから。どきどきしてしまう。
「重くなっていて当然ですし。そのことが嬉しいですよ」
女性を褒める言葉ではないけれど。でも、アレクの心はまっすぐに、曇りもないこの青空のように伝わってくるから。わたしはこくりとうなずいた。
アレクは、わたしのインクで染まった指を見つめた。
洗っても取りきれないから、恥ずかしくて。わたしは指を丸めようとしたら「手を離すと危ないですよ」と言われてしまった。
「そういえば、執事が姫さまのことを褒めていましたよ。最近は、王室に届けられる手紙の返事を、姫さまも書いていらっしゃると」
「え、うん。そうなの。お父さまにはなかなかその時間が取れないし、お母さまだけでは到底お返事しきれないから」
そう。うちには年間でとてつもない量のお手紙が届く。中には子どもの可愛らしいお手紙もあるし、慈善団体や学術団体から寄付を募るものもある。
お父さまに相談して、その結果をお母さまといっしょに書くのが今のわたしの務め。
王族の一員として、教養と品位、それから文学的な文章でなければならないから。
なかなかに大変なの。
「インクが取りきれないの。きれいな手じゃないから、恥ずかしくって」
「そうですか? とても穏やかな青に染まっていて、悪くないと思いますよ。姫さまの頑張りの跡ですね」
優しい言葉が、やっぱり胸に響いてくる。
アレク、アレク。あなたのレモンの匂いが、この腕が、心が魂が、何もかもが大すきよ。
お母さまみたいにお手紙の返事を書き慣れていないから、すぐに手を汚してしまって。速度も遅いから。
でも、アレクはそんなわたしでも褒めてくれる。
アレクの金色の髪に、わたしは顔を埋めた。花の香りを含んだ涼しい風が、わたしのスカートの裾を撫でていく。
「そんなに顔をくっつけられると、くすぐったいですよ」
「いいの」
困ったように微笑みながら、アレクは片手で花を摘んだ。
そして、わたしの髪にその花を挿してくれる。
「花冠ほど豪華ではありませんが。お似合いですよ」
耳の辺りなんて自分では見えないから、何の花が挿してあるのかはすぐには分からなかった。
でもアレクの背後に、黄色や光の加減によっては金色に見える小花を咲かせた木があったから。その花だと察した。たしか名前はゴールデンシャワー。
「不思議ですね。かつて姫さまが私に宵祭りの『ご招待状』をくださった時には、こんな風に国民への返事を書くようになるとは思えませんでした」
「それは、わたしももう大人だもの」
「あの『ご招待状』は今も、抽斗にしまってありますよ」
「え、うそっ」と、わたしはびっくりして声を上げた。
「だめよ、捨てて。っていうかどうして捨てていないの?」
「姫さまがくださった物は、クレヨンで描いた絵も置いてありますよ」
やめてー。そんなの捨ててしまってよぉ。
わたしはアレクに抱っこされた状態で、足をバタバタ動かした。
「危ないですって。こら、動かないっ」
「もっと上手な絵を描くから。それと交換して」
「無理です。上手な絵を頂けるのでしたら、それも一緒に保管します」
いつまでも幼児の頃の絵を置いておかれると、こっちが恥ずかしいのよ。
なのにアレクったら「毎日のように私の元に持参されていましたからね。むしろ王太子殿下や妃殿下の手元にないのではないですか? ならば私が保存しておかねば」なんて言うんだもの。
「アレクの小さい頃の絵も見せてよ」
自分でも頬がふくらんでるのが分かる。子どもじみているけれど、アレクが悪いのよ。
「ないですよ、そんなもの」
「え? なんで?」
「バートさまと同じで、外遊びが多かったので。絵をかくなら、地面に描いていましたね」
確かにバートも土の上に木の棒で絵を描いたりしているわ。用意されたクレヨンは巻き紙もきれいなままで、あまり減っていない。
「地面に描いた絵は?」
「もう二十数年前に、雨で消えたんじゃないですか?」
「もったいない。見せてよぉ」
「無理を言わないでくださいよ。困ったマルティナさまですね」
わたしはアレクの頭を掴んで、ぶんぶんと振った。年の差があるから、わたしばかりが恥ずかしい部分を見せている気がするんだもの。
「お小さい頃に比べれば、当然成長なさっていますから」
アレクの低い声が、私の胸元に響くから。どきどきしてしまう。
「重くなっていて当然ですし。そのことが嬉しいですよ」
女性を褒める言葉ではないけれど。でも、アレクの心はまっすぐに、曇りもないこの青空のように伝わってくるから。わたしはこくりとうなずいた。
アレクは、わたしのインクで染まった指を見つめた。
洗っても取りきれないから、恥ずかしくて。わたしは指を丸めようとしたら「手を離すと危ないですよ」と言われてしまった。
「そういえば、執事が姫さまのことを褒めていましたよ。最近は、王室に届けられる手紙の返事を、姫さまも書いていらっしゃると」
「え、うん。そうなの。お父さまにはなかなかその時間が取れないし、お母さまだけでは到底お返事しきれないから」
そう。うちには年間でとてつもない量のお手紙が届く。中には子どもの可愛らしいお手紙もあるし、慈善団体や学術団体から寄付を募るものもある。
お父さまに相談して、その結果をお母さまといっしょに書くのが今のわたしの務め。
王族の一員として、教養と品位、それから文学的な文章でなければならないから。
なかなかに大変なの。
「インクが取りきれないの。きれいな手じゃないから、恥ずかしくって」
「そうですか? とても穏やかな青に染まっていて、悪くないと思いますよ。姫さまの頑張りの跡ですね」
優しい言葉が、やっぱり胸に響いてくる。
アレク、アレク。あなたのレモンの匂いが、この腕が、心が魂が、何もかもが大すきよ。
お母さまみたいにお手紙の返事を書き慣れていないから、すぐに手を汚してしまって。速度も遅いから。
でも、アレクはそんなわたしでも褒めてくれる。
アレクの金色の髪に、わたしは顔を埋めた。花の香りを含んだ涼しい風が、わたしのスカートの裾を撫でていく。
「そんなに顔をくっつけられると、くすぐったいですよ」
「いいの」
困ったように微笑みながら、アレクは片手で花を摘んだ。
そして、わたしの髪にその花を挿してくれる。
「花冠ほど豪華ではありませんが。お似合いですよ」
耳の辺りなんて自分では見えないから、何の花が挿してあるのかはすぐには分からなかった。
でもアレクの背後に、黄色や光の加減によっては金色に見える小花を咲かせた木があったから。その花だと察した。たしか名前はゴールデンシャワー。
「不思議ですね。かつて姫さまが私に宵祭りの『ご招待状』をくださった時には、こんな風に国民への返事を書くようになるとは思えませんでした」
「それは、わたしももう大人だもの」
「あの『ご招待状』は今も、抽斗にしまってありますよ」
「え、うそっ」と、わたしはびっくりして声を上げた。
「だめよ、捨てて。っていうかどうして捨てていないの?」
「姫さまがくださった物は、クレヨンで描いた絵も置いてありますよ」
やめてー。そんなの捨ててしまってよぉ。
わたしはアレクに抱っこされた状態で、足をバタバタ動かした。
「危ないですって。こら、動かないっ」
「もっと上手な絵を描くから。それと交換して」
「無理です。上手な絵を頂けるのでしたら、それも一緒に保管します」
いつまでも幼児の頃の絵を置いておかれると、こっちが恥ずかしいのよ。
なのにアレクったら「毎日のように私の元に持参されていましたからね。むしろ王太子殿下や妃殿下の手元にないのではないですか? ならば私が保存しておかねば」なんて言うんだもの。
「アレクの小さい頃の絵も見せてよ」
自分でも頬がふくらんでるのが分かる。子どもじみているけれど、アレクが悪いのよ。
「ないですよ、そんなもの」
「え? なんで?」
「バートさまと同じで、外遊びが多かったので。絵をかくなら、地面に描いていましたね」
確かにバートも土の上に木の棒で絵を描いたりしているわ。用意されたクレヨンは巻き紙もきれいなままで、あまり減っていない。
「地面に描いた絵は?」
「もう二十数年前に、雨で消えたんじゃないですか?」
「もったいない。見せてよぉ」
「無理を言わないでくださいよ。困ったマルティナさまですね」
わたしはアレクの頭を掴んで、ぶんぶんと振った。年の差があるから、わたしばかりが恥ずかしい部分を見せている気がするんだもの。
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