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四章
9、アレクのお誘い
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マルティナさまは、希望の本を借りたというのに少しお顔が翳っていた。
「好きじゃなかったんですか? ロマンス小説」
「わたし、まだ少ししか読んでないから。開拓中なの」
「開拓ですか? 姫さまが?」
「難しいわ。同じ作家でも、好きなのと好きじゃないのがあるの」
何を仰っているのかすぐには分からなかったが、遅れて理解が追いついた。
要するに家庭教師に借りた本はお好きだが、その続編はお気に召さなかったらしい。
一瞬、姫さまが鉈や刃物を持って、木々の枝を払ったり草を刈ったりする姿を想像してしまったじゃないか。
「その本を読み終わったら、また一緒に図書館に参りましょう」
「いいの? ついてきてくれるの?」
ついてくるもなにも。あなたのいらっしゃるところは、私はお供いたしますよ。
仕事でなくとも、休日でも。それが私の喜びなのですから。
石畳を歩くマルティナさまの足音が、心なしか弾んで聞こえる。
まったく、困った人ですね。
私と共に歩くことを、共に出かけることをこんなにも喜んでくださるのですから。
「少し寄り道をして帰りますか? それともすぐに戻って読書をなさいますか?」
「え? お出かけしてもいいの?」
びっくりなさったように、マルティナさまは目を丸くする。
勉強でお忙しいことが多いから、普段の自由時間は王宮の庭を散策をなさっている。
なかなか外に出ることのない姫さまのために、庭師も心を込めて季節の花をとりどりに咲かせているのだ。
「湖畔を散策しませんか?」
私は提案した。こんな時、自分が護衛の立場でよかったと思う。もし私が貴族というだけの立場であれば、他に護衛をつけなければならないからだ。
クリスティアン殿下の護衛を務めていた頃、結婚前の妃殿下との逢引きに私はよくお供したが。
あれは……なんというか、居心地が悪い。
お二人がいい雰囲気になったり、告白めいたものをしようとすると、そーっと視線を外して気を遣ったものだ。
自分が大気に溶けこんで、存在を消すように心を砕いた。それが主に対する心遣いであると思ったから。
「今から行くの?」
「はい。私と一緒に。少し歩きますが」
「でも、夏至の宵祭りはとうに終わったし。今日は湖畔では何もないわ」
「なくても行くんですよ」
「そ、それは……もしかして」
突然、姫さまはもじもじと体を動かした。
◇◇◇
わたしは借りてきたばかりの本を抱きしめて、アレクの言葉を反芻していた。
もしかして、これはデート?
だってアレクから誘ってくれたんですもの。わたしの公務のお供じゃないんですもの。
いやーん。どうしよう、心の準備ができていないわ。
いきなりのお誘いに、頬がかーっと熱くなる。きっと顔が赤くなっているに違いない。わたしは本で顔を隠した。
思えばわたしからばかり、アレクを誘っていた。
なのに、今日はアレクから言い出してくれたのよ。
「マルティナさま。お顔が見えませんよ」
「見せたくないのですよ、わたくしは」
「言葉遣いおかしいですよ。それにつれないことを仰らないでください」
小さくため息をつくアレク。あきれちゃったかしら。でも、でも……きっと気づいていないのね。わたしが疲れている時は、カフェに一緒に立ち寄ったけれど。
こんな風に何もない、理由もないのにわたしを誘ったことがないってことを。
「他の誰に見せなくとも、この私には見せてくださいますよね」
「……う、ううっ」
うわぁぁ、アレクったら強引よ。恥ずかしい、でも嬉しい。けど恥ずかしい。
心臓は小躍りをしたかのように跳ねているし、でも耳が千切れそうに熱いし。
「どうなさいますか?」
「い、行きます」
「本でお顔を隠していては歩けませんよ?」
そうなの。分かっているの。
わたしはきつく瞼を閉じながら、そーっと本を下ろした。
恐る恐る瞼を開くと、優しく微笑むアレクがわたしの顔を覗きこんでいたの。
あ、だめ。まぶしすぎるわ。逆光のせいでアレクの金髪が煌めいているだけじゃないの
なんだか光を散りばめたように、アレクの笑顔がきらきらしているの。
「好きじゃなかったんですか? ロマンス小説」
「わたし、まだ少ししか読んでないから。開拓中なの」
「開拓ですか? 姫さまが?」
「難しいわ。同じ作家でも、好きなのと好きじゃないのがあるの」
何を仰っているのかすぐには分からなかったが、遅れて理解が追いついた。
要するに家庭教師に借りた本はお好きだが、その続編はお気に召さなかったらしい。
一瞬、姫さまが鉈や刃物を持って、木々の枝を払ったり草を刈ったりする姿を想像してしまったじゃないか。
「その本を読み終わったら、また一緒に図書館に参りましょう」
「いいの? ついてきてくれるの?」
ついてくるもなにも。あなたのいらっしゃるところは、私はお供いたしますよ。
仕事でなくとも、休日でも。それが私の喜びなのですから。
石畳を歩くマルティナさまの足音が、心なしか弾んで聞こえる。
まったく、困った人ですね。
私と共に歩くことを、共に出かけることをこんなにも喜んでくださるのですから。
「少し寄り道をして帰りますか? それともすぐに戻って読書をなさいますか?」
「え? お出かけしてもいいの?」
びっくりなさったように、マルティナさまは目を丸くする。
勉強でお忙しいことが多いから、普段の自由時間は王宮の庭を散策をなさっている。
なかなか外に出ることのない姫さまのために、庭師も心を込めて季節の花をとりどりに咲かせているのだ。
「湖畔を散策しませんか?」
私は提案した。こんな時、自分が護衛の立場でよかったと思う。もし私が貴族というだけの立場であれば、他に護衛をつけなければならないからだ。
クリスティアン殿下の護衛を務めていた頃、結婚前の妃殿下との逢引きに私はよくお供したが。
あれは……なんというか、居心地が悪い。
お二人がいい雰囲気になったり、告白めいたものをしようとすると、そーっと視線を外して気を遣ったものだ。
自分が大気に溶けこんで、存在を消すように心を砕いた。それが主に対する心遣いであると思ったから。
「今から行くの?」
「はい。私と一緒に。少し歩きますが」
「でも、夏至の宵祭りはとうに終わったし。今日は湖畔では何もないわ」
「なくても行くんですよ」
「そ、それは……もしかして」
突然、姫さまはもじもじと体を動かした。
◇◇◇
わたしは借りてきたばかりの本を抱きしめて、アレクの言葉を反芻していた。
もしかして、これはデート?
だってアレクから誘ってくれたんですもの。わたしの公務のお供じゃないんですもの。
いやーん。どうしよう、心の準備ができていないわ。
いきなりのお誘いに、頬がかーっと熱くなる。きっと顔が赤くなっているに違いない。わたしは本で顔を隠した。
思えばわたしからばかり、アレクを誘っていた。
なのに、今日はアレクから言い出してくれたのよ。
「マルティナさま。お顔が見えませんよ」
「見せたくないのですよ、わたくしは」
「言葉遣いおかしいですよ。それにつれないことを仰らないでください」
小さくため息をつくアレク。あきれちゃったかしら。でも、でも……きっと気づいていないのね。わたしが疲れている時は、カフェに一緒に立ち寄ったけれど。
こんな風に何もない、理由もないのにわたしを誘ったことがないってことを。
「他の誰に見せなくとも、この私には見せてくださいますよね」
「……う、ううっ」
うわぁぁ、アレクったら強引よ。恥ずかしい、でも嬉しい。けど恥ずかしい。
心臓は小躍りをしたかのように跳ねているし、でも耳が千切れそうに熱いし。
「どうなさいますか?」
「い、行きます」
「本でお顔を隠していては歩けませんよ?」
そうなの。分かっているの。
わたしはきつく瞼を閉じながら、そーっと本を下ろした。
恐る恐る瞼を開くと、優しく微笑むアレクがわたしの顔を覗きこんでいたの。
あ、だめ。まぶしすぎるわ。逆光のせいでアレクの金髪が煌めいているだけじゃないの
なんだか光を散りばめたように、アレクの笑顔がきらきらしているの。
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