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四章
10、手をつないで
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そーっと本を持つ手を下ろすと、アレクがわたしに手を差し伸べてきた。
「あの、これは?」
「恋人は手をつなぐものではないですか?」
恋人。恋人ってわたしのこと?
アレクは、わたしのことを恋人って思ってくれているの?
図書館で借りたばかりの本を落としそうになって、あわあわしていると、本当に地面に落ちてしまった。
ああ、いけないわ。自分の本じゃないのに。
けれど次の瞬間、アレクが寸前で受け止めてくれたの。
「借り物を汚してはいけませんよ」
「は、はい」
さっきの「恋人」という言葉が頭の中を支配して、わたしは呆然とアレクを見上げた。
「どうかなさいましたか?」
「あのね、もう一度言ってほしいの」
「借り物を汚してはいけませんよ?」
「その前」
「いけませんね」
もう。ちがうの、ちがうんだったら。
子どもっぽいけれど、わたしは唇をとがらせてアレクを睨みつける。
草や木々の隙間から、小さくきらきらと湖が見えている。
かつてアレクと一緒に宵祭りに行った湖が、夏の頃よりもうんと深い青に染まって見えた。
「すみません。意地悪をしてはいけませんね」
ふいにアレクが少し腰を落とした。そして、わたしの耳元に口を寄せたの。
「マルティナさまは私の恋人なのですから。手をつなぎたいと思ったのですよ」
「……っ」
低く、でも甘く囁かれて。わたしは背筋がぞくぞくした。
どこかの枝で果実が熟しているのかもしれない。風に乗って、たいそう甘い匂いが流れてきた。
花の香りよりももっと深くて、濃くて。その芳醇な香りに後押しされるように、わたしはアレクに手を差し出した。
◇◇◇
おそらくは初秋に実る黄金色のプラムが、熟しきりくさむらにぽとりと落ちたのだろう。
濃厚な甘さがマルティナさまの背後から漂っている。
いつもは清純な花の香りに包まれる姫さまが、まるで本当の大人になったかのように思えた。
「少し我慢なさってください」
「え?」
差し出された華奢な手を……指先が青く染まったままの手をぐいっと引っ張る。
私は手にした本ごと、姫さまを抱きしめた。
あなたを抱っこすることは何度でもあった。そう、幼少の頃も少女になってからも。
だが、こんな風に恋人として抱きしめることは初めてかもしれない。
片腕でもすっぽりと収まってしまう細い体。それでも女性らしい柔らかさが私の腕に胸に伝わってくる。
「アレ……ク?」
「お静かに」
私が優しく命じると、姫さまはすぐに口をつぐまれた。湖畔に寄せる静かな波の音、風に揺れる木々の葉、小鳥のさえずり。そして姫さまの心臓の音ばかりが聞こえてくる。
秋風が撫でるマルティナさまの柔らかな髪を指で触れ、そして緊張している頬をてのひらで撫でる。
姫さまはわたしのてのひらに頬を寄せた。そしてうっとりと瞼を閉じる。
そんな風に安心されてしまうと、ほんの少し困りますね。
保護者的な立ち位置と、あなたを想う男性としての立場。その両方で揺れ動いていることを、あなたはご存じないでしょう?
それでも、と私は小さく微笑む。
こんな風に両方の立場を経験できるのは、私だけなのではないだろうか。それは私だけに許された「特別」なのではないだろうか。
とても速い姫さまの鼓動は、すでに落ち着いている。
「アレク……だいす」
言葉の途中で、姫さまの唇を軽くふさぐ。柔らかな唇にそっと触れるように。
突然のキスに姫さまは瞼を開き、そして心臓を盛大に跳ねさせた。
「私の言葉を奪うおつもりですか?」
「え、あの」
「心より愛しております。マルティナさま」
「あの、これは?」
「恋人は手をつなぐものではないですか?」
恋人。恋人ってわたしのこと?
アレクは、わたしのことを恋人って思ってくれているの?
図書館で借りたばかりの本を落としそうになって、あわあわしていると、本当に地面に落ちてしまった。
ああ、いけないわ。自分の本じゃないのに。
けれど次の瞬間、アレクが寸前で受け止めてくれたの。
「借り物を汚してはいけませんよ」
「は、はい」
さっきの「恋人」という言葉が頭の中を支配して、わたしは呆然とアレクを見上げた。
「どうかなさいましたか?」
「あのね、もう一度言ってほしいの」
「借り物を汚してはいけませんよ?」
「その前」
「いけませんね」
もう。ちがうの、ちがうんだったら。
子どもっぽいけれど、わたしは唇をとがらせてアレクを睨みつける。
草や木々の隙間から、小さくきらきらと湖が見えている。
かつてアレクと一緒に宵祭りに行った湖が、夏の頃よりもうんと深い青に染まって見えた。
「すみません。意地悪をしてはいけませんね」
ふいにアレクが少し腰を落とした。そして、わたしの耳元に口を寄せたの。
「マルティナさまは私の恋人なのですから。手をつなぎたいと思ったのですよ」
「……っ」
低く、でも甘く囁かれて。わたしは背筋がぞくぞくした。
どこかの枝で果実が熟しているのかもしれない。風に乗って、たいそう甘い匂いが流れてきた。
花の香りよりももっと深くて、濃くて。その芳醇な香りに後押しされるように、わたしはアレクに手を差し出した。
◇◇◇
おそらくは初秋に実る黄金色のプラムが、熟しきりくさむらにぽとりと落ちたのだろう。
濃厚な甘さがマルティナさまの背後から漂っている。
いつもは清純な花の香りに包まれる姫さまが、まるで本当の大人になったかのように思えた。
「少し我慢なさってください」
「え?」
差し出された華奢な手を……指先が青く染まったままの手をぐいっと引っ張る。
私は手にした本ごと、姫さまを抱きしめた。
あなたを抱っこすることは何度でもあった。そう、幼少の頃も少女になってからも。
だが、こんな風に恋人として抱きしめることは初めてかもしれない。
片腕でもすっぽりと収まってしまう細い体。それでも女性らしい柔らかさが私の腕に胸に伝わってくる。
「アレ……ク?」
「お静かに」
私が優しく命じると、姫さまはすぐに口をつぐまれた。湖畔に寄せる静かな波の音、風に揺れる木々の葉、小鳥のさえずり。そして姫さまの心臓の音ばかりが聞こえてくる。
秋風が撫でるマルティナさまの柔らかな髪を指で触れ、そして緊張している頬をてのひらで撫でる。
姫さまはわたしのてのひらに頬を寄せた。そしてうっとりと瞼を閉じる。
そんな風に安心されてしまうと、ほんの少し困りますね。
保護者的な立ち位置と、あなたを想う男性としての立場。その両方で揺れ動いていることを、あなたはご存じないでしょう?
それでも、と私は小さく微笑む。
こんな風に両方の立場を経験できるのは、私だけなのではないだろうか。それは私だけに許された「特別」なのではないだろうか。
とても速い姫さまの鼓動は、すでに落ち着いている。
「アレク……だいす」
言葉の途中で、姫さまの唇を軽くふさぐ。柔らかな唇にそっと触れるように。
突然のキスに姫さまは瞼を開き、そして心臓を盛大に跳ねさせた。
「私の言葉を奪うおつもりですか?」
「え、あの」
「心より愛しております。マルティナさま」
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