厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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離れても想いはめぐる蔦の章

幕間 猜疑は巡る

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 第二王子サイラスは、神殿の高い天井を思い浮かべていた。
 白い石で組まれた回廊、その奥にあるという禁じられた書物。
 実物を見たことはない。中身も知らない。
 だが、それでも胸の奥に刺さる棘のような違和感だけは、日に日に鋭くなっていた。

 ――神殿は、何かを隠しているな。

 それは確信というより、長年培われた猜疑心に近い。
 神殿はこれまで、サイラスに寄り添うふりをしてきた。
 だが、それはサイラスが神殿にとって利する者であるということに過ぎない。

 禁書があるらしい、という噂を最初に耳にしたのは偶然だった。
 酔った下級神官の独り言。
 すぐに口を噤んだその様子が、かえって胡散臭さを際立たせた。
 もし、ただの古文書や無害な伝承であるなら、そこまで怯える理由はない。
 王家に、いや、自分にとって不都合な何かが書かれているのではないか。
 考えがそこに至ると、胸の奥が冷たくざわついた。
 自分に知らされていない、という事実そのものが、サイラスの神経を苛立たせる。

 ――それはきっと、いざという時こちらを縛るか、脅かすための切り札に違いない。
 サイラスは胸中で、そう結論づける。

(兄上には、わかるまい)
 サイラスは、唇の端をわずかに歪めた。
 正王妃の子として、生まれた瞬間から第一王子として遇されてきたアルベルトには。
 自分は側妃の子として貶められ、必死に計算し、疑って、ここまで来た。
 最初から既に評価を得ていた兄を、自分がされたのより激しく貶め踏みつけさせた。
 そうして、次期王の地位を掴み取った自分の現在。
 自分の方が優れているとどれだけ思っても、その差は、彼の中でいつまでも疼いている。

 だからこそ、神殿の沈黙が怖い。見えない刃を、こちらに向けて隠している気がしてならない。
 サイラスは、静かに視線を上げた。
 禁書が本当に存在するのかどうか。
 まずは、そこからだ。

 サイラスはリリアーナを呼び寄せた。
 楽しげに、まるで遊びに誘われた子供のような顔で、彼女は近づいてくる。
「なあ、リリアーナ。神殿に、禁書があるらしいんだ」
「禁書?」
 彼女の瞳が、きらりと光る。

「どうやら神官長は、俺たちに対して秘密をお持ちのようでね」
「まあ……いけないわ」
「そうだね。だから、そんなものが本当に存在するのかどうかだけでもわかればいいんだ。無闇に神官長を疑いたくないからね」
 サイラスの声音は穏やかだった。命令というより、軽い頼み事のように。
 だが、その奥にある計算を、彼女が読み取る必要はない。
「面白そう」
 リリアーナは、ぱっと笑った。
「まるで隠密ね」
 くすくすと笑いながら、彼女は手を口元に当てた。
 サイラスはその髪に軽くふれる。手入れの行き届いた、金色の髪。
「次期王妃で聖女と呼ばれる、神殿からの信頼の厚い君に頼みたいんだよ」
「サイラス様ったらお上手なんだから。神官長様を当たればいいのかしら」
「……ああ。あの方は、美しいものにとても弱くていらっしゃるからね」
 実際、王都の神殿に施しを求めて訪れた孤児たちのうち、顔の綺麗な者は拾ってもらえる――などと、噂になっているらしい。
 拾われた先で、どういう扱いをされるのか。知れたものではないが。

 リリアーナが成功するかどうかは問題ではない。
 神殿が何を恐れ、何を守ろうとしているのか。その輪郭が少しでも見えれば、それでいい。
「ええ、任せてくださいな」

 軽やかに答えるリリアーナを見送りながら、サイラスは胸中で冷笑した。
 使えるものは使う。
 それが、彼の流儀だった。

 リリアーナがその腕にしなだれかかる。
「お父様も、神殿からのお知恵のお陰で、仕入れていた魔晶石の屑石の処理方法が見つかったって、ご機嫌ですわ。これでサイラス様のお役に立てるって」
「……ふむ」
 その言葉に、サイラスはふと耳を留めた。
「俺のため……と、公爵は言ったのかな」
「ええ。……内緒ですけれど。実は……北の辺境の魔獣にね……」

 リリアーナはそっと、甘やかな声でサイラスの耳元に囁く。
 しばらくその言葉を聞いて――サイラスは笑ってリリアーナを抱き寄せた。

「ありがたいことだ。公爵の献身に、よく礼を言わなければな」
 
 甘く高い笑い声が響いた。
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