【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~

Lihito

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スローライフ未遂

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死ぬ瞬間、俺が思ったのは「やっと休める」だった。

三十二歳。システムエンジニア。
残業月二百時間。休日出勤当たり前。有給なんて都市伝説。

その日も徹夜明けだった。
朝の電車、立ったまま意識が飛んで——気づいたら線路に落ちていた。

ホームの悲鳴。迫ってくるライト。

(ああ、やっと……)

——のんびり、できる……

***

目が覚めたら、赤ん坊になっていた。

最初は夢かと思った。
でも、おむつを替えられる感覚がリアルすぎて、夢じゃないと悟った。

どうやら、異世界に転生したらしい。

名前はノア・ヴェルディス。辺境伯家の三男。
上に兄が二人いる。長男アルベルトは武勇に優れ、次男イアンは頭が切れる。
俺は——特に何もない。才能もなければ、野心もない。

(いいじゃないか)

赤ん坊ながら、俺は安堵した。

三男。継承権は遠い。期待もされない。
つまり——自由だ。

(今度こそ、のんびり生きよう)

そう決めた。

***

十六年が経った。

俺の生活は、概ね計画通りだった。

勉強は適度にサボり、剣術は下の中をキープ。目立たず、期待されず、放置される。
たまに本を読んで、庭を散歩して、昼寝をする。

(これだよ、これ)

前世で味わえなかった「何もしない贅沢」を、存分に楽しんでいた。

——問題が起きるまでは。

「ノア様、お父様がお呼びです」

使用人に呼ばれて、父の書斎に向かった。

嫌な予感がした。
父が俺を呼ぶなんて、年に一度あるかないかだ。

書斎に入ると、父——辺境伯レオンハルトが座っていた。
その隣には、兄二人の姿もある。

「来たか、ノア」

「……はい」

空気が重い。何かあったのは明らかだ。

「単刀直入に言う。お前に領地を任せたい」

「は?」

「北の端、クロウゼン領だ。荒れた土地だが、お前に管理を任せる」

俺は固まった。

領地を任せる? 俺に?
いやいや、それは兄たちの役目だろう。俺は三男だぞ。

「……なぜ、俺に」

父が眉をひそめた。

「アルベルトとイアンは、主要な領地を巡って争っている。クロウゼンは誰も欲しがらない。だから、お前だ」

なるほど。
押し付けられたわけか。誰も欲しがらないゴミを、一番下の俺に。

長男アルベルトが鼻で笑った。

「まあ、ノアにはちょうどいいだろう。何の取り柄もないんだから、荒れ地でも管理してろよ」

次男イアンは何も言わなかった。ただ、俺を値踏みするような目で見ている。

(……面倒くさい)

断りたい。
でも、断ったらどうなる?

きっと、また別の面倒事に巻き込まれる。
兄たちの争いの駒にされるか、どこかの貴族に養子に出されるか。

それなら——

「……分かりました」

「何?」

「クロウゼン領、引き受けます」

父が驚いた顔をした。兄たちも。

「いいのか? あそこは本当に何もないぞ」

「構いません。静かに暮らせるなら」

俺は頭を下げた。

(辺境の端っこか。悪くない)

誰も来ない。誰も期待しない。
まさに、俺が求めていた環境だ。

***

一週間後、俺はクロウゼン領に着いた。

「……ひでえな」

第一印象は、それだった。

灰色の空。荒れた大地。寒風が吹き付ける。
建物はボロボロ。道は泥だらけ。

「ノア様、こちらでございます」

出迎えたのは、老執事のセバス。
白髪で痩せているが、目に力がある。この荒れた土地を、一人で守ってきた人間の目だ。

「よろしく、セバス」

「はい、ノア様。何なりとお申し付けください」

館に入る。
中も外と同様、荒れていた。でも、掃除だけはされている。

「他に人は?」

「メイドが一人と、警備の者が数名。それだけでございます」

「住民は?」

「百人ほど。大半が老人と子供です」

百人か。少ないな。

俺は窓の外を見た。
荒れた土地が広がっている。

その時——視界が変わった。

これは、いつからか使えるようになった力。
物事の「構造」が見える。問題点が、図解のように浮かんでくる。

今、この土地を見ると——

【クロウゼン領の問題構造】
├─ 水不足(井戸の位置が悪い)
├─ 土壌劣化(輪作をしていない)
├─ 人口流出(若者に仕事がない)
└─ 悪循環(上記が連鎖して悪化)

全部、繋がっている。
一つを直せば、連鎖的に改善する可能性がある。

(面白いな)

いや、待て。
俺はのんびり暮らしたいんだ。領地経営とか、面倒なことはしたくない。

「……セバス」

「はい」

「俺は特に何もしない。今まで通り、お前が管理してくれ」

セバスが少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「かしこまりました」

よし。これでいい。
俺は余計なことはしない。静かに暮らす。それだけだ。

(まあ、問題があっても知らん。俺の仕事じゃない)

そう思っていた。
——翌日まで。

***

翌朝、俺は叫び声で起こされた。

「大変です! 井戸が!」

飛び起きて窓を見ると、住民が集まっている。
何事かと思って外に出た。

「どうした」

「若様! 井戸が枯れてしまって……」

老婆が泣きそうな顔で言った。

「今朝から水が出ないんです。これじゃ生活できない……」

俺は井戸を見た。
構造把握が発動する。

【井戸の問題】
├─ 水脈の位置がズレている
├─ 元々の掘り方が浅い
└─ 別の場所に豊富な水脈あり(北東50m)

見えた。
解決策も見えた。

(でも、俺がやることじゃないよな……)

セバスを呼ぼうとした。
でも、老婆の顔を見て、足が止まった。

絶望した顔。諦めた顔。
前世で、鏡の中に見た顔と同じだ。

「……ここで何もできない」
「……どうせ誰も助けてくれない」

そう思い込んで、諦めて、朽ちていく。
俺も、そうやって死んだ。

(見て見ぬふりは……できねえな)

自分でも意外だった。
でも、体が動いていた。

「セバス、スコップを持ってこい。あと、人手を三人」

「ノア様?」

「井戸を掘り直す。場所はあっちだ」

俺は北東の方角を指さした。

「あ、あの、若様。そちらには何もないかと——」

「いいから。やってみろ」

***

半日かけて、新しい井戸を掘った。

「出た! 水だ!」

作業員が歓声を上げた。

予想通り——いや、構造把握の通りだった。
豊富な水脈に当たり、勢いよく水が湧き出してくる。

「若様、すごいです! なぜ場所が分かったんですか?」

「……勘だ」

「勘だけでここまで正確に?」

「運がよかったんだろ」

住民たちが俺を取り囲んだ。
感謝の言葉を口々に言っている。

「ありがとうございます、若様!」

「これで生活できます!」

「本当に、本当にありがとう……」

(いや、そんな大げさな……)

居心地が悪い。
俺はただ、見て見ぬふりができなかっただけだ。

「若様」

振り返ると、メイドの少女が立っていた。
赤毛で、そばかすがある。名前は確か——リリアだったか。

「お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」

カップを受け取る。
温かい。

「若様、すごいですね」

「何が」

「井戸のこと。皆、感動してました」

「……普通だろ」

「普通じゃないですよ」

リリアが笑った。

「前の領主様は、井戸が枯れても何もしてくれませんでした。『自分で何とかしろ』って」

「……そうか」

「若様は、違いますね」

何も言えなかった。

俺は別に、優しいわけじゃない。
ただ、見て見ぬふりが——できなくなってしまっただけだ。

***

それから、問題が次々と持ち込まれるようになった。

「若様、作物が育たなくて……」

構造把握で見たら、土壌の問題だった。
輪作を提案したら、翌シーズンから収穫量が倍になった。

「若様、道が悪くて荷車が通れないんです……」

構造把握で見たら、排水の問題だった。
側溝を掘る場所を指示したら、雨が降っても道がぬかるまなくなった。

「若様、盗賊が出るんです……」

構造把握で見たら、警備の配置が悪かった。
巡回ルートを変えたら、盗賊が寄り付かなくなった。

「……なんでこうなった」

俺は頭を抱えた。

気づけば、一ヶ月が経っていた。
領地は見違えるほど変わっていた。

井戸は三つに増えた。畑は青々としている。道は整備され、治安は良くなった。
住民の顔には、笑顔が戻っている。

「若様のおかげです!」

「若様、すごいです!」

「若様、次はこれを——」

「待て待て待て」

俺は両手を上げた。

「俺はのんびり暮らしたかっただけなんだ。なんで仕事が増えてるんだ」

「でも、若様がやるとすぐ解決するので……」

「だからって持ってくるなよ……」

セバスが咳払いをした。

「ノア様、恐れながら申し上げます」

「なんだ」

「この一ヶ月で、クロウゼン領の生産性は三倍になりました。住民の満足度も急上昇しております」

「……それは、まあ」

「素晴らしいご手腕です。歴代の領主で、これほど短期間に成果を出された方はおりません」

俺は窓の外を見た。

確かに、景色が変わっている。
一ヶ月前の荒れた土地じゃない。活気のある、小さな町になりつつある。

(俺が……やったのか?)

不思議な気分だった。

前世では、どれだけ頑張っても認められなかった。
数字を出しても、成果を上げても、「当たり前だ」で終わった。

でも、ここでは違う。
俺がやったことが、目に見えて形になっている。

「……まあ、悪くないか」

「ノア様?」

「いや、なんでもない」

その時、リリアが部屋に入ってきた。

「若様、お客様です」

「客?」

「本家から、使者が来たそうです」

空気が変わった。

(本家だと?)

嫌な予感がした。

***

使者は、長男アルベルトの側近だった。

「ノア様、お久しぶりです」

名前はドルク。筋肉質で、目つきが悪い。
アルベルト兄上の腰巾着だ。

「……何の用だ」

「クロウゼン領の発展、聞き及んでおります。素晴らしいですな」

嫌味だろうか。そうは聞こえなかった。
むしろ——探りを入れている感じがする。

「で、本題は?」

「単刀直入に申し上げます」

ドルクが書類を取り出した。

「クロウゼン領の産出物について、本家が優先的に買い取る契約を結んでいただきたい」

「……は?」

「市場価格より二割安く、全量を本家に納品する。その代わり、領地の安全は本家が保証する」

構造把握が発動した。

【この提案の構造】
├─ 表向き:保護と引き換えの取引
├─ 実態:クロウゼンの利益を吸い上げる
├─ 背景:アルベルトの継承争い資金が不足
└─ 本音:ノアの成功を潰したい

全部、見えた。

「断る」

「……なんですと?」

「二割安は論外だ。市場価格で取引するなら考える」

ドルクの顔が歪んだ。

「ノア様、状況が分かっておられないようですね。本家の後ろ盾がなければ、この領地は——」

「どうなる?」

俺は椅子に深く座った。

「言ってみろ。どうなるんだ」

「……」

「盗賊でも送り込むか? この一ヶ月で、うちの警備は整った。下手な盗賊じゃ歯が立たない」

「商人を締め出すか? もう複数のルートを確保してる。本家経由じゃなくても売れる」

「武力で脅すか? 辺境伯家が内紛を起こしたら、王家がどう思うかな」

ドルクの顔が青ざめていく。

俺は構造把握で、全ての可能性を見ていた。
どの手を打たれても、対処できる。

「兄上に伝えてくれ」

俺は立ち上がった。

「俺はここで静かに暮らしたいだけだ。邪魔しないでくれるなら、俺も邪魔しない」

「……」

「でも、手を出すなら——容赦しない」

ドルクは何も言わなかった。
ただ、屈辱に顔を歪めて、去っていった。

***

「……若様、大丈夫ですか」

リリアが心配そうに言った。

「何が」

「本家と対立して……」

「対立なんかしてない。断っただけだ」

「でも……」

俺は窓の外を見た。

正直、面倒だった。
俺はただ静かに暮らしたかっただけなのに。なぜ、こうなる。

「若様」

セバスが入ってきた。顔が険しい。

「どうした」

「国境の向こうから、情報が入りました」

「国境?」

「隣国の軍が、集結しているとのことです」

空気が凍った。

「……どこに」

「北の国境沿いに。まだ動きはありませんが——」

「クロウゼンは、国境に近いな」

「はい。もし侵攻があれば、真っ先に——」

「分かった」

俺は椅子に座り直した。

構造把握を発動させる。

【現在の状況構造】
├─ 隣国の軍事行動(目的不明)
├─ 本家の内紛(継承争い)
├─ クロウゼンの急成長(目立ってしまった)
└─ 俺(巻き込まれている)

全部、繋がっている。
俺が目立ったせいで、色々な連中の目に留まってしまった。

「……最悪だ」

「若様?」

「俺ののんびりライフ、どこ行った」

静かに暮らしたかった。
誰にも関わらず、平和に余生を過ごしたかった。

なのに——

「まあ、仕方ねえか」

「え?」

「やるしかないんだろ。この状況」

俺は立ち上がった。

「セバス、情報を集めろ。隣国の動き、本家の動き、全部だ」

「かしこまりました」

「リリア、住民たちに伝えてくれ。何があっても、俺がなんとかするって」

「は、はい!」

二人が出ていった後、俺は一人で窓の外を見た。

荒れた土地だったクロウゼン。
今は、小さいけれど活気のある町になっている。

守らなきゃいけないものが、できてしまった。

「……面倒くせえ」

でも、不思議と嫌じゃなかった。

前世では、守るものなんてなかった。
ただ働いて、消耗して、死んだ。

今は違う。
この土地がある。住民がいる。俺を頼ってくれる人たちがいる。

(まあ、やるか)

のんびりライフは、まだ遠い。
でも——いつか必ず、取り戻してやる。

そのためにも、今は戦わなきゃいけない。

これは、まだ始まりに過ぎない。
彼の「のんびりライフ」は、まだ始まってすらいなかった。

【完】

ーーーーーーーーーー
最後までお読みいただきありがとうございます。
本作は読切として作りましたが、評価や感想などの反応次第で、長編化も考えています。

「領地経営×転生×のんびり成り上がり」がお好きな方は、こちらもぜひ。
→『【完結保証】科学で興す異世界国家~理不尽に死んだ技術者が、科学と運命点で優秀な兄たちを超えて七カ国を統べ、滅びの未来を書き換える建国譚~』
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