異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

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6章 星の降る夜、願いを託したその先で、記憶を失いし少女と出会い、奇妙な共同生活が始まる

第14話

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 耳を刺す轟音。鉄と牙が軋み合う咆哮。闇の中を、幾十もの影が蠢いていた。影は獣の形を取り、血の匂いを撒き散らしながら這い寄ってくる。牙が月光を弾き、爪が火花を散らし、夜そのものが怒りに燃えているようだった。
 その災いに立ち向かう二つの影があった。背中を合わせ、互いの呼吸を確かめ合いながら立つ二人の大人。
 二人の顔は霞んで、よく見えない。ただ、その人達の微笑みだけが、やけに鮮烈に記憶へ刻みつけられていた。

「大丈夫よ」

 その声が確かに、耳の奥で響いた。
 瞬間、少女の身体は光に包まれた。

――光が、降った。

 それは天を裂くような輝きだった。砂を焦がし、夜気を灼き尽くすほどの熱を帯びた閃光が、黒い雲を割って一直線に落ちていく。
 大地が呻き、空が震え、そして少女の視界は純白に塗り潰され、音も、痛みも、温もりも、すべてが遠ざかっていった。


* * *


――冷たい。背中に伝わるのは、硬く冷えた石の感触だった。

 瞼を開けると、視界には灰色の天井。息を吸い込めば、煤と乾いた薪の匂いが肺をくすぐる。かすかに聞こえるのは、炉の中で爆ぜる火の音。世界がゆっくりと形を取り戻していく。

 寝台の傍らでは、女性が突っ伏し静かに眠っていた。その奥、質素な木製のテーブルには、青年が腕を枕にうつ伏せたまま、浅い寝息を立てている。
 二人の間を、焚き火の橙が揺らめき、柔らかな影を壁に映していた。

「……あの」

 掠れた声で呼びかけると、セリカが、ぱちりと目を開けた。

「えっ……あっ、起きたの!」

 その声に反応して、青年――アルトも眠たげに顔を上げる。

「よかった……ほんと、よかった……」

 セリカは息を吐き、胸を撫でおろした。
 身を起こそうとした少女の身体が、かすかに傾ぐ。セリカが慌てて抱き起こした。

「無理しないでね」


「……ここ、は?」

 少女が問いかけ、セリカが答える。

「イーヴェル辺境という何もないところにある家……のような場所でしてよ」

 首を傾げる少女。
 そもそもイーヴェル辺境がどこなのか分からないようだ。

「そんなところに…どうして、私……ここに?」

 その問いに、セリカとアルトはわずかに顔を見合わせた。

「さあな。俺達が戻ってきたら、君が倒れていたのを見つけたんだよ。逆に、なんで君があそこに倒れていたのか知りたいわ」

 少女は唇を噛み、俯く。記憶の底を手探りしても、何も掴めない。名前も、家も、誰の声も――闇に沈んだままだ。

「ごめんなさい……なにも、わからないです。私がそこで倒れていたのか……それどころか、自分の名前すら……」

 言葉の途中で、少女はぽろりと涙を零した。
 頬を伝う雫が膝に落ちる。なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。ただ、胸の奥が切なく、苦しく、疼き、呼吸が震えた。

「……ごめんなさい」

 その小さな声に、セリカは迷うことなく少女を抱きしめた。

「謝らなくてもいいのよ、泣きたかったら、泣いていいのよ」

 その声には、過去の痛みを知る者だけが持つ優しさが滲んでいた。
 セリカも父を暗殺で失い、没落して孤独になってしまったが、生来の気丈さゆえに、一度も泣けなかった。
 だからこそ、いま目の前で泣く少女の気持ちが、痛いほど分かった。

「心配しなくてもいいわよ。あなたの記憶が戻るまで……あなたのご両親が見つかるまで、私があなたを守ってあげますわ」

 その言葉は、凍てついた辺境の空気をも溶かすように柔らかく、炎のように温かかった。
 安堵のせいか、少女のお腹が小さく鳴る。

 アルトが焚き火の傍から立ち上がり、湯気を立てる木椀を差し出した。

「食べられるか? 味は保証しないが、腹は膨れるからな」

 木椀の中には、固くなったパンと薄い塩気のスープ。
 そのスープを一口飲む。氷のように冷え切った身体にゆっくりと染み渡り、まるで失われた心音を取り戻すような温もりをもたらした。

 やがて、セリカが少女の髪を撫でながら言う。

「名前がわからないのは、ちょっと不便ですわよね……」

 ふと、セリカの脳裏に昨夜の「星降の日」の光景が鮮やかによぎった。

「そうだ……“ステラ”ってどうかしら?」

「ステラ?」

「ええ。星を意味する言葉よ。あなたが名前を思い出すまで、その名前で呼んでもいいかしら?」

「ステラ……」

 言葉の響きを噛みしめるように唇に乗せると、少女は微笑み、頷いた。
 まるで新しい自分を受け入れる、小さな儀式のようだった。
 その笑みは夜明けの光のように優しかった。

「ひとまず名前も決まったことだし、今後については飯を食ってから、ゆっくり考えようか……。あっそうだ。俺達の自己紹介がまだだったな。俺の名前はアルト。こっちは……」

「セリカですわ。よろしくね、ステラ」

「アルトーさん、セリカーさん……」

 石造りの部屋に、焚き火の音と人の声が混じり合う。
 それは、この荒れ果てた地では滅多に聴けない――人の営みの音は温かな響きだった。

 まだ“家族”と呼ぶにはあまりに不格好で、寄せ集めのようなものだったが、不毛だった荒れ地に希望を蒔く、三人の奇妙な共同生活の物語が、静かに幕を開けたのであった。
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