異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

文字の大きさ
25 / 32
11章 小さき者の数える声、大地の数え切れぬ恵み、そして風に乗りて商人は笑む

第25話

しおりを挟む
 そして――
 あれほど痩せていた荒れ地の畑に、瑞々しい葉が風に揺れていた。

 陽を浴びたジャガイモの葉は、どこか誇らしげに空を仰ぎ、その根の下では土を押しのけるように丸い実が膨らんでいる。

 掘り返すたび、湿った土の中から転がり出る芋の肌は、光を受けて艶めき、まるで地中から掘り出した小さな宝石のようだった。

「……見事に育ったな」

 アルトの声には驚きと同時に確かな充足の響きがあった。

 荒れ地で作物がこれほど短期間に育つなど、本来あり得ぬことだ。だが、理屈よりも先にこみ上げてくるのは、成功の実感と――そして、腹の虫の声だった。

「食べよう!」とステラが弾むように言った。

 火を起こし、ぱちぱちと火の粉が舞う。
 水でさっと土を洗い落としたジャガイモを皮ごと焚き火に放り込み、直火で焼くのではなく、灰の中に埋めて、蒸し焼き状態にする。

 ジャガイモが灰の中でじりじりと熱が通ってきたのか、焔の匂いに混じって、甘く香ばしい香りがあたりに漂いはじめた。
 頃合いを見て灰を掘り返すと、熱を帯びた芋が顔を覗かせた。

 布でつまみ、皮を剥ぐと、湯気の向こうに黄金色の果肉が現れ、まるで陽光の欠片を手の中に掴んだようだった。

「おおっ……!」

 一同の口から感嘆が漏れる。アルトが毒見役のつもりで手を伸ばしたが、その前にステラがぱくりと一口。

「はふはふ……甘いっ!」

 頬をほころばせた少女の顔に、春の花が咲いたような明るさが灯る。その反応を見て、アルトも続けて口にした。

「っ!?」

 ――味が濃い。土と陽と風、そして汗の匂いがひとつになったような深い甘みが、舌の奥で静かに広がっていく。

「これは塩もバターもいらないな」

 そう笑いながら言ったが、すぐに小さく付け足す。

「……いや、それがあれば、もっと美味くなるな、これは」

 セリカも口にした。先日、試しに煮て食べたあの硬く青臭い種芋とは雲泥の差だ。それよりも、これまで食べてきたものの中で上位に入る美味さだった。たかが芋なのに。

「ねえ、これ……あの時の種芋から育ったものですわよね? どうして、こんなに味が違うのかしら……」

 驚きと喜びが混じったその声をかき消すように、背後から一頭の馬が嘶いた。
 振り返ると、荒地の向こうから荷馬車が姿を現す。

「ラパパパ~ン……やあ、いい匂いがしますね。お久しぶりです、ご領主アルトさま」

 軽やかな声とともに姿を見せたのは、外套を風に翻す行商人――ラパンだった。

 外套の裾には旅の埃がつき、微かに風の匂いを纏っている。
 その笑みは、手練の商人が魅せる愛嬌ある笑顔だった。

「たしか、ラパンだったか。なんで、ここに?」

 男は軽い足取りでアルトたちの元へ近づいてくる。

 風に煽られた外套が、焦げた芋の香りをはらんでひらりと舞う。まるで風そのものが、彼の来訪を連れてきたようだった。

「そりゃあ、アルト様にお会いしたかったからと、何かお困りではないかと、ここまで足を伸ばした次第です。ところで――今、食べているのは、もしかして……」

「ああ、お前さんから譲ってもらったジャガイモだよ」

「へえ。もう収穫できたんですか? 育つまで二月ふたつき三月みつきはかかると聞いていたのですが……確かお渡ししたのは一月ひとつきほど前でしたよね。ずいぶん早い。よほど、ここの地が良かったのですかね」

 灰の中から上がる湯気を見つめながら、ラパンは唇を鳴らした。
 焼けた皮が裂ける音に、鼻腔をくすぐる香ばしさが重なる。腹の底を刺激するその匂いに、彼は思わずごくりと喉を鳴らす

「あの~、アルト様。よろしければ……ご相伴にあずかっても?」

「ああ、構わないよ」

 アルトは焚き火の傍らにあった枝を手に取り、まだ湯気を立てる芋を突き刺してラパンに渡す。
 ラパンはそれを受け取り、フーフーと冷ましては、恐る恐る口にする。舌に触れた瞬間、目が驚きに見開かれた。

「……これは、すごい。都で売れば、普通の芋の十倍の値段がついてもおかしくない。アルト様、これをあるだけ買わせていただけませんか?」

「いや、売りたいのは山々なんだが。まだ数が少ないんだ。今回の収穫分は、次の種芋にするつもりだから、取引するとなると、もう少し増やしてからだな」

「くーっ、それは残念。では、予約させてください。いえ、独占契約を! もし他から取引の話があっても、全部断っていただけるように! 当然、それ相応の取引をさせていただきますので」

「まあ、ラパンが種芋を譲ってくれたからな。その恩を返せれるのなら、そのぐらいなら」

「本当ですか!? では、こちらの契約書をご確認いただき、署名を。あっち契約内容を説明しますと……」

 ラパンは懐から契約書を取り出し広げると、早口で契約内容を説明しながら、ペンを差し出す。
 その滑らかな動きに押され、アルトは思わずペンを受け取り署名をしようとした――が、横からすっと白い手が差し出された。

「お待ちください、アルトさん。契約内容は、もっとよくよくと確認しませんと。少々よろしいですか」

「ああ」

 セリカが冷静に言い放ち、アルトから書面を受け取る。
 その指先が紙を滑るたび、彼女の瞳が淡く光を変えた。長年、悪徳貴族として名を馳せた貴族の背中を見て培った“読む眼”――飾り文句の裏に潜む抜け道を、一瞬で見抜く眼だった。

「この条文……“収穫物の取引価格は相場に応じて調整可能、またそれに従わない場合は違約金を求められる”とありますが、その決定権が、明確に……こちらにはありませんよね?」

「い、いやぁ、それは……その、慣習的な表現といいますか……!」

 ラパンの笑みが引きつる。
 人当たりは柔らかいが、彼はしょせん商人だ。愛想のいい仮面を被り、損得の秤をいつも懐に忍ばせている。
 自分に有利かつ損をしない為の手段は隠し持っている抜け目のない男……そういった人種の特性をセリカは見抜いていた。

「ですが、こちらとしても感謝しております。辺境まで足を運んでくださるご苦労もありますし……。作物は天候などにも左右されますから、この辺りは契約は都度見直しという形で、いかがでしょう? 当然、そちらの不利にならないように、出来る限り努めますので」

 セリカの声は穏やかでありながら、拒絶を許さぬ硬度を持っていた。

 ラパンは悟った。
 眼の前にいる若い娘は一筋縄ではいかぬと。淡々と理の通らぬものを切り落とす冷ややかさがある。
 自分たちのような“泥を踏んで生きてきた者”の習性を知っているのだろう。
 この先を言葉巧みに誘導するのは難題――そう勘が囁いた。

 一瞬の逡巡ののち、彼は苦笑を浮かべ、両手を上げて降参の意を示す。

「ええ、もちろん。確かにその方が良いかと。少々お待ち下さい。条文に追記させていただければと……」

「あ、ついでに、こちらの条文が、少し気になったのですが」

「ああ、それはですね……」

 修正された契約書を再びセリカが確認をする。
 改めて、こちらに大きな不利が無いかを確認しつつ、ラパンの目をちらりと見て、文の隙を探す。
 父から教わった極意のようなものか。嘘をつく者ほど、沈黙の間に目が揺れる――そう、父がよく言っていた。
 一通り確認を終えると、セリカは静かに頷いた。

「これならば、末永くラパン様とは良いお付き合いが出来そうですね」

「ご納得いただけで幸いです。ラパパパーン……」

 セリカはアルトに契約書内容を確認して、アルトの方でも問題が無いようだったら、署名をしても良いと伝えた。

 契約が締結されて一段落する。

「しかし、まあ驚きましたな。アルト様の奥方殿、たいへん聡明なお方ですな。それに、もうこんなに大きなお子さんがいらっしゃるとは!」

 ラパンの何気ない言葉に、セリカとアルトは思わず吹き出してしまう。

「ち、違いますわ! 私はアルトさんの……その、奥方ではなくて……」

 慌てたセリカの頬がほんのり朱を帯びる。
 ラパンは一瞬まばたきし、それから目尻を下げて笑った。

「なるほど、失礼。てっきり――」

 場の空気がわずかに固まりかけたその瞬間、セリカはすぐに微笑みを取り戻した。

「彼とは親同士が古くからの知り合いでして。領地開拓の話を聞いて、勉強がてら手伝いに来たのです。それと……この子は道中で親とはぐれてしまって。放っておけず、連れてきただけのことですわ」

 ラパンはふっと目を細めた。

「なるほど。そうだったのですか。ということは……」

 ラパンは言葉の続きを喉の奥で飲み込んだ。
 ステラが孤児であると察したが、それ以上を問うことは、野暮というものだと心得ていた。商人ではなく、人としての心構えだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー
ファンタジー
王家で育てられた(自称)平民少女が、学園で起こすハチャメチャ学園(ラブ?)コメディ。 同じ年の第二王女をはじめ、優しい兄姉(第一王女と王子)に見守られながら成長していく。 一般常識が一切通用しない少女に友人達は振り回されてばかり、「アリスちゃんメイドを目指すのになぜダンスや淑女教育が必要なの!?」 そこには人知れず王妃と王女達によるとある計画が進められていた! 果たしてアリスは無事に立派なメイドになれるのか!? たぶん無理かなぁ……。 聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ
恋愛
 十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。  元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。  そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。 「陛下と国家に尽くします!」  シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。  そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。  一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...