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第11話 【ボロのロボ】
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「うわわわわわわわわわわわわわわわわ!!」
誰かの絶叫が空間を引き裂くように響いた。
マリンはその声に反応して、ぱっと目を開けた。
「きゃああああああああああああああああああ!!」
気づけば自分も叫んでいた。というよりも、叫ばずにはいられなかった。
――落ちている。
一面に灰色の空が広がり、浮かぶ雲がつかめそうな上空から真っ逆さまに、速度を増しながら、三人は落ちていた。
耳元をかすめる風のようなもの。上下の感覚すら狂ってしまいそうな視界。夢か現実か、境目が曖昧なまま、身を任せることしか出来なかった。
そして――
ドッシーーーン!!!
衝撃と共に、大地が彼女たちを受け止めた。
だが、その“着地”は意外にも柔らかく、何かが砕け、崩れるような音もしたが、全身に広がったのは激痛ではなく、スポンジの中にうずもれるような妙にふわりとした感触だった。
「‥‥いたっ、く‥‥ない?」
最初に声を出したのはチハルだった。
恐る恐る目を開けると、目の前には紙くず木くず、茶色く錆びた塊、何かの破片、折れ曲がったパイプ、粗大な物々といった――ごみとしか言いようのないもので埋め尽くされた景色が広がっていた。
三人は巨大なゴミの山の上に落ちてきたのだ。クッションになりそうにないものばかりだが、なぜクッションになったのだろうか不思議に思いつつも、とにかく助かったことに安堵の息を吐く。
「マリンちゃん‥‥? 大丈夫? 無事? 生きてる?」
チハルが慌てて隣を覗き込むと、マリンはその場に座り込んで、まばたきを繰り返していた。
「‥‥うん。生きてる。たぶん、大丈夫」
マリンもまた不思議そうに自分の手や足を触り、擦り傷ひとつないことを確認した。
二人はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
まるで巨大な廃棄場の中に放り込まれたようだった。今自分たちがいるゴミの山がいくつもあり、無秩序に無造作に積まれたゴミたちの中で、風も音も生気もなく、ただ“捨てられたもの”だけがこの世界を満たしているようだった。
「で、チハル。ここはどういう作品の世界なんだ?」
きっとここも何かの小説の世界だと、レンは慣れた感じで訊いてくる。
「えっと‥‥」
チハルは眉をひそめ、心当たりを探すように記憶を巡らせるが――
「‥‥この物語は、知らないかも」
「え?!」
チハルが知らない――それは、これまでの冒険では一度もなかったことだった。レンは心底驚いた表情を見せる。
チハルもまた、これまで沢山の本を読んできたはずなのに思い当たらないなんてと人知れずにショックを受けていた。
「それじゃ、どうすればいいんだよ?」
不安で思わず声に出してしまった。
これまで話を知っているからどういう行動を取れば良いのか解っていたから、多少の安心はあったが道しるべが無いようなものだった。
しかし、
「‥‥わたし、知ってるかもしれない」
ぽつりと、マリンが静かに呟いた。二人の視線が彼女に集中する。
マリンはゆっくりとチハルの方を向いて言った。
「ここは『ボロのロボ』の世界だと思う」
「ボロの‥‥ロボ?」
聞き慣れないタイトルに、チハルが目を丸くする。するとマリンは、どこか懐かしさの混じった神妙な表情で語り始めた。
「ママが、わたしにだけ作ってくれた物語なの。まだ、ママが生きていた頃に‥‥私に読み聞かせてくれてた。わたしのためだけの物語」
「マリンちゃんの‥‥お母さんが?」
「うん。物語の中にね、ゴミの山を一人で片付けているボロボロのロボットが出てくるの。‥‥ほら、あそこ」
マリンが指をさした先には、確かにそれらしいモノが居た。
ゴミの山の麓で、錆びた鉄の体をきしませながら、せっせとゴミを片付けるロボット。外装ははがれ、中の部品がむき出し、脚は引きずるようにして動いている。
その姿を見た瞬間、マリンの胸がぎゅっと締めつけられた。
「‥‥あのロボットが物語の主人公の一人で。少女と出会って、一緒に少女の家を探す為の冒険の旅をするの」
「冒険の旅? どこにだ?」
レンが身を乗り出し、興味津々で尋ねる。
「‥‥あそこ」
今度は遠く、空の向こうを指さした。
遥か彼方にそびえる塔。よく見れば、霞んでいて揺らめくように形が歪んでいる。
「『蜃気楼の塔』って呼ばれてるの。あそこに住む『灰色の魔女』が、どんな願いでも一つだけ叶えてくれて、少女の家に戻してくれるの」
「うわ、すごく面白そうな話!」
チハルが目を輝かせる。その素直な反応が、マリンには嬉しかった。
母の物語を誰かが「面白い」と言ってくれる――それだけで、心が少し温かくなった気がした。
「あ、ありがとう」
照れくささと嬉しさがないまぜになって、マリンは少しだけ視線をそらしながらも、素直に礼を言った。
「ねえねえ、マリンちゃん。その“ボロのロボ”って物語、できれば最後まで教えてくれない?」
「あ‥‥」
マリンは一瞬、言葉を詰まらせた。
ほんのわずかの沈黙のあと、目を伏せて小さく首を横に振った。
「実は‥‥ママ、最後まで書き上げられなかったの。病気で亡くなっちゃって‥‥私も、当時はまだ小さかったから、内容もよく覚えてなくて‥‥」
チハルの表情が、はっと曇る。
「そうなんだ‥‥ご、ごめん。気が回らなくて‥‥」
チハルがしゅんとしたようにうつむき、申し訳なさそうに唇を噛む。
マリンは慌てて首を横に振った。
「ううん、謝らなくて大丈夫だよ。私が覚えているのは‥‥さっき言った程度で‥‥」
そこで一度、マリンは言葉を切った。少しだけ遠くを見るような目になって、ゆっくりと思い出を探るように語り出す。
誰かの絶叫が空間を引き裂くように響いた。
マリンはその声に反応して、ぱっと目を開けた。
「きゃああああああああああああああああああ!!」
気づけば自分も叫んでいた。というよりも、叫ばずにはいられなかった。
――落ちている。
一面に灰色の空が広がり、浮かぶ雲がつかめそうな上空から真っ逆さまに、速度を増しながら、三人は落ちていた。
耳元をかすめる風のようなもの。上下の感覚すら狂ってしまいそうな視界。夢か現実か、境目が曖昧なまま、身を任せることしか出来なかった。
そして――
ドッシーーーン!!!
衝撃と共に、大地が彼女たちを受け止めた。
だが、その“着地”は意外にも柔らかく、何かが砕け、崩れるような音もしたが、全身に広がったのは激痛ではなく、スポンジの中にうずもれるような妙にふわりとした感触だった。
「‥‥いたっ、く‥‥ない?」
最初に声を出したのはチハルだった。
恐る恐る目を開けると、目の前には紙くず木くず、茶色く錆びた塊、何かの破片、折れ曲がったパイプ、粗大な物々といった――ごみとしか言いようのないもので埋め尽くされた景色が広がっていた。
三人は巨大なゴミの山の上に落ちてきたのだ。クッションになりそうにないものばかりだが、なぜクッションになったのだろうか不思議に思いつつも、とにかく助かったことに安堵の息を吐く。
「マリンちゃん‥‥? 大丈夫? 無事? 生きてる?」
チハルが慌てて隣を覗き込むと、マリンはその場に座り込んで、まばたきを繰り返していた。
「‥‥うん。生きてる。たぶん、大丈夫」
マリンもまた不思議そうに自分の手や足を触り、擦り傷ひとつないことを確認した。
二人はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
まるで巨大な廃棄場の中に放り込まれたようだった。今自分たちがいるゴミの山がいくつもあり、無秩序に無造作に積まれたゴミたちの中で、風も音も生気もなく、ただ“捨てられたもの”だけがこの世界を満たしているようだった。
「で、チハル。ここはどういう作品の世界なんだ?」
きっとここも何かの小説の世界だと、レンは慣れた感じで訊いてくる。
「えっと‥‥」
チハルは眉をひそめ、心当たりを探すように記憶を巡らせるが――
「‥‥この物語は、知らないかも」
「え?!」
チハルが知らない――それは、これまでの冒険では一度もなかったことだった。レンは心底驚いた表情を見せる。
チハルもまた、これまで沢山の本を読んできたはずなのに思い当たらないなんてと人知れずにショックを受けていた。
「それじゃ、どうすればいいんだよ?」
不安で思わず声に出してしまった。
これまで話を知っているからどういう行動を取れば良いのか解っていたから、多少の安心はあったが道しるべが無いようなものだった。
しかし、
「‥‥わたし、知ってるかもしれない」
ぽつりと、マリンが静かに呟いた。二人の視線が彼女に集中する。
マリンはゆっくりとチハルの方を向いて言った。
「ここは『ボロのロボ』の世界だと思う」
「ボロの‥‥ロボ?」
聞き慣れないタイトルに、チハルが目を丸くする。するとマリンは、どこか懐かしさの混じった神妙な表情で語り始めた。
「ママが、わたしにだけ作ってくれた物語なの。まだ、ママが生きていた頃に‥‥私に読み聞かせてくれてた。わたしのためだけの物語」
「マリンちゃんの‥‥お母さんが?」
「うん。物語の中にね、ゴミの山を一人で片付けているボロボロのロボットが出てくるの。‥‥ほら、あそこ」
マリンが指をさした先には、確かにそれらしいモノが居た。
ゴミの山の麓で、錆びた鉄の体をきしませながら、せっせとゴミを片付けるロボット。外装ははがれ、中の部品がむき出し、脚は引きずるようにして動いている。
その姿を見た瞬間、マリンの胸がぎゅっと締めつけられた。
「‥‥あのロボットが物語の主人公の一人で。少女と出会って、一緒に少女の家を探す為の冒険の旅をするの」
「冒険の旅? どこにだ?」
レンが身を乗り出し、興味津々で尋ねる。
「‥‥あそこ」
今度は遠く、空の向こうを指さした。
遥か彼方にそびえる塔。よく見れば、霞んでいて揺らめくように形が歪んでいる。
「『蜃気楼の塔』って呼ばれてるの。あそこに住む『灰色の魔女』が、どんな願いでも一つだけ叶えてくれて、少女の家に戻してくれるの」
「うわ、すごく面白そうな話!」
チハルが目を輝かせる。その素直な反応が、マリンには嬉しかった。
母の物語を誰かが「面白い」と言ってくれる――それだけで、心が少し温かくなった気がした。
「あ、ありがとう」
照れくささと嬉しさがないまぜになって、マリンは少しだけ視線をそらしながらも、素直に礼を言った。
「ねえねえ、マリンちゃん。その“ボロのロボ”って物語、できれば最後まで教えてくれない?」
「あ‥‥」
マリンは一瞬、言葉を詰まらせた。
ほんのわずかの沈黙のあと、目を伏せて小さく首を横に振った。
「実は‥‥ママ、最後まで書き上げられなかったの。病気で亡くなっちゃって‥‥私も、当時はまだ小さかったから、内容もよく覚えてなくて‥‥」
チハルの表情が、はっと曇る。
「そうなんだ‥‥ご、ごめん。気が回らなくて‥‥」
チハルがしゅんとしたようにうつむき、申し訳なさそうに唇を噛む。
マリンは慌てて首を横に振った。
「ううん、謝らなくて大丈夫だよ。私が覚えているのは‥‥さっき言った程度で‥‥」
そこで一度、マリンは言葉を切った。少しだけ遠くを見るような目になって、ゆっくりと思い出を探るように語り出す。
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