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第11話【冷静に考えてみると】
しおりを挟むマンションに帰り着いた幸は、シャワーを浴び終えると、圭吾にラインを送った。
『話し合いたいことがあるから、マンションに帰ってきて』
退職願も提出したのだから、何のための話し合いかは、彼にも分かるはずだった。
だから、今日は帰ってくるに違いない――幸はそう思っていた。
ほどなくしてラインに既読がつく。
『無理』
幸の思いとは裏腹に、返ってきたのはたった二文字だけ。
冷たく突き放すようなその言葉に、胸の奥が静かに沈んでいく。
『お願いだから、今日だけは、帰ってきて』
先延ばしにしたくない幸は、もう一度だけメッセージを送った。
けれど、二度目のラインは既読すらつかない。
――話し合いすら、もうしたくないのだろうか。
幸はそう思い、額に手をあてて小さく溜息を吐いた。
そして、今日一日に起こった出来事を静かに振り返る。
冷静に考えれば考えるほど、心の奥がゆっくりと冷えていく。
浮気相手を堂々と紹介されたあげくに、怒鳴られ、突き飛ばされ、自業自得だと言われ
――そのまま置き去りにされた。
さらに、その浮気相手からは「この会社には不要な人間」とまで言われ、退職を促されるという、
常識では考えられない仕打ち。
圭吾が直接言えなかったとはいえ、どうして彼女にそんなことを言われなければならなかったのか。
その理由が、どうしても理解できない。
それでも、圭吾が幸に退職してほしかったのは、彼女の言葉どおり事実らしい。
その証拠に、彼は何のためらいもなく「退職願」を受理した。
圭吾はもう、自分を愛していないのかもしれない。
幸はようやく、その現実を受け入れ始めていた。
それでも、圭吾の気持ちを彼の口から、直接聞きたかった。
きちんと話し合って、二人の関係にけじめをつけたい。
――幸はそう思っていた。
しかし、ラインの返事を見るかぎり、今日会って話すのは無理みたいだ。
けれど、この胸の中に渦巻くモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、夜を迎えるのも耐えられない。
そう思った幸は、親友の山川洋子に電話をかけた。
三回目のコールで、洋子が電話に出る。
「ちょっとちょっと、幸。久しぶりじゃないの。私のことなんて忘れたのかと思ってたわ」
明るく弾む声が、スピーカー越しに響く。
その懐かしい調子に、幸のこわばっていた頬が少しだけ緩んだ。
「……ごめん、最近バタバタしてて」
「声が、変だね。仕事の悩み? それとも、例の彼?」
一瞬で、気づかれた幸は言葉に詰まった。
洋子の勘の良さは昔から変わらない。
「……両方かな」
そう答えて、幸は小さく息を吐く。
「そっか。両方か……」
洋子の声色が、少し真剣なものに変わる。
「ねぇ幸。今、どこにいる?」
「帰ってきたところだから、圭吾のマンションにいるよ」
「じゃあさ、今から車で迎えに行くから、お泊まりの用意して待ってて。十五分で着くから」
洋子はそれだけ言うと、電話を切った。
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