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第38話【俺と家族になる】
しおりを挟む荷物を片付け終えた幸は、必要な物を買うために、匠と一緒に近くのショッピングモールへと出かけた。
二人は、ショッピングモールの中を、ただ並んで歩いているだけ。
なのに、すれ違う人々が振り返り、思わず声を漏らす。
「ねぇ、あの二人、モデルかな?」
「身長差も完璧で、素敵。」
「美男美女のカップルって、本当にいるんだね。」
賞賛の囁きは、背後から風にのって届いてくる。
だが匠も幸も周囲を気にすることなく、本屋へ向かって歩みを進める。
「本屋で、何を買うんだ?」
隣を歩く匠が、そう話しかける。
「IT関連の情報誌がいくつか欲しくて」
幸は、社長やCTOへのインタビュー記事に目を通しておきたかった。
本人の情報はもちろん、愛妻家であれば家族の話題が掲載されていることもある。
家族の記念日や誕生日、好みまでもが記載されていれば、その情報を有効に活かせる。
――仕事は、人と人が結ぶもの。
幸はずっとそう考えていた。
だからこそ、どこまで相手に心を配れるかで、取引の難易度は大きく変わる。
同じ条件なら、気遣いのできる会社を選ぶのが人の心理だと思っている。
圭吾と会社を立ち上げた当時も、幸はその点を最も重視し、秘書としてサポートしてきた。
そして今度は、その経験を匠の会社で生かそうとしている。
目的の本屋に着いた。
「ここで待ってるから」
匠は、店内には入らず、外で待つつもりらしい。
幸は頷き、情報誌が並ぶコーナーへと向かった。
どれにしようか迷っていると、ふと目に入った一冊に動きが止まる。
「……匠さんだ」
表紙に、匠の姿が掲載された情報誌が目にとまった。
それを手に取り、パラパラとページをめくる。
【11月11日始動・水沢イノベーションズ(Mizusawa Innovations Inc.)】
そう大きく見出しが打たれたページで、社長・水沢匠のインタビュー記事を見つけた。
読んでみると、最初にIT・テクノロジー系企業【水沢イノベーションズ(Mizusawa Innovations Inc.)】
の事業内容が詳しく紹介されていた。
記事には【水沢イノベーションズ】の主な業務内容が記載されており、その中には【NexSeed黒田】
がまだ参入していない分野まで含まれていた。
どう見ても、事業規模は【水沢イノベーションズ】のほうが大きい。
もっと読み進めたかったが、外で匠が待っていることを思い出し、名残惜しくページを閉じる。
幸は、その本も含めて数冊の情報誌を手に取り、レジへと向かった。
レジで並んでいると、いつの間にか匠が隣に立っていて、
「それ、貸して」
そう言うと、匠は幸の手から情報誌を受け取り、無言のまま順番を待つ。
そして、順番が来ると――当然のように会計を済ませてしまった。
店内でお金のやり取りをするのもどうかと思った幸は、店の外に出てから財布を取り出し、
「匠さん。立て替えてもらったお金……」
そう言って、そっと現金を差し出した。
その行動に、匠の目がふっと細められる。
幸は気づいていない。
こういう律儀なところが、匠の琴線に触れることを。
「これは、経費で落とすから」
匠はそう言って、幸の差し出したお金を受け取ろうとはしなかった。
幸は、一度差し出したお金を、このままどうすべきか迷った。
けれど――「経費で落とす」と言った以上、匠ほどの男が受け取るはずがない。
幸は、お金を財布に戻し、
「匠さん、ありがとうございます」
お礼の言葉を口にした。
その瞬間、幸は、あることを思い出す。
「そういえば……あの部屋の家賃は、どれくらいですか? それと、敷金礼金は?」
幸が尋ねると、匠はごく自然な声で答えた。
「あの部屋は、もともと身内専用の部屋だから、家賃はいらないよ。
いずれ君は”俺と家族になる”でしょ?」
その言葉は、あまりにもさらりとしていて――意味を理解するまで、数秒かかった。
そして――”俺と家族になる”
幸の頭の中では、その言葉だけが何度も反芻される。
「……えっ……と……あのっ……」
耳の奥が熱くなる。
急に呼吸が浅くなり、心臓の鼓動がドッドッドッと激しく脈打つ。
幸の頬は、みるみるうちに紅色に染まっていった。
その反応を見て、匠はわずかに口角を上げ、目を細める。
まるで、面白いものでも眺めているかのように。
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