75 / 87
第75話【養子縁組】
しおりを挟む
次の日。
洋子から電話がかかってきた。
幸が出ると、
「幸、凄いことになってる!」
興奮した洋子の声が、受話器越しに幸の鼓膜を震わせる。
「な、なに? どうしたの?」
「もうね、あらゆる方面から連絡が来てて、とにかく大変なの! 予約も殺到してるし!」
何かが“凄い”ことだけは、嫌というほど伝わってくる。
洋子が舞い上がっているのも、十分すぎるほど伝わっていた。
――けれど、肝心の中身が、さっぱり分からない。
「……洋子、ちょっと落ち着いて。それで、何がどう凄いの?」
幸がそう言うと、電話口で洋子が一度、大きく息を吸った。
そして――
「うちで撮った幸の写真が、SNSで大バズりしてるのよ!」
畳みかけるように、洋子は続ける。
「『クリスマスイヴは彼女と同じヘアメイクで』って予約が、一気に入ってきてるの!
それだけじゃないわ。モデルとしてCMに起用したいから、どこの事務所に所属しているのか教えてほしいって、企業からの問い合わせまで来てるのよ」
洋子はそこで一度、深く息を吸い、ようやく呼吸を整えた。
「朝から店の電話は鳴りっぱなしだし、スタッフも対応に追われて、もうバタバタよ。本当に――凄いことになってるの」
ようやく、“凄いことになっている”の意味を、幸は理解した。
「幸のお陰で、うちの店の知名度が一気に上がったわ。本当に、ありがとう」
都心では、次々とライバル店が開業していく。
その中で生き残っていくためには、知名度を上げることが不可欠だ。
人気店として名が知られれば、来店客数は自然と増える。
そこから先は、店のスタッフの腕次第。
まずは、一度でも足を運んでもらうこと。
それこそが、何よりも大切なのだ。
「そうそう、幸の写真、かなり広い範囲で拡散されてるらしいわよ。もう、有名人だね」
洋子が嬉しそうに、くすっと笑う気配が、携帯越しにも伝わってくる。
「それじゃ、仕事があるから、また後でね」
そう言うなり、洋子は一方的に電話を切った。
通話が終了した画面を見つめながら、幸はしばし考え込む。
――写真が、拡散されている。
(……これって、大丈夫なの?)
一瞬、不安がよぎった。
けれど――
芸能人でもあるまいし、今はただ話題になっているだけ。
時間が経てば、きっと人々の記憶からも消えていくはず。
そう思い直すと、幸は深く考えるのをやめ、出かける準備に取りかかった。
*****
匠と幸は、二人揃って西園寺邸を訪れた。
「二人とも、よく来たわね。さあ、入って」
文が嬉しそうに声をかけ、二人を迎え入れる。
そのまま文に案内され、勝造が待つ応接室へと向かった。
応接室に入ると、ソファに腰掛けていた勝造が、満面の笑みで二人を迎える。
勝造と文の向かいに、匠と幸は並んで腰を下ろした。
婚約したという報告は、すでに文には伝えてあった。
だが、勝造には、きちんと顔を合わせて直接伝えようと、二人で話し合って決めていたのだ。
「本日は、お時間を作っていただき、ありがとうございます」
匠が、改まった口調で切り出す。
「このたび、幸さんにプロポーズをさせていただき、ありがたいことに、ご承諾をいただきました」
匠の言葉に、勝造は一瞬目を細め、
「そうか、そうか。それは実にめでたいことだ」
と、驚いた様子も見せず、満足そうに何度も頷いた。
その穏やかな反応から、すでに文から話を聞いていたのだろうと、匠と幸は自然に察した。
「婚約したとなると……そろそろ、養子縁組をしておいたほうがいいんじゃないか?」
勝造が、養子縁組の話を切り出した。
「そうですわね。養子縁組をしても、もう何の問題もないでしょう?」
文がそう言って、幸に視線を向ける。
圭吾の件については、すでに電話で文や綾乃にも報告していた。
匠との結婚が現実味を帯びてきた今、幸が西園寺家の孫であることを、公のものにする必要がある。
「お祖父様……養子縁組、よろしくお願いします」
幸がまっすぐに頭を下げると、勝造は即座に頷いた。
「例の書類を持ってきなさい。それから、弁護士にもすぐ連絡を」
執事に短く指示を出す。
まるでこの日を見越していたかのように、執事はすぐに養子縁組の書類を手に、応接室へ戻ってきた。
幸は書類に目を通し、指示された箇所へ一つひとつ丁寧に記入していく。
ほどなくして弁護士も到着し、手続きは驚くほど滞りなく進んだ。
「こちらで正式な手続きを進めておきます」
そう言って、弁護士が書類を持って部屋を後にする。
「これで――幸は、西園寺幸、だな」
勝造が満足そうにそう言い、その傍らで文も嬉しそうに微笑んでいた。
洋子から電話がかかってきた。
幸が出ると、
「幸、凄いことになってる!」
興奮した洋子の声が、受話器越しに幸の鼓膜を震わせる。
「な、なに? どうしたの?」
「もうね、あらゆる方面から連絡が来てて、とにかく大変なの! 予約も殺到してるし!」
何かが“凄い”ことだけは、嫌というほど伝わってくる。
洋子が舞い上がっているのも、十分すぎるほど伝わっていた。
――けれど、肝心の中身が、さっぱり分からない。
「……洋子、ちょっと落ち着いて。それで、何がどう凄いの?」
幸がそう言うと、電話口で洋子が一度、大きく息を吸った。
そして――
「うちで撮った幸の写真が、SNSで大バズりしてるのよ!」
畳みかけるように、洋子は続ける。
「『クリスマスイヴは彼女と同じヘアメイクで』って予約が、一気に入ってきてるの!
それだけじゃないわ。モデルとしてCMに起用したいから、どこの事務所に所属しているのか教えてほしいって、企業からの問い合わせまで来てるのよ」
洋子はそこで一度、深く息を吸い、ようやく呼吸を整えた。
「朝から店の電話は鳴りっぱなしだし、スタッフも対応に追われて、もうバタバタよ。本当に――凄いことになってるの」
ようやく、“凄いことになっている”の意味を、幸は理解した。
「幸のお陰で、うちの店の知名度が一気に上がったわ。本当に、ありがとう」
都心では、次々とライバル店が開業していく。
その中で生き残っていくためには、知名度を上げることが不可欠だ。
人気店として名が知られれば、来店客数は自然と増える。
そこから先は、店のスタッフの腕次第。
まずは、一度でも足を運んでもらうこと。
それこそが、何よりも大切なのだ。
「そうそう、幸の写真、かなり広い範囲で拡散されてるらしいわよ。もう、有名人だね」
洋子が嬉しそうに、くすっと笑う気配が、携帯越しにも伝わってくる。
「それじゃ、仕事があるから、また後でね」
そう言うなり、洋子は一方的に電話を切った。
通話が終了した画面を見つめながら、幸はしばし考え込む。
――写真が、拡散されている。
(……これって、大丈夫なの?)
一瞬、不安がよぎった。
けれど――
芸能人でもあるまいし、今はただ話題になっているだけ。
時間が経てば、きっと人々の記憶からも消えていくはず。
そう思い直すと、幸は深く考えるのをやめ、出かける準備に取りかかった。
*****
匠と幸は、二人揃って西園寺邸を訪れた。
「二人とも、よく来たわね。さあ、入って」
文が嬉しそうに声をかけ、二人を迎え入れる。
そのまま文に案内され、勝造が待つ応接室へと向かった。
応接室に入ると、ソファに腰掛けていた勝造が、満面の笑みで二人を迎える。
勝造と文の向かいに、匠と幸は並んで腰を下ろした。
婚約したという報告は、すでに文には伝えてあった。
だが、勝造には、きちんと顔を合わせて直接伝えようと、二人で話し合って決めていたのだ。
「本日は、お時間を作っていただき、ありがとうございます」
匠が、改まった口調で切り出す。
「このたび、幸さんにプロポーズをさせていただき、ありがたいことに、ご承諾をいただきました」
匠の言葉に、勝造は一瞬目を細め、
「そうか、そうか。それは実にめでたいことだ」
と、驚いた様子も見せず、満足そうに何度も頷いた。
その穏やかな反応から、すでに文から話を聞いていたのだろうと、匠と幸は自然に察した。
「婚約したとなると……そろそろ、養子縁組をしておいたほうがいいんじゃないか?」
勝造が、養子縁組の話を切り出した。
「そうですわね。養子縁組をしても、もう何の問題もないでしょう?」
文がそう言って、幸に視線を向ける。
圭吾の件については、すでに電話で文や綾乃にも報告していた。
匠との結婚が現実味を帯びてきた今、幸が西園寺家の孫であることを、公のものにする必要がある。
「お祖父様……養子縁組、よろしくお願いします」
幸がまっすぐに頭を下げると、勝造は即座に頷いた。
「例の書類を持ってきなさい。それから、弁護士にもすぐ連絡を」
執事に短く指示を出す。
まるでこの日を見越していたかのように、執事はすぐに養子縁組の書類を手に、応接室へ戻ってきた。
幸は書類に目を通し、指示された箇所へ一つひとつ丁寧に記入していく。
ほどなくして弁護士も到着し、手続きは驚くほど滞りなく進んだ。
「こちらで正式な手続きを進めておきます」
そう言って、弁護士が書類を持って部屋を後にする。
「これで――幸は、西園寺幸、だな」
勝造が満足そうにそう言い、その傍らで文も嬉しそうに微笑んでいた。
690
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか契約聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
番外編(編集済み)と、外伝(新作)アップしました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる