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第76話【美男美女】
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月曜日。
【NexSeed黒田】では、深刻な問題が発生していた。
取引先が、次々と契約の打ち切りを申し出てきているのだ。
これまでに例のない事態に、社内は騒然となっていた。
「一体、何が起きているんだ!」
圭吾の怒鳴り声が、会議室に響き渡る。
「それが……【水沢イノベーションズ】と契約するという理由で、ほとんどの取引先が、うちから撤退しています」
「【水沢イノベーションズ】だと? 今までこちらに頭を下げてきた連中が、うちを切ると言うのか!」
苛立ちを隠そうともせず、圭吾は机を叩いた。
すると、営業部長がさらに言いづらそうに口を開く。
「それと……長年取引を続けてきた松島テクノロジーも、今年いっぱいで、当社との契約を終了するとの連絡が入りました」
その一言に、会議室の空気が一気に凍りついた。
――どういうことなんだ。
――まさか……あの騒動が原因なのか?
――あれだけのことで、契約を切られるというのか?
『問題だけは起こすなよ。水沢ホールディングスが国内展開を始めた今、こちらが取引先の信用を少しでも損なえば、すぐに付け込まれる。だから取引先の信用を失うようなことだけは、絶対にするんじゃないぞ』
父・明の言葉が、鮮明に脳裏をよぎる。
圭吾は、思わず頭を抱えた。
――どうすればいい。
――このままじゃ……本当に、会社が危ない。
焦りに駆られたまま、圭吾は明に電話をかけた。
電話に出た父に、圭吾は開口一番、
「父さん、助けてくれ!」
縋るように、声を張り上げる。
あまりにも切迫した息子の声に、
「どうした!?」
明の声にも、思わず緊張が走る。
圭吾は、今会社で起きている異常事態を、言葉を早めながら必死に説明した。
取引先から相次ぐ契約打ち切りの連絡。
水沢イノベーションズへの鞍替え。
そして、社内に広がる動揺。
すべてを聞き終えたあと、明は、
「……そうか」
と、短く答えただけで口を閉ざした。
それ以上、言葉が続かない。
発しないというより――発せられなかった、というほうが正しい。
ここまで会社の信用を失ってしまえば、もはや打つ手は、ほぼないに等しい。
しかも、国内展開を本格化させたライバル企業がすぐ背後にいる今、この信用失墜は致命的だった。
電話口の明の沈黙が、今の現実の重さを、物語っている。
「……父さん……」
絞り出すような圭吾の声に、
「……会長と、今後の対応をどうするか相談してみる。それまでは、下手に動くんじゃないぞ」
明はそう言い残し、電話を切った。
圭吾は、力なく項垂れる。
――どうして、こんなことになった。
――そうだ。由紀が、あの場で俺にビンタさえしなければ……。
次第に、由紀への怒りが込み上げてくる。
だが――
――由紀は、俺が幸を愛人にしようとしたことを、どこで知ったんだ?
――まさか……。
幸に呼び出された、あの日のことが脳裏によみがえる。
そして圭吾は、はっとした。
あのとき――
幸は、会話を録音していたのではないか。
――はめられた……あの二人に。
そう思った瞬間、胸の奥に渦巻いたのは、匠への怒り以上に、幸への激しい憎悪だった。
かつて愛したからこそ、その想いは、後悔と嫉妬に絡め取られ、やがて歪んだ執着と憎しみへと変質していく。
「幸……許さないからな……」
圭吾の胸の奥で、怒りの炎が静かに、しかし確実に燃え上がっていた。
*****
その頃、幸は空港へと向かっていた。
兄・俊一を迎えるために。
――アメリカから、急遽帰国する。
そう連絡を受けたのは、つい先ほどのことだった。
本来なら、匠も一緒に行く予定だった。
だが、【NexSeed黒田】から【水沢イノベーションズ】へ鞍替えした企業への対応に追われ、匠は同行できなくなった。
そのため幸は、ボディーガードを伴い、ひとりで俊一を迎えに来ていた。
空港の到着ロビーで待っていると、
「ねえ、見て。あの人、今バズってる綺麗なモデルに似てない?」
「ほんとだ。もしかして、本人じゃない?」
「スタイルもいいし……絶対、あの人だよ」
斜め後ろから、そんなひそひそ声が聞こえてくる。
幸は、誰か有名なモデルでもいるのだろうか、と思っただけで、特に気に留めなかった。
そのまま兄の姿を探していると、到着口から、秘書らしき男性を伴った俊一が姿を現す。
「あっ!帰ってきた!」
幸は思わず声を上げ、駆け出した。
そして、そのまま俊一に抱きつく。
「お帰りなさい」
「ただいま」
俊一も、抱きついてきた妹を自然に抱き返した。
五歳も年の離れた兄妹だからか、二人は昔からスキンシップに抵抗がない。
優しい兄に甘えるのは、幸にとってごく当たり前のことだった。
幸は俊一の腕に自分の腕を絡め、そのまま並んで歩き出す。
――その様子が、何台ものスマートフォンで撮影されていることなど、知る由もなく。
二人は、出口で待っていた車に乗り込み、その場を後にした。
――だが。
そのときに撮られたいくつかの写真が、のちにSNSで拡散されていく。
《バズってるモデルの彼氏、イケメンすぎる》
《美男美女カップル最高》
《絵になる二人》
そんな見出しとともに、幸と俊一が並ぶ写真は、瞬く間にタイムラインを埋め尽くしていった。
【NexSeed黒田】では、深刻な問題が発生していた。
取引先が、次々と契約の打ち切りを申し出てきているのだ。
これまでに例のない事態に、社内は騒然となっていた。
「一体、何が起きているんだ!」
圭吾の怒鳴り声が、会議室に響き渡る。
「それが……【水沢イノベーションズ】と契約するという理由で、ほとんどの取引先が、うちから撤退しています」
「【水沢イノベーションズ】だと? 今までこちらに頭を下げてきた連中が、うちを切ると言うのか!」
苛立ちを隠そうともせず、圭吾は机を叩いた。
すると、営業部長がさらに言いづらそうに口を開く。
「それと……長年取引を続けてきた松島テクノロジーも、今年いっぱいで、当社との契約を終了するとの連絡が入りました」
その一言に、会議室の空気が一気に凍りついた。
――どういうことなんだ。
――まさか……あの騒動が原因なのか?
――あれだけのことで、契約を切られるというのか?
『問題だけは起こすなよ。水沢ホールディングスが国内展開を始めた今、こちらが取引先の信用を少しでも損なえば、すぐに付け込まれる。だから取引先の信用を失うようなことだけは、絶対にするんじゃないぞ』
父・明の言葉が、鮮明に脳裏をよぎる。
圭吾は、思わず頭を抱えた。
――どうすればいい。
――このままじゃ……本当に、会社が危ない。
焦りに駆られたまま、圭吾は明に電話をかけた。
電話に出た父に、圭吾は開口一番、
「父さん、助けてくれ!」
縋るように、声を張り上げる。
あまりにも切迫した息子の声に、
「どうした!?」
明の声にも、思わず緊張が走る。
圭吾は、今会社で起きている異常事態を、言葉を早めながら必死に説明した。
取引先から相次ぐ契約打ち切りの連絡。
水沢イノベーションズへの鞍替え。
そして、社内に広がる動揺。
すべてを聞き終えたあと、明は、
「……そうか」
と、短く答えただけで口を閉ざした。
それ以上、言葉が続かない。
発しないというより――発せられなかった、というほうが正しい。
ここまで会社の信用を失ってしまえば、もはや打つ手は、ほぼないに等しい。
しかも、国内展開を本格化させたライバル企業がすぐ背後にいる今、この信用失墜は致命的だった。
電話口の明の沈黙が、今の現実の重さを、物語っている。
「……父さん……」
絞り出すような圭吾の声に、
「……会長と、今後の対応をどうするか相談してみる。それまでは、下手に動くんじゃないぞ」
明はそう言い残し、電話を切った。
圭吾は、力なく項垂れる。
――どうして、こんなことになった。
――そうだ。由紀が、あの場で俺にビンタさえしなければ……。
次第に、由紀への怒りが込み上げてくる。
だが――
――由紀は、俺が幸を愛人にしようとしたことを、どこで知ったんだ?
――まさか……。
幸に呼び出された、あの日のことが脳裏によみがえる。
そして圭吾は、はっとした。
あのとき――
幸は、会話を録音していたのではないか。
――はめられた……あの二人に。
そう思った瞬間、胸の奥に渦巻いたのは、匠への怒り以上に、幸への激しい憎悪だった。
かつて愛したからこそ、その想いは、後悔と嫉妬に絡め取られ、やがて歪んだ執着と憎しみへと変質していく。
「幸……許さないからな……」
圭吾の胸の奥で、怒りの炎が静かに、しかし確実に燃え上がっていた。
*****
その頃、幸は空港へと向かっていた。
兄・俊一を迎えるために。
――アメリカから、急遽帰国する。
そう連絡を受けたのは、つい先ほどのことだった。
本来なら、匠も一緒に行く予定だった。
だが、【NexSeed黒田】から【水沢イノベーションズ】へ鞍替えした企業への対応に追われ、匠は同行できなくなった。
そのため幸は、ボディーガードを伴い、ひとりで俊一を迎えに来ていた。
空港の到着ロビーで待っていると、
「ねえ、見て。あの人、今バズってる綺麗なモデルに似てない?」
「ほんとだ。もしかして、本人じゃない?」
「スタイルもいいし……絶対、あの人だよ」
斜め後ろから、そんなひそひそ声が聞こえてくる。
幸は、誰か有名なモデルでもいるのだろうか、と思っただけで、特に気に留めなかった。
そのまま兄の姿を探していると、到着口から、秘書らしき男性を伴った俊一が姿を現す。
「あっ!帰ってきた!」
幸は思わず声を上げ、駆け出した。
そして、そのまま俊一に抱きつく。
「お帰りなさい」
「ただいま」
俊一も、抱きついてきた妹を自然に抱き返した。
五歳も年の離れた兄妹だからか、二人は昔からスキンシップに抵抗がない。
優しい兄に甘えるのは、幸にとってごく当たり前のことだった。
幸は俊一の腕に自分の腕を絡め、そのまま並んで歩き出す。
――その様子が、何台ものスマートフォンで撮影されていることなど、知る由もなく。
二人は、出口で待っていた車に乗り込み、その場を後にした。
――だが。
そのときに撮られたいくつかの写真が、のちにSNSで拡散されていく。
《バズってるモデルの彼氏、イケメンすぎる》
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