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第81話【由紀への感情】
しおりを挟む電話の目的を、匠はすでにわかっている。
だが、それを自ら口にすることはない。
「高瀬社長直々にお電話をいただけるとは……。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
匠は淡々と問いかけ、相手の出方を待った。
「水沢社長の専属秘書であり、婚約者でもある西村幸さんに、直接連絡を取りたいのですが……」
「西村に、ですか?」
「はい。実際に会って、確かめたいことがありまして」
「確かめたいこと、とは?」
その問いに、高瀬社長は一瞬、言葉を詰まらせた。
音声の存在を、水沢社長がどこまで把握しているのかが分からない。
もし、知らなければ——
今ここで切り出すことは、二人の間に余計な火種を投げ込むことになりかねない。
だが――
西村幸と直接話ができなければ、この電話そのものが無意味になる。
そう腹を括った高瀬社長は、言葉を選ぶのをやめ、
「……実は、私の娘・由紀が聞いたという、西村さんの携帯に保存されている音声を、ぜひ一度、聞かせていただきたく思いまして」
率直に切り出した。
「西村が持っている音声……それは、あの黒田社長と西村の会話を録音したものですか?」
「そうです! その音声を、ぜひ拝聴できればと」
高瀬社長の声のトーンが、わずかに上がった。
音声が実在することを知り、気持ちが高ぶったのだろう。
「お聞かせすることはできます。ただし――条件があります」
匠は、冷静な口調で切り出した。
「条件……ですか?」
高瀬社長の声に、警戒の色がにじむ。
匠の提示した条件を聞き終えると、
「わかりました。その場は私が用意します。決まり次第、時間と場所をお知らせしますので、その際は、どうぞよろしくお願いします」
高瀬社長はそう言って、匠の条件を受け入れ、通話を終えた。
匠はすぐに俊一へ連絡を入れ、高瀬社長から電話があったこと、そして交渉の内容を簡潔に伝える。
電話を切った俊一は、幸にこの件を伝えた。
「とうとう……圭吾も終わるのね」
幸はそう呟き、安堵の息を吐いた。
すべてが、順調に進んでいる。
由紀が起こしたあの騒動は、圭吾にとって致命的な一打となり、結果的に幸たちの目的を大きく前倒しする形になった。
幸の、当初からの目的はただ一つ――圭吾から、権力を奪うこと。
その流れの中で、由紀にも相応の報いを受けさせるつもりではあった。
だが――
由紀が支払うことになった代償は、当初想像していた以上に重いものとなっていた。
自業自得――そう言ってしまえば、それまでなのかもしれない。
だが、圭吾との一連の騒動は、あの場にいた誰の目にもはっきりと焼き付いている。
由紀の幼稚さも、思慮の浅さも、すでに周囲に知られてしまった。
一度広まった評判は、容易には消えない。
この先、由紀に良縁が舞い込む可能性は、限りなく低いだろう。
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そう思う者が、果たして現れるだろうか――その答えは、あまりにも明白だった。
――由紀さんも、これから大変そうだな。
そう思う幸の胸には、もはや由紀に対する嫌悪や怒りは残っていなかった。
ピアノでやり返し、音声で決定的な一撃を与えた。
それ以上に、由紀が受けた痛手は、十分すぎるほど大きい。
これ以上、由紀に何かをする必要はない。
――しようとも思っていない。
あの修羅場を目の当たりにした日から、幸の中で由紀という人間に対する感情は、すでに終息していた。
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