楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

四十二話 ドン・シメオン(1)

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 翌年。
 天正てんしょう六年(1578年)三月十三日。
 数日前に脳溢血で倒れた上杉謙信が、急死する。
 享年四十九歳。
 脳溢血の原因は、酒の飲み過ぎで間違いない。
 上杉家が後継者争いで時と兵力を費やす間に、織田軍は上杉領への侵攻準備を整える。
 同僚たちは、
「これで一気に楽になりますね」
 と喜んだが、信長の性格を把握し抜いている長近ながちかは、嘆息する。
「殿の性格からして、楽になった分、変な仕事の手助けに行けと言われるぞ」
「はっはっは。どこも楽勝で、どこが変になるのか予測も付かんぞ」
 前田利家は、去年まで強過ぎた上杉軍が一気に弱体化したので、笑いが止まらない。
 金森長近ながちかは抜かりなく、次の厄介事に巻き込まれないように、情報網を通じて各地の様子を伺う。

 
 石山本願寺は、織田軍に包囲されて、何も出来なくなっている。
 一発逆転の可能性は、上杉謙信の死去で崩れた。
 毛利家が多少は動いてくれたのだが、織田軍の勢いは一二回退けた程度では緩まない。
 その毛利家も、羽柴秀吉の軍勢が中国地方の攻略を始めてから、徐々に受け身に回っている。 
 毛利家勢力下十カ国の内、二カ国が、速攻で羽柴秀吉に降って毛利家と戦う事を承知した。
 上手くいき過ぎなので、毛利家からの反撃はどうなるかと気を揉んでいたら、特大級の返し手が施された。
 荒木村重むらしげ摂津せっつ国(大阪府北中部&兵庫県南東部)の統治担当武将が、謀反を起こした。
 荒木村重むらしげの居城・有岡城の位置は、羽柴軍と織田軍を遮断する位置にある。
 動員兵力は、一万。
 ここで毛利軍が軍勢を繰り出すと、羽柴軍は単独で挟み撃ちにされる。
 処置を間違えると、大惨事になる一手だ。
 

「何で?」
 柴田勝家軍の軍議で柴田勝家にそう発言されて、金森長近ながちかは冷ややかに返答する。
「わからん」
 荒木村重むらしげの、叛逆の理由である。
 今現在でも諸説があり過ぎ、事件当時も諸説があり過ぎた。

 荒木村重むらしげ
 下剋上を繰り返して大名になり、時代の機微を逃さずに信長に臣従して各地を転戦。
 摂津一国(石高は約三十万前後)を任される程の出世を遂げたのである。
 茶道や教養も充実している人物で、千宗易の茶会に呼ばれる回数も多い。
 織田軍の武将の中ではランキング十位以内に入り、文化人としてはベスト3に入る逸材だ。
 何より、信長に仕事ぶりを気に入られている。
 どのくらい気に入られているかというと、荒木村重むらしげが謀反を起こしたと聞かされた信長の対応が、
「話を聞いてやれ」
 とてつもなく優しい接し方だった。
 どうも「秀吉が勝家とマジ喧嘩して離脱した」類の動機で謀反をアピールしたのだろうと、軽く考えていた。
 あるいは前年、説得が不調に終わって、名器・平蜘蛛と共に自爆した松永久秀の二の舞を避けたのかもしれない。
 名器が勿体ないし。
 これは別に信長だけの反応ではなく、説得の使者に選ばれた明智光秀たちも同様で、説得で何とかなる事態だと考えていた。
 何せ、荒木村重むらしげと信長の間には、遺恨がない。
 強いてあげるなら、信長がふざけて「刀の先に餅を刺して差し出し、荒木村重むらしげに食わせた」エピソードだが、このくらいで怒るような神経だったら織田家で出世していない。
 家臣で重臣で茶飲み仲間の高山右近うこんも説得に加わり、荒木村重むらしげは謀反を断念する。
 一度は、断念したのである。
 信長に謝罪する為に、安土城(信長の新築したビューティフル居城)に向かう途中で、荒木村重むらしげは『反信長派の家臣たち』に詰められる。

反信長派の家臣A「安土城に行っても、信長が許す訳がない。困難な仕事を振られ続け、使い潰されるだけですぞ」
反信長派の家臣B「我々は、もう信長に従う気はない」
反信長派の家臣C「殿が安土城に向かうのであれば、我々は有岡城に引き返し、別の主君を擁立します」
反信長派の家臣D「信長に降って地位を失うか、信長と戦って地位を守るか、選びなさい」

 毛利家の調略は、荒木村重むらしげの部下の過半数を反信長派として結束させる方向で、練り上げられていた。
 しかも、一向宗の門徒たちも摂津国に集結しだし、反信長活動をし易い環境も整えられてしまった。
 これだと成功しようとしまいと、織田勢力下の国が、最低でも一つ滅びる。
 凄まじくコスパの良い策略である。
 ろくでもない選択肢を迫られた荒木村重むらしげは、安土城へ行かずに引き返し、妻(明智光秀の娘)を離縁して実家に帰らせた。

 ここから、荒木村重むらしげの危険極まりない綱渡りが開始される。
 家来たちからクーデターを起こされないように信長に謀反しながら、信長に殺されないように振る舞う綱渡りである(書いているだけで、心臓に悪い)

 信長への謝罪に応じず、新しい人質の提出も拒否。
 再度正式に謀反を表明し、石山本願寺とも同盟を結んで、謀反の形は完全に整った。
 それでもまだ使者(佐久間信盛)を送って、荒木村重むらしげに交渉の余地を、信長は与える。
 名器が勿体ないし。
 佐久間信盛を使者に送ってもダメだったので、明智光秀&羽柴秀吉が同時に使者として訪れた。
 荒木村重むらしげが謀反を辞めてくれないと、背中がヤバい武将2トップである。
 このコンビで説得しても、荒木村重むらしげは謀反をキャンセルしなかった。
「謀反を辞めたら、その段階で反信長派の家来たちと相討ちになってしまいます。どうか、そのまま、武力に訴えてください」
(意訳・反信長派の家来だけぶっ殺して、某だけは殺さないで)
 面倒くさいので、明智光秀&羽柴秀吉は信長に案件を投げ返す。
 たぶん投げ返されて、ものすごく荒れたであろうが、信長は最適解の事態収拾に手を付ける。
 発作的な謀反ではなく、毛利家が打った絶妙の指し手への対応と思えば、信長も頭脳戦で燃え上がる。

 返しの一手は、荒木陣営ナンバーワン武将・高山右近うこんの引き抜き。
 高山右近うこんは熱心なキリスト教信者なので、
「君が織田側に来ないと…堺や京にいるキリスト教関係者は…分かるね?」
 信仰心の面で脅迫して、引き抜いた。
 こういう手段で有力武将を引き抜ける限り引き抜き、荒木勢の兵力が一万以上から五千にまで下がった所で、織田軍は五万で出撃する。
 どう見ても、詰みの盤面である。
 勝負は瞬時について、荒木村重むらしげの居城・有岡城を包囲するのだが…
 防御力の高い有岡城&歴戦の荒木軍は、ここで織田軍に大損害を与えてしまう。
 信長の近臣も数名含めた二千名の損害に、信長がキレた。
 有岡城を包囲して兵糧攻めに切り替えると、非情な八つ当たりを命令する。
 
松寿丸しょうじゅまるを斬れ」

 命令が秀吉に届くと同時に、竹中半兵衛は金森長近ながちかに助力を求める。


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