楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

四十七話 リストラ日和(3)

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 天正九年(1581年)一月二十三日。
 織田信長は、明智光秀に「京都で馬揃えを開催するから、準備しろ」と命じた。
左義長さぎちょう(正月の火祭り)ではなく、馬揃え(軍事パレード)ですね」
 佐久間の軍勢と権益を吸収して織田家の中で最大勢力にはなったものの、多忙さも最大限に高まっている明智光秀は、過労に悲鳴をあげる脳を宥めながら、話に遺漏がないかを確認する。
 昔は金森可近ありちか(現在は長近ながちか)が説明し、その後は堀久太郎秀政が仔細を解説してくれた。
 最近、その役目は信長の小姓ナンバーワン森乱丸(森可成よしなりの三男)が引き継いでいる。
 言葉を端折りがちな信長に代わり、森乱丸が美少年顔を溌剌と輝かせながら解説に入る。
「先日の織田軍主催の左義長さぎちょうの華やかさが帝のお耳に入り、京都でも同じ催しが見たいとの打診がございました」
 十六歳で美貌ではなく才覚で信長に寵愛される美少年小姓は、聞き取り易い声で信長の存念を代弁する。
「この機会に、公家衆・織田家の武将・勢力下の有力国人を一堂に集め、名馬と装いを京都で披露する一大軍事パレードにします」
 それを聞いただけで、光秀の脳裏には京都の雑踏整理と広域警備と集まった参加者の宿場手配と、参加者の選定・呼び出し・パレードの順番その他の厄介事が思い浮かぶ。
 そのイベントの総責任者になる明智光秀から「めんどくさいなああああ」の雰囲気が薄らいだ頃合いで、森乱丸は話を先に進める。
「大好評で終わった場合、数日後にアンコール馬揃えをする用意も、お願いします」
 つまり、実質二回分。
「うぐうっ」
 流石の明智光秀も、思わず声に出して呻いた。
 その様を見て、信長も失笑している。
 無茶な命令を散々下してきた信長でも、これが多大な苦労をかけるイベントだと分かっている。
「これは、やむなく一回目の馬揃えに参加出来なかった方々への救済措置も含まれます。どうか、お願いします」
 金森のように穏やかに誘導して諦めさせるでもなく、堀久太郎のように理詰めでクールに言い渡すでもなく、森乱丸の頼みようは穏やかで凛々しい。
 それでも何故に腹の中が騒つくのか、光秀は自覚しないようにして、仕事に取り掛かる。

 仕事が出来る人の常として、明智光秀は真っ先に頼れる人に頼りに行く。
「先輩、手伝ってくださいよ。先輩も儲かりますよ。特に馬場で大儲け出来ます」
 金森長近ながちかは、冬の厳しい時期は越前大野には帰らず、安土で過ごしている。
 亡き妻に似た容貌の側室を数人抱えて、今まで以上にマイペースに過ごしている。
 長近ながちかは満足しているが、実子・長則ながのりは母に似た人間が複数周回している館に近寄る気なれず、ますます疎遠になった。
 多忙が極まって過労が顔に出ている明智光秀(五十代前半)と違い、四歳年長の長近ながちかの方は若々しく健康そうである。
 金森長近ながちかは、光秀の顔を一目見るなり、優しくしてあげる。
「自分が茶を入れてあげるから、まずは一服しなさい」
 いつもなら塩対応で、茶を所望しても白湯と柿ピーで済ませるのに、今回は普通に客としてもてなし始めた。
 千宗易から値切らずに買った茶器で茶を出し、京で買った菓子まで添えてくれる。
 光秀は、神妙に茶を飲む。
 塩や毒が入っていたというオチもなく、普通に美味しい。
 いや、過去最高に、美味しいです。
「先輩、僕は、いつ死にますか?!」
「知るか、ボケ」
「だ、だって、いつもは塩対応の先輩が、今回に限って…」
「馬揃えが終わったら、自分のように楽をしろ。イベントの運営なんざ、若い連中に任せて責任だけ取ってやればいい」
 光秀は、長近ながちかの掛けてきた気休めを廃し、質問の答えを求める。
「過労死ラインをとっくに超えているのですね、僕は」
「今まで以上に、もっと部下を使え。お前自身がやらなければならない仕事なんて、存在しないぞ」
「…そうしている、つもりでしたが…」

 明智光秀という男は、底辺の浪人にまで落ちた所から、才覚でほぼ頂点近くまで成り上がった。
 仕事を任されたら、期待以上の成果を出すのを常とし、ここまで来た。
 有能なので仕事を引き受け、有能なのでもっと大きい仕事を任される。
 気付けば、任された近畿地域軍の規模は、二百万石の大大名クラスになっている。
 勢力の成長経緯は羽柴秀吉に似ているが、決定的に違うのは、光秀本人が積極的に働いてしまう事だろう。
 弟や軍師たちに実務を丸投げして、仕事の斡旋に専念しつつ隙を見て女遊びをしてリフレッシュしている秀吉とは、過労の面で差が付いてしまった。
 加えて、信長の苛烈なリストラ政策。
 中高年の武将にとっては、やる気を恐ろしく下げてしまう政策だ。
 秀吉は早くも全面的に信長に腹を見せて、
「手柄に対する報酬は何も要りませんので、今まで領地も全部殿のお子様にお分けになって、今後もこき使ってちょうでえ」
 と公言しつつ、祝い事の度に贈呈品を「他の家臣団より必ず多めに」献上している。
 ぶっちゃけ「この秀吉から何かを取り上げるなら、損をするのはそちらだで」アピールに見える。
 小憎たらしい下心に対し、信長は実績を差し引いて、秀吉の好きにさせた。
 対して光秀は…

「僕も五年か十年後には、林さんや佐久間さんのように、地位と領地を没取されて追放でしょうね」
 先が見えるので、黄昏る。
 信長のやり方は一見すると強引だが、世代交代を速やかに実現させるには合理的だ。
 功労者だからと組織に居座られたら、迷惑なのは古今東西変わりない。
 この辺、信長はキッパリと「追放」でリストラを進めた。
 やられた方から見たら堪ったものではないが。
 林秀貞は長年の蓄財があったから残り寿命が短くてもゆったり過ごせたが、佐久間信盛は相当に厳しい生活になった。
 いつリストラされてもいい覚悟をしていたかどうかの差が、現れたとも見れる。
「財産までは没収していないだろ。老後は蓄えで、静かに暮らせよ」
 既に逃げ切り隠居モードの用意を整えた長近ながちかは、余裕である。
「先輩はいいですよね。いざとなったら、頼れる隠居先が二つもあって」
「どちらも頼らないよ。堺か京で、ゆったりと暮らす」
 光秀は、長近ながちかの出した二杯目の茶を回して眺めながら、妙な事を口にする。
「堺も京も、燃えれば、それまでではありませんか」
「堺も京も、お前の守備範囲だろうが? どうやったら燃える?」
「…まあ、そうですね。僕が守っていますからね。僕がリストラされた後は、知りませんが」
「明智光秀の『近畿管領』の跡を継ぐ者には、是非ともそこだけは守って欲しいね」
「…残酷な人ですねえ。僕はこのままの勢力を、保持したままでいたいのに」
「過労死したら、保持もへったくれない。緩々と誰かに割譲しながら、楽になれ」
「そうなるのは、相当先になりますよ。まずは、殿が隠居してからですね」
 不穏な文言に見えるが、この頃には信長も嫡男への権力移譲を少しずつ進めている。
 魔王も父親の死亡年齢を越すと、老後を考えるようになる。
「自分も、その頃に完全隠居かな」
「先輩なら、どうせこうやって呼び出されますよ。度々」
「…次に同じ事をされたら、どぎつい方法で拒否してみよう」
 明智光秀は馬鹿笑いをしながら、長近ながちかの入れてくれた二杯目の茶を飲み干す。
「僕の手伝いは、引き受けてください」
「今回はな。情報を全て共有させろ」
 これを機会に儲ける気の、長近ながちかだった。



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