楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

五十話 終熄への日々(3)

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「今日は、何事もなく済みそうだ」
 出番が終わり次第、馴染みの茶屋の予約席で観覧を決め込んだ長近ながちかは、連れてきた前田利家に、安心した顔を見せる。
「息子さんの晴れ姿は、観たのか?」
「自分が引退して、こういうのに出なくていい頃に。もっと出世して、馬と服を自前で整えられてから。その時で、いい。ゆっくり観られる」
「そうか」
 次の機会が、これから数年に渡って訪れる事を、二人は疑わない。

 信長の姿が、長近ながちかたちの視界に入る。
 真紅の極上生地で全身を染め上げ、金銀の細工で装飾を極めた信長が、名馬・大黒おおぐろに乗って観衆の度肝を抜いている。
 もはや武将でも戦国大名でも天下人でもなく、神々しい何かである。
 周囲を武装した小姓・小人が取り巻いているが、観る者の視線は真紅の信長に吸い寄せられる。
 前田利家が、初めて観るような顔で、神々しい信長を観詰める。
「誰だ、あれは?」
 あまりに神々しいので、一緒に野山を駆け巡って遊んだり、戦場で苦楽を共にした人物とは認識出来ない。
「隠居しちゃった暇人が趣味に埋没すると、神様になっちゃうのさ」
「アホな」
 信長の方でもらしくないと思ったのか、先行させた名馬六頭に乗り換えながら、道化て見せる。
「確かに、殿だ」
 苦笑しながら見送ると、利家は長近ながちかが退店しようとしているので驚く。
「まだ手伝うのか?」
「数日後のアンコール京都御馬揃えきょうとおうまぞろえの準備は、もう始まっている」
「そんなに明智を休ませたいとはね」
「いま明智が倒れて穴が開くと、穴埋めが大変だ。また自分が呼び戻される」
「それを聞いて安心した。金森は変わらないなあ」
又左またざ(前田利家の通称)も来い。一杯は飲んだろ」
「二杯しか飲んでねえよ」


 数日後のアンコール京都御馬揃えきょうとおうまぞろえも無事に済み、明智光秀の胃に穴が開く事もなく、長近ながちかと利家が越前に帰る。
 明智光秀の健康は、小康状態を保った。
 以前よりも茶会や催事に興じて、仕事でのストレスを減らす努力を増やしている。
 信長の方も、光秀への追加仕事のガン積みを控えるようになった。
 信長の新旧側近が「光秀を過労死させるな」と釘を刺したのも、効いているだろう。
 明智光秀の生活に、ゆとりが出始めていた。
 これで金森長近ながちかが楽を出来るようになったかというと、予想外の多忙に見舞われた。


 天正てんしょう十年(1582年)
 武田家の弱体化が著しいので、今年は武田討伐で間違いないだろうとは予想されていたが、正月明けに先手を打たれた。
 いや、先手を打たれたというより、武田勝頼の自滅ペースが早まり、皺寄せが金森長近ながちかにまで押し寄せた。

 長篠の戦いでフルボッコにされた武田軍だが、トップの武田勝頼かつよりは「徳川だけが相手なら負ける気がしないから、やろうぜ」路線を変えなかった。
 途中まではなかなかに善戦して見直されたのだが、結局は敗北&家来の離反で弱体化が進む。
 中には離反がバレて、人質が磔にされて本拠地に攻め込まれる武家も出てくる。
 武田と織田の国境の一つである飛騨ひだ(岐阜県北部)を越えて、越前大野へ、つまり金森長近ながちかを頼って亡命してくる武家が増えた。
 中でも牛丸親綱ちかつなという図々しい武将が、名指しで頼ってくる。
「初めはこの辺で最大勢力の佐々(成政)を頼ったのですが、何故か追い払われました」
 長近ながちかは、この男の勘違いを責めなかったし、この男を追い払った佐々成政なりまさを責めなかった。
 柴田勝家には、心中で罵った。
 上杉から切り取った領地の運営で、佐々成政なりまさは、明智光秀の如く過労が嵩んでいる。
 主な原因は、柴田勝家が苦手作業を佐々成政なりまさに回し過ぎたせいである。
 真面目な佐々成政なりまさは、長近ながちかのように上手くサボる事が出来ず、気付けば越中国(富山県)守護の立場になってしまった。
 普通なら喜ばしい事なのだが、上杉から強引に合併吸収した土地の統治である。
 揉める、面倒くさい、割に合わない。
 他国の武家から見たら、一国の国主に出世した華々しい立場だが、実質は残党狩りと叛乱対応と残務処理に追われている哀しい中間管理職である。
 そこに飛騨から、バッドニュースを持った亡命希望者(牛丸親綱ちかつな)がやって来たのである。
「悪虐非道の武田軍が、飛騨地方を武力制圧しました。我々を追い出して、この辺に攻め込む気です」

 武田勝頼は、戦略の軌道修正を、始めていた。
 織田には、勝てない。
 徳川にも、もう勝てない。
 でも、柴田勝家には勝てる(断言)
 ここは上杉家を助ける名目で、柴田勝家だけと戦うのもありなのではないだろうかと、武田勝頼は矛先を変更した。

 このバッドニュースに対し、佐々成政なりまさは可能な限りベターな選択を選ぶ。
「大野(越前)の金森を頼れ。佐々軍は、これから飛騨からの敵襲に備える」
 許容量を超えたからとは言えず、佐々成政なりまさは牛丸親綱ちかつなに言い渡す。
「故郷に(飛騨国大野郡)に戻れと?!」
 初対面で発生する、地名での気まずい勘違いを乗り越えて、牛丸親綱ちかつなは金森長近ながちかに邂逅する。
「織田軍が飛騨から武田に攻め入る時は、先鋒を任せてください」
 故郷から追い出された経緯を差し引いても、戦う気があり過ぎる人物だ。
 その図々しさを逆手に取り、長近ながちかは牛丸親綱ちかつなを傘下に加える。
 そういった経緯を書状に書いて、長近ながちかは緊急速達を信長に送る。
「自分が先鋒を務めます。この好機に、武田討伐を」
 武田が近所に攻めて来る前に、信長を急かして始末させようとする、セコい主人公だった。
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