楽将伝

九情承太郎

文字の大きさ
17 / 145
第一章 赤と黒の螺旋の中で

十六話 尾張いんちきシビルウォー(4)

しおりを挟む
 信長が不人気になったイベントは、主に三つ。

 一、後援者・斎藤道三の戦死
 全国レベルで悪名を響かせた斎藤道三のバックアップが無くなり、美濃国が再び敵国になってしまった。
 しかも、斎藤龍興は信長が大嫌いなので、積極的に敵対してくる。
 信長さえいなければ関係修復出来るのになあ、という空気は、信行への支持率増加に向かった。


 二、信長の弟・織田秀孝ひでたかの死去
 色白の美少年・織田秀孝(十五歳)が川遊びに行くために馬で移動した際、家臣を引き離して目的地に『単独で』着いたタイミングで、非常に悲しい誤解が起きた。
 同じく川遊びに来ていた、その地の領主・織田信次(信長の叔父)と家臣団が、単騎で馬に乗る美少年に対し、誤解に基づく判断をしてしまう。
「領主様の前で、馬を降りて挨拶しないとか、何様?」
 当時の常識として、目上の人がいたら、馬から降りるのが礼儀である。
 秀孝視線では、
「あ、叔父上がいる。挨拶に近寄ろうかな」
 程度の認識であったろうが、下馬せずに目前で所属不明の美少年がウロチョロしていたら、警戒される。
 周囲に家臣がいれば、若輩の秀孝に下馬を促し、非礼を詫びて退去しただろう。
 周囲に家臣が侍っているのを見れば、織田信次側も氏素性を確認しただろう。
 そうはならなかった。
 当時の常識を弁えない美少年に対し、織田信次の部下が、威嚇の矢を放つ。
 不審者の乗る馬の手前付近を狙った矢は、風に乗って、美少年に直撃してしまう。
 即死。
 近寄って顔を確かめると、ようやく織田信次側は相手が「織田信長の弟」だと識別した。
 認識した途端、その場にいた関係者一同は、尾張国外へ逃げ散った。
 自分の城も領地も捨てて、逐電した。
 織田信長の弟を殺したのだから、当然の反応と思う。
 ところが、この件に関しての信長のジャッジは、周囲の予測と大きく違った。
「他人の領内で、単騎で迂闊な行動を取った秀孝にも咎がある」
 無罪判決。
 織田信長は、この件で叔父を責めなかった。
 誰も責めなかった。
 この信長の無罪判決に対し、信行が真逆の有罪判決を下す。
 織田信次が放棄し、残された家臣団が立て篭もる守山城(現・愛知県名古屋市守山)の城下町を、報復に焼き払った。
 やり過ぎである。
 織田信長は、報復の虐殺を辞めさせる為に、兵を動かした。
 信行は兵を引いたが、家中は「報復をした」信行を支持した。
 「報復を思い止まった」信長を、薄情と見做して不支持の者が増えた。
 酷い時代だ。


 三、信長の弟・織田信時のぶときの切腹
 前述の信長の無罪判決には、下心もある。
 報復を恐れてビビりまくる守山城の武士達は、穏便に済ませようとする信長に、城を明け渡す。
 そういう事。
 守山城の面々は、信長の弟・織田信時を城主に迎え、信長派として再出発。しようとしたのだが、信時がしくじる。
 家臣の子を「特別に寵愛して」出世させようとしたので、守山城の旧家臣団から早々に見切られた。
 赴任早々、調子に乗って、セクハラ。
 そりゃあ、見切られる。
 クーデターを起こされると、信時は切腹に追い込まれた。
 守山城の旧家臣団は、ろくでもない城代を送って寄越した信長を見限り、先日まで自分たちを殺そうとした信行に付いた。
 切り替えの速い人々だ。


 以上の三つが起きた後、信行は軍勢を集めて信長への叛旗を明らかにした。
 一見して可近の「いんちきシビルウォー」に乗った形だが、集めた兵力が信長の倍以上。
 しかも信長の兵力を削る形で、挙兵している。
 バランスが崩れて優位に立った以上、信行が事前の計画通りに「一戦してから、信長に降伏する」可能性が低くなった。
 立場が逆なら、信長もそうするだろう。
 可近の作戦と違い、本当に実力を示した上での、吸収合併になりそうである。
「もっと死傷者を、少なくしたかったのに」
 愚痴る可近に、信長は揶揄うように、広言する。
「武器を向ける奴だけを、殺す。逃げたり降伏した者には、手出しをせん。どうせ、アイツらは全部、信長の物だで」
 落ち込む可近を弄って、兵が集結し終えるまでの暇を潰す気だ。
「どの道、この程度の戦で死ぬ奴には、用は無えで。気に病むな」
 この戦を、尾張兵の耐久試験のように捉えている、魔王レベル2くらいの信長だった。
 過去一番、「妻と一緒に、三河に亡命しちゃおうかな~」と思う、可近だった。

 主人公のテンションは下がっても、他の同僚達は上げている。
「砦に接近中の敵を迎撃するより、こちらに引き付けて渡河させませんか? 敵の半数が渡河したタイミングで襲えば、数の差を激減出来ます。
 ここに引くまでの殿しんがりは、自分が引き受けます」
 佐久間信盛(通称・退き佐久間)が、積極的に金森の作戦が崩壊した場合に備えようとする。
 実際に半分崩壊しているので、可近は構やしない。
 イヤミな中年武将には、涼しげな好青年武将が反論してくれた。
「双方の兵は、打ち合わせ通りに、引いてくれます。問題は、それでも残りそうな、林の軍勢です。柴田の兵は権六(勝家)譲りで義理堅く引いてくれるでしょうが、林の軍勢は…」
 丹羽にわ長秀(通称・五郎左)が、より現実的な戦術に話を絞る。
 いつもマトモな話をしてくれるので、可近はニコニコと拝聴する。
「林は『根伐り』(皆殺し)で構いませんよね?」
 可近が、顔を覆う。
 可近の『いんちきシビルウォー』を逆手に取り、信長を排除する好機と捉えた林秀貞・林通具みちともに対し、丹羽にわ長秀は静かにキレていた。
 可近には、キレている丹羽長秀を、止められる自信がない。
 普通の人と違い、丹羽長秀はキレると決めたら、キレる。
 つまりキレる。
 信長が、直に止めない限りは。
「ダメだ。降伏したら、許す」
 信長が、即、止める。
 止めないと、今日中に信長の傘下に入る兵数が、大きく目減りしてしまう。
 先程は「減った兵は金で雇える」と豪語した信長だが、抑えられる出費は抑えたいので、止めた。
 丹羽にわ長秀は、何とも言い難い顔で自制心を振るいつつ、自分より自制心の無さそうな武将に話を振る。
又左またざは、我慢、出来る?」
 この中で最年少の少年は、大人達の嫌な空気に飲まれずに、言い返す。
「大丈夫っすよ。丹羽さん程、キレ易くないし」
 前田利家十七歳(通称・又左)、只今反抗期真っ盛りの若者は、マトモ人間型爆弾に対しても余計に反抗しちゃった。
「…今、かなり失礼な心情を込めて、返事しましたね?」
 格下の小姓上がりの生意気を至近距離で浴びて、オフに戻りかけた丹羽長秀のキレスイッチが、オンに近付く。
「先に俺をナメたのは、丹羽さんです」
 キレたら一番ヤバい人と、若手で一番血の気が多い少年が視線を合わせて火花を散らし始めたので、最強の人が割って入る。
「お前ら、喧嘩するなら、今すぐ帰れ。戦は、この森可成がいれば、事足りる」
 森可成はそう言って、馬で渡河を始める。
 信長はそれを見て、一同に渡河を命じる。
 可近も、二人を放って、渡河を始める。
 丹羽長秀と前田利家も、くだらない用事で合わせた視線を、切った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...