楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

十八話 尾張いんちきシビルウォー(6)

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 清洲城に信長たちが戻ると、先に戻って来た兵たちが、再出撃の用意を整え終えていた。
 信長は、まだ何も命じていない。
 側近たちを見渡すが、誰にも覚えがない。
 藤吉郎が、得意顔で足下に寄る。
「勝ち戦の後は、末盛城(信行の居城)と那古野城(林秀貞の預かる城)の攻略に違いねえと踏んで、焼き討ち用の燃料を用意しておったら、みんな再出撃の用意を始めました」
 信長は、藤吉郎の用意の良さを褒めるかどうか、少し迷った後で顔面を蹴り飛ばした。
 リアクションは派手だが、怒ってはいない。
「いいか、猿(藤吉郎のニックネーム)。末盛城には母君が住んでいるし、那古野城には馴染みの城下町がある」
「はい、不心得な先回りでした!」
 土下座して頭を地面に擦り付ける藤吉郎に、信長は優しく声をかける。
「焼き加減を間違えると大惨事だで。一緒に来て、覚えろ」
 可近は戦死した同僚たちの葬儀手配に夢中で、藤吉郎が信長から戦国武将の心得を伝授される最初の一歩を、見逃した。
 藤吉郎を部下としてだけではなく、弟子として扱い出した瞬間を、見逃した。
「孫介も戦死したのか。勿体ない。佐々への遣いは…自分が行きます」
 戦後処理の為に居残り、那古野城の焼き討ちには行かないつもりだった。
 思い出の城下町を焼き討ちしたら、嫁さんに腹パンを連発されそうだし。
「その役目は、私が引き継ぎます」
 とってもスッキリした顔で、丹羽長秀が金森可近の仕事を横取りする。
「私が行けば、佐々の人々も、落ち着くでしょう」
「それは落ち着くのではなく、文句が言えない程のプレッシャーを感じさせているだけでしょ」
 とは言えずに、可近は諦める。
 フリーになった可近に、すかさず信長が顎サインで随行を命じた。
 織田家の方でも、このサボり至上主義者の扱いに、慣れ始めている。
 不満げな顔を隠さずに馬を進めていると、痩せ馬に乗った藤吉郎が寄せて来た。
「見学パート2だぎゃあ。金森様が、林様を死なせずに連れ戻すやり方を、学ばせてもらうで」
「前向きな所が素敵ですね」
「悲観的ですな」
「もっと少ない死傷者で済む筈だったのでね。苛々する。その責任がある人を救いに出向くのも、苛々する」
「足りなかった部分は、林様に補わせれば、帳尻が合うのでは?」
「そうなって欲しいね」
 これは「いんちきシビルウォー」の筋書き通りに、林秀貞を赦して再編成するフラグだと思い直し、可近は気持ちを軽くする。
「藤吉郎。たぶんこの仕事は、君の方が向いている」
「いいのかなあ~? 口八丁で、他人の人生を変えてしまって。気が引けるだぎゃあ」
 良心の呵責があるようなフリをする藤吉郎に、可近は苦笑した。
 ほぼ同類なので、非難する気にも慣れなかった。


 末盛城&那古野城の城下町を焼き討ちする作業は、形式だけで済まされた。
 敵地ではなく、自身の領地内である。
 一部の家は焼いても、人は焼かない。
 住民は一時避難し、事が済み次第、再建モードに入る。
 酷いようだが、城下町は防御側から「出城」「追加の砦」「伏兵を潜ませられる場所」として利用可能なので、攻撃側は最初に焼き払うしかない。
 住人たちも、その点は理解しているので、クレームは後回しにして避難する。
 元ご近所さんたちにペコペコと頭を下げながら、金森可近は信長と一緒に、那古野城の正門に向かう。
 
 城下町の焼き討ちは、防御側に対して、
「怒った? カチンと来た? 城から出て戦争するか、降伏するか、とっとと決めろや」
 というファイナル・アンサーを求める合図でもある。
 林秀貞は手向かいを一切せず、武装もせずに信長を出迎えた。
 一戦して手酷い敗北した部下たちも、おとなしく引っ込んで、沙汰を待つ。
「お見事、でした」
 褒められても、信長は不快そうに上座に座ったまま、吐き捨てる。
「余分な殺生だで。無駄死にじゃ」
 弟と家臣団の過半数を失ったばかりの男に対して、信長は傷口に粗塩を塗り込む。
「信行は使える弟だが、戦国大名として矢面に立つ仕事は、無理だ。それが分かっている『おみゃあ』が反対せぬから、馬鹿どもがつけ上がった」
 原因は最近の信長の『不人気』なのだが、そこには誰も言及しない。
 林秀貞以外は。
「そういう所が嫌われる故、これからも背かれましょう」
 信長は激発せずに、発言の先を促す。
「城下町を平気で焼き払える無神経さ
 人を殺しても得をしたと喜ぶ冷酷さ
 人の落ち度を論って弄ぶ薄情さ
 何も、人から嫌われる行いです」
「知っていながら、敢えて、やっている」
 信長は、つまらなそうに、林秀貞への興醒めを顕わす。
「お前は、つまらぬ。だが、つまらない者に背かれても、面倒じゃ。林秀貞には、引き続き筆頭家老を命じる」
 叛乱を抑えられなかった者への、赦免&立場据え置き。
 それは温情ではないと分かっているので、林秀貞は辛い。
 生殺しの状態で、織田家の安全弁として生かされる扱いが、辛い。
 辛そうなので、金森可近が進み出る。
「林殿。辛いでしょうから、自分が、お手伝いします」
「じゃあ、代わりに筆頭家老を、やってくれ」
 もう信長の元で働く気が喪失している林秀貞は、平気で閑職をぶん投げる。
「逆です。茶会での差配を、仕切ってください」
 金森可近が、最も得意とする役職を、林秀貞にぶん投げ返す。
 思わぬ役職のぶん投げ合いに、信長&側近連中が、息を呑む。
「…それ、お主の仕事を押し付けていないか?」
「それも逆です。茶会関連の仕事をメインにして、他の家老仕事は、全て他人にやらせましょう」
 第二の金森可近を生み出そうとしているので、信長&側近連中が、ズッコケる。
「ふうむ、そうかあ。敢えて、楽をするのか」
 林秀貞の方は、ワーカーホリックの信長の下で、可近のような働き方をする事に愉悦を認める。
「だが断る」
 アホの誘惑に、マトモ人間・林秀貞は正気を揺るがさない。
 故・平手政秀とタッグで、織田信長という超難物を育て上げた、マトモな人なのだ。
「どうせリストラされるだろうからと虚しくなっていたが、気が変わった。この殿の下で『つまらない筆頭家老』を何年勤められるのか、試したくなった」
「頼む」
 信長は、もう一人の『育ての親』を死なせずに済んだので、和む。


 晩年にリストラされた事ばかり、後世の記憶に残る林秀貞だが、そこは見方を逆にするべきだろう。
 この後、織田信長からリストラされずに、二十年以上も『つまらない筆頭家老』を勤めたのだから。
 当時は、この辺の凄さを理解していたので、林秀貞の子息は土佐藩で重臣として迎えられている。


 和んだ頃合いで、末盛城から土田御前(信長と信行の母)の使者が来る。
「母に免じて、信行を許してあげて(投げキッス)」
 という意味合いの書状を受け取ると、信長は早速、筆頭家老に信行の扱いを押し付ける。
「おみゃあが、勘十郎(信行の通称)の言い訳を聞いたれや」
 裏切ったふりをして本当に裏切った弟の言い訳を聞きたくないので、信長は全てを押し付けた。
「御意」
 林秀貞は、他の雑用で逃げようとする可近の首根っこを片手で掴み、猫のように借りて行く。
「一緒に来い、言い出しっぺ。茶を淹れるだけで、いいぞ」
 とか言いつつ、左手で斬れそうな刀を三本、引っ提げる。
「降伏の手続きを、するだけですよね?」」
「お主のオススメだ。嫌な仕事を押し付けられろ」
「ちょっと待ってください。もっと適任な人に、押し付けますから」
「どう見回しても、お主が適任だ」
「いいえ、実在します、自分より適任の人が」

 金森可近が借り出されて姿が見えなくなるまで、藤吉郎は那古野城の負傷した足軽と駄弁って、やり過ごす。
 既に可近から「嫌な仕事を、上司に回す」スキルを、習得していた。
「怪我が治った後、戦働きがしたくなったら、この藤吉郎の所に来りゃええで。林様の扱いは、しばらく後詰めだろうから、最前線でバリバリ働きたい奴は来いや。
 この藤吉郎、金払いと面倒見の良さは、平均評価4・1以上の好人物ですぞ!」
 当分は出世コースから外されそうな林勢のホームで、人材募集を開始していた。
 信長から武将としての才を見出された途端に、庶務奉行職から戦闘指揮官への転職準備を、自然に速やかに進めている。
 陽気な猿顔の男の話に乗り、二十名以上の足軽が、転属を申し出る。
 半日前まで敵だった兵を平然と吸収する、その異常な才能が発露する瞬間だったが、周囲の反応は薄い。
「兵達を収容出来るスペース、有ったか?」
 藤吉郎の借家の狭さを知っている前田利家が、余計なコメントを口にしただけだった。
 藤吉郎は素早く利家の耳元に、対応策を吹き込む。
「借金して新しい長屋を作り、戦で手柄を立てて、返済するので問題ないから黙っていてくれ」
「いや、間に合わないだろ?」
「新築の長屋が出来るまで、金で他の長屋を借りればいいだけ」
 真面目な顔で牽制してから、笑顔に戻って、人材募集を続行する。
 藤吉郎が、危ない自転車操業をするつもりなので、利家はドン引きした。

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