楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

五十二話 喜びを蔵に重ねて(5)

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 堂洞どうほら城内では、信房のぶふさが我が子を斬ったという話が周り、慄然としている。
 切っ掛けにになった可近にキツい視線を向ける者もいたが、憐憫に満ちた可近の顔を見て、引いた。
 日没を過ぎると、夜陰に乗じて城から脱出する者が続出する。
 正門の曲輪から、可近は城内の残存兵力を見積もる。
(千五百以下から一千にまで減るかな。でもこの状況で残るような兵は、強い。城攻めは長引くな。食糧庫を最優先で潰すか。いや、速度優先の方が、いいか)
 そんな考え事をしていると、素面に戻った岸勘解由かげゆが訪ねてくる。
「そこで寝るのか?」
「あれと一緒の屋根の下で、寝たくない」
 言いながら、可近は顔を慌てて拭う。
 孫の返り血を浴びた顔など、見たくはないだろう。
「わしもだ。今回の戦は、別々の場所で戦う。バカ息子は北門で指揮させるから、そこを重点的にやっていいぞ」
「意外ですね。父子揃っての武勇で知られているのに」
「戦に付き合わせ過ぎた。あそこまで壊れたら、もうしてやれる事は、ない」
 可近は、調略は諦めても、死なずに済む命は諦めなかった。
「他の孫は、逃がしておくべきです」
「もう、そうした」
 可近の顔に、久しぶりに笑みが戻る。


 翌朝。
 金森可近ありちかは、総白の軍旗を馬に立てて、信長の本陣まで無傷で戻る。
 可近の持ち帰った情報を元に、信長は堂洞どうほら城攻略の布陣を決める。
 丹羽長秀・森可成・河尻秀隆が西と南から攻め、北側は佐藤忠能ただよし(最近、織田に寝返った武将)に任された。
 新加入の佐藤忠能ただよしの負担が大きいが、地元の武将である。
 堂洞どうほら城の北にある加治田かじた城からの出撃なので、兵糧の負担が一番少ない。
 あと失礼な言い方になるが、再び敵方に回られても、北側なら退路を断たれずに済む。
 そんな懸念も込みの布陣であったが、加治田かじた衆の士気が爆上がりするイベントが発生する。
 堂洞どうほら城の北側、加治田かじた城に見えるように、一人の少女が磔にされた。
 佐藤忠能ただよしが、人質として岸勘解由かげゆに預けた娘・八重緑やえりょくが磔にされた。
 竹槍での刺殺と書かれているので、楽には死ねなかったであろう。
 遺体はその夜のうちに、加治田かじた衆の西村治郎兵衛じろうべえが奪還し、龍福寺(この頃は新築)に葬った。
 次の日。
 報復の一念で統一された加治田かじた衆は、堂洞どうほら城の北側を、四隊に分かれて波状攻撃を加える。
 南と西から攻め寄る織田軍は、地形の移動し難さと岸軍の迎撃に難儀しつつも、南側から突破口を開く。
「南側の『二の丸』近くに、登り易い建物があります。ここを先に占拠して弓手を配置すれば、相当楽に攻略出来ます」
 という可近からのお勧めポイントを信じ、弓の腕前を買われて信長の近習になった新人・太田牛一ぎゅういちが屋根に登る。
 天守閣の最上階以外は弓矢の射程圏内という、絶好の高台だった。
「矢をありったけ、ここに運んできやがれ~~!!」
 後に『信長公記』の著者として著名な太田牛一ぎゅういちだが、この時はアーチャーとして無双しまくった。
 曲輪から矢や鉄砲を撃ち込もうとする兵を次々に射抜き、味方が城内に侵入し易くする。
 曲輪が次々に占拠され、堂洞どうほら城は本丸まで防衛ラインを下げた。
 堂洞どうほら城の北側も兵数が大幅に削られ、残りの兵数が一桁に減った段階で、岸信房のぶふさは自刃した。
 ここまで来ると普通は詰みなのだが、ここからが長くなった。
 ここまで押されても、織田軍の十八回にも及ぶ攻勢を防いだというのだから、岸勘解由かげゆ信周の強さは本物だ。
 奥さんも長刀を振りまして奮闘しており、最後まで夫婦揃って戦い抜いた。
 そろそろ日が傾く頃合いで、終焉が来る。
 丹羽長秀・森可成・河尻秀隆の部隊が、とうとう本丸の中にまで攻め込んだ。
 同時に。
 大渋滞が起きた。
 人口密度が高過ぎて、敵味方の区別が付かない。
森可成「おい、お前ら一旦、落ち着け! 同士討ちが起きるぞ! 落ち着け!」
丹羽長秀「総員、得物を小太刀に切り替えなさい。持っていない者は、城外に待機。混み過ぎです」
河尻秀隆「悪いけど、全員踏み台にして、進んでもいいかな?」
 乱戦が収まらないうちに、岸夫婦は天守閣の最上階へと、消えた。
 丹羽長秀・森可成・河尻秀隆が、
「我々三人だけで攻め上った方が、最も効率的では?」
 との意見に同意し、天守閣を登る。
 残った岸軍の兵を排除しながら最上階に辿り着くと、岸夫婦は、差し違えて供に果てていた。
 残された辞世の句を、丹羽長秀が検める。

 奥方の句は
「先立つも暫し残るも同じ道 この世の隙を曙の空」

 岸勘解由かげゆ信周の句は
「待て暫し敵の波風斬り払い 俱にいたらん極楽の岸」

「なんて夫婦だ」
 こういう武将こそ可近に調略して欲しかったが、それを言っても仕方がない。
 森可成も、その句を読んで感心する。
「こんだけカッコいい辞世の句を読む自信、ないわ」
「句なんか残すような死に方はしねえよ」
 河尻秀隆は、手柄にするはずの首級候補が自害してしまったので、興味をなくした。


 その夜。
 信長は、加治田かじた城の佐藤忠能ただよしの館に宿泊する。
「もう君たちの事は、疑っていないよ」
 という証なので、佐藤忠能ただよしは安堵のあまり、感涙した。
 信長の方は、別の理由で安堵していない。
 寝室に茶の湯を淹れてきた可近に対し、嫌な目で問う。
「あと二人、孫が残っている」
 落城するまで奮戦し、織田軍に甚大な被害を与えた勇将の子孫を、信長は『禍根』と見做した。
「うまく逃したようですな。何処を探しても、見つかりません」
 探してもいないくせに、可近は白々しく返答する。
 可近に命令しても、すっぽかされる案件なので、信長は他の者に命じる事にして、寝た。
 この方面に出撃して、一ヶ月以上経つ。
 ようやく要所を落として、ひと段落した頃合いだったので、流石の信長も集中力が切れた。
 あとは稲葉山城を落とせばいい「王手」の段階まで来た安堵と、連戦の疲労が一気に来た。

 次の日、普段はやらないミスをする。

 首実験を済ませてから、尾張へ帰るために出立するのだが、信長の本陣が最後尾になってしまった。
 首実験を済ませた順に、各武将を帰してしまったので、信長の周囲には八百の兵しか残っていなかった。
 兵站担当の木下組まで先に帰してしまったので、逆に木下藤吉郎が気を回して部下を派遣し、周辺の索敵に行かせる。
 その動きを見て、可近も信長も、失態に気付く。
 信長は、今の自分が桶狭間の今川義元と同じミスをしでかしている事に気付き、慄然とする。
 敵地で、していい用兵ではない。
 このタイミングで、新手の敵の接近が告げられる。

 堂洞どうほら城の救援に来た、斎藤龍興の軍勢三千。
 堂洞どうほら城が落城したので、指揮官は帰宅する織田軍の背後から攻める方針に変える。
 総大将は、斎藤龍興。
 酒色の抜けた青年戦国大名は、斎藤道三の孫として恥ずかしくない、采配を振おうとしていた。


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