楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

五十八話 シン墨俣一夜城(3)

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 小牧山城は、緊張に包まれていた。
 またしても、金森可近ありちかの仕切りで、会議の準備を進めている。
「くっ、真面目に仕事をするふりをする五郎八なら散々見てきたが…」
「本当に真面目な顔をして仕事をする金森が、ここまで恐ろしいとは」
「ひいい?! 今日の五郎八からは、血の匂いがするわ!」
「あ、それおれの」
 大広間に集まって可近をネタに駄弁っている家臣団に対し、金森可近は軍配団扇をシャキーンと振るって、注意を与える。
「今日の会議は、厳しくするからね。君たちが泣き出しても、厳しくやり遂げます。手加減しない」
 そう言って堀久太郎から小太刀(中古品)を受け取り、腕力だけで曲げるパフォーマンスを見せる。
「今日、自分の会議進行に逆らった奴は、これな」
 サボり魔の茶坊主武将から、剛腕系のパワーハラスメントを受けて、一同ドン引き。
「これは、真似はするなよ」
 小声で堀久太郎に注意しつつ、可近は全員が集まったのを確認してから、信長を呼ぶ。
 大広間に入るや、信長は本題から入る。
「前回の失敗の問題点を、克服する。墨俣に城を築く。墨俣に拠点を築けば、美濃攻略は王手も同然だぎゃあ」
 信長は一呼吸置き、末席に木下秀吉が畏まっているのを確認してから、話を再開する。
「墨俣築城を請け負いたい者は、名乗り出よ!」
 一同、沈痛な面持ちで、
「誰か、名乗り出てくれないかな~?」
 と、様子を見る。
 ここで各武将の内心を列挙すると、


柴田勝家「(無理無理、こんなのを引き受けたら、家臣団が半減するわい。成功しても、激減。壊滅。無理)」

丹羽にわ長秀「(木下組が最適の任務ですね。秀吉が手をあげる予定なので、この場は涼しく見物を)」

可成よしなり「(俺が防衛担当だろうなあ。二ヶ月出張かあ。誰か超高速で築城してくれねえかなあ。…これ、敵側の墨俣城を奪った方が楽というか、稲葉山城を落としたら、要らない城だよね? なんかコスパ計算間違っていないか?)」

佐久間信盛のぶもり「(失敗した時のフォローの用意をした方が、いいかな? 中継地点に拘らずに、稲葉山城をストレートに狙えばいいのに。意外と慎重な方だ)」

滝川一益かずます「(伊勢攻略があるから、この件はスルー)」


 この段階での織田家武将ベスト5が、揃って動きを止めた。
 彼らが動かないのを見極めてから、木下藤吉郎秀吉が立候補する。
「殿! 恐れながら、この木下秀吉が、墨俣に城を建ててみせます!」
 やったー、立候補するアホが出てくれた!
 という安堵感が大広間に広がると共に、出世速度の早過ぎる男が、功名の機会を得ようとしている事への反発がもたげてくる。
 この段階での各武将の内心を描写すると、


柴田勝家「(またあの野郎は、蜂須賀小六に丸投げのくせに、ドヤ顔しやがって。柴田で受注して、川並衆を借りる形でやっちまおうかな)」

丹羽長秀「(権六の体温上昇が酷いな。私が受注して、木下組に委託する形にしてあげた方が、波風立たずに済むやもしれぬ)」

森可成「(あいつ頭脳派なのに、こんな任務を引き受けて大丈夫か? ケツもちはどうせ俺らだからって、甘え過ぎじゃね? 反対して潰すか、この案)」

佐久間信盛「(慎重な攻略ルートを作りたいのに、出しゃばる新参者。揉めるな、これは。スルーに限る)」

滝川一益「(猿が立候補したって事は、実は成算高いのか? でも情報足りないから、スルー)」


 柴田と森が異を唱えようとすると、金森可近が睨みつけながら軍配団扇をスイングして牽制する。
 異を唱えたら、この場で潰す気である。
 信長はニヤニヤと、可近の行為を黙認している。


柴田勝家「(出来レースを強いやがったな、五郎八~~)」

森可成「(えええええええ? 実は殿の仕込み案件だったの?)」


 空気を読んで、柴田と森が大人しくなる。
 他の立候補者や反対意見が出なかったので、信長が宣言する。
「墨俣築城は、木下秀吉に、一任する!」
「はい! では、来月には始めます!!」
 大広間の過半数の武将たちが、慄然とする。
 十日前に、暴風雨に見舞われながらの出陣をしたばかりである。
 今からまた軍備を整えて、木下秀吉の出世の手伝いに駆り出されるのだと思うと、やる気が整わない。
 そんな空気をぶった斬るように、信長がダメ押しをする。
「築城の防衛には、信長が当たる」
 御大将自らが、木下秀吉の防御に当たると宣言してしまった。
 家臣団は「はい、どうぞ」で済む話ではない。
 ここでサボったら、領地没収・俸禄削減・家格降格のネタにされる。
 織田軍は、ブラック企業である。
 信長が出るなら、全員参加。

 微妙な空気のまま終わった会議だが、木下秀吉を誉める武将も少なくはない。
 前田利家は手放しで喜び、赤母衣衆として信長と一緒に秀吉を守ると誓う。
「たとえ築城が遅れて完成が来年にズレ込もうと、この前田利家が守りきってやるぜ!」
「嬉しいけど、それ侮辱だからな、又左またざ(前田利家の通称)! 墨俣築城は、五日で成し遂げてみせる!!」
「ま~た盛大にホラ拭きやがって! 慌てなくていいから、しっかりペチペチと城を作れ」
「あああああああ、本気にしてないだぎゃああああ!? よし、賭けだ又左。五日以内に墨俣に城が建たねば、わしはひと月、又左の小姓をやってやるだぎゃあ」
「よし。五日で墨俣に城が建てば、『首取り足立』を討ち取った時の短刀『大坂名物』を、くれてやる」
「忘れるなよ~、金森の師匠と堀久が、証人だからな~」
 証人に加えられた堀久太郎は、折目正しく秀吉に頭を下げる。
「軍勢の兵糧の用意は、十日分を目処に、用意致します」 
 五日で築城を済ませるという、秀吉の広言を支持する表明である。
 褒め慣れてはいるが、褒められ慣れてはいない秀吉は、嬉しがりつつも堀久太郎が家中で浮かないように苦言を返す。
「もっと多めでいいだぎゃあ。残った分は、墨俣城の蓄えにするで」
「けちな了見でした。通常の遠征分を、用意します」
「わしの見積もりを信じてくれるとは、いい弟弟子だで」
 堀久太郎は、神妙に頭を下げる。
 秀吉は、引き抜けるなら引き抜きたい人材リストに、堀久太郎秀政ひでまさを加えた。
 

 翌月。

 見積もり通り、木下組は櫓・柵・宿泊所の部品を川で運んで墨俣に集め、五日で墨俣城を築城し終えた。
 美濃斎藤軍は充分な戦力を投入出来なかった上に、信長が直々に六千の兵力で守っている。
 全く何の支障もなく、墨俣城は完成した。
 美濃斎藤側から見ると、一夜で城が出現したように見えたので、後世には『墨俣一夜城』として知られている。

 
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