楽将伝

九情承太郎

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第一章 赤と黒の螺旋の中で

六十話 岐阜ミーベイベー(1)

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 永禄十年(1567年)八月。
 織田軍は遂に、稲葉山城を完全に包囲した。

 織田軍一万&西美濃三人衆の軍勢が、同時に稲葉山城の攻略に取り掛かった。
 稲葉山城の城下町を焼き払い、周囲の外曲輪を破壊し、斎藤軍が城に籠る以外の選択肢を奪った。
 信長は相手が降伏するまでの時間を、投降者の処遇と以後の統治に関しての話し合いに費やした。
 詰みの状態から十五日後。
 助命を条件に斎藤龍興は開城し、伊勢地方に逃亡した。
 信長と抗争中の地方に逃げる行動から、以後も信長に対抗する気は満々なのだが、信長は放置した。
 斎藤龍興を放置して稲葉山城を得た次の日に、全軍に伊勢地方への出撃を命じた。
 気が変わって、斎藤龍興を追撃する為ではない。
 伊勢地方での工作を任せていた滝川一益が下準備を整え終えていたので、ついでに攻略しに行った。
 せっかく全軍が集結して稼働状態なのだから、解散して編成し直す時間が勿体ない、という鬼上司の発想である。
 斎藤龍興の視点だとホラー映画の展開だし、織田軍の将兵の視点だとブラック企業の通常営業。
「二週間も城攻めで働いた後で、休暇抜きで再出撃って、過労死させる気ですか?!」
 という常識的な悲鳴を無視して、サイコパス戦国大名は、侵略開始。
 伊勢北部の諸侯は、この奇襲に迎撃体制をまともに整えられないまま、連敗する。
 あとは滝川一益の部隊に任せるだけで済む程に伊勢北部をフルボッコにしてから、信長は稲葉山城に引き上げる。
 そこで初めて、軍勢の解散と、小牧山城から稲葉山城への拠点引っ越しを開始する。
 城の名前も地名も、『岐阜』に変更。
 岐阜県の岐阜が、信長の指示で爆誕した(どーん)

 経緯は、こう。
 稲葉山城を獲りに行く前日。
 尾張の政秀寺(信長が平手政秀を弔う為に建立した寺)で寛いでいた際、信長が寺の禅僧・沢彦宗恩たくげんそうあんに相談した。
「稲葉山城って、呼び難くないか? あと土地の名前が、ダサい。もっと覇王っぽい土地の名前に変更したい」
「アホが治らんのう、吉法師(信長の幼名)は」
 幼少の頃から教育係として信長の厨二病に付き合いが深いので、沢彦宗恩たくげんそうあんは涙が出てきた。笑いを堪えて、腹が痛いのだ。
「いい名前を思い付けたら、寄付金を弾むで」
「ふむ。よっしゃ、短くて覚え易くて、かっこいい地名を考えておくので、よろしく謝礼金」
 信長が稲葉山城を得て、内政に精を出し始めた頃に、沢彦宗恩たくげんそうあんが新しい土地名を書いて訪れた。
「出来たぞ、覇王っぽいけど、覚え易い地名」
 得意満面の顔で、沢彦宗恩たくげんそうあん

「 岐阜 」
 
 と書かれた紙を、広げて見せる。
 初見だと、まず読めない。
 振り仮名振っとけよというツッコミ視線が信長から発せられる中、可近が読んでみる。
「…きふ?」
「ノンノンノン。ぎ・ふ。りぴーど・あふたーみー、ぎ・ふ」
「殿。読み辛いので、謝礼金は未払いにしましょう。条件を満たしていません」
 可近と沢彦宗恩たくげんそうあんが掴み合いの喧嘩を始めたので堀久太郎が仲裁する中、信長が岐阜を何度も読んでみる。
「岐阜。ぎふ。ギフ。岐阜。うむ、なんだか覚え易い」
 可近と沢彦宗恩たくげんそうあんが、顔を見合わせる。
「失礼致しました、沢彦宗恩たくげんそうあん様。殿の脳のレベルに合わせた地名の発案。誠に見事であります(ぶふぅ)」
「分かってもらえて、嬉しい(ぶほっ)」
 信長が師匠ペアに向けて何か物を投げ付けようとしたが、既に堀久太郎が先に回収していた。
 堀久太郎が可哀想なので、信長が自制しておく。
「気に入った。岐阜でよい」
 信長が気に入ったので、新地名・岐阜の解説が続く。
「昔、中国の偉い王様が、岐山ぎざんから天下を定めたという縁起の良い故事がありましてな。そこから『岐』
 『阜』は丘や豊かさを表すおめでたい漢字。
 二つを合わせて、岐阜!!
 覇王の出発点である豊かな台地、という意味合いを込めて、岐阜!!」
「で、あるか」
 こうして沢彦宗恩たくげんそうあんは謝礼金をゲットし、歴史にも名前を残した。

 名前も改まり、岐阜城下の再建も進む。
 教科書で習う程に有名な「楽市・楽座」が宣言され、商業中心の都市作りがサクサクと進む。
 出身地を問わずに往来していいし、住民登録を済ませれば誰でも商売を始めて構わない、自由経済圏である。
 美濃ではかつて、斎藤道三が「楽市・楽座」で美濃を発展させた過去があるので、美濃での理解は既に及んでいる。
 斎藤道三の時代を覚えている金森可近は、これを更に町人寄りの政策として浸透させた。
「武家の介入は、禁止にします。武士は都市の邪魔にならないよう、城の周囲で大人しく待機。
 商人が銭で集めた武力に訴えるのも、不許可。商いは商いで勝負させてください。そこに武力を持ち込むと、市場が荒れるだけです」
 この線引きの徹底が、金森可近を都市作りの名人として著名にした。
「押し売り、喧嘩も厳禁です。自由経済圏でも、この二つは自由にさせてはいけません。違法商法と暴力沙汰が野放しでは、真っ当な町人から嫌厭されます。つまり人口が減ってしまいます」
 家老の中には、
「そんなに武士は、邪魔か?」
 と気を悪くする者もいたが、可近は譲歩しなかった。
「経済を回しているのは、町人と農民です。武士は、彼らの余剰品で戦をしているだけです。町人と農民の邪魔をする不心得者は、排除するのが、政治の基本です。
 いいですか、統治者というのは、ぶっちゃけ苦情処理係なのです。
 優れた苦情処理係なら、町人と農民は、税をホイホイ収めてくれます。
 邪魔な苦情処理係なら、他の苦情処理係を選ぶだけです。
 邪魔にならないように、武士はメインストリートから外れた場所に、住みます」
 商業都市を発展させるには、武家が出しゃばらないのが一番、という路線は信長も理解を示す。
 商業が賑わって税金がドンドン入るので、何の問題も感じていない。
 少年時代に市井を遊び歩き、武士が一般市民からどれ程まで「邪魔」に思われているのか、実感しているのも大きい。

 岐阜の楽市楽座が軌道に乗ると、人口が急激に増加した。
 自由経済圏になって利権を失った既得権益(地元の宗教団体や地侍等)も、好景気なら昔よりも収入が良いと気付き、謀反の気配は薄らぐ。
 岐阜の好景気は近隣に知れ渡り、亡命中の新将軍(候補)も、織田軍を上洛の主力にしたい旨を、家臣を通じて伝えて来た。
 その家臣が明智十兵衛光秀だったので、可近は思い切り嫌な顔をした。


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