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第一章 赤と黒の螺旋の中で
六十六話 岐阜ミーベイベー(7)
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永禄十一年(1568年)九月二十八日
足利義昭を御輿に担いだ織田連合軍が、京都に入る。
今度の織田軍は、三好軍と比べて如何だろうかと見守る京都の人々の前で、兵たちは明らかに怯えて慎重に行軍している。
道に小銭が落ちていても、拾わずに慌てて避けて通り、遊女がモーションをかけても泣きながら見ないふりをする。
明らかに、おかしい。
新将軍を擁立して、調子に乗っているはずの、軍勢である。
涙目で怯えながらの京都入りとか、予想外である。
理由は、すぐに目撃される。
行軍を見物する人々の中に、好みの美人を認めた兵が、ナンパをする誘惑に勝てずに列を離れてしまう。
仲間たちは必死に止めるが、
「ちょっと顔を拝むだけだから~」
と、顔を見に行こうとする。
本当に美女の顔を見に行こうとしただけなのか、そのままけしからん迷惑ナンパ行為に及ぼうとしたのかは、永遠に分からない。
列を離れた段階で、目を光らせていた忍者から織田信長に連絡が入り、馬を飛ばして信長本人がやって来る。
列を無断で離れた兵が、目当ての美人へと距離を詰めて話しかけ、住所でも聞いている最中に。
背後に馬を寄せた信長が、馬を降りて抜刀する。
迂闊な兵が、信長に気付いて言い訳をしようとするが、一撃で首を刎ねられた。
血塗られた刀身を小姓が拭う間、信長は軍勢を見回し、馬廻が信長の周囲で警護に当たる。
以後も、迂闊な動きをして列から離れてしまった兵が、信長の刀の露となった。
大軍の総帥が、最優先で「一銭切り」を実践している。
信長への恐怖で、織田の兵卒は過去最高に規律正しく振る舞う。
この効果は京都全体に及び、犯罪の発生率が格段に下がる。
自軍の兵すら、裁き抜きで、即斬殺。
京都を縄張りにしていた犯罪者たちが、暫くは大人しく、身を潜めた。
信長自身に「一銭切り」を最優先で行わせるという可近の案は、最初は猛反発を受けた。
信長以外から。
「信長は、構わん」
信長は、嬉しそうに承諾する。
家来の不始末にキレても、これまでは常識力を振り絞って、斬るのを我慢していたのだ。
それが今回は、どうぞ斬ってちょうだい、な仕事である。
「がんばるで~」
嬉しそうに承諾発言する信長の至近距離で、林秀貞が爆発する。
「上洛して禁中(皇居)に入る事すらある身で、軽々に下っ端を斬り殺す不浄の仕事を受けるなど、言語道断!! 一銭切りなどは某がやってやるから、殿は京都では身綺麗にしていなされ!!」
大声を全身で浴びてビリビリと振動しながら、信長は言い出しっぺに目線で援護を求める。
「ご家老。織田軍の中で、最も迅速に、どの陣営の兵であろうと手加減なしで斬れる人材は、誰ですか? 殿しかいないでしょ、平気で自軍の兵士を裁判抜きで斬れる人材は」
「五郎八には、そんなに我々家臣団が、腰抜けに見えるのか?」
「ご家老は、柴田や丹羽の兵を、問答無用で瞬殺出来ます? 出来ないと相手は、姿を眩まして別の騒動を起こすだけですぞ」
林秀貞が、唸る。
確かにそこまで酷いサイコパスは、信長しかいない。
サイコパスとハサミは、使いようである。
「あの~、平気で自軍の兵士を裁判抜きで斬れる人材、という事でしたら…」
軍議に参加している明智光秀が、嬉しそうに挙手する。
その役目を大喜びで得ようとするが、可近が目からビームを発射して(比喩的表現)牽制し、分からせた。
「確かに先輩の言う通り、殿が最適かつ唯一です」
可近の案を支持して、引っ込んだ。
明智光秀は織田軍の客将になった途端、信長から家老クラスの高禄で雇われたので、周囲からの嫉妬が溜まっている。
これ以上の悪感情を買う仕事から、光秀は手を引く。
イレギュラーが自粛したので、可近は言葉を続ける。
「殿自らが行えば、全軍の兵士が、思い知ります。しばらく恐怖で震えるでしょうが、それで構いません! 京都で犯罪に手を染めるようなアホには、問答無用で斬られるのが適量です」
可近が安心して京都で遊びたいから、とは言わない。
実際、京都は予想以上に治安が良くなったので、兵士以外は信長を褒めた。
こうして始まった「一銭切り」信長シフトは、他にも思わぬ副産物を産んだ。
京都に陣を構えると、信長は京都周辺国へと最速で進撃を開始する。
京都周辺から、敵対勢力を駆逐するまで、休まずに連続で戦う気である。
摂津(大阪府北部&兵庫県南部)・和泉(大阪府南部)・大和(奈良県)へと進出するのだが、兵たちは京都にいるよりマシだとばかりに、よく働いた。
京都周辺の敵対勢力掃討は快速で進み、なんと一ヶ月も経たずに信長は目的を達成してしまった。
三好勢が担いでいた十四代将軍も病死し、敵対勢力は政権を奪取する名目すら失った。
永禄十一年(1568年)十月二十六日
ひとまずは大軍を京都に置いておく必要も無くなったので、信長は京都から岐阜へ向けて出発する。
京都には細川藤孝を始め、明智光秀のような岐阜に帰らなくても全然困らない新参の武将を残し、幕府の建て直しを任せる。
永禄十一年(1568年)十月二十八日
こうして織田信長は、上洛を始めて二ヶ月で目的を果たして、岐阜城に帰って来た。
一仕事終えた感動で皆が盛り上がっている輪の中に、金森可近の姿はなかった。
国際貿易港・堺に出張を命じられて、別行動である。
出身地・美濃での調略という仕事がなくなった金森可近に織田信長が求めたのは、堺での軍事物資の円滑な購入である。
この主人公を遊ばせておく気は、信長には全くない。
幕府からは堺を好きに支配する許可を貰ったが(上洛のご褒美)、これまで商人だけで自由に過ごして来た商業都市である。
普通に代官を送ったら、揉めて消されるか、骨抜きにされる。
三好勢が一番の顧客だった縁で、逆襲の拠点になる可能性も有るので、交渉力に長けた者が送られた。
つまり金森可近が。
(…なんだか、一銭切りをやらせた事への、報復のような気もするけれど…自分の被害妄想かな?)
馬上で愚痴るのも、無理はない。
京都大好き人間なので、京都の留守居役とか奉行職を期待していたのに、大軍の軍事物資購入係。
(でも、まあ、堺は茶の湯や芸能でも、最先端だし。仕事のついでに遊べるから、いいか)
(というより、この仕事をしている間は、赤母衣衆の仕事からは解放されるし)
(ご褒美か、これは?)
可近がニヤニヤしているので、付いて来た家来たちは、何の心配もしなかった。
この武将なら、殿で戦うとか、別行動で敵の背後を突くとか、一国を攻めて切り取るとか。勇猛果敢な行動に家来を巻き込まないという、安心感が、あった。
可近自身も、そのつもりだった。
そのつもり、ではあった。
この気楽な武将を遊ばせておく気は、戦国時代の方でも、なかった。
足利義昭を御輿に担いだ織田連合軍が、京都に入る。
今度の織田軍は、三好軍と比べて如何だろうかと見守る京都の人々の前で、兵たちは明らかに怯えて慎重に行軍している。
道に小銭が落ちていても、拾わずに慌てて避けて通り、遊女がモーションをかけても泣きながら見ないふりをする。
明らかに、おかしい。
新将軍を擁立して、調子に乗っているはずの、軍勢である。
涙目で怯えながらの京都入りとか、予想外である。
理由は、すぐに目撃される。
行軍を見物する人々の中に、好みの美人を認めた兵が、ナンパをする誘惑に勝てずに列を離れてしまう。
仲間たちは必死に止めるが、
「ちょっと顔を拝むだけだから~」
と、顔を見に行こうとする。
本当に美女の顔を見に行こうとしただけなのか、そのままけしからん迷惑ナンパ行為に及ぼうとしたのかは、永遠に分からない。
列を離れた段階で、目を光らせていた忍者から織田信長に連絡が入り、馬を飛ばして信長本人がやって来る。
列を無断で離れた兵が、目当ての美人へと距離を詰めて話しかけ、住所でも聞いている最中に。
背後に馬を寄せた信長が、馬を降りて抜刀する。
迂闊な兵が、信長に気付いて言い訳をしようとするが、一撃で首を刎ねられた。
血塗られた刀身を小姓が拭う間、信長は軍勢を見回し、馬廻が信長の周囲で警護に当たる。
以後も、迂闊な動きをして列から離れてしまった兵が、信長の刀の露となった。
大軍の総帥が、最優先で「一銭切り」を実践している。
信長への恐怖で、織田の兵卒は過去最高に規律正しく振る舞う。
この効果は京都全体に及び、犯罪の発生率が格段に下がる。
自軍の兵すら、裁き抜きで、即斬殺。
京都を縄張りにしていた犯罪者たちが、暫くは大人しく、身を潜めた。
信長自身に「一銭切り」を最優先で行わせるという可近の案は、最初は猛反発を受けた。
信長以外から。
「信長は、構わん」
信長は、嬉しそうに承諾する。
家来の不始末にキレても、これまでは常識力を振り絞って、斬るのを我慢していたのだ。
それが今回は、どうぞ斬ってちょうだい、な仕事である。
「がんばるで~」
嬉しそうに承諾発言する信長の至近距離で、林秀貞が爆発する。
「上洛して禁中(皇居)に入る事すらある身で、軽々に下っ端を斬り殺す不浄の仕事を受けるなど、言語道断!! 一銭切りなどは某がやってやるから、殿は京都では身綺麗にしていなされ!!」
大声を全身で浴びてビリビリと振動しながら、信長は言い出しっぺに目線で援護を求める。
「ご家老。織田軍の中で、最も迅速に、どの陣営の兵であろうと手加減なしで斬れる人材は、誰ですか? 殿しかいないでしょ、平気で自軍の兵士を裁判抜きで斬れる人材は」
「五郎八には、そんなに我々家臣団が、腰抜けに見えるのか?」
「ご家老は、柴田や丹羽の兵を、問答無用で瞬殺出来ます? 出来ないと相手は、姿を眩まして別の騒動を起こすだけですぞ」
林秀貞が、唸る。
確かにそこまで酷いサイコパスは、信長しかいない。
サイコパスとハサミは、使いようである。
「あの~、平気で自軍の兵士を裁判抜きで斬れる人材、という事でしたら…」
軍議に参加している明智光秀が、嬉しそうに挙手する。
その役目を大喜びで得ようとするが、可近が目からビームを発射して(比喩的表現)牽制し、分からせた。
「確かに先輩の言う通り、殿が最適かつ唯一です」
可近の案を支持して、引っ込んだ。
明智光秀は織田軍の客将になった途端、信長から家老クラスの高禄で雇われたので、周囲からの嫉妬が溜まっている。
これ以上の悪感情を買う仕事から、光秀は手を引く。
イレギュラーが自粛したので、可近は言葉を続ける。
「殿自らが行えば、全軍の兵士が、思い知ります。しばらく恐怖で震えるでしょうが、それで構いません! 京都で犯罪に手を染めるようなアホには、問答無用で斬られるのが適量です」
可近が安心して京都で遊びたいから、とは言わない。
実際、京都は予想以上に治安が良くなったので、兵士以外は信長を褒めた。
こうして始まった「一銭切り」信長シフトは、他にも思わぬ副産物を産んだ。
京都に陣を構えると、信長は京都周辺国へと最速で進撃を開始する。
京都周辺から、敵対勢力を駆逐するまで、休まずに連続で戦う気である。
摂津(大阪府北部&兵庫県南部)・和泉(大阪府南部)・大和(奈良県)へと進出するのだが、兵たちは京都にいるよりマシだとばかりに、よく働いた。
京都周辺の敵対勢力掃討は快速で進み、なんと一ヶ月も経たずに信長は目的を達成してしまった。
三好勢が担いでいた十四代将軍も病死し、敵対勢力は政権を奪取する名目すら失った。
永禄十一年(1568年)十月二十六日
ひとまずは大軍を京都に置いておく必要も無くなったので、信長は京都から岐阜へ向けて出発する。
京都には細川藤孝を始め、明智光秀のような岐阜に帰らなくても全然困らない新参の武将を残し、幕府の建て直しを任せる。
永禄十一年(1568年)十月二十八日
こうして織田信長は、上洛を始めて二ヶ月で目的を果たして、岐阜城に帰って来た。
一仕事終えた感動で皆が盛り上がっている輪の中に、金森可近の姿はなかった。
国際貿易港・堺に出張を命じられて、別行動である。
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(でも、まあ、堺は茶の湯や芸能でも、最先端だし。仕事のついでに遊べるから、いいか)
(というより、この仕事をしている間は、赤母衣衆の仕事からは解放されるし)
(ご褒美か、これは?)
可近がニヤニヤしているので、付いて来た家来たちは、何の心配もしなかった。
この武将なら、殿で戦うとか、別行動で敵の背後を突くとか、一国を攻めて切り取るとか。勇猛果敢な行動に家来を巻き込まないという、安心感が、あった。
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