楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

七話 爆裂! ザ・ノブナガマン!?(1)

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 永禄十三年(1570年)四月二十日。
 今年の織田家は、若狭国(福井県南部)に遠征を行った。

「若狭国の国守・武田孫犬丸様(八歳)が、悪逆非道の戦国大名・朝倉義景よしかげに拉致されました。これは明らかに戦争犯罪です」
 出陣前の会議で可近ありちかが説明しても、織田家の諸将の共感は薄かった。
 幼少とはいえ、国守を守れない程に落ちぶれた若狭武田家に対し、あまり同情する気にはなれない。
「最低の大名ですな。子供を拉致して傀儡にしようなどと。外道極まりない」
 会議に加わっている徳川家康だけが、激しく憤りながら、わざわざ発言する。
 同じ経験をしているので、言葉に含まれる怒気の量が違う。
「まったく、最低の大名だぎゃあ。親の顔が見てみたい」
 いけしゃあしゃあと、信長が同意する。
 そういう事をした親を、間近で見て育った大馬鹿野郎なのだ。
 出席者全員、笑うのを堪える。
「武田孫犬丸(八歳)様を救出し、ついでに朝倉義景を成敗する為に、越前国(福井県東部)まで攻め込みます」
 とどのつまりは若狭・越前を攻め取る、織田家の通常営業である。
「ちなみに武田孫犬丸様(八歳)は、将軍様の甥です」
 そうは言われても、ふーん、としか返さない薄情な面々に、可近は最後にとっておきの情報を打ち込む。
「親戚の武田信玄からも、保護の要請が来ています」
 武田信玄のビッグネームが出てきたので、一同が悲鳴をあげる。
「失敗したらビッグダディ武田信玄から、めっちゃ低評価を喰らうので、みんな頑張ろうね」
 最後に心臓の悪い話をされて、一同は涙目で可近を睨みながら、気を引き締め直す。

 予想では、織田・徳川を主力とする連合軍三万は、楽勝する。
 朝倉義景が越前&若狭国の勢力を糾合して刃向かってきても、織田・徳川連合軍の半数にしかならない。
 楽勝が予想されるので、あまり過大な兵力は募集せずに、織田・徳川中心の三万で遠征を開始する。
 将軍様からの褒美を独占したい織田家の欲が、去年よりも少ない動員数での遠征に踏み切らせた。
 去年までのように、六~八万の大軍勢であれば、この後の惨事は起きなかったかもしれない。
 油断している事に気付かない程に、織田軍全体が油断している。
 あまりにも楽勝を期待出来るので、可近は弟子の長屋喜蔵きぞう(十三歳)を初陣させる為に連れて来た。
「今回の戦は、見ているだけでいいから。自分の側から離れないように」
「分かりました。赤母衣衆の仕事の時も、ご一緒します」
「…それ、本当にやったら、置いていくからな?」
「どうぞ。追い越さないよう、気を付けます」
 身体も口も達者に育ち、買ってあげた甲冑も着こなしている。
 文武共に評判になる域に上達したので、同僚たちから
「五郎八(可近の通称)の奴、そのうち弟子に全て任せて、楽隠居する気だぞ」
 と本心を見透かされた。
 四十七歳になる可近が、その気になるくらいに、長屋喜蔵きぞうは順調以上に育成された。
「いいなあ、楽隠居させてくれそうな、息子がいて」
 派手な衣装の老将が、移動中に馴れ馴れしく可近に話しかける。
「わしの息子なんか、大仏殿焼いちゃうわ、将軍様殺しちゃうわ、尻拭いが半端ないのに」
 悪名が高過ぎて、逆に信長に気に入られて存命している梟雄・松永秀久ひでひさ(通称・松永弾正だんじょう)は、自虐ネタで可近から笑いを取ろうとする。
「親子ではなく、師弟です」
 可近は、全然笑わなかった。
 この人物と親しくしただけで、絶交されかねない知人が、三人はいるもので。
 松永弾正は、笑いが取れないからといって、引く男ではない。
「隠し子を弟子と偽装して、人質に取られないようにするとは。やりおるな、金森」
「松永殿の陰謀論に満ちた汚れた視線で、自分の夫婦仲を破壊しないでください」
「この件で離縁すれば、労せずに新品の女房を得られではないか」
「自分、恋愛結婚ですので」
「悪かった。本題に入るわ」
 松永弾正が、真顔になって、声を顰める。
「当方の情報網が、ヤバい情報を仕入れた。浅井長政が、出陣の用意をしている」
「浅井殿なら、呼ばれずに来ても、参陣を許すでしょう」
 浅井長政は、信長が妹(市)を嫁がせて、味方にした北近江の戦国大名である。
 誠実で可愛い弟分なので、信長は本当の弟よりも頼りにしている。
 徳川家康の次に、ではあるが。
「浅井の軍勢は、一万だ。六角の再起に警戒している浅井が、ほぼ全戦力を国外に動かす。怪しいだろ」
 可近は、この情報を鵜呑みにせずに、家来(忍者)に命じて確認に走らせる。
「わしが言うても、腹黒老人が疑心暗鬼を喚起しているとしか、受け取られぬ。金森が確認して、織田様に忠告してくれ」
「自分一人だけでは、笑われて終わりです。松永殿も一緒に言ってください」
「いやだけどな。お主に合わせる」
 フットワークの軽い老将は、用が済むと懐からピンクの本を一冊取り出して、長屋喜蔵きぞうに渡す。
「初陣祝いだ。わしの書いた性技指南書は、床での初陣に役に立つぞ。抱いた女が、心身共に、蕩けて落ちる」
「精読します」
 喜藏は、恭しく、頭を下げる。
 長屋喜蔵きぞうも、そういう年齢である。
 可近は悪徳爺いを止めようか、本を突き返そうか悩んだが、後でこっそり同じ本を買う事にした。
 そっちは楽隠居する気がない、可近だった。

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