楽将伝

九情承太郎

文字の大きさ
87 / 145
第二章 君を守るために僕は夢を見る

二十話 織田信長が土下座するまで、殴るのをやめない(4)

しおりを挟む
 少しでも信長を知る者なら、
「講和したって、どうせ来年度に、また戦争する気でしょ? 自分が勝つまで麻雀をするタイプだもん、信長」
 と判断して、講和には懐疑的だろう(ガチ負けした六角氏を除く)。
 信長を知らない人でも、
「土下座って…実は意味ないよね? 謝罪のパフォーマンスではあるけれど、その場凌ぎだよね?」
 と、冷めた反応を示すだろう(ガチ負けした六角氏を除く)。
 だが、十人十色。
 この世には、土下座をされると、ときめいてしまう人もいるのである。
 朝倉義景よしかげ
 朝倉軍の、総大将が、それだった。
「講和を呑む! 信長に土下座されて、謝罪されて、追っ払って来ます! そして凱旋!」
「その後は? 地元・越前で、信長を迎撃するディナーショーですか?」
 講和で済ませてはいけないと悩む浅井長政ながまさと、講和で済ませられて良かったと喜ぶ朝倉義景の間の温度差が、両軍の同盟の脆さを浮き彫りにしている。
 浅井長政ながまさは、知っている。
 信長が、土下座を無理強いした相手に、何を思うのか想像がつく。
(絶対に許さないし、絶対に殺すし、絶対に遺体でサイコパスな記念品を作る)
 義理でも弟なので、分かってしまう。
 浅井長政ながまさの冷めたイヤミに、朝倉義景よしかげは不思議そうに問い返す。
「もう、勝ち負けがはっきりした訳だから…次の春こそは、朝倉の天下だろ?」
 この人物が将軍候補を擁立して上京し、幕府を再興する可能性も、かつてはあった。
 信長が先に上京して、権力を握ってしまった以上、もう可能性はない。
 土下座して詫びを入れて撤退しても、別に朝倉軍を京都に招いて政権交代をする訳ではない。
 何せこの講和は、朝倉・浅井・織田軍が領地に帰国するのも前提なのだ。朝倉・浅井が抜ける以上、他の連中も退くしかない。
 既に京都や幕府に多くの人材を配置している織田にとっては休戦に過ぎず、権力の維持に問題は発生しない。
 だが朝倉・浅井にとっては戦況が振り出しに戻ってしまう。
 散々苦労した今年の戦いで、得たのは幕府による判定勝ちと、信長を土下座させたという勲章だけ。
 もっと条件を議論してから講和した方がいいのに、信長の土下座というプレミア企画で思考のバランスが吹き飛んでいる。
「次の春は、朝倉か浅井が滅ぼされています」
 浅井長政は、信長に処される優先順位が高いので、惑わされない。
「その時は、またこうして手を組めばいいだけでわないか」
 目の前の勝利に、朝倉義景よしかげは飛び付いた。
 誉め殺しならぬ、「勝たせ殺し」とでも言おうか。
 信長に勝って(講和だけど)土下座させるという功名が、朝倉義景よしかげにとっては、致命的な判断ミスへと誘う猛毒になった。
 これ程までにピンポイントで個人の性格を狙い撃ちにする奇策が、存在しただろうか?
(どこの誰だ、朝倉義景の『ちょろい性格』を把握して、信長に土下座させようと思い付いた狐は?)
 浅井長政が嫁(信長の妹)に尋ねれば、金森可近ありちかの名を出したかもしれない。
 石山本願寺は、その情報網の広さで、すぐにその名をリストアップしただろう。


 元亀げんき元年(1570年)十二月十三日。
 講和の会談は、幕府の仕切りにより、比叡山で執り行われる。
 足利義昭が立ち会う上に、細川藤孝ふじたかが会談の警備担当なので、下手な動きは誰も企まなかった。
 変な動きはしたけれど。

 幕府が仕切る式場の控え室で、信長は土下座の最終チェックに励んでいる。
 『信長、土下座するってよ』作戦を思い付いた狐が、信長に土下座の仕方を指南していた。
「こうです。お尻を浮かない程度に、少し上に向ける。これで土下座のセクシーさが上がります」
 織田軍の武将の中で、最も土下座に詳しく、朝倉義景よしかげに対して本当に何度も何度も何度も土下座をして食い繋いできた経験者が、土下座を指南する。
「この明智十兵衛光秀。土下座がオリンピック競技であれば、六大会連続で金メダルを取る自信があります」
 朝倉家で浪人時代を過ごした明智光秀は、そこで覚えた稀有なスキルを、得意げに信長に教授する。
「十兵衛、見直した」
 微妙に視線を逸らしながら、可近ありちかが褒める。
 明智光秀が四つん這いで尻を上げている姿なんぞ、記憶に留めたくないのである。
「十兵衛でも、役に立つのだな」
「先輩、塩対応にも我慢の限界が! 金ヶ崎で非常によく働きましたよ、十兵衛ちゃんは」
「忘れたー、色々とあり過ぎてー」
「思い出してください」
「思い出した」
「先輩!」
「お前、竹ちゃんに嫉妬して殺意向けたよな?」
 可近が、土下座する明智光秀の後頭部を踏みつける。
「そこだけ切り抜いて思い出さなくても~」
「殿、土下座は、もう覚えましたよね?」
「覚えた(ドヤ顔)」
「ほら、十兵衛、用済みだ。頭を踏み潰されて、床の染みになれ」
「くっ、舐め過ぎですよ、先輩」
 明智十兵衛光秀は頭を逸らすと、金森可近の足を輝く額で滑らせる。
 バランスを崩した可近ありちかが、襖を倒して隣の控室に顔を出してしまう。
「失礼しました」
 顔を引っ込めようとする可近の目前に、屈強の僧兵が食い付く。
「ぬしが、金森か?」
 下間頼廉しもつま・らいれんが、言いたい事が沢山ありそうな目で、可近を睨む。
「どちら様でしょうか?」
「石山本願寺のバトル坊主・下間しもつま源十郎頼廉らいれんである」
 ラスボス級の強キャラなので、可近ありちかは正座して防衛に回る。
「じゃあ、呼び名はシモちゃんで」
「構わん」
 下間頼廉しもつま・らいれんは、可近の弄りに対して、小揺るぎもしなかった。
(手強い!)
 可近ありちかは、瞬時に揶揄うとか弄ろうとか、小細工で怒らせて幕府の警備兵に捕縛させる手段を諦める。
「そこで土下座の練習をしていた輝く額の男が、織田の大将だよ。今なら空手チョップ一発で、金星かもよ?」
 光秀を信長だと吹き込んで襲わせて、ヒットマンとして逮捕させようという、もっと姑息で酷い手段を使おうとする。

信長(やるな、五郎八)
光秀(先輩、輝いてる~)

 姑息で酷い手段に慣れ過ぎている、上司と同僚だった。
 警備責任者の細川藤孝ふじたかが、騒ぎの気配を察して様子を覗くが、金森可近ありちか案件だったのでジト目で放置する。

信長(察し過ぎたか、藤孝ふじたか
光秀(ノリが悪いなあ、マイベストフレンド)

 注意・細川藤孝ふじたかさんは、真面目に仕事中です。

 下間頼廉しもつま・らいれんは、大笑してスルーする。
「そこまで怯えなくていい、金森殿。ここは講和の場だ。拙僧は、土下座する魔王を見物に来ただけだ。無粋はせぬ」
 見物だけという物言いを、可近ありちかは信じない。
 石山本願寺の軍事担当のトップは、この下間頼廉しもつま・らいれんだ。
 軍資金と動員兵数最大を誇る指揮官が、見物の為だけに比叡山に来て、隣の控え室にいるはずがない。
 話があるのだ、出来れば秘密にしておきたい類の話が。
「で、ついでに自分に言いたい事は?」
 しかも、信長ではなく、金森可近ありちかに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...