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第二章 君を守るために僕は夢を見る
二十五話 逆襲の信長(4)
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元亀四年二月二十八日。
信長は、一応は使者を送って、足利義昭に講和を申し出る。
信長の方から人質を出すという下手に出た講和の内容だったが、義昭は拒否する。
強気だからというより、信長の講和は「武田信玄との戦いに専念する為の、時間稼ぎ」に過ぎないと思い込んでいた。
そう思われても仕方ないのだが、信長の使者はキチンと警告しておく。
使者「もうええでしょう? 講和を断るなら、京都を焼き討ちにしましょうか?」
足利義昭「(ばーか! ばーか! ばーか! 武田信玄があと数日でお前らを皆殺しにするから、京都の焼き討ちとか無理だもんねえ~)くどい! 武家の棟梁を、なめるでないぞ! かかってきなさい! (出来ねえだろ、ばーか! ばーか! ばーか!)」
戦国最強のビッグボス・武田信玄が来てくれると信じきっているので、挑発をやめない。
ある意味、この楽観は仕方がない。
徳川軍にすら、完勝したばかりだし。
ごく一部を除いて、武田信玄が死にかけているとは、気付いていないのである。
武田軍の接近に合わせて、朝倉義景や石山本願寺が京都を守りに来てくれるという楽観に基づく噂が流れたが、実態は逆である。
朝倉義景も石山本願寺も、武田信玄が生きている前提で、待機してしまった。
武田軍の方も、信玄が「死んでも三年は死去を隠せ」と厳命している。
教える訳がない。
何の情報も、与えていない。
信長包囲網の中で、唯一真実を伝えられた足利義昭は、その情報を頑なに信じていない。
この段階で第二次信長包囲網は、崩壊しているのに関係者一同に自覚がないという、恐ろしい状況なのである。
ちなみに情報通の松永久秀でさえ、信玄の死期が近いとは知らず、将軍と和睦して武田の標的にされないようにしている。
松永久秀をも騙し抜いたので、ある意味、凄い。
元亀四年三月二十七日。
京都に、「信長が軍を率いて、既に近江まで来ている」という情報が入る。
確報である。
まるで武田信玄が近所にいないかのように、京都に、信長が攻めて来る。
今度は自分たちが、比叡山延暦寺と同じ目に遭わされる。
京都市民は一斉に避難態勢に入り、近隣の村に逃げたり、逃げ場を探して市中を渋滞させる。
三月二十九日。
信長は馬廻十二名を連れて先陣を切り、京都に余裕を見せつける。
信長は混乱する京都に気を遣って、内裏に黄金と「安心してください」のメッセージを送り、知恩院(浄土宗の総本山の寺院)に宿泊する。
率いて来た軍勢の数は、一万六千。
いつでも京都に攻め入れるように、待機させている。
対して足利義昭が二条御所に集めた兵力は、八千。
細川藤孝の根回しで、幕府側に兵が集まるどころか、織田軍に回っている。
もう勝負が付いている。
足利義昭は、掘に掛かる橋を全て上げて、引き篭もった。
三月三十日。
足利義昭は、流石に恥ずかしくなったのか、攻勢に出る。
信長ではなく、信長側の京都所司代・村井貞勝さんの屋敷に。
先月、講和の使者として「もうええでしょう? 講和を断るなら、京都を焼き討ちにしましょうか?」と凄んだので、狙われた。
順当な八つ当たりである。
村井貞勝は辛うじて逃げ延び、織田軍に合流する。
信長の方は、セコい報復に呆れつつも、再び講和の交渉に入る。
何せ京都である。
可能な限り無事に済ませようと、家臣たちも煩い。
非常に頭を低くして、足利義昭に使者を送る。
信長「信長は、息子の信忠と一緒に出家して、武器を一切持たない状態で、将軍様と謁見したいです」
下手に出過ぎたせいか、全然、信じてもらえなかった。
無理もない。
逆に「信玄が来る前に、何としても講和にしたいのでは?」とか思われた節もある。
返答を待たずに、織田軍は二条御所周辺を焼き討ちする準備に入る。
朝廷の関係各所だけは避け、火の粉がかからないように、細心の注意を払って準備をする。
本格的にヤバくなって来たので、京都の上京と下京の町人たちが、焼き討ちの中止を懇願しに来る。
下京(京都南部の商業地区)の代表団が、かき集めた金銭(銀)を信長に差し出す。
「要らぬ。下京には手を出さぬ」
将来は自分の財産になる下京の人々に、信長は寛大に応じる。
或いは、信玄から送られた最後の書状が、少しは念頭にあったかもしれない。
上京(京都北部の公家・寺社仏閣・幕府関係者の多く住む地区)の代表団も、大量の金銭(銀)を、信長に差し出す。
これも断りつつ、信長は無情に告げる。
「うぬらは、信長に守られておきながら、義昭の忘恩を止めなかった。
うぬらは、信長に守られておきながら、義昭の挙兵に味方した。
信長の敵である。
見せしめに焼き討ちをする。
数日後にな」
許しはしないが、一応、逃げる時間だけは与えた。
逃げ道を限定して、時間も僅かしか与えなかった比叡山焼き討ちよりは、マシな対応だった。
マシとはいえ、十分に酷い結果になるが。
その日の焼き討ちは中止したが、四月二日には、二条御所から北側の洛外(京都市街地)を焼き始める。
同時に、二条御所を軍勢で囲みながら、交渉を進める。
講和に応じなければ、焼き討ちを続けるという、酷い脅迫だ。
それでも交渉が進展しなかったので、二日目・三日目は、二条御所の周囲で焼き討ちを開始する。
宣言通り、下京には手を出さず、内裏には火の粉が移らぬように焼き、相国寺のように信長が好きな寺は残した。
それ以外は、信長公認による強盗殺人が、京都北部で行われた。
初めて上洛した時は、「一銭切り」で厳しく規律を維持していた織田軍の兵たちが、羽目を外して略奪と破壊に興じている。
二条御所に籠ってその惨状を見せ付けられた連中は、ようやく現実を受け入れた。
武田信玄が、助けに来ない現実を。
足利義昭は講和を進める事を受け入れ、京都の惨劇は三日で終わった。
可近のような穏健派には、計画外の場所にまで被害が及ばないように目を光らせるしか、出来なかった。
信長は、一応は使者を送って、足利義昭に講和を申し出る。
信長の方から人質を出すという下手に出た講和の内容だったが、義昭は拒否する。
強気だからというより、信長の講和は「武田信玄との戦いに専念する為の、時間稼ぎ」に過ぎないと思い込んでいた。
そう思われても仕方ないのだが、信長の使者はキチンと警告しておく。
使者「もうええでしょう? 講和を断るなら、京都を焼き討ちにしましょうか?」
足利義昭「(ばーか! ばーか! ばーか! 武田信玄があと数日でお前らを皆殺しにするから、京都の焼き討ちとか無理だもんねえ~)くどい! 武家の棟梁を、なめるでないぞ! かかってきなさい! (出来ねえだろ、ばーか! ばーか! ばーか!)」
戦国最強のビッグボス・武田信玄が来てくれると信じきっているので、挑発をやめない。
ある意味、この楽観は仕方がない。
徳川軍にすら、完勝したばかりだし。
ごく一部を除いて、武田信玄が死にかけているとは、気付いていないのである。
武田軍の接近に合わせて、朝倉義景や石山本願寺が京都を守りに来てくれるという楽観に基づく噂が流れたが、実態は逆である。
朝倉義景も石山本願寺も、武田信玄が生きている前提で、待機してしまった。
武田軍の方も、信玄が「死んでも三年は死去を隠せ」と厳命している。
教える訳がない。
何の情報も、与えていない。
信長包囲網の中で、唯一真実を伝えられた足利義昭は、その情報を頑なに信じていない。
この段階で第二次信長包囲網は、崩壊しているのに関係者一同に自覚がないという、恐ろしい状況なのである。
ちなみに情報通の松永久秀でさえ、信玄の死期が近いとは知らず、将軍と和睦して武田の標的にされないようにしている。
松永久秀をも騙し抜いたので、ある意味、凄い。
元亀四年三月二十七日。
京都に、「信長が軍を率いて、既に近江まで来ている」という情報が入る。
確報である。
まるで武田信玄が近所にいないかのように、京都に、信長が攻めて来る。
今度は自分たちが、比叡山延暦寺と同じ目に遭わされる。
京都市民は一斉に避難態勢に入り、近隣の村に逃げたり、逃げ場を探して市中を渋滞させる。
三月二十九日。
信長は馬廻十二名を連れて先陣を切り、京都に余裕を見せつける。
信長は混乱する京都に気を遣って、内裏に黄金と「安心してください」のメッセージを送り、知恩院(浄土宗の総本山の寺院)に宿泊する。
率いて来た軍勢の数は、一万六千。
いつでも京都に攻め入れるように、待機させている。
対して足利義昭が二条御所に集めた兵力は、八千。
細川藤孝の根回しで、幕府側に兵が集まるどころか、織田軍に回っている。
もう勝負が付いている。
足利義昭は、掘に掛かる橋を全て上げて、引き篭もった。
三月三十日。
足利義昭は、流石に恥ずかしくなったのか、攻勢に出る。
信長ではなく、信長側の京都所司代・村井貞勝さんの屋敷に。
先月、講和の使者として「もうええでしょう? 講和を断るなら、京都を焼き討ちにしましょうか?」と凄んだので、狙われた。
順当な八つ当たりである。
村井貞勝は辛うじて逃げ延び、織田軍に合流する。
信長の方は、セコい報復に呆れつつも、再び講和の交渉に入る。
何せ京都である。
可能な限り無事に済ませようと、家臣たちも煩い。
非常に頭を低くして、足利義昭に使者を送る。
信長「信長は、息子の信忠と一緒に出家して、武器を一切持たない状態で、将軍様と謁見したいです」
下手に出過ぎたせいか、全然、信じてもらえなかった。
無理もない。
逆に「信玄が来る前に、何としても講和にしたいのでは?」とか思われた節もある。
返答を待たずに、織田軍は二条御所周辺を焼き討ちする準備に入る。
朝廷の関係各所だけは避け、火の粉がかからないように、細心の注意を払って準備をする。
本格的にヤバくなって来たので、京都の上京と下京の町人たちが、焼き討ちの中止を懇願しに来る。
下京(京都南部の商業地区)の代表団が、かき集めた金銭(銀)を信長に差し出す。
「要らぬ。下京には手を出さぬ」
将来は自分の財産になる下京の人々に、信長は寛大に応じる。
或いは、信玄から送られた最後の書状が、少しは念頭にあったかもしれない。
上京(京都北部の公家・寺社仏閣・幕府関係者の多く住む地区)の代表団も、大量の金銭(銀)を、信長に差し出す。
これも断りつつ、信長は無情に告げる。
「うぬらは、信長に守られておきながら、義昭の忘恩を止めなかった。
うぬらは、信長に守られておきながら、義昭の挙兵に味方した。
信長の敵である。
見せしめに焼き討ちをする。
数日後にな」
許しはしないが、一応、逃げる時間だけは与えた。
逃げ道を限定して、時間も僅かしか与えなかった比叡山焼き討ちよりは、マシな対応だった。
マシとはいえ、十分に酷い結果になるが。
その日の焼き討ちは中止したが、四月二日には、二条御所から北側の洛外(京都市街地)を焼き始める。
同時に、二条御所を軍勢で囲みながら、交渉を進める。
講和に応じなければ、焼き討ちを続けるという、酷い脅迫だ。
それでも交渉が進展しなかったので、二日目・三日目は、二条御所の周囲で焼き討ちを開始する。
宣言通り、下京には手を出さず、内裏には火の粉が移らぬように焼き、相国寺のように信長が好きな寺は残した。
それ以外は、信長公認による強盗殺人が、京都北部で行われた。
初めて上洛した時は、「一銭切り」で厳しく規律を維持していた織田軍の兵たちが、羽目を外して略奪と破壊に興じている。
二条御所に籠ってその惨状を見せ付けられた連中は、ようやく現実を受け入れた。
武田信玄が、助けに来ない現実を。
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