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第3巻第1章 ドワーフの内情
パコとエマの過去
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「おはようパコ君、よく寝れた?」
目が覚めてパコの姿がないことを確認したマヤがベランダに出ると、パコはベランダから通りを眺めていた。
「おはよう、ございます、マヤさん……」
「無理に丁寧に話さなくてもいいよ? パコ君はまだ子供なんだから」
「マヤさんだって子供じゃん――じゃないですか」
「あはは、たしかにそうかも。でもそれならなおさら、私相手には普通に喋っていいんじゃない?」
「……でも……カーサ姉ちゃんがマヤさんはすごい人だって言ってたし……」
「すごい人に見える?」
「……正直、全然見えない、です」
「ぷふっ、あっはははははは。だよねー。うんうん、素直でよろしい! カーサはそう思ってくれてるかもしれないけどさ、私なんて本当にすごくないし、パコ君がかしこまらなきゃいけない人じゃないからさ? 普通に話してよ。その方が私も話しやすいし」
「マヤさんがそう言うなら、そうする」
「そうそう、そんな感じでいいよ。さて、それじゃあ朝ごはんに――」
話は終わったとばかりに踵を返すマヤを、パコの声が呼び止めた。
「マヤさん、俺、マヤさんに聞いてほしいことがあるんだ!」
「うーん? 何かな? もしかして愛の告白とか?」
「なっ! ちげーよ! だいたい俺はカーサ姉ちゃんが……」
「おおっ? やっぱりパコ君ってそうなんだ~」
昨日のパコの態度からなんとなくわかっていたが、やはりパコはカーサのことが好きらしい。
色恋などさっぱりなカーサが気付くまでは、相応の時間が必要だろうが、頑張ってほしいものである。
自らの失言に気がついたパコは、顔を真っ赤にして、無理やり話題を引き戻した。
「……っ! うるせえ! そうじゃなくて! 俺が聞いてほしいのは、俺の――俺たちの昔のことだ」
パコの言葉に、ふざけていたマヤも、真面目な表情になる。
「いいの? 辛いなら、私は無理に聞き出そうとは思ってないよ?」
「いいんだ。たしかに思い出すのは辛いけど……それでも、エマが懐いてるマヤさんには知っておいてほしい」
「そう……パコ君は本当にエマちゃんが大切なんだね」
「そりゃ、今じゃ俺のたった一人の家族だからな。それに、エマはまだ小さいし、体だって弱いんだ。俺が守ってやらねえと」
「ふふふっ、お兄ちゃんだね」
「茶化すなよ」
「茶化してないってー。じゃあ、教えてもらおうかな、パコ君たちのこと」
「ああ」
パコは、ゆっくりと自分と妹のこれまでを話し始めた。
***
パコが生まれたとき、パコの家族は里の中心部に住んでいた。
父親の事業が上手く行っていたこともあり、パコと両親は何不自由なく暮らしていたらしい。
そしてしばらくして妹のエマが産まれ、パコたち一家4人は、それからしばらくも、何不自由なく暮らしていた。
しかし、程なくして父親が事業で失敗、多額に負債を抱えた父親は、パコたちに迷惑がかからないようにと、母親にパコたち兄妹を託して縁を切った。
そこまでパコが話してくれたところで、マヤの中に1つの疑問が生まれる。
「あれ? てっきりエマちゃんが男の人を怖がるのはお父さんのせいかと思ってたけど、違うんだ?」
「いや……俺たちの本当の父さんは、本当に良い人だったんだ。問題はあいつだ!」
「あいつ?」
パコが母親と暮らし始めてしばらくたった頃、パコの家に1人の男が出入りするようになる。
母親の再婚相手を名乗るこの男が、パコとエマにとって最悪の存在だった。
「あいつは、母さんと結婚したって言ったけど、俺はそうじゃないと思ってる。母さんはあいつといて幸せそうだったことなんてなかった。絶対、何かあったんだ! 何かは、わからないけど……」
「なるほど。その男が、エマちゃんにもひどいことをしたってこと?」
「ああ……」
その男が来てから、母親は夜に外出するようになり、その間、パコに暴力を振るったらしい。
「お前が黙っていないと、お前の母親が大変なことになるぞ」
そう脅されたパコは、母親に心配をかけないために、ただただ耐えるしかなかった。
そんな日々が3年程続いたある日。
「あいつもそろそろ使い物にならなくなって来たな」
いつも通り、着飾らせた母親送り出した男は、そんな事を言って、すでにベッドで寝ていたエマに視線を向けた。
「少し早いかもしれんが、これはこれで需要があるだろう。どれ、試してみるか」
男が寝ている妹の布団を剥がし、寝間着に手をかけたことで、眠っていたエマは目を覚ました。
「なあに、お兄ちゃ――ひっ! やっ――ぐむっ」
自分に覆いかぶさる男に悲鳴をあげようとしたエマに、男は黙ってその口を塞ぎ、再びエマの寝間着を脱がそうとした。
その光景を目の当たりにし、これから行われることを本能で理解したパコは、全身の血が沸騰するほどの怒りを覚えた。
「そこから先は、よく覚えてない。気がついたら、俺の下で血まみれになってるあいつがいて、俺の手には血まみれの包丁が握られたんだ」
「それでエマちゃんは男の人を……」
「たぶんそうだと思う。それでちょうどその日だ。いつも母さんを連れてくるやつが一人で家に来て母さんが「殺しながらしたいっていう常連に指名されて死んだ」って言って来たのは」
その後その男は、パコにいくらかの金を渡し、パコが男を殺した事を黙っている代わりに、うちの店でお前の母親が死んだことも黙っていろ、と言って立ち去ったらしい。
「それからあの家で2人で暮らしてきたの?」
「そうだよ。最初は母さんの送り迎えしてたやつからもらったお金で食べ物も買えてたんだ……少し前までは食べ物がものすごく安かったし……でも、キサラギの奴らのせいで値段が上がってから、一瞬でなくなっちゃって……」
パコの言葉に、マヤは内心頭を抱える。
パコは、今この里で行われている「キサラギ亜人王国のせいで食料品が値上がりしている」というプロパガンダを信じてしまっているのだ。
実際は、パコの言う、少し前の食べ物が安かった時期が、キサラギ亜人王国のおかげで食べ物が安かったのであり、今の食べ物の値上がりは、里の上層部がキサラギ亜人王国からの輸入品を止めているからである。
「そうなんだ。2人とも大変だったんだね……」
「まあな。これからだって大変だろうけど」
「そういえば、パコ君はこれからどうするの?」
「どうするって……」
どうやら何も考えていないらしい。
まあ、何も考えずにパコとエマを宿に連れてきたマヤが言えたことではないのだが。
「それじゃあさ、私たちのお店を手伝ってくれないかな?」
「手伝う?」
「うん、手伝ってくれたら、これからも私達と一緒にいていいし、宿代もご飯代もお風呂代も出してあげる」
「本当か!? いやでも……なあ、マヤさん、初めてあったときから不思議なんだけど、なんで俺たちにこんなに色々してくれるんだ?」
「うーん、なんでかな? 自分でもよくわからないんだけど、強いて言えば関わっちゃったから、かな?」
「なんだよそれ、わけわかんねえ」
「まあいいじゃん、細かいことはさ。それじゃあ今度こそ、朝ごはんに行こうか!」
さっさとベランダから部屋に戻り、宿の食堂へ行く準備を始めるマヤの後ろ姿を、パコは眩しいものを見るように目を細めて眺めていたのだった。
目が覚めてパコの姿がないことを確認したマヤがベランダに出ると、パコはベランダから通りを眺めていた。
「おはよう、ございます、マヤさん……」
「無理に丁寧に話さなくてもいいよ? パコ君はまだ子供なんだから」
「マヤさんだって子供じゃん――じゃないですか」
「あはは、たしかにそうかも。でもそれならなおさら、私相手には普通に喋っていいんじゃない?」
「……でも……カーサ姉ちゃんがマヤさんはすごい人だって言ってたし……」
「すごい人に見える?」
「……正直、全然見えない、です」
「ぷふっ、あっはははははは。だよねー。うんうん、素直でよろしい! カーサはそう思ってくれてるかもしれないけどさ、私なんて本当にすごくないし、パコ君がかしこまらなきゃいけない人じゃないからさ? 普通に話してよ。その方が私も話しやすいし」
「マヤさんがそう言うなら、そうする」
「そうそう、そんな感じでいいよ。さて、それじゃあ朝ごはんに――」
話は終わったとばかりに踵を返すマヤを、パコの声が呼び止めた。
「マヤさん、俺、マヤさんに聞いてほしいことがあるんだ!」
「うーん? 何かな? もしかして愛の告白とか?」
「なっ! ちげーよ! だいたい俺はカーサ姉ちゃんが……」
「おおっ? やっぱりパコ君ってそうなんだ~」
昨日のパコの態度からなんとなくわかっていたが、やはりパコはカーサのことが好きらしい。
色恋などさっぱりなカーサが気付くまでは、相応の時間が必要だろうが、頑張ってほしいものである。
自らの失言に気がついたパコは、顔を真っ赤にして、無理やり話題を引き戻した。
「……っ! うるせえ! そうじゃなくて! 俺が聞いてほしいのは、俺の――俺たちの昔のことだ」
パコの言葉に、ふざけていたマヤも、真面目な表情になる。
「いいの? 辛いなら、私は無理に聞き出そうとは思ってないよ?」
「いいんだ。たしかに思い出すのは辛いけど……それでも、エマが懐いてるマヤさんには知っておいてほしい」
「そう……パコ君は本当にエマちゃんが大切なんだね」
「そりゃ、今じゃ俺のたった一人の家族だからな。それに、エマはまだ小さいし、体だって弱いんだ。俺が守ってやらねえと」
「ふふふっ、お兄ちゃんだね」
「茶化すなよ」
「茶化してないってー。じゃあ、教えてもらおうかな、パコ君たちのこと」
「ああ」
パコは、ゆっくりと自分と妹のこれまでを話し始めた。
***
パコが生まれたとき、パコの家族は里の中心部に住んでいた。
父親の事業が上手く行っていたこともあり、パコと両親は何不自由なく暮らしていたらしい。
そしてしばらくして妹のエマが産まれ、パコたち一家4人は、それからしばらくも、何不自由なく暮らしていた。
しかし、程なくして父親が事業で失敗、多額に負債を抱えた父親は、パコたちに迷惑がかからないようにと、母親にパコたち兄妹を託して縁を切った。
そこまでパコが話してくれたところで、マヤの中に1つの疑問が生まれる。
「あれ? てっきりエマちゃんが男の人を怖がるのはお父さんのせいかと思ってたけど、違うんだ?」
「いや……俺たちの本当の父さんは、本当に良い人だったんだ。問題はあいつだ!」
「あいつ?」
パコが母親と暮らし始めてしばらくたった頃、パコの家に1人の男が出入りするようになる。
母親の再婚相手を名乗るこの男が、パコとエマにとって最悪の存在だった。
「あいつは、母さんと結婚したって言ったけど、俺はそうじゃないと思ってる。母さんはあいつといて幸せそうだったことなんてなかった。絶対、何かあったんだ! 何かは、わからないけど……」
「なるほど。その男が、エマちゃんにもひどいことをしたってこと?」
「ああ……」
その男が来てから、母親は夜に外出するようになり、その間、パコに暴力を振るったらしい。
「お前が黙っていないと、お前の母親が大変なことになるぞ」
そう脅されたパコは、母親に心配をかけないために、ただただ耐えるしかなかった。
そんな日々が3年程続いたある日。
「あいつもそろそろ使い物にならなくなって来たな」
いつも通り、着飾らせた母親送り出した男は、そんな事を言って、すでにベッドで寝ていたエマに視線を向けた。
「少し早いかもしれんが、これはこれで需要があるだろう。どれ、試してみるか」
男が寝ている妹の布団を剥がし、寝間着に手をかけたことで、眠っていたエマは目を覚ました。
「なあに、お兄ちゃ――ひっ! やっ――ぐむっ」
自分に覆いかぶさる男に悲鳴をあげようとしたエマに、男は黙ってその口を塞ぎ、再びエマの寝間着を脱がそうとした。
その光景を目の当たりにし、これから行われることを本能で理解したパコは、全身の血が沸騰するほどの怒りを覚えた。
「そこから先は、よく覚えてない。気がついたら、俺の下で血まみれになってるあいつがいて、俺の手には血まみれの包丁が握られたんだ」
「それでエマちゃんは男の人を……」
「たぶんそうだと思う。それでちょうどその日だ。いつも母さんを連れてくるやつが一人で家に来て母さんが「殺しながらしたいっていう常連に指名されて死んだ」って言って来たのは」
その後その男は、パコにいくらかの金を渡し、パコが男を殺した事を黙っている代わりに、うちの店でお前の母親が死んだことも黙っていろ、と言って立ち去ったらしい。
「それからあの家で2人で暮らしてきたの?」
「そうだよ。最初は母さんの送り迎えしてたやつからもらったお金で食べ物も買えてたんだ……少し前までは食べ物がものすごく安かったし……でも、キサラギの奴らのせいで値段が上がってから、一瞬でなくなっちゃって……」
パコの言葉に、マヤは内心頭を抱える。
パコは、今この里で行われている「キサラギ亜人王国のせいで食料品が値上がりしている」というプロパガンダを信じてしまっているのだ。
実際は、パコの言う、少し前の食べ物が安かった時期が、キサラギ亜人王国のおかげで食べ物が安かったのであり、今の食べ物の値上がりは、里の上層部がキサラギ亜人王国からの輸入品を止めているからである。
「そうなんだ。2人とも大変だったんだね……」
「まあな。これからだって大変だろうけど」
「そういえば、パコ君はこれからどうするの?」
「どうするって……」
どうやら何も考えていないらしい。
まあ、何も考えずにパコとエマを宿に連れてきたマヤが言えたことではないのだが。
「それじゃあさ、私たちのお店を手伝ってくれないかな?」
「手伝う?」
「うん、手伝ってくれたら、これからも私達と一緒にいていいし、宿代もご飯代もお風呂代も出してあげる」
「本当か!? いやでも……なあ、マヤさん、初めてあったときから不思議なんだけど、なんで俺たちにこんなに色々してくれるんだ?」
「うーん、なんでかな? 自分でもよくわからないんだけど、強いて言えば関わっちゃったから、かな?」
「なんだよそれ、わけわかんねえ」
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