腕の噛み傷うなじの噛み傷

Kyrie

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第1話 オメガだった僕

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病院ですれ違ったその人はとても力強い印象だった。
短く切った黒髪の下のくっきりとした横顔に太い眉、鋭い眼光、すっと伸びた鼻筋、きりりと結ばれた唇。
凛とした顔と佇まいは、まるで冬の夜、欠けて細く剣のように輝く月のようだった。
僕は一瞬立ち止まって彼を見つめた。
美しかった。
僕はその力強さに魅かれ、深く記憶した。



***

診察室で僕は制服のシャツを整え、ジャケットを羽織った。
ゼン先生はにこっと笑って、「じゃ、また来月ね」と言った。
僕は一礼して、診察室から出る。
月に一度の定期検診が終わった。



僕は生まれてからずっとオメガだと言われてきた。

男女に加え、アルファ、ベータ、オメガという性別が現れたのはいつだったか。
歴史の時間に勉強したけれど、なんとなく集中できずにどうやっても覚えられない。
なににつけても優秀なアルファ、一般的なベータ、そして男女とも妊娠可能なオメガ。
オメガは第二次性徴が現れる頃から「発情期《ヒート》」が始まり、その期間は独特のフェロモンを分泌する。
それを嗅ぎ分けることができるのがアルファで、本能に訴えるらしく、抗えないような性衝動を持つ。

6つの性別の中で、僕は「男性のオメガ」として生きてきた。
生まれてこのかた、検査薬の結果がいつも薄めで、何人もの医師が目を近づけ、眼鏡をかけたりはずしたり、あれこれしてやっと「オメガ」という判定が下された。
アルファとベータの項目には反応がなかったことも、判断材料となったらしい。
万が一のことがあってはいけないので、僕は人より検査を多く受けているが、ずっとこんな調子だった。

なので、僕はほかのオメガの子と同じように、発情期について学び、その対処法も習った。
常に発情抑制剤と避妊薬を持ち、自分の身体の変化に高い関心を向けていた。
体つきもがっしりとした能力の高いアルファに組み敷かれてはどうにもならない。
自分の身を守ることをしっかり学校でも家庭でも、必要ならば病院でも役所でもバニスタウンでは教えてくれる。

僕は首に幅の広い黒のネックプロテクターをはめている。
自分がオメガだということを他に誇示しているようなものだけど、力ずくでアルファにうなじを噛まれる危険性を下げるためで、両親も自分も望んでつけている。

アルファとオメガには遺伝子に組み込まれたなにかがあるらしく、アルファはオメガのうなじを噛むことで「番の相手」としての印をつける。
一度つけられた印は消えることはなく、オメガはアルファに縛り付け離れられなくなってしまう。
そして「種の保存」の本能は残酷で、アルファは番の相手がいないオメガに対して何人にも「番の印」をつけることができる。
趣味の悪いアルファは何人ものオメガを番の相手にしたか自慢することもある、と聞いたことがある。

僕はそんなのは嫌だ。



オメガだということで差別される地域もあるけれど、このバニスタウンはオメガに対して手厚い保護をしてくれる。
少子化が進み、女性の出生率が下がり、出産できる存在がどんどん少なくなる中、男性のオメガも貴重な存在となってきている。
また発情期以外は、ベータと変わりのない働き手でもある。
女性やオメガが安全に、かつ安心して生活し、出産できるよう努力してきたおかげで、「暮らしたいタウンNo.1」に何年もランクインしている。
人口減少が課題になっているタウンも少なくないのに、バニスは人が多く集まり、経済も文化も充実していた。

幸運なことに僕はバニスに生まれ、あまり危険な目にも遭わずに生きてきた。
しかし、残念なことにやっぱり痛ましい事件は起こるし、いつ発情期を迎えてもおかしくない年頃になったので、僕はオメガとしてずっと警戒しながらそれを当然としていた。


ところがそんな僕が全15歳対象のセックステストで、なんとくっきりとアルファの反応が出てしまった。
たまにベータだと思っていた人がアルファやオメガだった、というのは聞くんだけど、オメガだと判定されていたのにアルファだったケースはこれで3例目だという。

その結果に、両親も僕も驚いた。
だって、両親はアルファが絶対に生まれないとされるベータとオメガのカップルだからだ。
その後も大きな病院で何度も検査されたけど、どうやっても僕はアルファであるとしか結果が出なかった。
相当珍しいケースであり、今後の研究のためにも病院からの依頼を受ける形で僕は定期的に病院で検診を受けている。
この分野では有名なゼン先生が僕の担当となった。
医者としてはまだ若いけれど、実力のある人だし、年齢が近いせいか話も合う面白い人だったので、検診は苦痛ではなかった。

その検診の帰りに、僕はあの美しい力強さを持つ人とすれ違ったのだ。






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