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2:ヴェストリオーア戦役編
初恋(ゲーアハルト)
しおりを挟む十二才のオレが王宮の庭園で見つけたのは、笑わないきれいな女の子だった。
オレたちの曾おばあさまである王太后主催のお茶会に招かれたときのことだ。
黒い髪と黒い瞳と白い肌と、異国風の顔立ちのハイデマリー・アデーレは、むかし話にでてくる夜の妖精のように見えた。
だからオレは言ったんだ。
「きみとボクのこどもが産まれたらきっと、とても美人になるだろうね」
その時、ハイデマリーは喜ぶどころか微笑みもせず、ただ黙ってボクを見た。睨んでさえなかった。
あれは、たとえるなら、馬の尻に集ったハエを見つけたような目だ。
王族で、公爵家嫡子で、金髪と紫の瞳のハンサムなオレをハエ扱いした女なんて、ハイデマリーくらいなものだ。
びっくりしたし、とても印象に残った。
あのお茶会はハイデマリーの婚約者を決めるためのものだった。出席したのはオレとボニファツ王子。結局、五つ年上のオレではなく、同い年のボニファツが彼女の婚約者に決まった。
それから時が過ぎ、オレも成年と認められた頃だ。ハイデマリー・アデーレの良くない噂が流れていることを知った。
異母妹を虐めている、派手好きで金遣いが荒い、男遊びが激しい、あと何だったか。各家のパーティや若手貴族が集まる狩猟会は情報交換の場だ。そういうところでまことしやかに囁かれていた。
母を亡くしてすぐに迎え入れられた同い年の異母妹が目障りなのは当然だし、ハイデマリーの身分なら相応な衣類や宝飾品が必要だ。
当たり前だろうと思った。
七才の時、すでに夜の妖精だった女の子が育ったのなら、男がほうっておくはずもない。オレだって飛んでいきたい。衣装でも宝飾品でも贈りたい。
ハエを見るような目がうっとり蕩けてくれたら。
きっと途方もなく嬉しい。
そう気がついて勃然として、オレは自分が、あの子を娶りたかったことにようやく気がついた。初恋だったんだ。
ボニファツがあの子と結婚するのは仕方がないことだった。王家の婚姻は国事だ。が、愛人は別だ。
王太子の婚約者が外で色事遊び相手を探すのはまずムリ。とすると、家内で見繕うことになるだろう。王太子妃、ゆくゆくは王妃になっても同じだ。
彼女のまわりにいる、それらしい男といえば……騎士!
よし、騎士になろう
オレはそう決めて領地に戻った。嫡男はまだ幼かった弟に押し付けて、自分の騎士団を立ち上げたのだ。王太子妃付きの騎士団として押しかけるつもりだった。
女遊びにも励んだ。経験豊富な夜の妖精を存分に楽しませてやって、「あなたが一番ステキだわ」なんて言われたい男心だ。
女の肌に触れるのは単純に気持ちがいいし、好きだ。剣術や戦術と同じように、閨事技術研鑽にも励んだ。
そうこうしている間に、ボニファツの婚約者がハイデマリーの妹に代わった。突然だった。
もしも曾おばあさま、せめておばあさまがご存命だったら起きなかったことだ。だってさ、『ハイデマリー』が王家に嫁ぐことが大事だったんだぜ?
まさかその辺全部を吹っ飛ばしてくるなんて思わないよな。
けど、オレは嬉しかった。
ハイデマリー・アデーレが王家に反旗を翻して挙兵したと聞いてすぐ、オレは騎士団ごと彼女の下に走った。
ただまだ、閨には侍れてないけどな!
それが過去の話。
バルゲス砦の東崖に張った陣のど真ん中の天幕、目の前にいるハイデマリー・アデーレは夜の女王のようだ。
黒いドレスは普段通りの格好で、細い首には緑柱石のトップがついたネックレスを付けている。但し! 身近で見る限り、男遊びが好きだというのは誤報だ。それはそれでまったく問題ない。
ずしん、どしんと響いて聞こえてくるのは、砦の外壁を崩しにかかっている投石と攻壁槌の音だ。攻め手の第一波。この後の第二波で武装した騎士と兵士が雪崩れ込む。
浅はかなる父上殿の計略は弟たちが丸ごとしゃべった。
最初は絶対に父上を裏切らない、どんな拷問にも耐えてみせると意気込んでいたのに呆気なかった。
ちなみに、やつらの口を割らせたのはヨーゼフ卿だ。
生きて元気に働きまくっている死体が子守歌で寝かしつけようとしたら、泣きながら全て吐いたらしい。
……ちょっと気持ちはわかる。
かわいそうな弟達は、ハイデマリーの異母弟であるマルセルが面倒を見てくれることになった。年下なのにしっかりしている。
「ゲーアハルト卿、支度は?」
「済んでる。真っ先に突っ込んでいくから応援していてよ」
今回の作戦、オレの第二軍が本命だ。戦場後方の守りには第三軍が来てくれた。すべての作戦はハイデマリー自らがおおよその指示をくれる。それを実行するために、軍団長が現場指示を出すのだ。
「そろそろよ」
ハイデマリーはどこも見ていない目で言った。
時折、何もない空間を見つめているハイデマリーは、戦神の声を聞いているのかもしれない。状況を恐ろしいほど正確に読み、先手を打てるのはそのせいではないかと、他の将軍たちも言っていた。
神秘的な女王様だ。
オレは浮かれて立ち上がり、カウチに落ち着いている女王の足下に跪いた。フレームに美しい彫刻の施されたカウチはもちろん、ハイデマリーのために運び込ませたものだ。
「ヴィーラントは地下に逃げ込んだ。砦外に出る隠し通路の位置は覚えているわね?」
「もちろん」
「降伏してきた兵はしっかり保護して。向こうは士気が落ちているから結構来ると思う」
「わかったよ」
「質問はある?」
「勝利をあなたに、マイレディ」
「はいはい、いってらっしゃい」
ハエを追い払う視線で言われ、オレは天幕を出た。
外に出ると、太陽が眩しかった。思わず目を眇めたところに、副官ローマン卿が走ってきた。
「全軍に命令。予定通り、進入路が確保でき次第、突入の号を打つ。優先敵は騎士。一から二十の部隊は上へ、残りは地下へ向かえ。なお、砦内の兵士たちの投降は受け入れよと女王陛下の御下命である」
ローマン卿はすぐさま復唱し、従えてきていた伝令兵たちを走らせた。
オレも愛馬のもとに向かい、その時に備えた。
整然と並ぶ隊列が頼もしいことこの上ない。両翼、先陣に各十隊、続く二番陣に各十隊、オレが率いる本隊との間に、先の二陣と本隊の間で状況に応じて動ける遊撃部隊を配置して、後詰め。
ハイデマリー女王考案、タケダ陣だ。進入時はスネーク陣を取り、砦内に入ったら展開して囲む。死角はない。
攻め手、我が方は第二軍・三軍を合わせて二万。
守るバルゲス砦軍団四万。寡兵はこちらだが、向こうは守備隊が中心だ。守備隊は平民がほとんどだ。食いぶち減らしのために、守備兵送りにされた連中の忠誠心は薄い。
対してこちらは美しき陛下のために戦う意欲が満ちている。騎士も魔法兵も治癒師も多い。
どごぉんと、ひときわ大きな音が響き渡った。
「打て!」
号令用の火炎魔法軸を空に打ち上げる。
途端に鬨の声があがった。
獣のような叫びと蹄、怒濤の勢いの歩兵達。ハイデマリーが言った通り、士気の低い兵士達は武器を投げ捨てて投降してきた。
戦闘らしいものといえば、騎士たちが命がけで立ち向かってきたくらいなものか。
そんな有り様だ。巣穴にこもった臆病な古ネズミなど、あっという間に見つかった。
日が西に傾き、空が赤く染まった頃、ヴィーラント・フレーベと妻サブリナは側近貴族たちとともに中庭に引き据えられた。逃亡のためだろう。皆、平民の服を身に着けていた。
ハイデマリー女王は急ごしらえの三層段の上に立ち、一同を見渡した。オレがその隣にしっかり並んで立ったのは当然のことだ。
フレーベ夫妻、有り体に言えばオレの両親だ、はそのオレを見て愕然としていた。
「何か言いたいことはあるかしら、ゲーアハルト卿。卿はこの戦いの勝将。多少の望みなら聞かなくもない。わたくし、今、とても気分が良いの」
ハイデマリーが言った。
ドレスの裾が土ぼこりで汚れているが、それでも凛としていて、やっぱりとびきり美しい。
「ゲーアハルト! お前、父親を見捨てるつもりか!」
膝を土に汚した父がオレを怒鳴りつけた。前に見たのが何年前か忘れたが、額が広くなっている気がする。
「ああ、ああ、かわいいハルト、わたくしの愛し子! 母を、母を救ってくれるのでしょう……?」
わざとらしく泣き崩れたのは母だ。先の王弟の長女で、ハイデマリーの父上の姉にあたる。
望み?
そんなの決まっている!
オレはその場に片膝をつき、両手を差し出した。
ハイデマリーがオレを見た。特に感情がのっているかんじはしなかったが、少なくともハエ扱いではない目だ。
「ゲーアハルト卿?」
言葉を失ったオレを不思議そうに眺める黒い瞳。今、そこにはオレだけが映っている!
「ど、どうか、その御手に、くちづけを、おゆ、おゆるし、いただきたい!」
上擦った大声が出たが、取り繕いようもない。
敗者を含めて大勢の者がいる中庭は、時が止まったかのように静まり返った。
「これでいい?」
ハイデマリーが左手を差し伸べてくれた。
たおやかな細い手を両手で捧げるように取り、オレは、その甲にそっと唇を押し付けた。
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