乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ

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閑話

【御礼小話】公開求人は1回1000万ゲール

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 『ヴェストリオーア戦役編』がわたくしを待っている、のだけれど。

 戦役が本格化する前に内政を充実させ、国内の反抗勢力を黙らせておかなくてはならない。他国と戦争するだけの国がなければ負けるだけだもの。
 『クリキン』では、アイゼン王国を倒した後、二年ほど余裕があった。

 エンダベルト王国の都はムジクスタッドに仮置きすることにした。旧王都からの避難民も受け入れられて、人材も豊富だ。
 行政や研究機関を整えて、各地との通信路を確保、街道を補修、商人たちのギルドを認めて……やることはてんこ盛りである。
 民からの忠誠も高まってきているから、方針に間違いはなさそう。

 最大の問題はわたくしに恭順していない貴族たちの扱いだ。

 まずは旧王家派。アイゼン王家を正統として、わたくしを僭王として廃したい一派。彼らが担ぐのはゲーアハルトの父である元王弟・フレーべ公爵だ。
 まだ存命の前王でも、ボニファツ元王子でもないところが姑息だ。旧王家派といいつつ、以前の王弟派が逃げ延びただけとも言える。

 もうひとつは地主貴族たち。
 地方豪族化しているというか、地元に密着し、拝領地を自分のものと認識している貴族である。彼らは一定の武力も抱えている。

 前者の弱点は兵力が少ないこと。領地を失った貴族や元宮廷貴族が多いから、資金源も心許ない。
 後者の弱点は盟主がいないこと。個々の地主は地元を守る騎士や兵士を持っているが、集まって戦をするだけの技量がないのだ。まとまりもないし。

 両者が手を組めばわたくしには最悪、逆に敵対してくれたら楽ができる。

 『アイゼン王国編』をクリアしたわたくしは『調略』が解禁されている。
 早速、スパイを送り込んだ。思う通りになるように、宣撫も扇動も使わせていただこうと思う。
 しばらくは報告待ちである。

 そういうわけで、ちょっと手持ち無沙汰を感じたその夜。わたくしはクラビア宮の私室でくつろぎながら『基本情報』を開いた。
 私室には侍女もいるけど、他からはウィンドウは見えない仕様だから気にすることはない。


 『基本情報』
 ◆領 主:ハイデマリー・アデーレ(称号:エンダベルト女王)
 ◆本拠地:エンダベルト王国/クラビア宮殿
 ◆領 地:
  エンダベルト王国▽
    エンダベルト バシュ エイヒンガー ゴリッツ ゲルツ
    サベラフルス スカラクリッペ ルンダーフューゲル
    シュミッド リューク マースカント ヴァスティアン 
 ◆軍資金: 499754300
 ◆兵 糧: 97250078
 ◆兵 力: 365000/365000


 領地の項目が折りたたみになったのは『ヴェストリオーア戦役編』に備えてのことだと思う。王国単位で地域が見えるほうが便利だから。
 兵力も充実したし、兵糧もある。
 軍資金だってかなりのものだ。

 かなりというか結構ある。……潤沢といってもいい気がする。



 公開求人、一回なら、回してもいいんじゃない?
 一回一千万ゲールだけど、軍資金は五億ゲール弱あるわけだし。

 半透明のウィンドウを見据え、わたくしは生唾を飲み込んだ。
 わたくし、かなりがんばったと思うのよ。攻略戦では少しの油断もできないし、国王その他にあれこれ沙汰を下すのだって心的負荷がかなり高かった。他人の命を預かるって、大変なことだ。

 ……ストレス解消にガチャ回すくらいいいよね。
 一回一千万ゲールだけど、軍資金はほとんど五億ゲールあるんだし。

 ちらっと脳裏をよぎったのは魔法軸二本の惨状だ。負けた記憶は人を臆病にする。
 けれど、トラウマを踏み越えてこそ大当たりがあるのだ。
 ガチャは引かなきゃ当たらない。

 わたくしは画面をタップした。
 小さなウィンドウがポップして、封緘のある封筒が現れる。それをそっと、指でなぞるとペーパーナイフが封を切るのだ。

 キラッと。
 ……しなかった。え? しなかったよね?
 これまでは封筒の切り口から光が溢れ出る演出があった。星5は虹色、星4なら金色。魔法軸のときは青い光だった。
 うそでしょまさかの無色なの? ひょっとして魔法軸以下のハズレがあるとでも? 一千万ゲールで?

 封筒から出てきたカードが表示された。

  マルセル・ヴィルマー・シーレンベック - 王弟
    年齢 7 :性別 男 :気質 至恭至順 :野心 25 :忠誠 30
    統率 0 :武勇 0 :知略 21 :内政 0 :外政 0

    シーレンベック公爵の後妻の子。公爵位の後継者として育て
    られていたが、両親との思い出はない。
    真面目で温厚な少年。ひとりぼっちの寂しさが隠せていない。
    美しいものが好き。酸っぱいパンは食べたくない。


「……マジで……?」
 思わず貴婦人らしくもない言葉が出たのは許して欲しい。

 だって、だって、マルセル・シーレンベック! 腹違いの弟がここで出てくるとは思わないでしょう? だって子供なんだよ?
 星ナシなのはわかる。七歳なんて戦力外だ。文武どっちでも仕事なんかさせないわよ。
 それが今、ここで? 一千万ゲールよ? 
 魔法軸よりどうしようもなくない???

「お呼びでしょうか」
 わたくしの呻きを聞き取った侍女がすっと進み出てきた。何でもないと言いかけて、やめる。
 公開求人で出てきた以上、明日にでもマルセルはわたくしのところに姿を見せるだろう。追い払うわけにもいかない。

 わたくしは観念して、侍女に来客の予定を伝えておくことにした。それなりの衣装を着なくてはいけないから。



 マルセル・ヴィルマー・シーレンベックは本当にやって来た。
 てっきりシーレンベック夫妻と行動をともにしていると思っていたけど、わたくしがここを攻略する少し前から領内で隠れていたらしい。公爵夫妻は自分たちだけ安全そうな王城に逃げ込んでいたってわけか。
 子供にも領地にも思い入れの無さがすごい。可愛いのは自分の身と、贅沢ができる身分だけ。いっそ清々しい自分勝手っぷりだ。

「拝謁をおゆるしいただいたこと、感謝いたします」

 七歳とは思えない落ち着き払った様子でマルセルが礼をとった。幼いながら堂々としている。連れていた護衛騎士は元シーレンベック騎士団の者だ。見覚えがある。
 クラビア宮での戦い、グビッシュ守備伯が一騎打ちを承諾した理由がわかった気がする。時間稼ぎと目眩し。
 あの時、この子を逃したのに違いない。

 マルセルとは執務室で会うことにした。私室に呼ぶほど親しくもないし、謁見室では余所余所しすぎる。
 わたくしは応接のソファを示し、向き合って腰を下ろした。

「ハイデマリーよ。一応、お前の姉ね」
「姉上と、お呼びしてよろしいのでしょうか」
「構わないわ」

 マルセルは金髪と紫の瞳を持つ少年だ。目鼻立ちが華やかなところもカール・ザッシャによく似ている。このまま成長したら乙女ゲームの攻略対象者になれるかもしれない。

「お前、わたくしのことを覚えているの?」
「最後にお目にかかったのは三歳の頃でした」
 つまり覚えていないわけか。小賢しい言い方をする子だ。

「遠回しは面倒だわ。用件を」
「僕は仕官したいのです。姉上の御麾下に加えてください。何でもやります」
 七歳児の何でもって、何だろう。何ができるのかしら。お留守番? 靴磨き? 犬の散歩?
 どれも間に合っているし、わたくし、犬は飼っていない。

「僕には家臣がいます。家臣を養うには領地か、俸給が必要なのです」
「グビッシュ伯の息子なら、たしかに俸禄は高そうだわ」
 とりあえずそう言うと、小さな背中の後に控えている護衛騎士が気遣わしげにしている。背はそれほど高くないけど、がっしりとした騎士だ。
 ハイノ・グビッシュはわたくしと同い年だったはずだ。ずっと昔に守備伯が連れているところに出会したことがある。

「でも、お前。わたくしはお前の父と母に毒杯を与え、もう一人のお前の姉を島流しにしたのよ。そのお前がわたくしに仕えると? それとも、お前の望みはわたくしの寝首を掻くことなのかしら?」
 見据えて言うと、マルセルは思い切り目を見開いて、それから笑いを噛み殺すみたいに小鼻をひくつかせた。

「何がおかしい?」
「あの、姉上は、……『お前』って言い過ぎだと思います」
「そうね。わたくしも緊張しているみたい」

 馬鹿馬鹿しくなって、わたくしもちょっと笑った。
 相手は子供だ。七歳の男の子。

 けれども実は値千金。わたくしの弟であるということは、王弟。未婚で子もいないわたくしの身を考えれば、第一王位継承権はこの子にある。

 この子が『公開求人』で招聘されたというのはとても幸運なことのような気がしてきた。
 だって、『公開求人』はガチャだ。ガチャで呼ばれた者は決してわたくしを裏切らない。
 裏切れない。
 ゲームの強制力のせいだ。乙女ゲームが終わるまで、わたくしが『悪役令嬢』から逃れられなかったのと同じこと。

「……いいわ、お前を迎えましょう。ただし、仕事は与えない」
「えっ……! それは、僕を、幽閉したりするっていうことですか」
「違うわよ。よく学び、成長なさい。大人になったら嫌っていうほど働いてもらうから」

 わたくしの言に、一度は青くなったマルセルがぱっと顔を明るくした。
 ついでにハイノ卿も頬を綻ばせた。護衛騎士として、表情豊かなのはいただけない。ハイノ卿にも再教育が必要だわ。

「返事は?」
「はい! わかりました、姉上! ご期待に応えられるように精一杯励みます!」
 はきはきと応えた弟に頷いてやった。

 王弟の取り扱いについては皆とも相談しなくてはならないけれど、まずは部屋でよく休ませよう。潜伏していたのは嘘ではなさそうな体つきだもの。

 将来有望な人材が来たと考えれば悪くない。悪くないったら悪くない。
 マルセルがどれくらい伸びるのか、とても楽しみだわ。


 これは爆死じゃないんだからね!

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