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閑話
反抗/前
しおりを挟むわたくしがその男に気がついたのは本当に偶然だった。
ストラテジーゲーム『クリーグキングタム』。チュートリアル『アインス王国編』を勝ち抜くと、ゲーム時間数年以内に『ヴェストリオーア戦役編』が開始される。
次ステージ開幕まで時間があるのは、国内を整え、戦の支度を整えるためだ。五カ国で戦う戦役編で生き残るためには相応の力を蓄えなくてはいけない。
わたくしの目下の課題は大きく三つ。
まず国を豊かにすること。内乱(と呼ぶしかない)の結果、荒れた街や土地が出た。旧王都アイゼンを含めた被害地域を復興し、放棄された農地を蘇らせなくてはならない。
次に兵を強くすること。五カ国戦役に立ち向かうには軍備がいる。各地貴族の合流を踏まえた軍団の再編と、兵員・軍馬を育成しなくてはならない。加えて、魔法軸の充実も必要だ。
最後に反抗勢力を潰すこと。わたくしの指揮が隅々まで行き届いてこその勝利だ。わたくしに従わない者たちには退場して貰わねばならない。
女王ハイデマリーは多忙だ。
朝は日の出より早く起き出して身支度を整え、朝食前にひと執務。主に宮廷内務に関するもの。休憩兼朝食の後にまた執務。ここは軍に関するものが多い。昼食は内務卿たちとの打ち合わせの時間だ。その後、執務。お茶の時間を挟んでさらに執務が続き、夕食。晩餐会でもなければやはり打ち合わせを兼ねたものだ。最悪、執務をしながらのこともある。食事の後は少しだけ休憩して、さらにもう一仕事して、就寝。
このタイムスケジュールに適宜ねじ込まれるのが視察だ。
興ったばかりの新王国だ。いかにわたくしが旧王国の王位継承権者だったとしても、旧秩序を壊した者として新しいルールを作り上げなくてはいけない。
そのためには実際に働いている人々を間近に見にいくのがデモンストレーションとして安価なのだ。
参観日みたいなものと思えばいい。
ともかく、その日の午後一番の仕事が騎兵希望徴募兵による槍試合の観戦だったのだ。クラビア宮制圧の際、ジークムンド卿がグビシュ伯と一騎打ちしたあの試合場である。
真新しい鎧を身につけた新兵たちが試合場に一斉に膝をつき、女王であるわたくしを出迎えた。
一塊に見える兵士たちの中のひとりに目が止まった。
観覧席からグラウンドまでは相応の距離がある。なのに、その男だけ違って見えた。背が高く、がっしりとした騎士らしい体付きは平民育ちではあり得ない。
わたくしは口の中で唱えた。
『マップ表示:クラビア宮試合場』
半透明のウィンドウが眼前の景色に重なって表示された。戦闘準備画面が表示されたということは、やはり、間違いない。
表示された敵は一部隊一名。
『白騎士』エリアス卿。
エリアス・ペルニーは伯爵家出身。乙女ゲーム『恋よ! 花よ!』の攻略対象者で、ゲルダ王太子妃を警護する近衛騎士隊の隊長だった男だ。
『白騎士』なんて大層な二つ名を持つ高潔な貴公子は近衛騎士団の華のような騎士だった。たしか、わたくしよりも三つ年上。王子の婚約者だった頃には面識もある。
イケメン好きなゲルダが自分を護衛させるのには十分過ぎる騎士だ。
攻略対象者だったわけだし、結婚相手でなくてもそばに置いておきたかったんだろう。
わたくしは新兵の中に紛れ込もんでいるエリアスをまっすぐに見た。
どうする?
今から向かってくる?
わたくしだって丸腰ってわけではなくてよ?
真横にぴったり控えているクリームヒルト卿は強いわよ?
エリアスもわたくしを見ていた。睨み合いは一瞬のようで、永遠のようにも感じた。
ふっと。
急にマップ表示が消えた。
戦闘が終了したらしい。
睨み合いで終わる戦闘があるなんて、初めて知った。
ガンつけ合戦とでも言うわけ……?
戦闘リザルトは特になし。そりゃそうだ。このマップは元からわたくしの陣地だ。
恙なく、新兵たちの槍試合が終了した夜、脱走者が出たと報告があった。
誰かなど、聞かなくてもわかる。
エリアスはあれで諦めただろうか。
いや。騎士の精神力は侮れるものではない。ゲルダに剣を捧げ、生涯の主と誓ったのなら、すべてを賭けて立ち向かってくるはずだ。
高潔な騎士とはそういうもの。
ならばわたくしも迎え撃たねばならない。
騎士の誠意をしっかり果たさせてやらねば。
深夜、わたくしはベッドに横になったままウィンドウを開いた。夜間モードだからか、半透明の画面輝度は控えめで目に優しい。
鬼が出るか蛇がでるか。
わたくしは公開求人ボタンをタップした。
小ウィンドウがポップして、封緘のある封筒が現れる。そっと、指でなぞるとペーパーナイフが封を切った。
封筒の切り口から青の光が溢れ出る。
星3人材だ。
舌打ちはしなかった。悔しかったけど。うっかり、エリアスが呼べたりしないかなと思ったんだけど、さすがにそこまで甘くはないようだ。
公開求人は単発高額なだけあって、星3以上の人材を雇用することができる。……大ハズレもあるけど。
一般雇用では星1が基本、星3が激レアという扱いだから、ここぞという時には引くことに決めたのだ。過度な我慢は体に良くない。
わたくしはステータス画面から『new』の付いた項目を選んだ。文官一覧の中にある『密偵』だった。
カイン ★★★new 密偵
年齢 32 :性別 男性 :気質 運否天賦 :野心 10 :忠誠 60
統率 0 :武勇 15 :知略 22 :内政 0 :外政 0
辺獄の獣人の村出身。猫獣人であることを隠しているが、身
体能力の高さは人間の比ではない。特に匂いに敏感。
今夜の寝床と老後のひなたぼっこのために身を粉にして働く。
好きなものは美味しいもの。匂いがキツいものが苦手。
獣人はすでに滅びたと言われている魔族の一種だ。動く死体がいるんだから、そういう種属がいても不思議はない。獣人属は普段は人間とほぼ変わらないが、本人の意思で獣化できる。いわゆる人狼のようなものだ。
要するに、カインは猫ちゃんフォルムに変身できると考えられる。わお。
優秀な密偵は大歓迎だ。なにより、忠誠の初期値が高いスパイなんて、お宝でしかない。
わたくしは宝物を大事にする方だ。
そして、わたくしが考えた対エアリスの策略にはぴったりの人材である。これは当たりだな。高レアじゃないけど、大当たりだ。
明日にでもカインはわたくしのもとへやってくるだろう。密偵が自分をどうやって売り込んでくるのか楽しみだ。
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