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誰
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彼方は少し用事があると言って校舎に入るや否やどこかへ行ってしまった。少し恥じらいながらもぞもぞとしていたからおそらくトイレなのだろう。
教室もすぐそこなので待つ必要がないと判断した俺は一人先に教室に入った。いつも通り教室は一瞬冷え、その後すぐに喧騒へと様変わり。見慣れた光景である。
俺は一息吐いた後、教室の後ろ側を通って自分の席へと着席した。
「おはよう」
秋紅葉が席に座った俺を見つつ、律儀にも体をこちらに向けてから挨拶した。
「おお、おはよ」
この何週間の間でなぜか秋との距離が少し縮まった気がする。前までは一度も話さなかったっていうのに、どういう心境の変化だ。
「冬休みが終わった。新学期が始まった」
相変わらず変な喋り方をする奴だと思ったがどうやら少しは進歩しているのかもしれない。何だか前よりは聞き取りやすくなったような気がする。
「そうだな、新学期始まりだ。最悪で最悪で最悪な学園生活の始まりだよ。ったく、だるい」
いつからだったか。俺は朝のHRまでの時間をこいつと会話して過ごしていた。別に秋と会話したって面白みもないのだが、なぜか会話している。ほんと何でなんだろうな。
「冬休み、有意義だった?」
小首を傾げて上目遣いで聞いてくる。
「有意義っちゃ有意義だったな。ちゃんと意義があった冬休みだったよ。まぁ新年から今日までは自堕落だったがな」
「私も、有意義だった。意義のある、冬休みだった」
だっただったしか言ってないなこいつ。もう少しバリエーションは増やせないものか。
だがまぁここまで進歩したのは中々の成長だろう。追及するのはやめた。
「ふーん、お前も俺と同じような冬休みを送ったんだな。そりゃご苦労なこった」
「柚季も、ご苦労だった」
「どーも」
無表情でそんなことを言われても嬉しくもなんともない。
そんな風に秋とくだらない会話を続けていると、ドアが開いて彼方が顔を覗かせた。
彼方は俺をちらりと見たが、すぐに視線を外し、いつも一緒にいる友達グループに向かって行った。
「おはようございます、みんな」
代わり映えのしない日常。
それに不満を覚える奴がいるかもしれない。批判する奴だってそう多くない。
しかし、俺は変わり映えのしない日常こそが一番幸せなんだと思う。
だからこそ俺は今も昔も同じ思想を持っている。代わり映えのしない日常を過ごすこと。それだけが、俺の思想であり願望だった。
だけど。
「貴方、誰?」
未だ騒がしい教室の中でも、俺はその声を捉えることが出来た。ぎょっと目を剥いて俺は彼方の友達に視線を飛ばした。
その友達は困惑気味の顔をしていた。
「え、わ、忘れちゃったんですか? 私ですよ、一彼方ですよ」
冗談はやめてくださいよ、と彼方はぎこちない笑顔で言った。
「一、彼方……?」
彼女は一度そう言った後、申し訳なさそうに作り笑顔を浮かべて、
あろうことか、こう告げたのだ。
「ごめん、誰だっけ?」
「え……?」
彼方は愕然と声を発し、一歩二歩と後ろに後退った。
「う、そ……」
「そもそも貴方――この学校にいたっけ?」
「ッ!?」
今にも泣いてしまうんじゃないかと、そう思うほど彼方の顔は歪んでいた。口元を押さえてよろよろとさらに後退る。
そしてやがて、教室を全速力で出て行った。
「――彼方!」
どういう意味かさっぱりわからない。しかしこれが冗談とかだったらあまりにも質が悪過ぎる。
真意を確かめるべく、俺はその友達のところへ行って詰め寄った。
「お前どういうことだ! 二学期お前らずっと話してただろうが!」
「ひっ」
彼方の友達は喉の奥から出た恐怖の声を絞り出した後、恐怖に染まった形相で必死に叫んだ。
「し、知らないんです、本当に……! 私は、一彼方さんなんて人は知りません……。多分、過去に一度も会ったことないです、少なくともこの一年は……」
「ちっ――」
舌打ちをし、俺も彼方に続いて教室を飛び出した。
廊下で視線を彷徨わせると、階段を駆け下りる少女のスカートが見えた。間違いない、彼方だ。
「くそっ、待ちやがれってんだ!」
急いで俺も階段に向かって二段飛ばしで駆け下りた。
どういうことだ。二学期彼方と一緒に会話していたのはあの少女のグループのはずだ。俺もよくちらりと見たりしていたからそれは間違いない。
だがなぜだ。なぜ彼方の友達は急に彼方のことを忘れたんだ。冗談という可能性もあるにはあるが、ないに等しいだろう。あの友達の顔を見ればわかる。あの必死さ、あれはどう見ても嘘を吐いているとは考え難い。
しかし今はそんなことを考えている暇はない。彼方に追いつかなくては。ここで見失ってしまったら、何か取り返しのつかないことになってしまう、俺の直感がそう囁いていた。
教室もすぐそこなので待つ必要がないと判断した俺は一人先に教室に入った。いつも通り教室は一瞬冷え、その後すぐに喧騒へと様変わり。見慣れた光景である。
俺は一息吐いた後、教室の後ろ側を通って自分の席へと着席した。
「おはよう」
秋紅葉が席に座った俺を見つつ、律儀にも体をこちらに向けてから挨拶した。
「おお、おはよ」
この何週間の間でなぜか秋との距離が少し縮まった気がする。前までは一度も話さなかったっていうのに、どういう心境の変化だ。
「冬休みが終わった。新学期が始まった」
相変わらず変な喋り方をする奴だと思ったがどうやら少しは進歩しているのかもしれない。何だか前よりは聞き取りやすくなったような気がする。
「そうだな、新学期始まりだ。最悪で最悪で最悪な学園生活の始まりだよ。ったく、だるい」
いつからだったか。俺は朝のHRまでの時間をこいつと会話して過ごしていた。別に秋と会話したって面白みもないのだが、なぜか会話している。ほんと何でなんだろうな。
「冬休み、有意義だった?」
小首を傾げて上目遣いで聞いてくる。
「有意義っちゃ有意義だったな。ちゃんと意義があった冬休みだったよ。まぁ新年から今日までは自堕落だったがな」
「私も、有意義だった。意義のある、冬休みだった」
だっただったしか言ってないなこいつ。もう少しバリエーションは増やせないものか。
だがまぁここまで進歩したのは中々の成長だろう。追及するのはやめた。
「ふーん、お前も俺と同じような冬休みを送ったんだな。そりゃご苦労なこった」
「柚季も、ご苦労だった」
「どーも」
無表情でそんなことを言われても嬉しくもなんともない。
そんな風に秋とくだらない会話を続けていると、ドアが開いて彼方が顔を覗かせた。
彼方は俺をちらりと見たが、すぐに視線を外し、いつも一緒にいる友達グループに向かって行った。
「おはようございます、みんな」
代わり映えのしない日常。
それに不満を覚える奴がいるかもしれない。批判する奴だってそう多くない。
しかし、俺は変わり映えのしない日常こそが一番幸せなんだと思う。
だからこそ俺は今も昔も同じ思想を持っている。代わり映えのしない日常を過ごすこと。それだけが、俺の思想であり願望だった。
だけど。
「貴方、誰?」
未だ騒がしい教室の中でも、俺はその声を捉えることが出来た。ぎょっと目を剥いて俺は彼方の友達に視線を飛ばした。
その友達は困惑気味の顔をしていた。
「え、わ、忘れちゃったんですか? 私ですよ、一彼方ですよ」
冗談はやめてくださいよ、と彼方はぎこちない笑顔で言った。
「一、彼方……?」
彼女は一度そう言った後、申し訳なさそうに作り笑顔を浮かべて、
あろうことか、こう告げたのだ。
「ごめん、誰だっけ?」
「え……?」
彼方は愕然と声を発し、一歩二歩と後ろに後退った。
「う、そ……」
「そもそも貴方――この学校にいたっけ?」
「ッ!?」
今にも泣いてしまうんじゃないかと、そう思うほど彼方の顔は歪んでいた。口元を押さえてよろよろとさらに後退る。
そしてやがて、教室を全速力で出て行った。
「――彼方!」
どういう意味かさっぱりわからない。しかしこれが冗談とかだったらあまりにも質が悪過ぎる。
真意を確かめるべく、俺はその友達のところへ行って詰め寄った。
「お前どういうことだ! 二学期お前らずっと話してただろうが!」
「ひっ」
彼方の友達は喉の奥から出た恐怖の声を絞り出した後、恐怖に染まった形相で必死に叫んだ。
「し、知らないんです、本当に……! 私は、一彼方さんなんて人は知りません……。多分、過去に一度も会ったことないです、少なくともこの一年は……」
「ちっ――」
舌打ちをし、俺も彼方に続いて教室を飛び出した。
廊下で視線を彷徨わせると、階段を駆け下りる少女のスカートが見えた。間違いない、彼方だ。
「くそっ、待ちやがれってんだ!」
急いで俺も階段に向かって二段飛ばしで駆け下りた。
どういうことだ。二学期彼方と一緒に会話していたのはあの少女のグループのはずだ。俺もよくちらりと見たりしていたからそれは間違いない。
だがなぜだ。なぜ彼方の友達は急に彼方のことを忘れたんだ。冗談という可能性もあるにはあるが、ないに等しいだろう。あの友達の顔を見ればわかる。あの必死さ、あれはどう見ても嘘を吐いているとは考え難い。
しかし今はそんなことを考えている暇はない。彼方に追いつかなくては。ここで見失ってしまったら、何か取り返しのつかないことになってしまう、俺の直感がそう囁いていた。
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