お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

お見舞い

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「まずは、手始めに────公爵夫人ルーナ・ヴァイス・グレンジャーのお見舞いに行きましょう」

 一番近い場所に居る上、同性なので『直ぐに仲良くなれるだろう』と判断する。
安直かもしれないが、今考えられる最善策はこれだった。
『お見舞いに手ぶらはダメよね』と思案しながらベルを鳴らし、侍女達に来てもらう。
そして、素早く身支度を済ませると、庭師に頼んでピンクのカーネーションを一輪見繕ってもらった。

 綺麗なお花を見て、少しでも元気になってくれるといいな。

 などと思いつつ、私は公爵夫人の居る部屋まで足を運ぶ。
逸る気持ちを押さえて一度深呼吸する私は、意を決して扉を叩いた。

「リディアです。体調を崩していると聞き、お見舞いに来ました。中に入っても、よろしいでしょうか?」

 出来るだけ落ち着いた声色でお伺いを立て、私は相手の返答を待つ。
────が、一分経ってもリアクションなし。
一瞬、『寝ているのか?』とも思ったが……耳を澄ませば、人の話し声や物音が聞こえる。

 着替え中……?なら、出直した方が……。

 女性の準備は時間が掛かるため、急かすような真似をしたくなかった。
なので、私は扉越しに『日を改めます』と告げようとする。
その瞬間────

「入って」

 ────という硬い声と共に、扉が開いた。
部屋の中には、明らかに不機嫌そうな侍女と困ったような表情を浮かべる美女の姿が……。

 残念ながら、歓迎はされてないみたいね。

 『突撃訪問はやはり失礼だったかしら?』と思案しつつ、一先ず部屋の中へ足を踏み入れる。
すると、侍女が勢いよく扉を閉めた。
ガチャン!と大きな音が鳴り響く中、彼女は銀色の刺繍が施された侍女服を揺らしてベッドに駆け寄る。
まるで、私から公爵夫人を守るかのように。
ベッドに眠る金髪の美女へ寄り添い、キッとこちらを睨みつけた。
明らかな敵意を孕んだ海色の瞳を前に、私は戸惑う。

 あら……なんだか、凄く嫌われているようね。

 憎悪や嫌悪を剥き出しにする侍女に、私はどう反応すればいいのか分からなかった。
山下朱理だった頃も含めて、他人にここまで嫌われた経験はないから。
『まず、人と関わる機会自体少なかったしね……』と思い返す中、ベッドで横たわる公爵夫人が身を起こす。

「こちらへ、いらっしゃい。そこでは、冷えるでしょう?」

 侍女の威嚇により出口付近で固まる私を見兼ねてか、公爵夫人は助け船を出してくれた。
『おいで』と手招きする彼女に一つ頷き、私はベッドに近づく。
距離が縮まっていくのに比例して、侍女の視線はどんどん鋭くなるが……気づかないフリをした。

 どうして、こんなに警戒されているのかしら?
娘が母の見舞いに来るのは、別におかしいことじゃないと思うけど。

 どうにも噛み合わない……というか、理解出来ない反応に私は内心首を傾げる。
出来れば、その態度の真意を問いたいところだが……嫌われた人にどう接すればいいのか分からないため、断念した。
『後で嫌われた時の対処方法を学んでおこう』と心に決め、ベッドの前で足を止める。

「こちらささやかですが、お見舞いの品です」

 そう言って、私は持ってきたピンクのカーネーションを差し出した。

「庭師に一番綺麗なものを選んでもらったんです。良ければ、お部屋に飾っ……」

「貴方からの贈り物なんて、受け取る訳ないでしょう!どんな細工をされているか、分かったものじゃない!」

 『飾ってください』と続ける筈だった言葉を遮り、侍女は噛み付いてくる。
今にも殴り掛かってきそうな勢いでこちらに詰め寄り、目を吊り上げた。
後ろでお団子にした黒髪を振り乱す彼女の前で、私はただただ呆然とする。
何故、ここまで過剰反応されるのか分からなかったから。

「そんなものさっさと持ち帰ってください!貴方の手に触れたものなんて、触りたくもない!」

 細い目をカッと見開き、こちらを凝視する侍女は『穢らわしい!』と吐き捨てた。
とてもじゃないが、公爵令嬢に対する態度とは思えない……。

 貴族社会なんてよく分からないけど、でも……酷い対応を取っていい相手じゃないのは、分かる。
もしかして、リディアはこういう対応に嫌気が差して憑依を実行したのかしら?
だとしたら……あまりにも可哀想だわ。

 幼子に向けるには重すぎる悪意に、胸を痛める。
一体、リディアはどんな気持ちで過ごしてきたのだろう?と考えながら。
手紙に書かれていた『もう全部疲れた』の文字が、脳裏に思い浮かぶ中────

「おやめなさい、アイリス」

 ────と、公爵夫人は侍女を諌めた。
ムーンストーンを連想させる透き通った瞳に強い意志を宿し、彼女は厳しい顔つきに変わる。
先程まであった儚げな雰囲気は、どこかへ消え去り……公爵夫人としての威厳を放っていた。
『人って、こんなに印象が変わるものなのか』と驚いていると、侍女────改めアイリスが顔を歪める。

「ですが、奥様……!」

「この子に罪はないわ。貴方だって、分かっているでしょう?」

「っ……!」

「大人の事情に子供を巻き込む訳には、いかないわ」

 優しく諭すような口調でありながらどこか迫力のある公爵夫人の説得に、アイリスは口を噤む。
返す言葉が見つからないのか、悔しげに歯を食いしばると……渋々後ろへ下がった。

「私を想っての行動なのは、重々承知しているわ。ありがとう。でも、この子に優しくしてあげて」

「……善処します」

 言外に『難しい』と言ってのけたアイリスに、公爵夫人は困ったような表情を浮かべる。
でも、それ以上言及することはなかった。
この場に何とも言えない空気が流れる中、公爵夫人はこちらに向き直る。

「騒がしくしてしまって、ごめんなさいね。あと、お花ありがとう。とっても、嬉しいわ」

 緩やかなカールが掛かった金髪を耳に掛け、身を乗り出す彼女は私の手から花を受け取った。
ソレをそっと顔に近づけ、『いい香りね』と笑う彼女に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 侍女のアイリスが過剰反応していたものだから、公爵夫人とリディアの仲は険悪なのかと思っていたけど、意外と大丈夫そうね。
やっぱり、家族のお見舞いは嬉しいものなのだろう。
私も両親がお見舞いに来てくれた時は、いつもはしゃいでいたからよく分かるわ。

 前世の記憶を引っ張り出し、『家族の顔を見るだけで嬉しくなるのよね』と頬を緩める。
出来ることなら、雑談の一つでもして行きたいところだが……体調不良の人に負担を掛ける訳にもいかないので、諦めた。
『アイリスに睨まれながら話すのも、落ち着かないし』と思い、私は早々に退散を決断する。

「喜んで頂けて、何よりです。長居するのはご迷惑かと思いますので、私はこれで……お母様・・・の体調が快方に向かわれることを、心よりお祈りしていますわ」

 当たり障りのない挨拶を口にした私は、ニッコリ笑って頭を下げた。
その瞬間────場の空気が凍る。
ビックリして顔を上げると、顔面蒼白の公爵夫人が目に入った。

 えっ?もしかして、失言でもした?
もしくは、大事なことを言い忘れたとか?

 『ごきげんようって、言った方が良かったかな?』と真剣に思い悩む中────アイリスが、こちらを凝視する。
まるで、信じられないものを見るような目つきで……。

「お、お……お母様ですって?貴方、ふざけているの……?」

「えっ?」

 娘なら当然の発言だと思っていた単語を指摘され、私は困惑する。
何がいけなかったのか、皆目見当もつかず……ひたすら視線をさまよわせた。
『ママの方が良かったのか?』と変な方向へ思考を動かしていると、公爵夫人が声を荒らげる。

「アイリス、待って……!それは……!」

 慌てた様子でベッドから降り、彼女はアイリスの口を塞ごうと手を伸ばした。
────が、間一髪のタイミングで間に合わず……

「貴方は────奥様の子じゃないのよ……!」

 アイリスに発言を許してしまう。
その瞬間、公爵夫人は『嗚呼……』と声を漏らし、床に崩れ落ちた。
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