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第一章
和解
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◇◆◇◆
「────私はこういう思いで、貴方の元に来たの」
謝罪するに至った経緯や自分の気持ちを話し終え、公爵夫人は真っ直ぐにこちらを見据えた。
月を連想させる透き通った瞳からは、確固たる意志と覚悟が窺える。
────が、どこか脆く儚い印象を抱いた。
「ダメな大人を許してほしい、とは言えない……リディアにしたことは、決して許されないから。でも、これからの関係性を見直すことは出来ないかしら?」
膝の上に置いた手をギュッと握り締め、公爵夫人は若干表情を強ばらせる。
緊張した様子でこちらの反応を窺う彼女に、私は少し考え込むような素振りを見せた。
「それは具体的にどういう……?」
リディアの人生に大きく関わる部分なので即答出来ず、私は一先ず説明を求める。
すると、公爵夫人はより一層表情を強ばらせた。
かと思えば、意を決したように口を開く。
「私を────リディアの母にしてほしいの」
「!?」
公爵夫人のまさかの申し出に、私は大きく目を見開いた。
恐らく、彼女の言う『母』とは生活を営む上でのソレで……戸籍や上辺の意味ではない。
我が子のように扱ってくれるのは嬉しいし、有り難いけど……突然どうしたのかしら?
もしかして、私の宣言を聞いて気に病んでしまったとか?
だとしたら、申し訳ないわね。
無理をしてないか、心配だわ。
他人……ましてや、妾の子の母になるなんてかなりの苦行だろうから。
『ここは心を鬼にして断るべきか』と思案する中、公爵夫人は僅かに身を乗り出した。
こちらの考えを見透かしたかのように、ニッコリ笑ってこう言う。
「あのね……信じられないかもしれないけど、貴方に『お母様』と言われた時────全く抵抗感を抱かなかったの。自分でも驚くほどに」
『もちろん、驚きはしたけどね』と言い、小さく肩を竦めた。
「もし、私のことを心配して断ろうとしてくれているのなら、やめてほしい。それは勘違いだから。私は義務感や使命感から、『貴方の母になりたい』と言っている訳じゃないの。ただ単純に────貴方を愛し、慈しむ存在になりたいの」
『あくまで感情論だ』と言い切る公爵夫人に、迷いはなかった。
否が応でも本気だと分かり、私の……いや、リディアの心臓は大きく脈打つ。
言葉じゃ言い表せないほどの感動が巻き起こり、キュッと唇に力を入れた。
そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
リディア────貴方の願い、叶えられそうよ。
貴方がずっと耐え忍んでくれたおかげね。
『日々の積み重ねが功を奏した』と、私はリディアの努力を称える。
『貴方の我慢は無駄じゃなかったんだよ』と伝えたくて、堪らなかった。
天国に居るリディアを思い、天井を見上げると、私は柔らかく微笑む。
そして、再度視線を前に戻した。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、大変光栄です」
月の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、私はうんと目を細める。
この胸に広がる喜びを表すかのように。
ピョンピョンと飛び跳ねたい衝動を抑えつつ、私は背筋を伸ばした。
「ふつつかな娘ではございますが、これからどうぞよろしくお願いします────お母様」
気持ちの表れとして呼び方を改め、私は頭を下げる。
緩む頬をそのままに顔を上げると、今にも泣きそうな母と目が合った。
「ええ、こちらこそよろしくね……!」
感極まるあまり声を震わせながら、母は返事する。
『うんうん』と何度も首を縦に振り、口元を押さえる彼女はついに堪えきれなくなり……大粒の涙を零した。
釣られて、私も泣きじゃくる。
さっき、あれだけ泣いたというのに。
「お母様、抱きついてもいいですか?」
なんだか人肌が恋しくなり、私は母の温もりを求めた。
すると、彼女は一瞬硬直するものの……笑顔で首を縦に振る。
「ええ、もちろんよ。いらっしゃい」
両手を広げて待つ彼女に、私はパッと表情を明るくした。
いそいそとソファから降り、テーブルをグルリと回って彼女の胸に飛び込む。
山下朱里の母とは、身長も体型も全部違う筈なのに……何故か、同じ匂いがした。
ホッと息を吐き出す私は肩の力を抜き、母に身を委ねる。
まだ出会って一日も経っていないのに、彼女のことが大好きになった。
────安心する温もりに包まれ、緊張の糸が切れたのか……私はいつの間にか眠ってしまっていた。
ベッドから身を起こし、ベルを鳴らす私は『お母様が運んでくれたのかしら?』と首を傾げる。
まだ抱き締められていた感触の残る体を見下ろし、床に降りた。
そして駆けつけてくれた侍女達に頼んで身支度を済ませ、食堂まで行くと────そこには、母の姿が。
普段食事は部屋で摂っているので、これは非常に珍しかった。
「良ければ、これからは一緒に食事したいのだけど……どうかしら?」
体調が回復したのか、それとも母娘としてのコミュケーションを取ろうとしているのか、母はそんな提案を口にする。
何とも嬉しい申し出に、私は笑顔で首を縦に振った。
「もちろんです」
母娘の距離が縮まったようで幸せな気分になる私は、いそいそと席へ着く。
お互い手探りだが、直実に変わってきた関係に使用人達は表情を和らげた。
『良かった、良かった』と言わんばかりに涙ぐみ、安堵の息を吐く。
どうやら、心配してくれていたらしい。
身支度のため呼び出した侍女達も、なんだか嬉しそうだったし、これからは仲良く出来そうね。
ただ一人……アイリスだけはちょっと微妙だけれど。
昨日さんざん怒鳴られたことを思い返しながら、私は母の後ろに立つアイリスを見つめた。
真顔で淡々と給仕する彼女を前に、私は『程よい距離感で接するのが良さそう』と判断する。
────と、ここで母がパンパンッと手を叩いた。
「申し訳ないけど、アイリスとリディア以外は一旦下がってくれる?ちょっと話があるの」
『終わったら、直ぐに呼ぶから』と述べる母に、アイリス以外の使用人達は即座に従った。
キビキビした動きで撤収していき、最後の一人が観音開きの扉を閉める。
それを見届けると、母はこちらに目を向けた。
「リディア、朝食前にごめんなさいね」
『お腹が空いているだろうに……』と心配する彼女に、私は首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。それより、お話というのは?」
『人払いしてまで話すことって、何だろう?』と疑問に思いつつ、私は本題へ入るよう促した。
すると、母はそっと眉尻を下げ、後ろを振り返る。
「実はね────昨日の件で、アイリスから話があるみたいで……出来れば、聞いてあげてほしいの」
「────私はこういう思いで、貴方の元に来たの」
謝罪するに至った経緯や自分の気持ちを話し終え、公爵夫人は真っ直ぐにこちらを見据えた。
月を連想させる透き通った瞳からは、確固たる意志と覚悟が窺える。
────が、どこか脆く儚い印象を抱いた。
「ダメな大人を許してほしい、とは言えない……リディアにしたことは、決して許されないから。でも、これからの関係性を見直すことは出来ないかしら?」
膝の上に置いた手をギュッと握り締め、公爵夫人は若干表情を強ばらせる。
緊張した様子でこちらの反応を窺う彼女に、私は少し考え込むような素振りを見せた。
「それは具体的にどういう……?」
リディアの人生に大きく関わる部分なので即答出来ず、私は一先ず説明を求める。
すると、公爵夫人はより一層表情を強ばらせた。
かと思えば、意を決したように口を開く。
「私を────リディアの母にしてほしいの」
「!?」
公爵夫人のまさかの申し出に、私は大きく目を見開いた。
恐らく、彼女の言う『母』とは生活を営む上でのソレで……戸籍や上辺の意味ではない。
我が子のように扱ってくれるのは嬉しいし、有り難いけど……突然どうしたのかしら?
もしかして、私の宣言を聞いて気に病んでしまったとか?
だとしたら、申し訳ないわね。
無理をしてないか、心配だわ。
他人……ましてや、妾の子の母になるなんてかなりの苦行だろうから。
『ここは心を鬼にして断るべきか』と思案する中、公爵夫人は僅かに身を乗り出した。
こちらの考えを見透かしたかのように、ニッコリ笑ってこう言う。
「あのね……信じられないかもしれないけど、貴方に『お母様』と言われた時────全く抵抗感を抱かなかったの。自分でも驚くほどに」
『もちろん、驚きはしたけどね』と言い、小さく肩を竦めた。
「もし、私のことを心配して断ろうとしてくれているのなら、やめてほしい。それは勘違いだから。私は義務感や使命感から、『貴方の母になりたい』と言っている訳じゃないの。ただ単純に────貴方を愛し、慈しむ存在になりたいの」
『あくまで感情論だ』と言い切る公爵夫人に、迷いはなかった。
否が応でも本気だと分かり、私の……いや、リディアの心臓は大きく脈打つ。
言葉じゃ言い表せないほどの感動が巻き起こり、キュッと唇に力を入れた。
そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
リディア────貴方の願い、叶えられそうよ。
貴方がずっと耐え忍んでくれたおかげね。
『日々の積み重ねが功を奏した』と、私はリディアの努力を称える。
『貴方の我慢は無駄じゃなかったんだよ』と伝えたくて、堪らなかった。
天国に居るリディアを思い、天井を見上げると、私は柔らかく微笑む。
そして、再度視線を前に戻した。
「ありがとうございます。そう言って頂けて、大変光栄です」
月の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、私はうんと目を細める。
この胸に広がる喜びを表すかのように。
ピョンピョンと飛び跳ねたい衝動を抑えつつ、私は背筋を伸ばした。
「ふつつかな娘ではございますが、これからどうぞよろしくお願いします────お母様」
気持ちの表れとして呼び方を改め、私は頭を下げる。
緩む頬をそのままに顔を上げると、今にも泣きそうな母と目が合った。
「ええ、こちらこそよろしくね……!」
感極まるあまり声を震わせながら、母は返事する。
『うんうん』と何度も首を縦に振り、口元を押さえる彼女はついに堪えきれなくなり……大粒の涙を零した。
釣られて、私も泣きじゃくる。
さっき、あれだけ泣いたというのに。
「お母様、抱きついてもいいですか?」
なんだか人肌が恋しくなり、私は母の温もりを求めた。
すると、彼女は一瞬硬直するものの……笑顔で首を縦に振る。
「ええ、もちろんよ。いらっしゃい」
両手を広げて待つ彼女に、私はパッと表情を明るくした。
いそいそとソファから降り、テーブルをグルリと回って彼女の胸に飛び込む。
山下朱里の母とは、身長も体型も全部違う筈なのに……何故か、同じ匂いがした。
ホッと息を吐き出す私は肩の力を抜き、母に身を委ねる。
まだ出会って一日も経っていないのに、彼女のことが大好きになった。
────安心する温もりに包まれ、緊張の糸が切れたのか……私はいつの間にか眠ってしまっていた。
ベッドから身を起こし、ベルを鳴らす私は『お母様が運んでくれたのかしら?』と首を傾げる。
まだ抱き締められていた感触の残る体を見下ろし、床に降りた。
そして駆けつけてくれた侍女達に頼んで身支度を済ませ、食堂まで行くと────そこには、母の姿が。
普段食事は部屋で摂っているので、これは非常に珍しかった。
「良ければ、これからは一緒に食事したいのだけど……どうかしら?」
体調が回復したのか、それとも母娘としてのコミュケーションを取ろうとしているのか、母はそんな提案を口にする。
何とも嬉しい申し出に、私は笑顔で首を縦に振った。
「もちろんです」
母娘の距離が縮まったようで幸せな気分になる私は、いそいそと席へ着く。
お互い手探りだが、直実に変わってきた関係に使用人達は表情を和らげた。
『良かった、良かった』と言わんばかりに涙ぐみ、安堵の息を吐く。
どうやら、心配してくれていたらしい。
身支度のため呼び出した侍女達も、なんだか嬉しそうだったし、これからは仲良く出来そうね。
ただ一人……アイリスだけはちょっと微妙だけれど。
昨日さんざん怒鳴られたことを思い返しながら、私は母の後ろに立つアイリスを見つめた。
真顔で淡々と給仕する彼女を前に、私は『程よい距離感で接するのが良さそう』と判断する。
────と、ここで母がパンパンッと手を叩いた。
「申し訳ないけど、アイリスとリディア以外は一旦下がってくれる?ちょっと話があるの」
『終わったら、直ぐに呼ぶから』と述べる母に、アイリス以外の使用人達は即座に従った。
キビキビした動きで撤収していき、最後の一人が観音開きの扉を閉める。
それを見届けると、母はこちらに目を向けた。
「リディア、朝食前にごめんなさいね」
『お腹が空いているだろうに……』と心配する彼女に、私は首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。それより、お話というのは?」
『人払いしてまで話すことって、何だろう?』と疑問に思いつつ、私は本題へ入るよう促した。
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