お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

文字の大きさ
5 / 98
第一章

和解

しおりを挟む
◇◆◇◆

「────私はこういう思いで、貴方の元に来たの」

 謝罪するに至った経緯や自分の気持ちを話し終え、公爵夫人は真っ直ぐにこちらを見据えた。
月を連想させる透き通った瞳からは、確固たる意志と覚悟が窺える。
────が、どこか脆く儚い印象を抱いた。

「ダメな大人を許してほしい、とは言えない……リディアにしたことは、決して許されないから。でも、これからの関係性を見直すことは出来ないかしら?」

 膝の上に置いた手をギュッと握り締め、公爵夫人は若干表情を強ばらせる。
緊張した様子でこちらの反応を窺う彼女に、私は少し考え込むような素振りを見せた。

「それは具体的にどういう……?」

 リディアの人生に大きく関わる部分なので即答出来ず、私は一先ず説明を求める。
すると、公爵夫人はより一層表情を強ばらせた。
かと思えば、意を決したように口を開く。

「私を────リディアの母にしてほしいの」

「!?」

 公爵夫人のまさかの申し出に、私は大きく目を見開いた。
恐らく、彼女の言う『母』とは生活を営む上でのソレで……戸籍や上辺の意味ではない。

 我が子のように扱ってくれるのは嬉しいし、有り難いけど……突然どうしたのかしら?
もしかして、私の宣言を聞いて気に病んでしまったとか?
だとしたら、申し訳ないわね。
無理をしてないか、心配だわ。
他人……ましてや、妾の子の母になるなんてかなりの苦行だろうから。

 『ここは心を鬼にして断るべきか』と思案する中、公爵夫人は僅かに身を乗り出した。
こちらの考えを見透かしたかのように、ニッコリ笑ってこう言う。

「あのね……信じられないかもしれないけど、貴方に『お母様』と言われた時────全く抵抗感を抱かなかったの。自分でも驚くほどに」

 『もちろん、驚きはしたけどね』と言い、小さく肩を竦めた。

「もし、私のことを心配して断ろうとしてくれているのなら、やめてほしい。それは勘違いだから。私は義務感や使命感から、『貴方の母になりたい』と言っている訳じゃないの。ただ単純に────貴方を愛し、慈しむ存在になりたいの」

 『あくまで感情論だ』と言い切る公爵夫人に、迷いはなかった。
否が応でも本気だと分かり、私の……いや、リディアの心臓は大きく脈打つ。
言葉じゃ言い表せないほどの感動が巻き起こり、キュッと唇に力を入れた。
そうしないと、泣いてしまいそうだったから。

 リディア────貴方の願い、叶えられそうよ。
貴方がずっと耐え忍んでくれたおかげね。

 『日々の積み重ねが功を奏した』と、私はリディアの努力を称える。
『貴方の我慢は無駄じゃなかったんだよ』と伝えたくて、堪らなかった。
天国に居るリディアを思い、天井を見上げると、私は柔らかく微笑む。
そして、再度視線を前に戻した。

「ありがとうございます。そう言って頂けて、大変光栄です」

 月の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、私はうんと目を細める。
この胸に広がる喜びを表すかのように。
ピョンピョンと飛び跳ねたい衝動を抑えつつ、私は背筋を伸ばした。

「ふつつかな娘ではございますが、これからどうぞよろしくお願いします────お母様」

 気持ちの表れとして呼び方を改め、私は頭を下げる。
緩む頬をそのままに顔を上げると、今にも泣きそうな母と目が合った。

「ええ、こちらこそよろしくね……!」

 感極まるあまり声を震わせながら、母は返事する。
『うんうん』と何度も首を縦に振り、口元を押さえる彼女はついに堪えきれなくなり……大粒の涙を零した。
釣られて、私も泣きじゃくる。
さっき、あれだけ泣いたというのに。

「お母様、抱きついてもいいですか?」

 なんだか人肌が恋しくなり、私は母の温もりを求めた。
すると、彼女は一瞬硬直するものの……笑顔で首を縦に振る。

「ええ、もちろんよ。いらっしゃい」

 両手を広げて待つ彼女に、私はパッと表情を明るくした。
いそいそとソファから降り、テーブルをグルリと回って彼女の胸に飛び込む。
山下朱里の母ママとは、身長も体型も全部違う筈なのに……何故か、同じ匂いがした。
ホッと息を吐き出す私は肩の力を抜き、母に身を委ねる。
まだ出会って一日も経っていないのに、彼女のことが大好きになった。

 ────安心する温もりに包まれ、緊張の糸が切れたのか……私はいつの間にか眠ってしまっていた。
ベッドから身を起こし、ベルを鳴らす私は『お母様が運んでくれたのかしら?』と首を傾げる。
まだ抱き締められていた感触の残る体を見下ろし、床に降りた。
そして駆けつけてくれた侍女達に頼んで身支度を済ませ、食堂まで行くと────そこには、母の姿が。
普段食事は部屋で摂っているので、これは非常に珍しかった。

「良ければ、これからは一緒に食事したいのだけど……どうかしら?」

 体調が回復したのか、それとも母娘としてのコミュケーションを取ろうとしているのか、母はそんな提案を口にする。
何とも嬉しい申し出に、私は笑顔で首を縦に振った。

「もちろんです」

 母娘の距離が縮まったようで幸せな気分になる私は、いそいそと席へ着く。
お互い手探りだが、直実に変わってきた関係に使用人達は表情を和らげた。
『良かった、良かった』と言わんばかりに涙ぐみ、安堵の息を吐く。
どうやら、心配してくれていたらしい。

 身支度のため呼び出した侍女達も、なんだか嬉しそうだったし、これからは仲良く出来そうね。
ただ一人……アイリスだけはちょっと微妙だけれど。

 昨日さんざん怒鳴られたことを思い返しながら、私は母の後ろに立つアイリスを見つめた。
真顔で淡々と給仕する彼女を前に、私は『程よい距離感で接するのが良さそう』と判断する。
────と、ここで母がパンパンッと手を叩いた。

「申し訳ないけど、アイリスとリディア以外は一旦下がってくれる?ちょっと話があるの」

 『終わったら、直ぐに呼ぶから』と述べる母に、アイリス以外の使用人達は即座に従った。
キビキビした動きで撤収していき、最後の一人が観音開きの扉を閉める。
それを見届けると、母はこちらに目を向けた。

「リディア、朝食前にごめんなさいね」

 『お腹が空いているだろうに……』と心配する彼女に、私は首を横に振る。

「いえ、大丈夫です。それより、お話というのは?」

 『人払いしてまで話すことって、何だろう?』と疑問に思いつつ、私は本題へ入るよう促した。
すると、母はそっと眉尻を下げ、後ろを振り返る。

「実はね────昨日の件で、アイリスから話があるみたいで……出来れば、聞いてあげてほしいの」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

公爵令嬢が婚約破棄され、弟の天才魔導師が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

処理中です...