お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

公爵の不安

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 『ここは私がしっかりしなきゃ』と思い立ち、力を振り絞って椅子から降りる。
正直立っているのも辛い状態だが、母の手を借りる訳にはいかないため踏ん張った。

「目障り……のようでしたら……私は部屋へ……戻りま……っ!」

 凍死寸前なのか視界が霞み、意識を保つのもやっとの有り様に……。
ついに立っていられなくなり、私は両膝をついて倒れる。
すると、母が『きゃぁぁぁあ!!』と悲鳴を上げた。

「リディア……リディア!」

 半狂乱になりながらしゃがみ込む彼女に、私は精一杯の笑顔を向ける。

「わた、し……のことは、いい……から……家族仲良く……」

 『どうか、いがみ合わないでほしい』と願い、私は何とか声を絞り出した。
その瞬間、意識が途切れる。
そして、気づいた時には────自室のベッドの上に居た。

 良かった……死んでなかった。
リディアから受け継いだ人生を一年持たずにダメにしたのかと思って、ちょっと焦ったわ。

 ホッと息を吐き出す私はのそのそと起き上がり、辺りを見回す。
私を温めるためか暖炉に火が灯っており、毛布やパジャマも冬用になっていた。
おかげで体はポカポカである。
でも────凄く怠い。
『風邪でも引いたのかしら?』と思案していると、

「────おい」

 真横から声を掛けられた。
反射的にそちらへ視線を向けると────仏頂面の公爵が目に入る。
どういう訳か服も髪もボロボロだが、それ以外は気を失う前と何も変わらない。

「具合はどうだ」

 体調を気遣っているのか、それとも死ぬまでのカウントダウンを始めているのか……公爵は予想外の質問を投げかけてきた。
無表情なため何を考えているのか、さっぱり分からないが……一先ず正直に答える。

「体が怠いことを除けば、至って元気です」

「そうか。まあ、ルーナが付きっきりで看病したのだから当然だ」

 まさかの妻自慢を始めた公爵に、私は面食らう。
使用人達の話から愛妻家なのは知っていたが、惚気られるとは思ってなかった。
『いつも、この調子なのか?』と苦笑しつつ、私は居住まいを正す。

「えっと、お母様はどこに?」

「先程、部屋へ帰らせた。もう三日も寝てないからな」

「えっ?三日……?」

「あぁ、貴様が長く寝込んでいたからな」

 『リディアの傍を離れないと言って大変だった』と語る公爵は、どこか遠い目をする。
私から引き離すのに、相当手間取ったのだろう。
気を失う前の母の様子を思い出し、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
『もっと早く目を覚ましていれば』と思案する中、公爵がそっと目を伏せる。

「貴様、『成人したらグレンジャーの姓を捨て、出ていく』とルーナに言ったらしいな」

 母からあの日の出来事について聞いたのか、公爵はおもむろに話を切り出した。
どことなく重い雰囲気を放つ彼に対し、私は首を縦に振る。

「はい、確かに言いました」

「……本気だったのか?」

「もちろんです。今でも、その気持ちは変わりません」

「何故だ?ルーナと和解したんだろう?」

 グレンジャーの名を捨てる必要性について問う公爵に、私はこう答えた。

「お母様と和解するために言ったことでは、ありませんから」

「なら、一体何のために?」

 怪訝そうに眉を顰める公爵は、『交渉材料として使ったんじゃないのか?』と疑う。
明確な理由を提示するよう求める彼の前で、私はふわりと笑みを漏らした。

「そうするのが、皆にとって一番いいと判断したからですわ」

 合理的に考えた結果だと語り、私はスッと目を細める。

「お母様とは運良く和解出来ましたが、公爵や小公爵とも仲良く出来るとは限りません。実際、お二人とも私のことを疎んでいるようでしたし……それなら、縁を切るのが一番だと考えました」

 自分の見解を述べ、私はそっと手元に視線を落とした。

「四人で仲良く過ごせるなら、それに越したことはありませんけれど、現状それは難しい。事情が事情なだけに、和解を強要することも出来ませんし……生理的に受け付けないレベルで嫌われている可能性もありますので、こうする他ないかと」

 『お互いのために離れる』という選択をする私に、公爵は僅かな迷いを見せる。
気絶する前の彼なら、諸手を挙げて喜びそうな提案なのに。

 目覚めた時から、思っていたけど……ちょっと変わった?
雰囲気も大分柔らかいし、貴様呼びを除けば口調も穏やか。
少なくとも、怒っているような素振りはない。
最初は時間を置いて、冷静になっただけかと思ったけど……別の理由がありそうね。

 『実は双子の弟でした』と言われても納得してしまいそうな変わり様に、私は首を捻った。
『私が寝込んでいる間に何かあったのか』と悩む中、公爵はこちらをじっと見つめる。
何か言いたげな様子で、唇を微かに動かすものの……声を発することはおろか、口を開くこともなかった。
でも、私の方から尋ねるのはなんだか違う気がしてひたすら待つ。
急かすことも迷惑がることなく、ただベッドの上に座っていると、公爵がようやく覚悟を決めた。
両膝に手を置き、背筋を伸ばす彼は絞り出すような声で話し始める。

「私は……私だけは貴様の存在を否定しなければ、いけないと思っていた。貴様を肯定すれば、あの一夜の過ちさえも容認することになってしまう気がして……怖かったんだ」

 『合わせる顔がない』とでも言うように下を向き、公爵は強く手を握り締めた。
リディアからすれば、身勝手な理由だと思われても仕方ないから。
でも、彼の気持ちも何となく分かる。

 庶子を一人の家族として認めれば、様々な憶測を呼ぶものね。
人によっては、私の生みの母を許したと誤解しかねない……。
何より、お母様を傷つけることに繋がるかもしれないわ。

 公爵の考える懸念材料に思い至り、私は複雑な心境へ陥った。
この人も自分の微妙な立場にどう向き合えばいいのか、分からなかったのだろう。
だからと言って、リディアに対する行いはどうかと思うが……。
以前の様子は分からないが、今回のような殺人未遂を度々犯していたなら正直……一発殴りたい。もちろん、グーで。
『こっちの世界にメリケンサックって、あるかしら?』と考える中、公爵は不意に顔を上げた。

「でも、ルーナに怒られて……アイリスからもリディアの話を聞いて、やっと気づいた。私のしてきたことは全て間違いだった、と。誤解されたくないなら、ちゃんと家族で話し合うべきだった。リディアに全ての責任を押し付けるべきじゃなかった。私は────自分の罪を認めるべきだった」

 どこか自嘲気味に反省の弁を述べ、公爵は真っ直ぐ前を見据える。
タンザナイトを彷彿とさせる紺色の瞳からは、深い深い悲しみと自己嫌悪が滲み出ていた。

「リディア、今まで本当に────悪かった。いきなり魔法で攻撃したことも含めて、全面的に謝罪する。浮気という名の罪に反発するあまり、私はちゃんと現実を見れてなかったようだ」

 身分や年齢など気にせず、公爵は深々と頭を下げた。
無防備に晒された彼の旋毛を前に、私はただただ驚く。
だって、謝られるなんて予想もしてなかったから。
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