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第一章
魔力暴走
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「────足が動かない……?」
嫌な予感を覚えつつ、下を向くと────地面の凍結に巻き込まれて、固まる自分の足があった。
小公爵の動向に気を取られるあまり、今の今まで気づかなかった私は急いで靴を脱ごうとする。
────が、脱げなかった。
どうやら、足首までガッチリ固定されているらしい。
あら、これは……詰んだわね、完璧に。
靴を脱ぐことが出来ればまだ希望はあったが、完全に身動きを封じられた状態ではどうすることも出来ない。
『最初の冷気が放たれた時点で逃げるべきだった』と反省しながら、私は即座に思考を切り替えた。
せめて急所は守ろうと両腕で顔面を守る中────不意に体を抱き締められる。
ビックリして顔を上げると、氷の塊に魔術で対抗する父が目に入った。
私の体を支える手とは違う方を前へ突き出し、雪や氷を分解していく。
おかげで、少しは寒さも和らいだ。
ホッと息を吐き出す私の前で、父はクッと眉間に皺を寄せる。
「不味いな────完全に魔力暴走を引き起こしている」
「魔力暴走?」
初めて聞く単語に反応を示す私は、思わず復唱してしまう。
すると、父は難しい顔つきのまま疑問に答えてくれた。
「簡単に言うと、自分の意思に関係なく魔力を垂れ流してしまう状態のことだ。魔力自体に魔法が込められているから、無差別に人や物を攻撃してしまう。その対象には────自分自身も含まれている」
「!?」
『自分で自分を傷つける』という図式が成り立っていることに、私は心底驚いた。
魔法や魔術が術者自身を傷つけることはない、と……勝手に思い込んでいたから。
異世界ファンタジーあるあるのご都合主義なんて、現実では有り得ないのに。
『ちょっと甘く見すぎていたかも……』と反省しつつ、私は吹雪に包まれる小公爵をじっと見つめる。
言われてみると、ちょっと……いや、かなり顔色が悪いわね。
早く何とかしてあげないと、凍死してしまいそう……。
「魔力暴走を止めるためには、どうしたらいいんですか?」
活路を見出そうと救済条件について尋ねると、父はこう答える。
「全ての魔力を出し切るか、本人を正気に戻すか……だな」
「気絶させて、強制的に戦闘不能状態へ追いやるのは……?」
『意識を奪ってしまえばいいのでは?』と提案する私に、父は首を横に振った。
「ダメだ。先程も言ったように魔力暴走は自分の意思に関係なく、魔力を垂れ流している状態。例えるなら、蛇口を開けたまま放置しているようなもの。だから、中身を空っぽにするか自分の意思で蛇口を閉めるかしないと止まらない」
「そんな……」
漫画にありがちな方法が通じないと知り、私は頭を悩ませる。
『一体、どうすればいいのか』と自分に問う間にも、刻々と時間は過ぎていき……小公爵の魔力暴走は勢いを増していった。
それに比例するかの如く、顔色も悪くなっていく。
こちらは父のおかげで寒さが和らいでいるため、まだ大丈夫だが……小公爵の方は吹雪の影響をもろに食らっている筈。
もう一刻の猶予もなかった。
魔力切れをまったり待っている場合じゃないわね。
小公爵の魔力量が如何ほどか分からないけど、今すぐ尽きるようなことはないでしょう。
もし、そうならお父様がこんなに焦った顔をしないもの。
となると、残る方法は小公爵を正気に戻すことだけだけど……一体、どうすればいいのかしら?
魔力暴走なんて初めて見た私は、戸惑いを隠せない。
でも、何とか自分に出来ることを探そうと必死だった。
魔力暴走って、謂わば怒りで我を忘れている状態よね?
なら、対話を試みても無駄な筈……。
まず、こちらの話を聞こうとも思わないだろうから。
そういう時は怒りを発散し切るまで、放っておくのが吉だけど……それじゃあ、手遅れになっちゃうし……。
などと考えていると、不意に────ある記憶が甦る。
それは山下朱里の時に見掛けた、小児科での光景。
とある難病持ちの小学生がキッズスペースで癇癪を起こした際、母親と思われる付き添いの人が突然手を叩いのだ。
それも、小学生の眼前で。
すると、小学生は怒るのも忘れてポカンとしていた。
完全に予想外の行動だったからか、思考や感情が追いついてこなかったらしい。
その後、小学生は『なんだよ、それ!』とケラケラ笑いながら大人しく遊んでいた。
普通、宥めたり叱ったりするところをまさかの猫騙しだからね。
怒りも吹き飛ぶ。
────と考えたところで、私は『あっ……』と声を漏らす。
頭の中が冴え渡るような感覚に襲われながら、『これだ!』と目を輝かせた。
あの時の母親と同様、怒りを上回るような衝撃を与え、相手を落ち着かせる……!
荒業かもしれないけど、時間を掛けずに小公爵を正気へ戻すにはこれしかない。
とはいえ、さすがに猫騙しは出来ないけど……だって、攻撃と捉えられて更に怒りを買ってしまったら困るもの。
火に油を注ぐような事態にならないよう、私は別の手段を選ぶ。
『攻撃と見なされず、尚且つ驚くこと』と自分に言い聞かせ、私は────父の腕の中から抜け出した。
「リディア……!」
困惑の滲んだ声で私の名を呼び、父はこちらに手を伸ばす────ものの、既のところで躱される。
『待て!』と叫ぶ彼を尻目に、私は一直線に小公爵の元へ向かった。
『お父様のおかげで、足元の氷が溶けてて良かった』と思いながら。
ただ前だけ見てひた走る私は拳サイズの雹を避け、滑る地面を踏み締める。
あまりの寒さに思わず立ち止まってしまいそうになるが、それでも一切足を止めずに前へ進んだ。
あともう少し……!
虚ろな目で立ち尽くす小公爵を見据え、私は最後の力を振り絞る。
そして、何とか彼に触れられる距離まで迫ると、思い切り両手を伸ばした。
嫌な予感を覚えつつ、下を向くと────地面の凍結に巻き込まれて、固まる自分の足があった。
小公爵の動向に気を取られるあまり、今の今まで気づかなかった私は急いで靴を脱ごうとする。
────が、脱げなかった。
どうやら、足首までガッチリ固定されているらしい。
あら、これは……詰んだわね、完璧に。
靴を脱ぐことが出来ればまだ希望はあったが、完全に身動きを封じられた状態ではどうすることも出来ない。
『最初の冷気が放たれた時点で逃げるべきだった』と反省しながら、私は即座に思考を切り替えた。
せめて急所は守ろうと両腕で顔面を守る中────不意に体を抱き締められる。
ビックリして顔を上げると、氷の塊に魔術で対抗する父が目に入った。
私の体を支える手とは違う方を前へ突き出し、雪や氷を分解していく。
おかげで、少しは寒さも和らいだ。
ホッと息を吐き出す私の前で、父はクッと眉間に皺を寄せる。
「不味いな────完全に魔力暴走を引き起こしている」
「魔力暴走?」
初めて聞く単語に反応を示す私は、思わず復唱してしまう。
すると、父は難しい顔つきのまま疑問に答えてくれた。
「簡単に言うと、自分の意思に関係なく魔力を垂れ流してしまう状態のことだ。魔力自体に魔法が込められているから、無差別に人や物を攻撃してしまう。その対象には────自分自身も含まれている」
「!?」
『自分で自分を傷つける』という図式が成り立っていることに、私は心底驚いた。
魔法や魔術が術者自身を傷つけることはない、と……勝手に思い込んでいたから。
異世界ファンタジーあるあるのご都合主義なんて、現実では有り得ないのに。
『ちょっと甘く見すぎていたかも……』と反省しつつ、私は吹雪に包まれる小公爵をじっと見つめる。
言われてみると、ちょっと……いや、かなり顔色が悪いわね。
早く何とかしてあげないと、凍死してしまいそう……。
「魔力暴走を止めるためには、どうしたらいいんですか?」
活路を見出そうと救済条件について尋ねると、父はこう答える。
「全ての魔力を出し切るか、本人を正気に戻すか……だな」
「気絶させて、強制的に戦闘不能状態へ追いやるのは……?」
『意識を奪ってしまえばいいのでは?』と提案する私に、父は首を横に振った。
「ダメだ。先程も言ったように魔力暴走は自分の意思に関係なく、魔力を垂れ流している状態。例えるなら、蛇口を開けたまま放置しているようなもの。だから、中身を空っぽにするか自分の意思で蛇口を閉めるかしないと止まらない」
「そんな……」
漫画にありがちな方法が通じないと知り、私は頭を悩ませる。
『一体、どうすればいいのか』と自分に問う間にも、刻々と時間は過ぎていき……小公爵の魔力暴走は勢いを増していった。
それに比例するかの如く、顔色も悪くなっていく。
こちらは父のおかげで寒さが和らいでいるため、まだ大丈夫だが……小公爵の方は吹雪の影響をもろに食らっている筈。
もう一刻の猶予もなかった。
魔力切れをまったり待っている場合じゃないわね。
小公爵の魔力量が如何ほどか分からないけど、今すぐ尽きるようなことはないでしょう。
もし、そうならお父様がこんなに焦った顔をしないもの。
となると、残る方法は小公爵を正気に戻すことだけだけど……一体、どうすればいいのかしら?
魔力暴走なんて初めて見た私は、戸惑いを隠せない。
でも、何とか自分に出来ることを探そうと必死だった。
魔力暴走って、謂わば怒りで我を忘れている状態よね?
なら、対話を試みても無駄な筈……。
まず、こちらの話を聞こうとも思わないだろうから。
そういう時は怒りを発散し切るまで、放っておくのが吉だけど……それじゃあ、手遅れになっちゃうし……。
などと考えていると、不意に────ある記憶が甦る。
それは山下朱里の時に見掛けた、小児科での光景。
とある難病持ちの小学生がキッズスペースで癇癪を起こした際、母親と思われる付き添いの人が突然手を叩いのだ。
それも、小学生の眼前で。
すると、小学生は怒るのも忘れてポカンとしていた。
完全に予想外の行動だったからか、思考や感情が追いついてこなかったらしい。
その後、小学生は『なんだよ、それ!』とケラケラ笑いながら大人しく遊んでいた。
普通、宥めたり叱ったりするところをまさかの猫騙しだからね。
怒りも吹き飛ぶ。
────と考えたところで、私は『あっ……』と声を漏らす。
頭の中が冴え渡るような感覚に襲われながら、『これだ!』と目を輝かせた。
あの時の母親と同様、怒りを上回るような衝撃を与え、相手を落ち着かせる……!
荒業かもしれないけど、時間を掛けずに小公爵を正気へ戻すにはこれしかない。
とはいえ、さすがに猫騙しは出来ないけど……だって、攻撃と捉えられて更に怒りを買ってしまったら困るもの。
火に油を注ぐような事態にならないよう、私は別の手段を選ぶ。
『攻撃と見なされず、尚且つ驚くこと』と自分に言い聞かせ、私は────父の腕の中から抜け出した。
「リディア……!」
困惑の滲んだ声で私の名を呼び、父はこちらに手を伸ばす────ものの、既のところで躱される。
『待て!』と叫ぶ彼を尻目に、私は一直線に小公爵の元へ向かった。
『お父様のおかげで、足元の氷が溶けてて良かった』と思いながら。
ただ前だけ見てひた走る私は拳サイズの雹を避け、滑る地面を踏み締める。
あまりの寒さに思わず立ち止まってしまいそうになるが、それでも一切足を止めずに前へ進んだ。
あともう少し……!
虚ろな目で立ち尽くす小公爵を見据え、私は最後の力を振り絞る。
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