お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

文字の大きさ
11 / 98
第一章

魔力暴走

しおりを挟む
「────足が動かない……?」

 嫌な予感を覚えつつ、下を向くと────地面の凍結に巻き込まれて、固まる自分の足があった。
小公爵の動向に気を取られるあまり、今の今まで気づかなかった私は急いで靴を脱ごうとする。
────が、脱げなかった。
どうやら、足首までガッチリ固定されているらしい。

 あら、これは……詰んだわね、完璧に。

 靴を脱ぐことが出来ればまだ希望はあったが、完全に身動きを封じられた状態ではどうすることも出来ない。
『最初の冷気が放たれた時点で逃げるべきだった』と反省しながら、私は即座に思考を切り替えた。

 せめて急所は守ろうと両腕で顔面を守る中────不意に体を抱き締められる。
ビックリして顔を上げると、氷の塊に魔術で対抗する父が目に入った。
私の体を支える手とは違う方を前へ突き出し、雪や氷を分解していく。
おかげで、少しは寒さも和らいだ。
ホッと息を吐き出す私の前で、父はクッと眉間に皺を寄せる。

「不味いな────完全に魔力暴走を引き起こしている」

「魔力暴走?」

 初めて聞く単語に反応を示す私は、思わず復唱してしまう。
すると、父は難しい顔つきのまま疑問に答えてくれた。

「簡単に言うと、自分の意思に関係なく魔力を垂れ流してしまう状態のことだ。魔力自体に魔法が込められているから、無差別に人や物を攻撃してしまう。その対象には────自分自身も含まれている」

「!?」

 『自分で自分を傷つける』という図式が成り立っていることに、私は心底驚いた。
魔法や魔術が術者自身を傷つけることはない、と……勝手に思い込んでいたから。
異世界ファンタジーあるあるのご都合主義なんて、現実では有り得ないのに。
『ちょっと甘く見すぎていたかも……』と反省しつつ、私は吹雪に包まれる小公爵をじっと見つめる。

 言われてみると、ちょっと……いや、かなり顔色が悪いわね。
早く何とかしてあげないと、凍死してしまいそう……。

「魔力暴走を止めるためには、どうしたらいいんですか?」

 活路を見出そうと救済条件について尋ねると、父はこう答える。

「全ての魔力を出し切るか、本人を正気に戻すか……だな」

「気絶させて、強制的に戦闘不能状態へ追いやるのは……?」

 『意識を奪ってしまえばいいのでは?』と提案する私に、父は首を横に振った。

「ダメだ。先程も言ったように魔力暴走は自分の意思に関係なく・・・・・・・、魔力を垂れ流している状態。例えるなら、蛇口を開けたまま放置しているようなもの。だから、中身を空っぽにするか自分の意思で蛇口を閉めるかしないと止まらない」

「そんな……」

 漫画にありがちな方法が通じないと知り、私は頭を悩ませる。
『一体、どうすればいいのか』と自分に問う間にも、刻々と時間は過ぎていき……小公爵の魔力暴走は勢いを増していった。
それに比例するかの如く、顔色も悪くなっていく。
こちらは父のおかげで寒さが和らいでいるため、まだ大丈夫だが……小公爵の方は吹雪の影響をもろに食らっている筈。
もう一刻の猶予もなかった。

 魔力切れをまったり待っている場合じゃないわね。
小公爵の魔力量が如何ほどか分からないけど、今すぐ尽きるようなことはないでしょう。
もし、そうならお父様がこんなに焦った顔をしないもの。
となると、残る方法は小公爵を正気に戻すことだけだけど……一体、どうすればいいのかしら?

 魔力暴走なんて初めて見た私は、戸惑いを隠せない。
でも、何とか自分に出来ることを探そうと必死だった。

 魔力暴走って、謂わば怒りで我を忘れている状態よね?
なら、対話を試みても無駄な筈……。
まず、こちらの話を聞こうとも思わないだろうから。
そういう時は怒りを発散し切るまで、放っておくのが吉だけど……それじゃあ、手遅れになっちゃうし……。

 などと考えていると、不意に────ある記憶が甦る。
それは山下朱里の時に見掛けた、小児科での光景。
とある難病持ちの小学生がキッズスペースで癇癪を起こした際、母親と思われる付き添いの人が突然手を叩いのだ。
それも、小学生の眼前で。
すると、小学生は怒るのも忘れてポカンとしていた。
完全に予想外の行動だったからか、思考や感情が追いついてこなかったらしい。
その後、小学生は『なんだよ、それ!』とケラケラ笑いながら大人しく遊んでいた。

 普通、宥めたり叱ったりするところをまさかの猫騙しだからね。
怒りも吹き飛ぶ。

 ────と考えたところで、私は『あっ……』と声を漏らす。
頭の中が冴え渡るような感覚に襲われながら、『これだ!』と目を輝かせた。

 あの時の母親と同様、怒りを上回るような衝撃を与え、相手を落ち着かせる……!
荒業かもしれないけど、時間を掛けずに小公爵を正気へ戻すにはこれしかない。
とはいえ、さすがに猫騙しは出来ないけど……だって、攻撃と捉えられて更に怒りを買ってしまったら困るもの。

 火に油を注ぐような事態にならないよう、私は別の手段を選ぶ。
『攻撃と見なされず、尚且つ驚くこと』と自分に言い聞かせ、私は────父の腕の中から抜け出した。

「リディア……!」

 困惑の滲んだ声で私の名を呼び、父はこちらに手を伸ばす────ものの、既のところで躱される。
『待て!』と叫ぶ彼を尻目に、私は一直線に小公爵の元へ向かった。
『お父様のおかげで、足元の氷が溶けてて良かった』と思いながら。
ただ前だけ見てひた走る私は拳サイズの雹を避け、滑る地面を踏み締める。
あまりの寒さに思わず立ち止まってしまいそうになるが、それでも一切足を止めずに前へ進んだ。

 あともう少し……!

 虚ろな目で立ち尽くす小公爵を見据え、私は最後の力を振り絞る。
そして、何とか彼に触れられる距離まで迫ると、思い切り両手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

公爵令嬢が婚約破棄され、弟の天才魔導師が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

国外追放ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私は、セイラ・アズナブル。聖女候補として全寮制の聖女学園に通っています。1番成績が優秀なので、第1王子の婚約者です。けれど、突然婚約を破棄され学園を追い出され国外追放になりました。やった〜っ!!これで好きな事が出来るわ〜っ!! 隣国で夢だったオムライス屋はじめますっ!!そしたら何故か騎士達が常連になって!?精霊も現れ!? 何故かとっても幸せな日々になっちゃいます。

処理中です...