お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

パーティーの準備

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◇◆◇◆

 魔力暴走の一件で体調を崩してから、早一週間。
私はようやく、ベッド生活から解放された。

 兄を筆頭に色んな人がお見舞いに来てくれたから退屈はしなかったけど、自由に動けるのはやっぱり嬉しい。
入院生活ばかりだった前世の反動かしら?
いや、もしかしたらグレンジャー公爵家を去る話が本格的になくなって、浮かれているだけかもしれない。
きちんと覚悟していた事とはいえ、家族と離れるのは辛いから……。

「まあ、何はともあれ、これで思う存分動き回れるわね」

 ────と、歓喜したのも束の間……早くも、誕生日パーティーの準備に追われる。
どうやら、風邪で寝込んでいる間に両親が豪華なプランを組んでしまったらしい。
なので、予定よりも早く準備に取り掛かる必要があった。

 二人は『今までまともにお祝い出来なかったから、その補填だ』と言っていたけど、

「これはさすがにやり過ぎなんじゃ……?」

 目の前に広がる光景を呆然と見つめ、私はただただ立ち尽くす。
だって、屋敷の一番大きい部屋である大広間が飾り立てられて……いや、改装されていたから。
壁紙、タイル、シャンデリアまで交換するほどの規模に、私は驚きを隠せない。

 リディアの苦労の対価と思えば、妥当かもしれないけど……一庶民には重すぎる。心臓に悪い。

 バクバクと鳴る心臓に耳を傾けつつ、私は胸元にそっと両手を添える。
何とか気持ちを落ち着けようとしていると、兄が開けっ放しの扉からひょこっと顔を出した。
かと思えば、私の姿を見て驚く。

「おい、顔色が悪いぞ。どうしたんだ?まさか、内装が気に食わないのか?なら、今すぐ修正を……」

「い、いいえ……!その必要は、ありません。すっごく気に入ってますから。ただ、こういったことは初めて・・・なので驚いているというか……」

 体調のこともあり、前世ではここまで豪勢な誕生日パーティーをやったことがない。
せいぜい、両親と一緒にケーキを食べた程度。
運よく外泊を許されれば、家で祝ってもらえるけど……そうじゃない時の方が圧倒的に多かった。
まあ、看護師さんや他の入院患者さんにも祝ってもらえるから、それはそれで楽しかったんだけどね。

 ─────と思い返す中、兄はどこか複雑な表情を浮かべる。
レンズ越しに見える月の瞳は、どこか同情的で……こちらの境遇を哀れんでいるようだった。

「そうか。まあ、そのうち慣れるだろ。これから毎年、同じ光景を目の当たりにするんだから」

「えっ?毎年……ですか?」

 『壁紙やタイルを新品に交換するほどの大掛かりなことを?』と疑問に思い、私は思わず聞き返す。
すると、兄はあっけからんとした様子で首を縦に振った。

「当たり前だろ。同じものを使い回しなんて、公爵家の威厳に関わる」

 『貧乏だと思われたら、どうするんだ』と遠回しに主張し、小さく肩を竦める。
そんな彼を前に、私は目から鱗が落ちるという経験を初めてした。

 なるほど。パーティーにどれだけお金を掛けるかによって、周囲からの評価が変わるって訳ね。
なら、恥を掻かないよう豪華にしないと……とは思うけど、やっぱり心臓に悪い。
まあ、精一杯頑張るけど。

 『節約こそ、正義!』という価値観で育ったからか、どうも大金を動かすことに抵抗がある。
でも、今回ばかりは必要経費だと思って割り切るべきだろう。
『富豪の感覚に早く慣れなければ』と思案する中、母が大広間に姿を現す。
誰かを探すようにキョロキョロ辺りを見回し、私達の存在に気がつくと、パッと表情を明るくした。

「リディア、ニクス!こっちへ、いらっしゃい!仕立て屋を呼んだから、パーティー用の衣装を見繕いましょう!」

 笑顔で手招きする母に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
だって、ドレスなら既にたくさん持っているから。
まだ袖を通していないものも多くあるため、新たに仕立てるという発想がなかった。
『本当に惜しみなくお金を使うのね』と半ば感心していると、兄がこちらに手を差し伸べる。

「ボーッとしてないで、早く行くぞ」

「あっ、はい」

 急かされるまま兄の手を取ると、彼はスタスタと母の元まで向かう。
私はその後ろをただついて行き、あれよあれよという間に別室へ通された。
『まずはリディアの衣装を決めましょう!』と言う母に頷き、私は仕立て屋の指示に従う。
まずは採寸を行ってからドレスの要望を伝え、幾つかカタログを見せてもらった。
────が、ファッションに興味がなかったため、ピンと来ず……母と兄に丸投げする。

 こっちの流行はもちろん、ドレスの勝手もよく分からないから。
普段は侍女の選んだものを着用しているだけだし……。
正直、変なものを選ぶ可能性があるため、お母様とお兄様に任せるのが妥当だと判断した。
リディアだって、家族の選んだドレスを着てみたいだろうし。

 『せっかくの美人さんなのだから、ちゃんと着飾りたい』という想いの元、私は静かに待機する。
そして、向かい側の席に並んで腰掛け、ドレスを選んでいる母と兄に目を向けた。

「う~ん……リディアは大人っぽいから、落ち着いた色の方がいいわよね」

「そうですね。あと、リボンやレースは極力避けた方がいいかもしれません。リディアはガーリーなものより、シックなものの方が似合いと思うので」

「あら、よく分かっているわね。さすが、ニクス。ただ、子供っぽさは残したいからプリンセスラインのドレスにしましょうか」

 リディアに対する印象が全く一緒なのか、二人は直ぐにドレスのイメージを固めた。
見本の布やカタログなどを眺めながら仕立て屋のデザイナーに指示を出し、具体的なことを決めていく。
その様子をぼんやり眺めていると、デザイナーが持ってきたドレスの中から一番要望に近いものを見せた。

「色は違いますが、ドレスの形はほぼ同じです。一度試着していただき、気に入りましたら要望通りの布と色でお作りします。どうでしょう?」

「ええ、それでいいわ。それじゃあ────着替えてきてちょうだい」

 後半部分は私に向ける形で言い、母はニッコリ微笑む。
『きっと、リディアによく似合うわよ~!』と述べる彼女の前で、私は席を立った。
仕立て屋の従業員に促されるまま隣の部屋へ移動し、服を着替える。
体型に合わせて裾の長さなどを調整してもらい、元の部屋に戻ると、母や兄は目を剥いた。

「まあ~!とっても綺麗よ、リディア!」

「……悪くないんじゃないか?それなりに見えるぞ」

「ありがとうございます」

 二人から『似合っている』との太鼓判を受け、私はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
鏡に映る紫髪の美少女を横目に捉えつつ、『うん、凄く素敵』と共感する。

「じゃあ、ドレスはこれに決め……」

「あっ、次はこのドレスを試着してくれる?あと、これとこれも。リディアはスタイルも良くて綺麗だから、色んなものを着せたくなっちゃうわ~」

 『これに決めます』と続ける筈だった私の言葉を遮り、母は追加のドレスを選ぶ。
その隣で、兄が『じゃあ、あっちの青いやつも』と口を挟んだ。
まだまだ終わる気配のないドレス選びに、私は硬直する。

 ────が、仕立て屋の従業員によって再び隣の部屋へ押し込まれ、服を着替えた。
そして元の部屋に戻り、母と兄にお披露目。
という流れを何度も繰り返す。それはもうゲンナリするほどに。
おかげでドレスの試着を終える頃には、ヘトヘトになっていた。

 『綺麗だ』と褒められるのは嬉しいし、色んなドレスを試着するのも楽しいけど、さすがにちょっと疲れた。
貴族のお買い物って、いつもこんなに長引くの?

 『誕生日パーティーの衣装を決めるだけで、半日掛かるなんて……』と、私は遠い目をする。
着せ替え人形にでもなったかのような心境へ陥りつつ、一つ息を吐いた。
『とりあえず、今日はもう休もう』と思い立ち、部屋へ戻ろうとすると、母が顔を上げる。

「あら、どこに行くの?これから────アクセサリーを選ばなきゃいけないのに」

「えっ?」

 まだ予定があるなんて思ってなかった私は、素っ頓狂な声を上げて固まった。
『ファッション=洋服』というイメージで、アクセサリーはあまり身近じゃなかったため、呆気に取られる。
驚きのあまり何も言えずにいると、母は兄へ視線を移した。

「ニクスは隣の部屋で、自分の衣装を決めてきてちょうだい。もし、決められそうになかったら相談に乗るから」

「分かりました」

 コクリと頷いて立ち上がった兄は、『じゃあ、また後で』と言い残し、隣の部屋へ移る。
それと同時に、宝石商の支配人が顔を見せた。
『いつも、ご贔屓にして頂いてありがとうございます』と言って、ガラスの箱を持ってくる。

 何となく予想はしていたけど、やっぱり宝石か。

 色とりどりの宝石が並べられた箱を見て、私は『そりゃあ、貴族だものね』と一つ息を吐いた。
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