お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

文字の大きさ
17 / 98
第一章

七歳の誕生日

しおりを挟む
◇◆◇◆

 ────その後も様々な準備に追われ、時間はあっという間に過ぎていった。
こっちは主に指示を出したり何かを決めたりするだけなので、実際に現場で働いている人に比べたらまだマシだが、やはり疲れる。
主に精神的な意味で。
まあ、パーティーの大部分は家族に決めてもらったため、迷ったり悩んだりすることはあまりなかったが。
『本当に助かった』と思いつつ、私は無事当日を迎えられたことに安堵する。

 私一人だったら、ここまでスムーズに決められなかったわ。
手伝ってくれた公爵家の面々には、きちんと感謝しないと。

 控え室で仕立ててもらったドレスを身に纏い、開始時間を待つ私はこれまでの日々を振り返る。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。

「中に入ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

 聞き覚えのある声に返事し、扉の方へ目をやると、兄が姿を現す。
紺色のジャッケットを着こなし、両手に黒のグローブを嵌める彼は珍しく前髪を上げていた。
しかも、銀色のブレスレットまで身につけている。
普段は勉強や鍛錬の邪魔になるからと、アクセサリー類を避けていたのに。

 パーティーだから着飾るのは当然と言えば当然だけど、なんだか私のためにオシャレしてくれたみたいで嬉しい。

「今日は一段と格好いいです、お兄様」

「あ、あぁ……まあ、その……リディアも綺麗だぞ。これなら、僕の隣に立っても見劣りしないだろ」

 本日私のエスコート役を務める彼は、赤面しつつも『僕のパートナーに相応しい』と述べた。
既にデビュタントを終え、様々な集まりに参加している兄から『その格好で問題ない』とのお墨付きをもらい、私はホッとする。

 海を連想させる真っ青なドレスも、ハーフアップにした紫髪も、サファイアの髪飾りもリディアに凄く似合っているから、直前で変更するようなことにならなくて良かった。

 ドレッサーの鏡に映る紫髪の美少女を一瞥し、私はもうすぐ始まる誕生日パーティーに思いを馳せた。
デビュタント前のパーティーなので公爵家にしては小規模だが、庶民の私からすればかなりの大舞台。
皆、『子供なんだから多少失敗しても大丈夫』だと口を揃えて言っていたが、きちんと成功させたい。
リディアのおかげで第二の人生を歩めている立場のため、彼女の顔に泥を塗るような真似はしたくなかった。

 気を抜かずにやり遂げましょう。

 ────と奮起したところで、侍女達に『そろそろお時間です』と促される。
私は一度深呼吸して立ち上がると、兄に目を向けた。

「行くぞ」

「はい、お兄様」

 差し伸べられた兄の手に自身の手を重ね、私は前を見据える。
そして控え室を出ると、大広間の前まで移動した。
『いよいよ、本番ね』と気を引き締める中、観音開きの扉は開け放たれる。
と同時に、私達はパーティー会場の中へ足を踏み入れた。

「まあ、あの子が……」

「公爵様と目がそっくりね」

「可愛らしいお嬢さんじゃないか」

「兄君とも仲が良さそうだ」

 比較的好反応を示す招待客達に、私は安堵しつつ歩みを進める。
会場の奥には既に入場を果たした両親の姿があり、穏やかな表情でこちらを見つめていた。
『微笑ましい』と言わんばかりの表情を浮かべる二人の元まで何とか辿り着き、私達は隣に並ぶ。
すると、傍で控えていたメイドが果実水の入ったグラスを手渡してくれた。

「リディア、出番だ」

「はい」

 父の言葉に一つ頷き、私は招待客達の方へ向き直る。
『乾杯の挨拶なら、何度も練習したから大丈夫』と自分に言い聞かせ、肩の力を抜いた。
と同時に、一歩前へ出る。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。グレンジャー公爵家の長女リディア・ルース・グレンジャーです。私は────」

 そこで一度言葉を切ると、後ろに控える家族へチラリと視線を向けた。

「────多くの人に支えられ、助けられたおかげで七歳の誕生日を無事迎えることが出来ました。凄く凄く感謝しています。また、皆さんとこうして出会えたこと、とても嬉しいです。この縁が末永く続くことを祈ります。それでは、心行くまでパーティーをお楽しみください────乾杯」

 果実水の入ったグラスを軽く持ち上げ、私は乾杯の挨拶を終えた。
すると、あちこちから『乾杯!』という掛け声とグラス同士のぶつかる音が聞こえる。

「とても、聡明な子ね。まだ七歳なのにしっかり挨拶をこなしていて、偉いわ」

「やっぱり、グレンジャー公爵家の人間は特別なのかしら?」

「あれは将来有望だなぁ」

「今のうちに顔を覚えてもらった方がいいかも」

 私という人間を高く評価する招待客達は、挨拶の列へいそいそと並ぶ。
リディアの優れた容姿とスペックのおかげか、出だしは好調のようだ。

「あっという間に周囲を虜にするなんて、凄いじゃない」

「さすが、リディアだ」

「初めてにしては、よくやった方じゃないか」

 口々に乾杯の挨拶を褒める公爵家の面々は、私の頭を撫でたり肩をポンポンと叩いたりする。
それに対して笑顔でお礼を言っていると、周囲の人々が固まった。

「えっ?グレンジャー公爵家って、あんなに仲良かったっけ?」

「おい、気難しい公爵様まで笑っていらっしゃるぞ」

「仲のいい家族を演じている……訳では、なさそうね」

「ということは、リディア様って……公爵家にとって、かなり重要な存在?」

「「「「!!」」」」

 とある貴婦人の一言で、挨拶を後回しにしていた一部の招待客が列へ飛び込んだ。
『これは何としてでも、関わりを持たなければ!』と奮起し、キラリと目を光らせる。
打算だらけの行動ではあるものの、軽んじられるよりはマシなのでスルー。
そもそも、貴族同士の付き合いなんてこんなものだ────と、兄に教えられていたから。
世間知らずの私を心配してか、色々アドバイスしてくれていた。
なので、あまり動揺していない。

「さて、そろそろ招待客を相手するか」

 そう言って、父は後ろの席へ座るよう指示してくる。
家族分用意された椅子を前に、私達は一旦雑談をやめた。
事前に決められた配置を思い出しながら席に腰掛け、招待客達と向き合う。
すると、列の先頭に並んでいる人から順番に挨拶とプレゼントの献上を始めた。

 なんだか、ちょっと……新鮮ね。
誕生日パーティーを開いて、招待客からプレゼントをもらうなんて初めての経験だから。
規模も値段も桁違いだけど、こうやってお祝いされるのは素直に嬉しい。

 少し離れた場所にどんどん積まれていくプレゼントの山を前に、私は少し頬を緩める。
あくまで祝われているのはリディアだが、それでも温かい気持ちになった。
────と、ここで一人の少年がプレゼント片手に歩み出る。
すると、兄の表情が曇った。

「お前に招待状は送ってない筈だが」

「父上と母上の代理で来たんだよ」

「親に頼まれたからといって素直に来るような奴じゃないだろ、お前は」

 『何を企んでいるんだ?』と怪訝そうに眉を顰める兄は、ジロリと相手を睨みつける。
不信感を前面に出す彼に対し、相手の男性はやれやれとかぶりを振った。

「酷い言い草だな。まあ────全くもって、その通りだけど。今日はお前の妹がどんな奴なのか知りたくて、来たんだよ」

 『親に頼まれたから、来た訳じゃない』と素直に認め、彼はこちらに向き直る。
と同時に、騎士の礼を取った。

「誕生日おめでとう、リディア。俺はクライン公爵家の次男────リエート・ライオネル・クライン。ニクスとは、幼馴染み兼親友だ」

「腐れ縁の間違いだろう。勝手に嘘を吹き込むな」

 『お前と親友になった覚えはない』とバッサリ切り捨て、兄はふんぞり返る。
フンッ!と鼻を鳴らしてそっぽを向く彼に、クライン令息は『ひでぇ~』と文句を言った。
────が、これはいつものじゃれ合いみたいなものらしく、どちらも本気で嫌がっている様子はない。
なんだかんだ言って仲の良さそうな二人を前に、私はふと前世の記憶を振り返る。

 あっ、思い出した。彼は────『貴方と運命の恋を』に出てくる、攻略対象者の一人だ。
ゲームのパッケージイラストと印象が全然違ったから、名前を聞くまで気づかなかったけど。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

公爵令嬢が婚約破棄され、弟の天才魔導師が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

処理中です...