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第一章
七歳の誕生日
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◇◆◇◆
────その後も様々な準備に追われ、時間はあっという間に過ぎていった。
こっちは主に指示を出したり何かを決めたりするだけなので、実際に現場で働いている人に比べたらまだマシだが、やはり疲れる。
主に精神的な意味で。
まあ、パーティーの大部分は家族に決めてもらったため、迷ったり悩んだりすることはあまりなかったが。
『本当に助かった』と思いつつ、私は無事当日を迎えられたことに安堵する。
私一人だったら、ここまでスムーズに決められなかったわ。
手伝ってくれた公爵家の面々には、きちんと感謝しないと。
控え室で仕立ててもらったドレスを身に纏い、開始時間を待つ私はこれまでの日々を振り返る。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。
「中に入ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
聞き覚えのある声に返事し、扉の方へ目をやると、兄が姿を現す。
紺色のジャッケットを着こなし、両手に黒のグローブを嵌める彼は珍しく前髪を上げていた。
しかも、銀色のブレスレットまで身につけている。
普段は勉強や鍛錬の邪魔になるからと、アクセサリー類を避けていたのに。
パーティーだから着飾るのは当然と言えば当然だけど、なんだか私のためにオシャレしてくれたみたいで嬉しい。
「今日は一段と格好いいです、お兄様」
「あ、あぁ……まあ、その……リディアも綺麗だぞ。これなら、僕の隣に立っても見劣りしないだろ」
本日私のエスコート役を務める彼は、赤面しつつも『僕のパートナーに相応しい』と述べた。
既にデビュタントを終え、様々な集まりに参加している兄から『その格好で問題ない』とのお墨付きをもらい、私はホッとする。
海を連想させる真っ青なドレスも、ハーフアップにした紫髪も、サファイアの髪飾りもリディアに凄く似合っているから、直前で変更するようなことにならなくて良かった。
ドレッサーの鏡に映る紫髪の美少女を一瞥し、私はもうすぐ始まる誕生日パーティーに思いを馳せた。
デビュタント前のパーティーなので公爵家にしては小規模だが、庶民の私からすればかなりの大舞台。
皆、『子供なんだから多少失敗しても大丈夫』だと口を揃えて言っていたが、きちんと成功させたい。
リディアのおかげで第二の人生を歩めている立場のため、彼女の顔に泥を塗るような真似はしたくなかった。
気を抜かずにやり遂げましょう。
────と奮起したところで、侍女達に『そろそろお時間です』と促される。
私は一度深呼吸して立ち上がると、兄に目を向けた。
「行くぞ」
「はい、お兄様」
差し伸べられた兄の手に自身の手を重ね、私は前を見据える。
そして控え室を出ると、大広間の前まで移動した。
『いよいよ、本番ね』と気を引き締める中、観音開きの扉は開け放たれる。
と同時に、私達はパーティー会場の中へ足を踏み入れた。
「まあ、あの子が……」
「公爵様と目がそっくりね」
「可愛らしいお嬢さんじゃないか」
「兄君とも仲が良さそうだ」
比較的好反応を示す招待客達に、私は安堵しつつ歩みを進める。
会場の奥には既に入場を果たした両親の姿があり、穏やかな表情でこちらを見つめていた。
『微笑ましい』と言わんばかりの表情を浮かべる二人の元まで何とか辿り着き、私達は隣に並ぶ。
すると、傍で控えていたメイドが果実水の入ったグラスを手渡してくれた。
「リディア、出番だ」
「はい」
父の言葉に一つ頷き、私は招待客達の方へ向き直る。
『乾杯の挨拶なら、何度も練習したから大丈夫』と自分に言い聞かせ、肩の力を抜いた。
と同時に、一歩前へ出る。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。グレンジャー公爵家の長女リディア・ルース・グレンジャーです。私は────」
そこで一度言葉を切ると、後ろに控える家族へチラリと視線を向けた。
「────多くの人に支えられ、助けられたおかげで七歳の誕生日を無事迎えることが出来ました。凄く凄く感謝しています。また、皆さんとこうして出会えたこと、とても嬉しいです。この縁が末永く続くことを祈ります。それでは、心行くまでパーティーをお楽しみください────乾杯」
果実水の入ったグラスを軽く持ち上げ、私は乾杯の挨拶を終えた。
すると、あちこちから『乾杯!』という掛け声とグラス同士のぶつかる音が聞こえる。
「とても、聡明な子ね。まだ七歳なのにしっかり挨拶をこなしていて、偉いわ」
「やっぱり、グレンジャー公爵家の人間は特別なのかしら?」
「あれは将来有望だなぁ」
「今のうちに顔を覚えてもらった方がいいかも」
私という人間を高く評価する招待客達は、挨拶の列へいそいそと並ぶ。
リディアの優れた容姿とスペックのおかげか、出だしは好調のようだ。
「あっという間に周囲を虜にするなんて、凄いじゃない」
「さすが、リディアだ」
「初めてにしては、よくやった方じゃないか」
口々に乾杯の挨拶を褒める公爵家の面々は、私の頭を撫でたり肩をポンポンと叩いたりする。
それに対して笑顔でお礼を言っていると、周囲の人々が固まった。
「えっ?グレンジャー公爵家って、あんなに仲良かったっけ?」
「おい、気難しい公爵様まで笑っていらっしゃるぞ」
「仲のいい家族を演じている……訳では、なさそうね」
「ということは、リディア様って……公爵家にとって、かなり重要な存在?」
「「「「!!」」」」
とある貴婦人の一言で、挨拶を後回しにしていた一部の招待客が列へ飛び込んだ。
『これは何としてでも、関わりを持たなければ!』と奮起し、キラリと目を光らせる。
打算だらけの行動ではあるものの、軽んじられるよりはマシなのでスルー。
そもそも、貴族同士の付き合いなんてこんなものだ────と、兄に教えられていたから。
世間知らずの私を心配してか、色々アドバイスしてくれていた。
なので、あまり動揺していない。
「さて、そろそろ招待客を相手するか」
そう言って、父は後ろの席へ座るよう指示してくる。
家族分用意された椅子を前に、私達は一旦雑談をやめた。
事前に決められた配置を思い出しながら席に腰掛け、招待客達と向き合う。
すると、列の先頭に並んでいる人から順番に挨拶とプレゼントの献上を始めた。
なんだか、ちょっと……新鮮ね。
誕生日パーティーを開いて、招待客からプレゼントをもらうなんて初めての経験だから。
規模も値段も桁違いだけど、こうやってお祝いされるのは素直に嬉しい。
少し離れた場所にどんどん積まれていくプレゼントの山を前に、私は少し頬を緩める。
あくまで祝われているのはリディアだが、それでも温かい気持ちになった。
────と、ここで一人の少年がプレゼント片手に歩み出る。
すると、兄の表情が曇った。
「お前に招待状は送ってない筈だが」
「父上と母上の代理で来たんだよ」
「親に頼まれたからといって素直に来るような奴じゃないだろ、お前は」
『何を企んでいるんだ?』と怪訝そうに眉を顰める兄は、ジロリと相手を睨みつける。
不信感を前面に出す彼に対し、相手の男性はやれやれと頭を振った。
「酷い言い草だな。まあ────全くもって、その通りだけど。今日はお前の妹がどんな奴なのか知りたくて、来たんだよ」
『親に頼まれたから、来た訳じゃない』と素直に認め、彼はこちらに向き直る。
と同時に、騎士の礼を取った。
「誕生日おめでとう、リディア。俺はクライン公爵家の次男────リエート・ライオネル・クライン。ニクスとは、幼馴染み兼親友だ」
「腐れ縁の間違いだろう。勝手に嘘を吹き込むな」
『お前と親友になった覚えはない』とバッサリ切り捨て、兄はふんぞり返る。
フンッ!と鼻を鳴らしてそっぽを向く彼に、クライン令息は『ひでぇ~』と文句を言った。
────が、これはいつものじゃれ合いみたいなものらしく、どちらも本気で嫌がっている様子はない。
なんだかんだ言って仲の良さそうな二人を前に、私はふと前世の記憶を振り返る。
あっ、思い出した。彼は────『貴方と運命の恋を』に出てくる、攻略対象者の一人だ。
ゲームのパッケージイラストと印象が全然違ったから、名前を聞くまで気づかなかったけど。
────その後も様々な準備に追われ、時間はあっという間に過ぎていった。
こっちは主に指示を出したり何かを決めたりするだけなので、実際に現場で働いている人に比べたらまだマシだが、やはり疲れる。
主に精神的な意味で。
まあ、パーティーの大部分は家族に決めてもらったため、迷ったり悩んだりすることはあまりなかったが。
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私一人だったら、ここまでスムーズに決められなかったわ。
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控え室で仕立ててもらったドレスを身に纏い、開始時間を待つ私はこれまでの日々を振り返る。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。
「中に入ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
聞き覚えのある声に返事し、扉の方へ目をやると、兄が姿を現す。
紺色のジャッケットを着こなし、両手に黒のグローブを嵌める彼は珍しく前髪を上げていた。
しかも、銀色のブレスレットまで身につけている。
普段は勉強や鍛錬の邪魔になるからと、アクセサリー類を避けていたのに。
パーティーだから着飾るのは当然と言えば当然だけど、なんだか私のためにオシャレしてくれたみたいで嬉しい。
「今日は一段と格好いいです、お兄様」
「あ、あぁ……まあ、その……リディアも綺麗だぞ。これなら、僕の隣に立っても見劣りしないだろ」
本日私のエスコート役を務める彼は、赤面しつつも『僕のパートナーに相応しい』と述べた。
既にデビュタントを終え、様々な集まりに参加している兄から『その格好で問題ない』とのお墨付きをもらい、私はホッとする。
海を連想させる真っ青なドレスも、ハーフアップにした紫髪も、サファイアの髪飾りもリディアに凄く似合っているから、直前で変更するようなことにならなくて良かった。
ドレッサーの鏡に映る紫髪の美少女を一瞥し、私はもうすぐ始まる誕生日パーティーに思いを馳せた。
デビュタント前のパーティーなので公爵家にしては小規模だが、庶民の私からすればかなりの大舞台。
皆、『子供なんだから多少失敗しても大丈夫』だと口を揃えて言っていたが、きちんと成功させたい。
リディアのおかげで第二の人生を歩めている立場のため、彼女の顔に泥を塗るような真似はしたくなかった。
気を抜かずにやり遂げましょう。
────と奮起したところで、侍女達に『そろそろお時間です』と促される。
私は一度深呼吸して立ち上がると、兄に目を向けた。
「行くぞ」
「はい、お兄様」
差し伸べられた兄の手に自身の手を重ね、私は前を見据える。
そして控え室を出ると、大広間の前まで移動した。
『いよいよ、本番ね』と気を引き締める中、観音開きの扉は開け放たれる。
と同時に、私達はパーティー会場の中へ足を踏み入れた。
「まあ、あの子が……」
「公爵様と目がそっくりね」
「可愛らしいお嬢さんじゃないか」
「兄君とも仲が良さそうだ」
比較的好反応を示す招待客達に、私は安堵しつつ歩みを進める。
会場の奥には既に入場を果たした両親の姿があり、穏やかな表情でこちらを見つめていた。
『微笑ましい』と言わんばかりの表情を浮かべる二人の元まで何とか辿り着き、私達は隣に並ぶ。
すると、傍で控えていたメイドが果実水の入ったグラスを手渡してくれた。
「リディア、出番だ」
「はい」
父の言葉に一つ頷き、私は招待客達の方へ向き直る。
『乾杯の挨拶なら、何度も練習したから大丈夫』と自分に言い聞かせ、肩の力を抜いた。
と同時に、一歩前へ出る。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。グレンジャー公爵家の長女リディア・ルース・グレンジャーです。私は────」
そこで一度言葉を切ると、後ろに控える家族へチラリと視線を向けた。
「────多くの人に支えられ、助けられたおかげで七歳の誕生日を無事迎えることが出来ました。凄く凄く感謝しています。また、皆さんとこうして出会えたこと、とても嬉しいです。この縁が末永く続くことを祈ります。それでは、心行くまでパーティーをお楽しみください────乾杯」
果実水の入ったグラスを軽く持ち上げ、私は乾杯の挨拶を終えた。
すると、あちこちから『乾杯!』という掛け声とグラス同士のぶつかる音が聞こえる。
「とても、聡明な子ね。まだ七歳なのにしっかり挨拶をこなしていて、偉いわ」
「やっぱり、グレンジャー公爵家の人間は特別なのかしら?」
「あれは将来有望だなぁ」
「今のうちに顔を覚えてもらった方がいいかも」
私という人間を高く評価する招待客達は、挨拶の列へいそいそと並ぶ。
リディアの優れた容姿とスペックのおかげか、出だしは好調のようだ。
「あっという間に周囲を虜にするなんて、凄いじゃない」
「さすが、リディアだ」
「初めてにしては、よくやった方じゃないか」
口々に乾杯の挨拶を褒める公爵家の面々は、私の頭を撫でたり肩をポンポンと叩いたりする。
それに対して笑顔でお礼を言っていると、周囲の人々が固まった。
「えっ?グレンジャー公爵家って、あんなに仲良かったっけ?」
「おい、気難しい公爵様まで笑っていらっしゃるぞ」
「仲のいい家族を演じている……訳では、なさそうね」
「ということは、リディア様って……公爵家にとって、かなり重要な存在?」
「「「「!!」」」」
とある貴婦人の一言で、挨拶を後回しにしていた一部の招待客が列へ飛び込んだ。
『これは何としてでも、関わりを持たなければ!』と奮起し、キラリと目を光らせる。
打算だらけの行動ではあるものの、軽んじられるよりはマシなのでスルー。
そもそも、貴族同士の付き合いなんてこんなものだ────と、兄に教えられていたから。
世間知らずの私を心配してか、色々アドバイスしてくれていた。
なので、あまり動揺していない。
「さて、そろそろ招待客を相手するか」
そう言って、父は後ろの席へ座るよう指示してくる。
家族分用意された椅子を前に、私達は一旦雑談をやめた。
事前に決められた配置を思い出しながら席に腰掛け、招待客達と向き合う。
すると、列の先頭に並んでいる人から順番に挨拶とプレゼントの献上を始めた。
なんだか、ちょっと……新鮮ね。
誕生日パーティーを開いて、招待客からプレゼントをもらうなんて初めての経験だから。
規模も値段も桁違いだけど、こうやってお祝いされるのは素直に嬉しい。
少し離れた場所にどんどん積まれていくプレゼントの山を前に、私は少し頬を緩める。
あくまで祝われているのはリディアだが、それでも温かい気持ちになった。
────と、ここで一人の少年がプレゼント片手に歩み出る。
すると、兄の表情が曇った。
「お前に招待状は送ってない筈だが」
「父上と母上の代理で来たんだよ」
「親に頼まれたからといって素直に来るような奴じゃないだろ、お前は」
『何を企んでいるんだ?』と怪訝そうに眉を顰める兄は、ジロリと相手を睨みつける。
不信感を前面に出す彼に対し、相手の男性はやれやれと頭を振った。
「酷い言い草だな。まあ────全くもって、その通りだけど。今日はお前の妹がどんな奴なのか知りたくて、来たんだよ」
『親に頼まれたから、来た訳じゃない』と素直に認め、彼はこちらに向き直る。
と同時に、騎士の礼を取った。
「誕生日おめでとう、リディア。俺はクライン公爵家の次男────リエート・ライオネル・クライン。ニクスとは、幼馴染み兼親友だ」
「腐れ縁の間違いだろう。勝手に嘘を吹き込むな」
『お前と親友になった覚えはない』とバッサリ切り捨て、兄はふんぞり返る。
フンッ!と鼻を鳴らしてそっぽを向く彼に、クライン令息は『ひでぇ~』と文句を言った。
────が、これはいつものじゃれ合いみたいなものらしく、どちらも本気で嫌がっている様子はない。
なんだかんだ言って仲の良さそうな二人を前に、私はふと前世の記憶を振り返る。
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