お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

作戦会議

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「ち、父上と母上は……!?」

 縋るような目でアレン小公爵を見つめ、リエート卿は表情を強ばらせた。
こちらに転移してから今に至るまでクライン公爵夫妻の姿を見ていないため、気が気じゃないのだろう。
『無事なんだよな!?』と迫る彼を前に、アレン小公爵は少しばかり表情を曇らせる。

「父上と母上の安否は……俺にも分からない。騎士団と一緒に、魔物の大群を食い止めに行ってしまったから」

「そんな……」

 リエート卿は『この世の終わり』とも言うべき表情を浮かべ、膝から崩れ落ちそうになっていた。
壁に手をついて既のところで押し留まっているものの、今にも挫けそうである。
『両親が居なくなるかもしれない』という不安に怯える彼の横で、兄はおもむろに腕を組んだ。

「父上達が駆けつけるまで、少なくともあと五時間は掛かります。その時まで持ち堪えるのは……」

「……さすがに無理だろうな。既に魔物を発見してから六時間、そして交戦に発展してから四時間経過している。討伐隊の方は肉体的にも、精神的にも相当辛い筈だ」

 『既にもう限界』と主張し、アレン小公爵は天井を仰ぎ見た。

「討伐隊が破れたら、いよいよこっちも危険だ。俺達が全員無事で居られるのは、屋敷にくる魔物の数が少ないから……さすがの俺でも、十数体を一気に相手するのは難しい」

 『単純な火力だけなら、こっちの方が上だろうけど』と零しつつ、彼は深い溜め息を零す。
と同時に、窓の外へ視線を向けた。

「てか、そもそも────火炎魔法の使い手に篭城作戦はどう考えても、不向きなんだよな~」

 嘆かわしいと言わんばかりの口調でそう語り、アレン小公爵はどこか遠い目をする。
『二次被害が半端ない』と肩を落とす彼の前で、私は微かに目を見開いた。

 あっ、そっか。
屋内で炎を放つのは、危ないものね。
最悪、火事になってしまうから。

 『さっきだって、天井を焼け落としていたし』と思い返す中、アレン小公爵は壁に背を預ける。

「おかげで、屋敷内の魔物を一掃することさえ出来ていない」

 『不甲斐ない……』と嘆くアレン小公爵に対し、兄は少し考え込むような素振りを見せた。
かと思えば、パッと右手を挙げる。

「許可を頂ければ、僕が代わりに屋敷内の魔物を一掃しますよ。氷結魔法なら、大した二次被害はないでしょうし。もちろん、この大広間は効果範囲から外します」

「いいのか?一掃してくれたら、こちらとしては非常に有り難いが……」

「はい」

「じゃあ、よろしく頼む。責任は俺が取るから、派手にやってくれ」

 『魔物の襲撃にいい加減、飽き飽きしていたところなんだ』と言い、アレン小公爵は諸手を挙げて賛成する。
『暖房器具などが壊れても構わない』と後押しする彼に、兄は一つ頷いた。
手のひらを下に向けたままグッと前へ突き出し、そっと目を閉じて集中する。
クライン公爵家の構造を既に把握しているのか、彼の魔法に迷いはなかった。

 『すぅー……』と息を吸うのと同時に魔力を放ち、そして吐いた瞬間に屋敷を凍らせる。
無論、大広間を除いて。

「おお、前より格段に魔法の腕が上がってんな~。さすがはグレンジャー公爵家の嫡男」

 一気に温度が低くなった室内を見回し、アレン小公爵はパチンッと指を鳴らす。
どうやら魔術を展開したらしく、大広間の温度だけ少し上がった。
ホッと息を吐き出す私達の前で、アレン小公爵は窓越しに他の部屋の様子を窺う。
と言っても、確認出来るのはほんの一部だけだが。

「マジで氷漬けになっているな。比喩表現でも、なんでもなく」

 『すげぇ』と素直に感心する彼は、キラキラと目を輝かせた。
『俺にも氷結魔法が使えたらなぁ』と零す彼を前に、兄はそっと目を開ける。

「恐らく、これでしばらく大丈夫かと」

「おう。ありがとな」

「いえ、これくらいお易い御用です」

 照れ隠しのつもりなのか、兄はカチャリと眼鏡を押し上げた。
かと思えば、コホンッと一回咳払いする。

「では、僕は討伐隊に合流して魔物を食い止めてきます。この通り、範囲攻撃なら得意なので」

 『きっとお役に立てる筈です』と申し出る兄に、アレン小公爵は顔色を変えた。
先程までのおちゃらけた雰囲気が嘘のように真剣になり、険しい表情を浮かべる。

「ダメだ。危険すぎる。魔物の数は、優に数万を超えるんだぞ?たとえ、どんなに優秀な魔導師でも途中で魔力切れになる力尽きる

 『お前に何かあったら、グレンジャー公爵夫妻に顔向け出来ない』と、アレン小公爵は説得した。
────が、兄も案外頑固なので一歩も引かない。

「お言葉ですが、このままでは討伐隊が全滅してしまいます。早急に手を打つべきです」

 『放置は出来ない』と主張する兄に、アレン小公爵は口を噤む。
恐らく、彼自身もこのままではいけないと理解しているのだろう。

「なら、俺が討伐隊の方に向かう。だから、お前達はここに残って屋敷を守ってくれないか?」

「それはあまり現実的な考えじゃないと思います」

 兄は役割交換の提案をバッサリ切り捨て、窓辺に近づいた。
かと思えば、窓ガラスにそっと触れる。

「アレン小公爵も既にお気づきでしょう?クライン公爵家へ差し向けられた魔物の大半が────水属性の魔法を使えることに」

「っ……!」

「恐らく、魔王は優秀な火炎魔法の使い手を多く輩出してきたクライン公爵家の対策として、相性の悪い魔物を差し向けてきています。無論、あなた方の火力なら属性関係なく、焼き払えるでしょうが……今回は数が多い。それこそ、直ぐに魔力切れを引き起こすと思いますよ」

 痛いところをどんどん突いていく兄は、『それに疲労も溜まっているでしょう』と零す。
魔物と交戦してからもう数時間経過していることを指摘し、『限界なのは貴方も同じだ』と突きつけた。

 アレン小公爵も魔物の襲撃に備えて、何時間も気を張ってきた状況だものね。
そんな状態で討伐隊に合流しても、充分に活躍出来るとは思えない。

 『お兄様の懸念は尤もだ』と理解を示す中、リエート卿が意を決したように顔を上げる。

「兄上、俺も一緒に行くからニクスの提案を受け入れてくれ。頼む」

 両親の安否と兄の安全を考え、リエート卿は兄の意見を後押しした。
『俺がちゃんとニクスを守るから』と述べる彼に、アレン小公爵は顔を歪める。

「大切な弟を戦地へ送り込もうとする兄が居ると思うか?」

「それは……」

「俺はもう父上と母上を送り出した、己の無力さを呪いながら……それがどれだけ辛かったか、理解出来るか?」

「っ……」

「俺に二度もそんな思いをさせないでくれ」

 懇願にも近い声色で、アレン小公爵はリエート卿の出陣を断った。
確固たる意志を見せる彼に、リエート卿は何も言えなくなる。
家族を失うかもしれない不安は、この場の誰よりも理解しているから。
苦渋の表情で下を向き、自身の手をギュッと握り締めた。

「リエート、お前はここに残れ。妹を頼む」
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