お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

懸念

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「リエート、お前はここに残れ。妹を頼む」

 ポンッとリエート卿の肩を叩き、兄は『来なくていい』と主張する。
ハッとしたように目を見開くリエート卿を一瞥し、彼は再度アレン小公爵と向かい合った。

「討伐隊の方には、僕一人で行きます」

「……なら、せめて俺も」

「いえ、アレン小公爵はここに残ってください。リエートも充分強いですが、複数の敵を相手取った戦いには不向きです。こいつの戦闘スタイルは、基本剣術メインなので。魔法も一応使えますが、まだ未熟。これだけの人間を庇いながら戦うのは、至難の業でしょう」

 『リエート一人では力不足』と指摘し、クルリと身を翻す。
『もはや、議論の余地などない』とでも言うように、兄はこの場から立ち去ろうとした。
────が、アレン小公爵に腕を掴まれ、引き止められる。

「単騎で魔物の大群に突っ込むなんて、無謀だ!討伐隊と合流する前に魔力切れでも引き起こしたら、どうする!」

 最悪の事態を想定するアレン小公爵に、私もリエート卿もハッとした。
頼れる仲間も居ず、一人で……しかも、魔法なしに戦う可能性があるのだと悟り、恐怖する。
兄の具体的な魔力量は分からないが、魔物の大群を相手しながら討伐隊に合流するのは難しいかもしれない。
だって、相手の居場所も分からないのだから。

 お兄様の武器は、基本魔法だけ。
一応武術の心得もあるみたいどけど、魔物の大群を蹴散らすほどではない筈。
だから、アレン小公爵の言うような状況に陥ったら……死ぬ可能性が高い。

 いくら戦闘経験に疎い私でも、兄を一人で行かせるのは危険だと分かり、立ち上がる。
だって、大切な家族を失うかもしれないと思ったら居ても立ってもいられなかったから。

「私も一緒に行きます!」

 ずっと守ってきた沈黙を破り、私は同行を申し出た。
今までは自分が口を出していい領分じゃないと思っていたから、静観してきた。
でも、勝算の低い賭けに兄が身を投じると言うなら話は別。
『家族として、黙っている訳にはいかない』と兄の元へ駆け寄り、言葉を紡ぐ。

「実力も経験も乏しい私ですけど、魔力量なら引けを取りません。どうか、連れて行ってください」

「ダメだ。実戦経験もほとんどない素人にいきなり戦場なんて、危険すぎる。それに体調だって……」

「それなら、もう大丈夫です。皆さんのおかげで、大分良くなりました」

「だとしても、ダメだ。大体、魔法のコントロールなんてまともに出来ないだろ。足手纏いになる未来しか見えない」

 私の身を案じてか、兄はわざと厳しい言葉を投げかけて来た。
言外に『諦めろ』と促す彼に、私は尚も食らいつく。

「確かにコントロールは出来ないかもしませんが、相手は魔物の大群・・なんですよね?なら、威力を気にせず派手に攻撃を仕掛ければ……」

「却下だ。討伐隊がどこに居るのかも分からない状況で、大技を何度も仕掛けるなんて馬鹿にも程がある。もし、仲間に当たったらどうするんだ」

 『それこそ、大惨事だぞ』と現実を突きつけ、兄はアレン小公爵の手を振り払う。
そろそろ本気で行動を開始しようとする彼を前に、私は焦りを覚えた。

 早く何か言わないと……このままじゃ、本当に一人で行ってしまう。

 『説得材料を探さなくては』と躍起になり、私は視線をさまよわせる。
その時、ふと────サンストーンの瞳と目が合った。
どこか凛々しい光を宿すソレに瞠目すると、不意に頭を撫でられる。
『まるで、俺に任せろ』とでも言うように。

「とにかく、リディアはここで大人しく……」

「────なあ、リディアから魔力を分けてもらってニクスが攻撃するのはどうだ?」

 兄の行く手を阻むように立ち塞がり、意見を述べたのは────他の誰でもない、リエート卿だった。
どこか吹っ切れた様子で兄と向き合う彼は、すっかりいつもの調子である。
少なくとも、先程まであった迷いや躊躇いは確かに消えていた。

「同じ属性を持つ魔力なら、譲渡可能だろ?もし、懸念材料が魔力切れだけならこれで解決すると思ったんだけど」

 『最悪、討伐隊に合流出来なくても戦い続けられる』と話し、リエート卿は腰に手を当てる。

「この作戦にはもちろん────俺も参加する。一応、俺もリディアから魔力譲渡を受けられる立場だからな。何より、リディアを護衛しながら魔物の駆除に明け暮れるのは大変だろ?ニクスが攻撃に集中出来るよう、協力するぜ」

「なっ……リエート!」

 『話が違う!』と言わんばかりに声を荒らげるアレン小公爵に対し、リエート卿は笑った。
全てを照らす太陽のように明るく、元気に。

「安心して、兄上。俺、絶対に死なないから。つーか、これで死んだらもう全員お陀仏間違いなしだし」

 半ばおどけるように言い、リエート卿は肩を竦める。
でも、サンストーンの瞳に宿る光は真剣そのものだった。
どことなく迫力のある眼差しに私はもちろん、アレン小公爵まで圧倒されていると……リエート卿が真っ直ぐ前を見据える。
そして、思案顔の兄を目に映した。

「ニクス、お前いつも言っていたよな。大事なことは感情論抜きで、合理的に考えるべきだって。だから、俺なりに考えてみたんだ。現状で取れる最善策」

「それがリディアからの魔力譲渡だと言いたいのか?」

「ああ。お前もリディアの魔力量が多いのは何となく、分かっているだろ?これだけあれば、グレンジャー公爵が駆けつけるまで持ち堪えられる。なんなら、俺達だけで魔物を一掃出来るかもしんねぇ」

「……」

 クッと眉間に皺を寄せ、黙り込む兄はなんだか困っているように見えた。
恐らく、リエート卿の言い分を覆すだけの材料が見つからないのだろう。
これでもかというほど強く拳を握り締め、苛立つ彼を前に、リエート卿は尚も説得を続ける。

「どうせ、討伐隊が壊滅したらリディアだって戦わなきゃいけないんだ。戦闘から遠ざけることよりも、どうやって戦うか……自分なりの方法を見つけてやることが、最善じゃないのか?」

 『それが結果的にリディアを守ることに繋がる筈だ』と語り、リエート卿は一歩前へ出る。
と同時に、兄の両肩をガシッと掴んだ。

「情けない話なのは、理解している。リディアに負担を掛けずに済むなら、それに越したことはない。でも、冷静に考えて全員生存する道はこれしかないと思っている」

 年下の女の子に頼るしかない状況を申し訳なく思いながらも、リエート卿は切実に訴える。
リディアの力が必要なんだ、と。
そんな彼を前に、私もまた一歩前へ踏み出した。

「お兄様、私は全員で助かりたいのです。もし、その一助となるのなら私の魔力を思う存分使ってください。お願いします」
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