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第一章
優しい彼女《リエート side》
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◇◆◇◆
────クライン公爵家で魔物の大群と戦ってから、約一ヶ月後。
季節はすっかり冬に変わり、冷え込む日が続いていた。
大半の貴族が自分の領地へ引っ込む中、俺はグレンジャー公爵家を訪れる。
というのも、魔物の大群に関する後処理がようやく終わったから。
我が家を救うため、随分と無理をさせてしまったニクスやリディアに改めてお礼を言おうと思ったのだ。
「繰り返しになっちまうけど、二人とも本当にありがとな」
屋敷の客室にて、グレンジャー兄妹と向かい合う俺は深々と頭を下げる。
本当はソファから飛び降りて土下座したいところだが、あまりやり過ぎると相手の負担になるため我慢した。
お人好しのリディアなんか、特に。
『ニクスは高笑いしながら頭を踏んづけてきそうだけど』と思いつつ、おずおずと顔を上げる。
すると、ポカン顔のリディアとうんざり顔のニクスが目に入った。
「お前なぁ……一体、何回礼を言えば気が済むんだ」
「えっ?いや……やっと後処理が終わったら、改めて挨拶に伺うべきかな?と思って……」
「お気持ちは嬉しいですが、今はご家族との時間を大切にされては?」
「そ、それはもちろん大切にするけど……お前らの顔も見たかったし……何より、こういうことはきっちりすべきだろ?」
『親しき仲にも礼儀あり』という諺を唱え、俺は二人の顔色を窺う。
確かにクライン公爵家を救ってもらったあの日から、俺は何度もお礼を言ってきた。
口頭ではもちろんのこと、手紙やプレゼントでも。
一応、感謝と誠意を示してきたつもりだが……ちょっと、しつこかったようだ。
お礼は倍返しで!という我が家のルールに則って行動していただけなんだが……さすがに亡国の秘宝や世界に数点しかないアクセサリーを送り付けるのは、やりすぎたか?
『これでも、足りないくらいなんだが……』と思案する中、ニクスはカチャリと眼鏡を押し上げる。
「とりあえず、お前の気持ちは分かった。だが、もうお礼は充分だ。クライン公爵夫妻やアレン小公爵からも色々もらっているし、これ以上何かしてもらう謂れはない。だから、さっさと帰れ。僕達は忙しいんだ」
『しっしっ!』と猫でも追い払うような仕草をして、ニクスはお暇するよう促す。
『お前に構っている時間などない』と言わんばかりの剣幕だが、横に居るリディアはのんびり紅茶を飲んでいた。
『なんだ、この温度差は……?』と首を捻り、俺は前へ視線を戻す。
「何でそんなに忙しいんだ?冬の間は仕事も落ち着く筈だろ?」
「馬鹿か、お前は!仕事ごときで立て込むほど、僕は無能じゃない!」
「じゃあ、何があるんだよ?」
怪訝な表情を浮かべる俺に対し、ニクスは心底呆れた様子で溜め息を零した。
「────リディアのデビュタントの準備に決まっているだろう、馬鹿が!」
「デビュタント……?あっ、そういやまだだっけ?」
普通の子供より大人びた印象を受けるせいか、デビュタントなんてとっくに終わっているものだと思っていた。
よく考えてみれば、最近洗礼式を終えたばかりだというのに。
『年下という感覚があまりなかった』と思いつつ、俺はおもむろに席を立つ。
「そういうことなら、また今度遊ぼうぜ」
「お前の『今度』がいつのなのか知らんが、リディアのデビュタントを終えるまでは無理だぞ」
「はっ?何でだよ?デビュタントの準備って、せいぜい礼儀作法の確認と衣装の用意くらいだろ?」
ここデスタン帝国のデビュタントは、皇室主催の春のパーティーにて一斉に行われる。
なので、会場の手配や招待客のリストアップをしなくて済む分、楽だと思うんだが……。
『何故、そんなに時間が掛かるんだ?』と首を傾げ、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。
『女の準備は長いの典型か?』と思いつつ、あれこれ考えていると、ニクスが苛立たしげに眉を顰めた。
「チッ……!ちょっと揉めているんだよ……!」
「はっ?何で?」
思わず素で聞き返してしまった俺は、ポカンと口を開けて固まる。
だって、完璧主義のニクスや抜け目のないグレンジャー公爵が居て、トラブルなんて……想像もつかないから。
となると、リディア本人に関することか?
例えば、礼儀作法がめちゃくちゃとか。
まあ、とてもそんな風には見えないけど。今だって、優雅に紅茶を嗜んでいるし。
細かいことは分かんねぇーけど、揉めるほど問題があるとは思えない。
じゃあ、衣装関係か?
リディアのセンスが壊滅的すぎて説得に時間を要してしまい、全体的に準備が遅れているのかもしれない。
と思ったが、それはないな。
だって、ファッションにそこまで興味なさそうだし。
実は魔物の大群と戦った際、衣服が汚れてしまいウチで着替えたんが……その時、リディアの分のドレスだけ直ぐに用意出来なかったんだ。
それで急遽、歳の近い子供を持つ侍女から一時的に貸してもらった。
まあ、大急ぎで街からドレスを調達してきたから着用時間は二時間にも満たないが。
でも、リディアは平民のお古でも気にせず着用していた。
『緊急事態だから我慢しているという様子ではなかった』と思い返し、更に謎を深める。
リディアのことだから、夫人の助言やデザイナーのオススメに素直に応じるだろうと考えて。
『なら、一体何が原因なんだ?』と疑問に思っていると、リディアが不意に口を開く。
「実は────誰をパートナーにするか、で揉めているんです」
困ったように笑いながら、リディアはそう話を切り出した。
「当初はお兄様にパートナーをお願いする予定だったんですが、皇室から手紙が届きまして────デビュタントのパーティーに皇太子殿下のパートナーとして、参加してくれないか?と」
『それで皇室の要請に応じるべきか、悩んでいて……』と零し、リディアは憂いげな表情を浮かべる。
恐らく、皇室とニクスの板挟みになっているのだろう。
普通の貴族なら、大喜びで皇太子のパートナーの件を引き受けるだろうが……リディアはそうもいかない。
ギフト複数持ちの上、あの魔力量だからな……無闇に動けば、権力争いに巻き込まれる。
実際、皇室は────リディアを未来の皇太子妃に、と考えているだろうし。
じゃなきゃ、パートナーの打診なんてしてこねぇーよ。
早くもリディアの将来が決定しそうな事態に、俺は少し……いや、かなり不快感を覚えた。
『何で大人達の思惑に振り回されないといけないんだ』と眉を顰め、悶々とする。
「……なあ、断ることって出来ないのか?」
「出来る」
「えっ?それはいくら公爵家といえど、難しいんじゃ……?」
『皇室の頼みを無下には出来ないって、お母様が……』と零すリディアに、ニクスはチラリと視線を向けた。
かと思えば、月の瞳に見えない闘志を燃やす。
「出来ると言ったら、出来る」
既に何らかの策を思いついているのか、それとも虚勢か……ニクスはとにかく可能だと言い張った。
妙に目が据わっているように見えるのは、俺の気の所為だと思いたい。
こいつ……皇太子を殺してでも、リディアのパートナーの座を守り抜きそうだな。
『シスコンここに極まれり』と心の中で呟き、俺はじっとリディアのことを見つめる。
兄のニクスを宥めようと穏やかな口調で話し掛け、柔らかく微笑む彼女は以前と変わらず優しい。
転移魔法の使用を提案した時も、討伐隊の救助に同行を申し出た時も、そう。
こいつの本質は、いつだって同じ。
たとえ、怖くて震えていても……不安で泣きそうでも、自分より誰かのために行動出来るやつなんだ。
そんなお人好しだから────俺はあの時、突き動かされた。
『行かないでくれ』という兄上の懇願を、退けられた。
自分の意志を貫く覚悟が持てた。
凛と咲く花のように真っ直ぐなリディアから、勇気を貰ったから。
まだ小さいのに必死に家族を守ろうとするリディアの姿を思い出し、俺はフッと笑う。
そして、ほぼ無意識に────
「なら、間を取って俺と出席するか?」
────と、口走っていた。
突然のパートナーの申し出に、リディアやニクスはもちろん……俺自身も戸惑う。
『いや、何言ってんだ!?俺!』と混乱しながら、オロオロと視線をさまよわせた。
「い、いや、ほら……!『パートナーは兄で決まってます』って言っても、きっと皇室は引き下がらないだろ!?だから、他家で尚且つ皇室も無闇に手が出せないクライン公爵家の人間をパートナーにすればいいんじゃないか、と思ってな……!?」
『魔物の件もあるし、きっと一家総出で協力してくれるぜ!?』と、俺は声を上擦らせながら言う。
すると、ニクスは一瞬黙り込むものの……ブンブンと頭を横に振って、立ち上がった。
「却下だ!絶対に許さん!僕以外の男が、リディアの横に立てると思うな!」
「いや、横暴だな!?その場合、結婚はどうすんだよ!?」
「しなくていい!というか、させない!こいつは一生ウチに居ればいいんだ!」
「おまっ……馬鹿かよ!?」
『色々拗らせすぎだろ!?』と叫ぶ俺に、ニクスは青筋を立てる。
『馬鹿』と言われたことが許せないのか、眉間に皺を寄せた。
「お前にとやかく言われる筋合いはない!どうせ、リディアの知人程度で終わる間柄なんだから黙っていろ!」
「いや、それは分かんねぇーだろ!?もしかしたら、俺がリディアの夫に……」
そこまで言って急に恥ずかしくなり、俺は声のトーンを落とす。
「な、なるかもしれねぇーだろ……?未来のことは誰にも分からない訳だし……」
熱を持つ頬を隠すように手を当て、俺はそろりと視線を逸らした。
リディアが今どういう顔をしているのか、確認する勇気が出なくて……まともに目も合わせられない。
いや、でもやっぱり気になる……。
一瞬だけなら、気づかないかな?
激しく脈打つ心臓を宥めつつ、俺はチラリとリディアの方に目を向ける。
────が、彼女の姿はどこにもなかった。
『えっ?消えた?』と混乱する俺を他所に、ニクスが詰め寄ってくる。
「聖職者が何言ってやがる!」
「えっ?あっ、ウチの神殿は基本結婚の自由を認められているんだよ」
困惑のあまりよく分からない回答を口にする俺に対し、ニクスは目を吊り上げる。
「知らん!とにかく、お前の全ては神に捧げろ!」
言外に『結婚なんてするな!』と主張し、ニクスはピンッと立てた人差し指を俺の胸元に突きつけた。
────と、ここでグレンジャー公爵を引き連れたリディアが戻ってくる。
どうやら、この騒ぎを収めるために呼んできたらしい。
『助かった』と安堵したの束の間────俺はニクスと共に、公爵から大説教を食らった。
────クライン公爵家で魔物の大群と戦ってから、約一ヶ月後。
季節はすっかり冬に変わり、冷え込む日が続いていた。
大半の貴族が自分の領地へ引っ込む中、俺はグレンジャー公爵家を訪れる。
というのも、魔物の大群に関する後処理がようやく終わったから。
我が家を救うため、随分と無理をさせてしまったニクスやリディアに改めてお礼を言おうと思ったのだ。
「繰り返しになっちまうけど、二人とも本当にありがとな」
屋敷の客室にて、グレンジャー兄妹と向かい合う俺は深々と頭を下げる。
本当はソファから飛び降りて土下座したいところだが、あまりやり過ぎると相手の負担になるため我慢した。
お人好しのリディアなんか、特に。
『ニクスは高笑いしながら頭を踏んづけてきそうだけど』と思いつつ、おずおずと顔を上げる。
すると、ポカン顔のリディアとうんざり顔のニクスが目に入った。
「お前なぁ……一体、何回礼を言えば気が済むんだ」
「えっ?いや……やっと後処理が終わったら、改めて挨拶に伺うべきかな?と思って……」
「お気持ちは嬉しいですが、今はご家族との時間を大切にされては?」
「そ、それはもちろん大切にするけど……お前らの顔も見たかったし……何より、こういうことはきっちりすべきだろ?」
『親しき仲にも礼儀あり』という諺を唱え、俺は二人の顔色を窺う。
確かにクライン公爵家を救ってもらったあの日から、俺は何度もお礼を言ってきた。
口頭ではもちろんのこと、手紙やプレゼントでも。
一応、感謝と誠意を示してきたつもりだが……ちょっと、しつこかったようだ。
お礼は倍返しで!という我が家のルールに則って行動していただけなんだが……さすがに亡国の秘宝や世界に数点しかないアクセサリーを送り付けるのは、やりすぎたか?
『これでも、足りないくらいなんだが……』と思案する中、ニクスはカチャリと眼鏡を押し上げる。
「とりあえず、お前の気持ちは分かった。だが、もうお礼は充分だ。クライン公爵夫妻やアレン小公爵からも色々もらっているし、これ以上何かしてもらう謂れはない。だから、さっさと帰れ。僕達は忙しいんだ」
『しっしっ!』と猫でも追い払うような仕草をして、ニクスはお暇するよう促す。
『お前に構っている時間などない』と言わんばかりの剣幕だが、横に居るリディアはのんびり紅茶を飲んでいた。
『なんだ、この温度差は……?』と首を捻り、俺は前へ視線を戻す。
「何でそんなに忙しいんだ?冬の間は仕事も落ち着く筈だろ?」
「馬鹿か、お前は!仕事ごときで立て込むほど、僕は無能じゃない!」
「じゃあ、何があるんだよ?」
怪訝な表情を浮かべる俺に対し、ニクスは心底呆れた様子で溜め息を零した。
「────リディアのデビュタントの準備に決まっているだろう、馬鹿が!」
「デビュタント……?あっ、そういやまだだっけ?」
普通の子供より大人びた印象を受けるせいか、デビュタントなんてとっくに終わっているものだと思っていた。
よく考えてみれば、最近洗礼式を終えたばかりだというのに。
『年下という感覚があまりなかった』と思いつつ、俺はおもむろに席を立つ。
「そういうことなら、また今度遊ぼうぜ」
「お前の『今度』がいつのなのか知らんが、リディアのデビュタントを終えるまでは無理だぞ」
「はっ?何でだよ?デビュタントの準備って、せいぜい礼儀作法の確認と衣装の用意くらいだろ?」
ここデスタン帝国のデビュタントは、皇室主催の春のパーティーにて一斉に行われる。
なので、会場の手配や招待客のリストアップをしなくて済む分、楽だと思うんだが……。
『何故、そんなに時間が掛かるんだ?』と首を傾げ、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。
『女の準備は長いの典型か?』と思いつつ、あれこれ考えていると、ニクスが苛立たしげに眉を顰めた。
「チッ……!ちょっと揉めているんだよ……!」
「はっ?何で?」
思わず素で聞き返してしまった俺は、ポカンと口を開けて固まる。
だって、完璧主義のニクスや抜け目のないグレンジャー公爵が居て、トラブルなんて……想像もつかないから。
となると、リディア本人に関することか?
例えば、礼儀作法がめちゃくちゃとか。
まあ、とてもそんな風には見えないけど。今だって、優雅に紅茶を嗜んでいるし。
細かいことは分かんねぇーけど、揉めるほど問題があるとは思えない。
じゃあ、衣装関係か?
リディアのセンスが壊滅的すぎて説得に時間を要してしまい、全体的に準備が遅れているのかもしれない。
と思ったが、それはないな。
だって、ファッションにそこまで興味なさそうだし。
実は魔物の大群と戦った際、衣服が汚れてしまいウチで着替えたんが……その時、リディアの分のドレスだけ直ぐに用意出来なかったんだ。
それで急遽、歳の近い子供を持つ侍女から一時的に貸してもらった。
まあ、大急ぎで街からドレスを調達してきたから着用時間は二時間にも満たないが。
でも、リディアは平民のお古でも気にせず着用していた。
『緊急事態だから我慢しているという様子ではなかった』と思い返し、更に謎を深める。
リディアのことだから、夫人の助言やデザイナーのオススメに素直に応じるだろうと考えて。
『なら、一体何が原因なんだ?』と疑問に思っていると、リディアが不意に口を開く。
「実は────誰をパートナーにするか、で揉めているんです」
困ったように笑いながら、リディアはそう話を切り出した。
「当初はお兄様にパートナーをお願いする予定だったんですが、皇室から手紙が届きまして────デビュタントのパーティーに皇太子殿下のパートナーとして、参加してくれないか?と」
『それで皇室の要請に応じるべきか、悩んでいて……』と零し、リディアは憂いげな表情を浮かべる。
恐らく、皇室とニクスの板挟みになっているのだろう。
普通の貴族なら、大喜びで皇太子のパートナーの件を引き受けるだろうが……リディアはそうもいかない。
ギフト複数持ちの上、あの魔力量だからな……無闇に動けば、権力争いに巻き込まれる。
実際、皇室は────リディアを未来の皇太子妃に、と考えているだろうし。
じゃなきゃ、パートナーの打診なんてしてこねぇーよ。
早くもリディアの将来が決定しそうな事態に、俺は少し……いや、かなり不快感を覚えた。
『何で大人達の思惑に振り回されないといけないんだ』と眉を顰め、悶々とする。
「……なあ、断ることって出来ないのか?」
「出来る」
「えっ?それはいくら公爵家といえど、難しいんじゃ……?」
『皇室の頼みを無下には出来ないって、お母様が……』と零すリディアに、ニクスはチラリと視線を向けた。
かと思えば、月の瞳に見えない闘志を燃やす。
「出来ると言ったら、出来る」
既に何らかの策を思いついているのか、それとも虚勢か……ニクスはとにかく可能だと言い張った。
妙に目が据わっているように見えるのは、俺の気の所為だと思いたい。
こいつ……皇太子を殺してでも、リディアのパートナーの座を守り抜きそうだな。
『シスコンここに極まれり』と心の中で呟き、俺はじっとリディアのことを見つめる。
兄のニクスを宥めようと穏やかな口調で話し掛け、柔らかく微笑む彼女は以前と変わらず優しい。
転移魔法の使用を提案した時も、討伐隊の救助に同行を申し出た時も、そう。
こいつの本質は、いつだって同じ。
たとえ、怖くて震えていても……不安で泣きそうでも、自分より誰かのために行動出来るやつなんだ。
そんなお人好しだから────俺はあの時、突き動かされた。
『行かないでくれ』という兄上の懇願を、退けられた。
自分の意志を貫く覚悟が持てた。
凛と咲く花のように真っ直ぐなリディアから、勇気を貰ったから。
まだ小さいのに必死に家族を守ろうとするリディアの姿を思い出し、俺はフッと笑う。
そして、ほぼ無意識に────
「なら、間を取って俺と出席するか?」
────と、口走っていた。
突然のパートナーの申し出に、リディアやニクスはもちろん……俺自身も戸惑う。
『いや、何言ってんだ!?俺!』と混乱しながら、オロオロと視線をさまよわせた。
「い、いや、ほら……!『パートナーは兄で決まってます』って言っても、きっと皇室は引き下がらないだろ!?だから、他家で尚且つ皇室も無闇に手が出せないクライン公爵家の人間をパートナーにすればいいんじゃないか、と思ってな……!?」
『魔物の件もあるし、きっと一家総出で協力してくれるぜ!?』と、俺は声を上擦らせながら言う。
すると、ニクスは一瞬黙り込むものの……ブンブンと頭を横に振って、立ち上がった。
「却下だ!絶対に許さん!僕以外の男が、リディアの横に立てると思うな!」
「いや、横暴だな!?その場合、結婚はどうすんだよ!?」
「しなくていい!というか、させない!こいつは一生ウチに居ればいいんだ!」
「おまっ……馬鹿かよ!?」
『色々拗らせすぎだろ!?』と叫ぶ俺に、ニクスは青筋を立てる。
『馬鹿』と言われたことが許せないのか、眉間に皺を寄せた。
「お前にとやかく言われる筋合いはない!どうせ、リディアの知人程度で終わる間柄なんだから黙っていろ!」
「いや、それは分かんねぇーだろ!?もしかしたら、俺がリディアの夫に……」
そこまで言って急に恥ずかしくなり、俺は声のトーンを落とす。
「な、なるかもしれねぇーだろ……?未来のことは誰にも分からない訳だし……」
熱を持つ頬を隠すように手を当て、俺はそろりと視線を逸らした。
リディアが今どういう顔をしているのか、確認する勇気が出なくて……まともに目も合わせられない。
いや、でもやっぱり気になる……。
一瞬だけなら、気づかないかな?
激しく脈打つ心臓を宥めつつ、俺はチラリとリディアの方に目を向ける。
────が、彼女の姿はどこにもなかった。
『えっ?消えた?』と混乱する俺を他所に、ニクスが詰め寄ってくる。
「聖職者が何言ってやがる!」
「えっ?あっ、ウチの神殿は基本結婚の自由を認められているんだよ」
困惑のあまりよく分からない回答を口にする俺に対し、ニクスは目を吊り上げる。
「知らん!とにかく、お前の全ては神に捧げろ!」
言外に『結婚なんてするな!』と主張し、ニクスはピンッと立てた人差し指を俺の胸元に突きつけた。
────と、ここでグレンジャー公爵を引き連れたリディアが戻ってくる。
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