お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

ファーストダンス

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「では、この出会いが掛け替えのないものになることを願って────乾杯」

 レーヴェン殿下はワイングラスを軽く持ち上げ、パーティーの開始を宣言した。
すると、皆一斉に『乾杯!』と復唱する。

「それでは、パーティーを楽しんで」

 ワインを一口飲んでからクルリと身を翻し、レーヴェン殿下は玉座に・・・腰を下ろした。
今夜は皇帝陛下も、皇后陛下も席を外しているから。
この場に限り、トップは彼になる。

「リディア、何か食べるか?」

 空になったグラスを侍女に預け、兄はそう尋ねてきた。
『ここのデザートもわりと美味しいぞ』と述べる彼に一つ頷き、私はこの場を離れる。
何故か後ろからリエート卿もついてきたが、気にせずデザートを堪能した。

 コルセットを使わないタイプのドレスにしてもらって、良かった。
そうじゃなきゃ、食べ物を楽しむ余裕なんてなかったから。

 『誕生日パーティーのときは空腹のせいで地味に辛かったのよね』と思い返し、果実水を飲む。
そして、『ふぅ……』と一息ついたところで────オーケストラによる演奏が始まった。
『そろそろ時間かしら?』と考える中、突然周囲がざわめく。

「リディア・ルース・グレンジャー公爵令嬢、私と一曲踊って頂けませんか?」

 人混みを掻き分け、私の前に現れたレーヴェン殿下はそっと手を差し出した。
アメジストの瞳を細めて笑う彼の前で、兄は不機嫌になる。
リエート卿も、ちょっと微妙な反応を示した。

「チッ……!もうファーストダンスの時間か。リディア、早く帰ってこいよ」

「レーヴェン殿下、リディアのことよろしくお願いします」

「ああ。ちょっとお借りするね」

 兄の怒りもリエート卿の牽制も軽く受け流し、レーヴェン殿下はニッコリと微笑む。
『さあ、行こう』と促す彼にコクリと頷き、私は手を重ねた。
すると、直ぐに会場の中央へ連れていかれる。

 あっ、そっか。
相手は皇太子だから、一番目立つところで踊らないといけないのね。

 周囲から突き刺さる視線を前に、私は『ステップを間違えないようにしなきゃ』と緊張する。
リディアの優れた身体能力と兄の特訓のおかげでワルツをほぼ完璧にマスターしたとはいえ、気は抜けない。
『どう取り繕っても、中身は庶民だからね』と思いつつ、レーヴェン殿下と向かい合って一礼する。
サラリと揺れる紫髪を他所に、私は一歩踏み出した。
レーヴェン殿下のリードに導かれるまま手足を動かし、笑顔を心掛ける。

 出だしは好調ね。ほぼ練習通りに踊れていると思うわ。

 『お兄様が夜遅くまで練習に付き合ってくれたおかげね』と目を細め、私はクルリと一回転した。
と同時に、グイッと腰を引き寄せられる。
そうなると、当然レーヴェン殿下との距離が縮まる訳で……互いの吐息を感じられるほど、近づいてしまった。
『あれ?このステップって、こんな感じだったっけ?』と考える中、レーヴェン殿下が口を開く。

「ねぇ、君もギフト複数持ちなんだよね?」

「えっ?あっ、はい」

 『念のための確認』といった意味合いで尋ねてきたレーヴェン殿下に、私は首を縦に振った。
すると、彼はアメジストの瞳をスッと細める。

「じゃあ、そのギフトを使ってやりたい事はあるかい?」

 ギフトの内容を探るためか、それとも単純に興味を持ったのか……レーヴェン殿下はそう尋ねてきた。
どことなく違和感のある質問にパチパチと瞬きを繰り返していると、彼が言葉を付け足す。

「そんなに難しく、考えなくていいよ。君の夢や野望を答えてくれればいい」

「夢や野望……」

 二度目の人生でも今も前世でも昔も目の前のことに精一杯で将来のことなど一切考えてなかった。
グレンジャー公爵家の面々と和解する前までは、『ここを出ていこう』と決意していたが……それだって、具体的な人生プランがあった訳じゃなかったし。
だから、やりたいことなんて────

「────特にありませんわね」

 困ったように眉尻を下げながら、私は率直に答えた。
なんとも面白味のない回答だが、これが私の正直な気持ちなのだからしょうがない。
などと考える私の前で、レーヴェン殿下は僅かに目を見開いた。

「えっ?ないの?」

「はい」

「本当に?」

「はい」

「有名人になりたいとか、誰よりも強くなりたいとかそういう願望も?」

「ありませんわね」

 リディアに憑依したのが好奇心旺盛な男の子なら、そういう願望を抱いていたかもしれないけど……私は一切興味ない。
ただ、大切な家族や友人と仲良く過ごしたいだけ。

「あっ、でも────」

 そこで一度言葉を切った私は、ふと頭に思い浮かんだ願い……というか、想いを口にする。

「────手の届く範囲に困っている人が居て、私の力でどうにか出来ることなら力になりたいとは思います」

 夢や野望とも言えぬ考えを、ギフトの使い道を語り、私はアメジストの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
クライン公爵家の一件を通して、私は痛感した。
自分に英雄の真似事は無理だ、と。
どんなに凄い力を持っていても、私はただの凡人で……凄く未熟。
あの時だって、兄やリエート卿が居なければ何も出来なかった。
でも、だからこそ────自分に出来ることを精一杯やりたい、と思ったんだ。
誰かの役に立ちたいから。

 人に助けられてばかりだった前世を思い出し、『今度は私が』と意気込む。
傍から見れば、とてもちっぽけな願いだろう。
『そんなの当たり前だ』と言う人も、居るかもしれない。
でも、私にとっては掛け替えのないことなのだ。
やりたくても出来なかった過去を思い返し、スッと目を細める中、レーヴェン殿下が小首を傾げる。

「周囲に感謝されたり、崇められたりしたいってこと?」

「それはちょっと違いますね。私はただ、喜んでいる姿を見たいだけです。もちろん、感謝されたり尊敬されたりしたら嬉しいですけど」

 『それが目的ではない』と語る私に、レーヴェン殿下は呆気に取られた。
かと思えば、まじまじとこちらを見つめて仕草や反応を確認する。
そして、『嘘じゃない』と確信すると────思い切り吹き出した。

「ふっ、ふふふっ……君、よくお人好しって言われない?」

「いえ、そんなことは……」

 ────ありません。

 と続ける筈だった言葉は、ふと脳裏に思い浮かんだ兄とリエート卿によって掻き消される。
『そういえば、二人とも私のこと……』と考え、咄嗟に返答を変えた。

「ある、かもしれませんわね……」

「ふふふっ。やっぱり。皇太子妃には向かないタイプだね。でも────」

 楽しげに笑うレーヴェン殿下は、またもや私の腰をそっと抱き寄せる。

「────個人的には好きかな、君みたいな子。放っておけなくて、ついつい構いたくなっちゃう」
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