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第一章
大団円
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◇◆◇◆
────例の事件から、ちょうど三週間後の今日。
私はレーヴェン殿下より、呼び出しを受けた。
「急に集まってもらって、悪いね」
そう言って、レーヴェン殿下は申し訳なさそうに肩を竦める。
奥に設置された黒板の前に立ち、こちらを見下ろす彼は両手を後ろで組んだ。
畏まったように背筋を伸ばす彼の前で、私はふと周囲を見回す。
人目を避けるという意味合いで選んだだろう生徒会室には、役員である兄やリエート卿の他にルーシーさんの姿もある。
なので、要件は容易に想像出来た。
「────当事者である君達には、早めにモリス令息達の処遇を伝えるべきだと思って、今日集まってもらったんだ」
ここへ呼び出した理由を明かすレーヴェン殿下に、私は『やっぱり』と納得した。
だって、例の事件に関わったメンバーが見事に勢揃いだったから。
長テーブルに沿う形で椅子に腰掛けるメンバーを見つめ、私は少しばかり不安になる。
お兄様やリエート卿はさておき……一番の被害者であるルーシーさんは大丈夫かしら?
まだあの事件の話を出来るような精神状態じゃないのでは?
トラウマになっている可能性を考え、私は会話を中断させるべきか迷った。
兄やリエート卿もルーシーさんの心身を気遣っているのか、チラチラと反応を窺う。
すると、我々の懸念を察したかのようにルーシーさんが小さく相槌を打った。
『続けてください』とでも言うように。
「じゃあ、早速報告していくね。まずはモリス令息……いや、モリス一家から」
敢えて呼び名を改めたレーヴェン殿下に、私達は目を剥く。
でも、直ぐに理解した。
本件に家族も加担していたのだ、と。
だって、そうじゃなければまとめて報告なんてされないだろうから。
「こちらは爵位剥奪の上、無期懲役。財産は全て没収。神殿からは破門扱いになっている。また、ルーシー嬢には別途慰謝料が支払われる予定だ」
私情が入らぬよう淡々とした口調で処遇を語り、レーヴェン殿下は一歩前へ出た。
「実行犯の男は終身刑。一応、死刑にする話も出たけど、神殿……それも聖女候補絡みで、誰かの血を流すのは不味いと判断した」
『先を考えると、ここが落とし所だ』と言い、レーヴェン殿下は真っ直ぐに前を……いや、ルーシーさんを見つめる。
その眼差しは優しげだが、どこか凛としていた。
「この処罰に不満はあるかい?」
『納得いかないなら、多少考慮する』と述べるレーヴェン殿下に、ルーシーさんは僅かに目を見開く。
決定事項として伝えられた筈なのに、今更変更なんてしていいのかと驚いているようだ。
「えっと……ありません。犯人達がもう二度と私の前に現れなければ、それで充分です」
『とにかく、関わりたくないので』と主張し、ルーシーさんは賛同の意を示す。
『分かった』と答えるレーヴェン殿下に一つ頷き、彼女は席を立った。
『もう退室するのか?』と考える私達を前に、彼女は一度深呼吸する。
そして、深々と……本当に深々と頭を下げた。
「皆、改めて────助けに来てくれて、ありがとうございました。正直、もうダメだって思ってて……だから、凄く嬉しかった」
若干涙声になりながらも、ルーシーさんは感謝の意を述べる。
「事件の経緯についても、私に配慮してくれて……本当に感謝しています。女性としての尊厳を失わずに済みました」
『傷物』というレッテルを貼られずに済んだことに、ルーシーさんは心底安堵しているようだった。
『本当にありがとうございます』と何度も言う彼女の前で、私達は顔を見合わせる。
頑張った甲斐があった、と思いながら。
皇室や神殿とも話し合い、ルーシーさんを襲った理由は単なる逆恨みとして処理した。
結婚云々の話は我々関係者と極一部の大人しか、知らない。
そういう風に事実を隠蔽出来たのも、リエート卿とレーヴェン殿下の説得、そして────お兄様の機転のおかげ。
学園へ戻る前にルーシーさんの傷を治療するよう、指示したのはお兄様だからね。
まあ、実際に治療したのはルーシーさん自身だけど。
なんでも、『光の乙女』の能力の一つに治癒があるらしい。
と、それはさておき……暴力を振るわれた事実をひた隠しにすることで、周囲の印象を塗り替えた。
ルーシーさんは攫われる寸前……荷馬車に乗せられそうになっている時に助けられた、と。
無論、他にも手を打った上でこういう結果に落ち着いた訳だけど。
でも、『論より証拠』という言葉があるように無傷で帰ってきた彼女を周りに見せなければ、ここまでスムーズに事は運ばなかっただろう。
『他の人に見られる前に隠蔽工作して良かった』と考える中、兄が眉間に皺を寄せる。
「礼はいらん。そもそも、お前を守れなかった僕の落ち度だ」
「それを言うなら、俺だって……!」
『事の発端は俺のワガママだし!』と言い、リエート卿は勢いよく席を立った。
過去の行いを悔やんでいるのか、クシャリと顔を歪める。
すると、レーヴェン殿下が困ったように眉尻を下げた。
「まあまあ、今回の失態は次回へ活かせばいい。一番の被害者であるルーシー嬢が君達を責めていないのだから、あまり気に病まない方がいいよ」
『逆に彼女の負担になる』と言って、レーヴェン殿下は二人を宥める。
『責任感が強いのはいいことだけどね』と述べる彼を他所に、私はルーシーさんへ向き直った。
「とにかく、ご無事で何よりです」
「う、うん……おかげさまで。ありがとね」
おずおずと顔を上げたルーシーさんは、照れながらお礼を言う。
涙で潤んだ瞳をこちらに向けつつ、チョンチョンと人差し指同士をくっつけた。
人見知りの子供のような反応に、私はついつい笑みを零す。
「いえいえ。友達を助けるのは当然のことですので、どうかお気になさらず」
胸の前で手を振り『お礼なんていい』と答えると、ルーシーさんは面食らった。
目に滲んでいた涙は奥へ引っ込み、ズザザザザと後ろに仰け反る。
「と、友達……!?誰と誰が!?」
「私とルーシーさんですが……違いましたか?」
頬に手を添えコテリと首を傾げる私に、ルーシーさんは目を真ん丸にした。
「ち、ちちちちちちち、違うに決まっているでしょ!だって、私達ヒロインと悪役令嬢なんだよ!?なのに、友達なんてそんなの……!」
「嫌、ですか……?」
ルーシーさんの凄まじい拒絶反応に落ち込み、私はシュンと肩を落とす。
『仲良くなれると思ったんだけどな……』と嘆いていると、ルーシーさんが慌て出した。
居ても立ってもいられない様子でこちらに駆け寄ってきて、彼女は忙しなく手足を動かす。
「えっ?い、いや……そういう訳じゃない、けど……その……まあ、えっと────」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぎ、ルーシーさんは視線をさまよわせた。
かと思えば、何かを決心したかのようにこちらを見据える。
興奮のせいか、羞恥のせいか耳まで真っ赤にしつつ、顔を覗き込んできた。
「────ゆ、友情エンドの悪役令嬢ルートも悪くない……かな」
「まあ!本当ですか!」
パンッと手を叩いて目を輝かせる私は、思わず立ち上がってしまった。
『嬉しいです!』と言ってルーシーさんの手を握り、軽く上下に振る。
────と、ここで完全に蚊帳の外状態だった男性陣が声を上げた。
「おい!待て、そこ!勝手にリディアと盛り上がるな!」
「そうだ、そうだ!除け者扱いなんて、寂しいぞ!」
「とりあえず、アクヤクレイジョーの意味を教えてもらってもいいかい?」
兄、リエート卿、レーヴェン殿下は『自分達も仲間に入れろ』と詰め寄ってくる。
───が、前世の話なんて出来る筈もなく……戸惑っていると、ルーシーさんが急に抱きついてきた。
驚いて固まる私を他所に、彼女は赤面したまま男性陣を見据える。
「それは────私とリディアの秘密です!」
『詮索厳禁!』と言い渡すルーシーさんに、男性陣は目を剥いた。
かと思えば、『なんだと!?』と騒ぎ始める。
今にも尋問を開始しそうな彼らの前で、私は頬を緩めた。
二人だけの秘密というのが、なんだか凄く嬉しくて。
『仲良しの証みたい』と思いながら、私はルーシーさんを抱き締め返す。
「ふふふっ。はい、秘密です」
人差し指を唇に押し当て、私は悪戯っぽく微笑んだ。
-------------------‐-------------------‐------
いつも、『お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて、第一章完結となります。
ストックも綺麗になくなってしまったため、休載に入ります。
再開時期は未定です。
(未来の自分がどうにかしてくれることを信じて、共に待ちましょう……!)
そして、なかなか言うタイミングがなかったので、この場をお借りして言わせてください。
いつもお気に入り登録・感想・エール(?)など、ありがとうございます!
励みになります!
今後とも、『お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない』をよろしくお願いいたします┏○ペコッ
────例の事件から、ちょうど三週間後の今日。
私はレーヴェン殿下より、呼び出しを受けた。
「急に集まってもらって、悪いね」
そう言って、レーヴェン殿下は申し訳なさそうに肩を竦める。
奥に設置された黒板の前に立ち、こちらを見下ろす彼は両手を後ろで組んだ。
畏まったように背筋を伸ばす彼の前で、私はふと周囲を見回す。
人目を避けるという意味合いで選んだだろう生徒会室には、役員である兄やリエート卿の他にルーシーさんの姿もある。
なので、要件は容易に想像出来た。
「────当事者である君達には、早めにモリス令息達の処遇を伝えるべきだと思って、今日集まってもらったんだ」
ここへ呼び出した理由を明かすレーヴェン殿下に、私は『やっぱり』と納得した。
だって、例の事件に関わったメンバーが見事に勢揃いだったから。
長テーブルに沿う形で椅子に腰掛けるメンバーを見つめ、私は少しばかり不安になる。
お兄様やリエート卿はさておき……一番の被害者であるルーシーさんは大丈夫かしら?
まだあの事件の話を出来るような精神状態じゃないのでは?
トラウマになっている可能性を考え、私は会話を中断させるべきか迷った。
兄やリエート卿もルーシーさんの心身を気遣っているのか、チラチラと反応を窺う。
すると、我々の懸念を察したかのようにルーシーさんが小さく相槌を打った。
『続けてください』とでも言うように。
「じゃあ、早速報告していくね。まずはモリス令息……いや、モリス一家から」
敢えて呼び名を改めたレーヴェン殿下に、私達は目を剥く。
でも、直ぐに理解した。
本件に家族も加担していたのだ、と。
だって、そうじゃなければまとめて報告なんてされないだろうから。
「こちらは爵位剥奪の上、無期懲役。財産は全て没収。神殿からは破門扱いになっている。また、ルーシー嬢には別途慰謝料が支払われる予定だ」
私情が入らぬよう淡々とした口調で処遇を語り、レーヴェン殿下は一歩前へ出た。
「実行犯の男は終身刑。一応、死刑にする話も出たけど、神殿……それも聖女候補絡みで、誰かの血を流すのは不味いと判断した」
『先を考えると、ここが落とし所だ』と言い、レーヴェン殿下は真っ直ぐに前を……いや、ルーシーさんを見つめる。
その眼差しは優しげだが、どこか凛としていた。
「この処罰に不満はあるかい?」
『納得いかないなら、多少考慮する』と述べるレーヴェン殿下に、ルーシーさんは僅かに目を見開く。
決定事項として伝えられた筈なのに、今更変更なんてしていいのかと驚いているようだ。
「えっと……ありません。犯人達がもう二度と私の前に現れなければ、それで充分です」
『とにかく、関わりたくないので』と主張し、ルーシーさんは賛同の意を示す。
『分かった』と答えるレーヴェン殿下に一つ頷き、彼女は席を立った。
『もう退室するのか?』と考える私達を前に、彼女は一度深呼吸する。
そして、深々と……本当に深々と頭を下げた。
「皆、改めて────助けに来てくれて、ありがとうございました。正直、もうダメだって思ってて……だから、凄く嬉しかった」
若干涙声になりながらも、ルーシーさんは感謝の意を述べる。
「事件の経緯についても、私に配慮してくれて……本当に感謝しています。女性としての尊厳を失わずに済みました」
『傷物』というレッテルを貼られずに済んだことに、ルーシーさんは心底安堵しているようだった。
『本当にありがとうございます』と何度も言う彼女の前で、私達は顔を見合わせる。
頑張った甲斐があった、と思いながら。
皇室や神殿とも話し合い、ルーシーさんを襲った理由は単なる逆恨みとして処理した。
結婚云々の話は我々関係者と極一部の大人しか、知らない。
そういう風に事実を隠蔽出来たのも、リエート卿とレーヴェン殿下の説得、そして────お兄様の機転のおかげ。
学園へ戻る前にルーシーさんの傷を治療するよう、指示したのはお兄様だからね。
まあ、実際に治療したのはルーシーさん自身だけど。
なんでも、『光の乙女』の能力の一つに治癒があるらしい。
と、それはさておき……暴力を振るわれた事実をひた隠しにすることで、周囲の印象を塗り替えた。
ルーシーさんは攫われる寸前……荷馬車に乗せられそうになっている時に助けられた、と。
無論、他にも手を打った上でこういう結果に落ち着いた訳だけど。
でも、『論より証拠』という言葉があるように無傷で帰ってきた彼女を周りに見せなければ、ここまでスムーズに事は運ばなかっただろう。
『他の人に見られる前に隠蔽工作して良かった』と考える中、兄が眉間に皺を寄せる。
「礼はいらん。そもそも、お前を守れなかった僕の落ち度だ」
「それを言うなら、俺だって……!」
『事の発端は俺のワガママだし!』と言い、リエート卿は勢いよく席を立った。
過去の行いを悔やんでいるのか、クシャリと顔を歪める。
すると、レーヴェン殿下が困ったように眉尻を下げた。
「まあまあ、今回の失態は次回へ活かせばいい。一番の被害者であるルーシー嬢が君達を責めていないのだから、あまり気に病まない方がいいよ」
『逆に彼女の負担になる』と言って、レーヴェン殿下は二人を宥める。
『責任感が強いのはいいことだけどね』と述べる彼を他所に、私はルーシーさんへ向き直った。
「とにかく、ご無事で何よりです」
「う、うん……おかげさまで。ありがとね」
おずおずと顔を上げたルーシーさんは、照れながらお礼を言う。
涙で潤んだ瞳をこちらに向けつつ、チョンチョンと人差し指同士をくっつけた。
人見知りの子供のような反応に、私はついつい笑みを零す。
「いえいえ。友達を助けるのは当然のことですので、どうかお気になさらず」
胸の前で手を振り『お礼なんていい』と答えると、ルーシーさんは面食らった。
目に滲んでいた涙は奥へ引っ込み、ズザザザザと後ろに仰け反る。
「と、友達……!?誰と誰が!?」
「私とルーシーさんですが……違いましたか?」
頬に手を添えコテリと首を傾げる私に、ルーシーさんは目を真ん丸にした。
「ち、ちちちちちちち、違うに決まっているでしょ!だって、私達ヒロインと悪役令嬢なんだよ!?なのに、友達なんてそんなの……!」
「嫌、ですか……?」
ルーシーさんの凄まじい拒絶反応に落ち込み、私はシュンと肩を落とす。
『仲良くなれると思ったんだけどな……』と嘆いていると、ルーシーさんが慌て出した。
居ても立ってもいられない様子でこちらに駆け寄ってきて、彼女は忙しなく手足を動かす。
「えっ?い、いや……そういう訳じゃない、けど……その……まあ、えっと────」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぎ、ルーシーさんは視線をさまよわせた。
かと思えば、何かを決心したかのようにこちらを見据える。
興奮のせいか、羞恥のせいか耳まで真っ赤にしつつ、顔を覗き込んできた。
「────ゆ、友情エンドの悪役令嬢ルートも悪くない……かな」
「まあ!本当ですか!」
パンッと手を叩いて目を輝かせる私は、思わず立ち上がってしまった。
『嬉しいです!』と言ってルーシーさんの手を握り、軽く上下に振る。
────と、ここで完全に蚊帳の外状態だった男性陣が声を上げた。
「おい!待て、そこ!勝手にリディアと盛り上がるな!」
「そうだ、そうだ!除け者扱いなんて、寂しいぞ!」
「とりあえず、アクヤクレイジョーの意味を教えてもらってもいいかい?」
兄、リエート卿、レーヴェン殿下は『自分達も仲間に入れろ』と詰め寄ってくる。
───が、前世の話なんて出来る筈もなく……戸惑っていると、ルーシーさんが急に抱きついてきた。
驚いて固まる私を他所に、彼女は赤面したまま男性陣を見据える。
「それは────私とリディアの秘密です!」
『詮索厳禁!』と言い渡すルーシーさんに、男性陣は目を剥いた。
かと思えば、『なんだと!?』と騒ぎ始める。
今にも尋問を開始しそうな彼らの前で、私は頬を緩めた。
二人だけの秘密というのが、なんだか凄く嬉しくて。
『仲良しの証みたい』と思いながら、私はルーシーさんを抱き締め返す。
「ふふふっ。はい、秘密です」
人差し指を唇に押し当て、私は悪戯っぽく微笑んだ。
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いつも、『お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない』をお読みいただき、ありがとうございます。
作者のあーもんどです。
本作はこれにて、第一章完結となります。
ストックも綺麗になくなってしまったため、休載に入ります。
再開時期は未定です。
(未来の自分がどうにかしてくれることを信じて、共に待ちましょう……!)
そして、なかなか言うタイミングがなかったので、この場をお借りして言わせてください。
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