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第二章
究極の選択
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「さて、そろそろチェックメイトだな」
大人達の反応を見て、兄は唇の片端をつり上げる。
もうすぐ折れることを確信している彼の前で、ノクターン皇帝陛下や父は苦悶していた。
未来予知の通りにするか、リスクを承知で予知に背くか。
これはきっと、凄く難しい問題だろう。
比喩表現でも何でもなく世界の命運が懸かっているため、いい加減な決断を下すことは出来ない。
誤った選択をした時の責任は、計り知れないから。
『どうする?』と視線だけで問い掛け合う大人達を前に、ルーシーさんはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「皆さんの気持ちは分かります。死地に子供を追いやるような真似、したくないでしょう。ただ、私だって……私達だって、何も考えずに事へ当たる訳ではありません」
『今すぐ魔王に戦いを挑む訳じゃない』と主張し、ルーシーさんは桜色の瞳に強い意志を宿す。
「まず────少しでも勝率を上げるため、魔王の配下たる四天王を先に討ちます。本来であれば魔王戦の直前に戦う予定ですが、わざわざ連戦というリスクを背負う必要はありません。何より、今なら楽に四天王を討てます」
『まだ完全に成長し切っていない筈なので』と補足しつつ、ルーシーさんはグルリと周囲を見回した。
「また、魔王の討伐に必要なアイテムを各地から集め、装備を万全にしてから最終決戦に挑む予定です。そして、これらの準備には────皆さんにも協力して頂きたく、存じます。中には我々が直接出向かなければならないものもありますが、大半は私達以外の人でも問題ありませんから。体力温存という意味でも、リスク回避という意味でも人手が欲しいのです」
上から高圧的に出るのではなく、敢えて下手に……皆の力が必要だということを前面に出す。
これも兄やレーヴェン殿下の入れ知恵なのかは分からないが、ルーシーさんの本心ではあると思う。
誰よりも魔王の討伐を真剣に考え、恐れ、備えてきたのは間違いなく彼女だから。
「なので、どうか皆さん────まだ未熟で、幼い私達を助けてください」
『お願いします』と言って頭を下げ、ルーシーさんは話を締め括った。
『これで無理なら、地道に説得していくしかない』と思案する中、大人達はようやく態度を軟化させる。
きっと、子供にここまで言われてしまったら断れないのだろう。
「……分かった。ルーシー嬢の意見を支持しよう」
先陣を切るノクターン皇帝陛下に、私の父やクライン公爵も続く。
他の貴族や神殿関係者も次々と賛成の意を示し、魔王の討伐はルーシーさんの未来予知をもとに行うこととなった。
もちろん、詳細はよく話し合ってから決めることになるが。
とにかく、最大の山場は越えたとみていいだろう。
良かった、無事に和解……というか、分かり合えて。
だって、同じ志を持つ仲間なのにいがみ合っていたら悲しいもの。
何より、皆が心を一つにしないと魔王には勝てないと思う。
『足並みバラバラで勝てる相手じゃない』と警戒心を抱き、私は気を引き締める。
────と、ここで今日の会議は終了となった。
とりあえず今後の方針は定められたため、各々考えを整理する時間が必要だと判断したのだろう。
ノクターン皇帝陛下の解散宣言を受けて退室していく大人達を前に、私は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
どうにも気疲れしてしまって。
見ているだけでもこんなにハラハラドキドキしたんだから、実際に交渉を行っていたルーシーさんはその比じゃないでしょうね。
お父様やクライン公爵をはじめ、大人達に結構厳しい言葉を投げ掛けられていたし。
終始毅然とした態度を貫いていたけど……心配だわ。
『落ち込んでいないかしら?』とルーシーさんの精神面を気に掛ける中、父が席を立つ。
帰宅するのかと思い、私や兄も立ち上がったが────父の向かった先は出口じゃなく、ルーシーさんのところだった。
「聖女候補殿、不遜な振る舞いを……大人気ない振る舞いをしてしまい、申し訳なかった」
『心より謝罪する』と言って、父は深々と頭を下げる。
すると、この場に残っていたクライン公爵やノクターン皇帝陛下も重い腰を上げた。
「我々としたことが、冷静さを欠いていたようだ。子供に八つ当たりなんて、情けない限りだ……本当にすまない」
「私からも謝罪しよう。今日の会議は少々ルーシー嬢に当たりが強かった」
『上に立つ者として、周囲を諌めるべきだった』と反省の弁を述べ、ノクターン皇帝陛下も謝る。
デスタン帝国の中枢を担う者達による謝罪合戦に、ルーシーさんは目を剥いた。
私と同じく庶民感覚が抜けていないのか、大人達の旋毛を見て固まる。
が、何とか平静を保った。
『す、凄い……!』と感激する私を他所に、ルーシーさんは大人達に顔を上げるよう促す。
「いえ、そんな……皆さんのお気持ちはよく分かりますから、どうかお気になさらず。私もちょっとムキになってしまいましたし……なので、お互い今回のことは水に流しましょう」
『それでは、次回の会議もよろしくお願いします』と言って、ルーシーさんは頭を下げた。
かと思えば、直ぐさま退散する。
きっと、この空気が居た堪れなかったのだろう。
『その気持ち、凄く分かる』と共感を示す中、父はふと扉の方を向いた。
「聖女候補殿は、広い心を持っておられるのだな」
「はい、とっても優しいんですよ。学園でも困った時は助けてくれて、本当に頼りになります」
ニコニコ笑いながらルーシーさんのことを話す私に、父は目を細める。
そして、嬉しそうな……でも、どこか寂しそうな笑みを浮かべ、『良い友人を持ったな』と述べた。
◇◆◇◆
────最初の会議から、早一ヶ月。
私達は学校や仕事も休んで毎日のように議論を繰り広げ、何とか結論を出すことが出来た。
と言っても、役割分担が決まっただけで細かいことを詰めるのはまだ先。
ただ、あのような大きな会議を開くことは当分ないだろう。
これからは役割分担で一緒になった人達というか、グループで話し合っていく予定だ。
さすがに何ヶ月も皇城の一室に籠って、会議する訳にはいかないからね。
私達子供はさておき、大人達には仕事だってあるもの。
魔王を倒すことはもちろん大事だけれど、領民の生活を支えるのも同じくらい重要だわ。
『疎かに出来ない』と考えつつ、私は正面へ視線を向ける。
すると、そこにはルーシーさんの姿が。
黒板をバックに生徒会室を見回す彼女は、コホンッと一回咳払いした。
「それじゃあ、改めて会議のおさらいをして行きます」
そう前置きしてから、ルーシーさんは本題へ入る。
「私達に割り当てられた役割は、魔王の討伐と────学園関係のイベント……じゃなくて、アイテム収集や四天王の撃破。数はそこまで多くないけど、どれも重要だから気を引き締めていきましょう」
長テーブルに沿う形で着席する私達を見下ろし、ルーシーさんはグッと手を握る。
それに合わせて、リエート卿が『おう!』と声を張り上げた。
やる気満々の彼を前に、ルーシーさんは楽しげに笑う。
「えっと、アイテムの方は時期も関係しているから一旦置いておきます。今すぐ、どうこう出来るものじゃないので」
「分かった」
ルーシーさんの決定に、一番気難しい筈の兄が了承の意を示した。
普段であれば、『何故だ?理由を言え』と問い質しているところなのに。
予め未来予知の詳細を聞いているとはいえ、ここまですんなり納得するのは珍しい。
先日ルーシーさんの未来予知で、失われたアイテムを手に入れたからかしら?
真っ先にアイテム収集へ出掛けていったクライン公爵家を思い浮かべ、私は苦笑する。
だって、実にあっさり成果を出してきたから。
リエート卿経由で聞いた話によると、本当に全部ルーシーさんの予言通りだったとのこと。
なので、トントン拍子に事を進められたらしい。
そのため、兄はルーシーさんに一目置いているのかもしれない。
少なくとも、インチキとは思っていないだろう。
「それじゃあ、先に四天王を討つのかい?」
レーヴェン殿下は長テーブルに両肘を突き、少し身を乗り出した。
小首を傾げる彼の前で、ルーシーさんはコクリと頷く。
「はい、そうなります。でも、詳細をお話しする前に改めて四天王について説明しますね」
大人達の反応を見て、兄は唇の片端をつり上げる。
もうすぐ折れることを確信している彼の前で、ノクターン皇帝陛下や父は苦悶していた。
未来予知の通りにするか、リスクを承知で予知に背くか。
これはきっと、凄く難しい問題だろう。
比喩表現でも何でもなく世界の命運が懸かっているため、いい加減な決断を下すことは出来ない。
誤った選択をした時の責任は、計り知れないから。
『どうする?』と視線だけで問い掛け合う大人達を前に、ルーシーさんはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「皆さんの気持ちは分かります。死地に子供を追いやるような真似、したくないでしょう。ただ、私だって……私達だって、何も考えずに事へ当たる訳ではありません」
『今すぐ魔王に戦いを挑む訳じゃない』と主張し、ルーシーさんは桜色の瞳に強い意志を宿す。
「まず────少しでも勝率を上げるため、魔王の配下たる四天王を先に討ちます。本来であれば魔王戦の直前に戦う予定ですが、わざわざ連戦というリスクを背負う必要はありません。何より、今なら楽に四天王を討てます」
『まだ完全に成長し切っていない筈なので』と補足しつつ、ルーシーさんはグルリと周囲を見回した。
「また、魔王の討伐に必要なアイテムを各地から集め、装備を万全にしてから最終決戦に挑む予定です。そして、これらの準備には────皆さんにも協力して頂きたく、存じます。中には我々が直接出向かなければならないものもありますが、大半は私達以外の人でも問題ありませんから。体力温存という意味でも、リスク回避という意味でも人手が欲しいのです」
上から高圧的に出るのではなく、敢えて下手に……皆の力が必要だということを前面に出す。
これも兄やレーヴェン殿下の入れ知恵なのかは分からないが、ルーシーさんの本心ではあると思う。
誰よりも魔王の討伐を真剣に考え、恐れ、備えてきたのは間違いなく彼女だから。
「なので、どうか皆さん────まだ未熟で、幼い私達を助けてください」
『お願いします』と言って頭を下げ、ルーシーさんは話を締め括った。
『これで無理なら、地道に説得していくしかない』と思案する中、大人達はようやく態度を軟化させる。
きっと、子供にここまで言われてしまったら断れないのだろう。
「……分かった。ルーシー嬢の意見を支持しよう」
先陣を切るノクターン皇帝陛下に、私の父やクライン公爵も続く。
他の貴族や神殿関係者も次々と賛成の意を示し、魔王の討伐はルーシーさんの未来予知をもとに行うこととなった。
もちろん、詳細はよく話し合ってから決めることになるが。
とにかく、最大の山場は越えたとみていいだろう。
良かった、無事に和解……というか、分かり合えて。
だって、同じ志を持つ仲間なのにいがみ合っていたら悲しいもの。
何より、皆が心を一つにしないと魔王には勝てないと思う。
『足並みバラバラで勝てる相手じゃない』と警戒心を抱き、私は気を引き締める。
────と、ここで今日の会議は終了となった。
とりあえず今後の方針は定められたため、各々考えを整理する時間が必要だと判断したのだろう。
ノクターン皇帝陛下の解散宣言を受けて退室していく大人達を前に、私は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
どうにも気疲れしてしまって。
見ているだけでもこんなにハラハラドキドキしたんだから、実際に交渉を行っていたルーシーさんはその比じゃないでしょうね。
お父様やクライン公爵をはじめ、大人達に結構厳しい言葉を投げ掛けられていたし。
終始毅然とした態度を貫いていたけど……心配だわ。
『落ち込んでいないかしら?』とルーシーさんの精神面を気に掛ける中、父が席を立つ。
帰宅するのかと思い、私や兄も立ち上がったが────父の向かった先は出口じゃなく、ルーシーさんのところだった。
「聖女候補殿、不遜な振る舞いを……大人気ない振る舞いをしてしまい、申し訳なかった」
『心より謝罪する』と言って、父は深々と頭を下げる。
すると、この場に残っていたクライン公爵やノクターン皇帝陛下も重い腰を上げた。
「我々としたことが、冷静さを欠いていたようだ。子供に八つ当たりなんて、情けない限りだ……本当にすまない」
「私からも謝罪しよう。今日の会議は少々ルーシー嬢に当たりが強かった」
『上に立つ者として、周囲を諌めるべきだった』と反省の弁を述べ、ノクターン皇帝陛下も謝る。
デスタン帝国の中枢を担う者達による謝罪合戦に、ルーシーさんは目を剥いた。
私と同じく庶民感覚が抜けていないのか、大人達の旋毛を見て固まる。
が、何とか平静を保った。
『す、凄い……!』と感激する私を他所に、ルーシーさんは大人達に顔を上げるよう促す。
「いえ、そんな……皆さんのお気持ちはよく分かりますから、どうかお気になさらず。私もちょっとムキになってしまいましたし……なので、お互い今回のことは水に流しましょう」
『それでは、次回の会議もよろしくお願いします』と言って、ルーシーさんは頭を下げた。
かと思えば、直ぐさま退散する。
きっと、この空気が居た堪れなかったのだろう。
『その気持ち、凄く分かる』と共感を示す中、父はふと扉の方を向いた。
「聖女候補殿は、広い心を持っておられるのだな」
「はい、とっても優しいんですよ。学園でも困った時は助けてくれて、本当に頼りになります」
ニコニコ笑いながらルーシーさんのことを話す私に、父は目を細める。
そして、嬉しそうな……でも、どこか寂しそうな笑みを浮かべ、『良い友人を持ったな』と述べた。
◇◆◇◆
────最初の会議から、早一ヶ月。
私達は学校や仕事も休んで毎日のように議論を繰り広げ、何とか結論を出すことが出来た。
と言っても、役割分担が決まっただけで細かいことを詰めるのはまだ先。
ただ、あのような大きな会議を開くことは当分ないだろう。
これからは役割分担で一緒になった人達というか、グループで話し合っていく予定だ。
さすがに何ヶ月も皇城の一室に籠って、会議する訳にはいかないからね。
私達子供はさておき、大人達には仕事だってあるもの。
魔王を倒すことはもちろん大事だけれど、領民の生活を支えるのも同じくらい重要だわ。
『疎かに出来ない』と考えつつ、私は正面へ視線を向ける。
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それに合わせて、リエート卿が『おう!』と声を張り上げた。
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「えっと、アイテムの方は時期も関係しているから一旦置いておきます。今すぐ、どうこう出来るものじゃないので」
「分かった」
ルーシーさんの決定に、一番気難しい筈の兄が了承の意を示した。
普段であれば、『何故だ?理由を言え』と問い質しているところなのに。
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だって、実にあっさり成果を出してきたから。
リエート卿経由で聞いた話によると、本当に全部ルーシーさんの予言通りだったとのこと。
なので、トントン拍子に事を進められたらしい。
そのため、兄はルーシーさんに一目置いているのかもしれない。
少なくとも、インチキとは思っていないだろう。
「それじゃあ、先に四天王を討つのかい?」
レーヴェン殿下は長テーブルに両肘を突き、少し身を乗り出した。
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