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第二章
フラグを折る天才
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「はい、そうなります。でも、詳細をお話しする前に改めて四天王について説明しますね」
そう言って、ルーシーさんは一本指を立てた。
「四天王とは────魔王の持つギフト『超進化』によって、改造された人間のことです。別名魔族とも呼ばれる彼らは魔王の配下の中でも飛び抜けて強く、高い知能を持っています」
『魔物の比じゃない』と語り、ルーシーさんは少し表情を険しくした。
「まともに殺り合えば、こちらもそれなりの痛手を負うことになるでしょう。ただ────会議の時にも説明しましたが、四人ともまだ完全ではありません。つまり、まだ成長途中ということ。魔王が世界の滅亡を先延ばしにしてきたのも、配下の成長を待っていたからです」
「なるほど……それで、ここ数十年はなりを潜めてきたのか」
納得したように頷いた兄は、自身の顎を撫でる。
────と、ここでリエート卿が手を挙げた。
「じゃあ、十年前の襲撃は何だったんだ?」
クライン公爵家の一件を話題に出し、リエート卿は『何のためにあんなことを?』と尋ねる。
確かに四天王の成長を待ってから仕掛けるのであれば、わざわざ騒ぎを起こす必要はない。
戦力を蓄えるという意味でも、静かにしているのが最善だろう。
「あれは恐らく────魔王健在の意思表示と牽制、それから小手調べかと思います。数十年の間に、人類も色々変わってきていると思うので」
恐らく魔王の性格を一番理解しているであろうルーシーさんの返答に、リエート卿は顔を歪める。
「……俺達はそんなつまらない事情に巻き込まれたのかよ」
当時の光景を思い出しているのか、リエート卿は眉間に深い皺を刻んだ。
明らかに納得いかない様子の彼を前に、兄は一つ息を吐く。
「まあ、結果的に全員無事だったんだから良かっただろ」
「……そうだな。リディアやニクスのおかげで、魔物を見事一網打尽に出来たし」
『あれは魔王もビビっただろ』とポジティブに捉え、リエート卿は楽しげに笑った。
すっかりいつもの調子に戻った彼を他所に、ルーシーさんはポカンとしている。
「えっ……えっ?リディアも行ったの?」
「あっ、はい。転移魔法を使えるのが、私しか居なかったもので」
「あぁ、それで……なるほど……リエートは……」
ブツブツと独り言を零し、ルーシーさんは大きな溜め息をついた。
かと思えば、呆れたような……でも、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「貴方って、本当にフラグを折る天才ね」
「えっ?」
「何でもない。それより、本題へ戻りましょ」
ヒラヒラと手を振ってクライン公爵家の話題を流し、ルーシーさんは本格的に話し合いを始める。
議題は言うまでもなく、学園内に居る四天王をどう倒すかについて。
そこでちょっと一悶着あったものの、概ねルーシーさんの言い分が通り、作戦会議は幕を下ろした。
今度は生徒会のお仕事か。お兄様達は本当に大忙しね。
間髪容れずに書類の決裁や資料の作成を始めた三人に、私は一先ずお茶を出す。
『ありがとう』と言って受け取る彼らに笑顔で頷き、私は鞄を持って退室した。
というのも、ルーシーさんに呼び出されているため。
一応、兄達の許可は貰っている。というか、ルーシーさんがもぎ取った。
『ちょっとくらい、息抜きしたっていいじゃない』と。
ここ最近のルーシーさんの頑張りは、お兄様達も知っているから断れなかったんでしょうね。
それに『こちらからアクションを起こさない限り、当分の間は安全』とまで、言われたら……ね?
押し黙るしかなかった兄達の様子を思い出し、私は『直ぐに戻りますから』と心の中で言う。
────と、ここで校舎裏の土手に辿り着いた。
「お待たせしました、ルーシーさん」
既に待ち構えていた彼女へ声を掛け、私は素早く結界を展開する。
また、先日と同じ要領で姿も隠した。
まあ、もう夕方なので人通りは少ないと思うが。
でも、念には念を入れておかないと。
「お隣失礼しますね」
「うん」
まだこの距離感に慣れないのか、ルーシーさんはちょっと照れ臭そうだが、嫌がる素振りはない。
なので、私は遠慮なく隣に腰を下ろした。
と同時に、結界に包んでおいたチョコも広げる。
夕食前だと小腹が空くと思って。
『食べ過ぎには注意しないと』と考えつつ、チョコを一粒手に取る。
「それで、お話というのは?」
もうすぐ日暮れということもあり早速質問を投げ掛けると、ルーシーさんは少し表情を強ばらせた。
かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。
「その前に、クライン公爵家の一件をもっと詳しく説明してくれる?」
「ええ、構いませんよ」
チョコを飲み込んでからコクリと頷き、私は当時の状況を出来るだけ細かく話した。
と言っても、十年も前のことなので記憶はちょっとおぼろげだが。
「なるほどね。首都に来てからクライン公爵家の一件を聞いて、シナリオが変わったのは知っていたけど、そういう風に改変されていたんだ」
「改変、と言いますと……本来は違う展開になる筈だったんですか?」
「うん、そう。本当はね────」
そこで一度言葉を切ると、ルーシーさんはとても悲しそうな表情を浮かべた。
「────あの一件で、クライン公爵家の直系はリエートだけになる筈だったの」
「!!」
『公爵夫妻と小公爵は死ぬ予定だった』と説明され、私は衝撃を受ける。
でも、確かに私が動かなければ……リエート卿と兄をクライン公爵家に連れて行かなければ、全滅も有り得る事態だったため、あっさり腑に落ちた。
『あのとき、勇気を出して本当に良かった』と安堵する中、ルーシーさんは言葉を続ける。
「ゲームのシナリオでは、こう説明されていた。魔物の大群がクライン公爵家を襲い、そのときたまたま不在だった次男だけ助かった、と」
『領民も合わせて、ほとんど助からなかった』と語り、ルーシーさんは手元に視線を落とした。
「このことをキッカケに、リエートは聖騎士を辞めてクライン公爵家の当主になるんだけど……まるで、人が変わったように暗くなったんだって。多分、家族の死を受け止めきれなかったんだと思う」
膝の上に置いた手を強く握り締め、ルーシーさんはクシャリと顔を歪める。
溢れる感情を抑え切れないようだ。
「それでアントス学園に入学する頃には、口数も笑顔もすっかり減って……魔王を討つことだけが、生き甲斐になるんだ」
『ヒロインを好きになった後も、それは変わらない』と言い、ふと顔を上げた。
ルーシーさんは涙で潤んだ桜色の瞳に様々な感情を滲ませ、力なく笑う。
「ゲームをプレイしていた当初は、『そういう影のあるイケメンよき~』なんて思っていたけど……私、不謹慎だったよね。実際にリエートを目の当たりにすると、そんなの微塵も思えないよ。ただただ、『みんな無事で良かったね』としか……」
申し訳なさそうに身を縮め、ルーシーさんはポリポリと頬を掻いた。
過去の自分を恥じているのか、ちょっと気まずそうである。
「それで、まあ何が言いたいかというと……」
そろそろと視線を上げ、ルーシーさんは控えめにこちらを見つめた。
かと思えば、居住まいを正す。
『いきなり畏まって、どうしたんだろう?』と疑問に思う私の前で、彼女は────
「リディア、ありがとう。リエートを救ってくれて。一ヲタクとして、めっちゃ感謝している」
────と、お礼を述べた。
『やっぱ、推しには幸せでいてほしいからさ』と主張する彼女は、明るく笑う。
リエート卿の不幸を変えられた事実に、歓喜しながら。
「い、いえ……!私はそんな大したこと……」
「はいはい、謙遜しない。むしろ胸を張りなさいよ、フラグクラッシャー」
喜んでいいのか分からない二つ名を私につけ、ルーシーさんは目を細める。
心底楽しそうに。
そう言って、ルーシーさんは一本指を立てた。
「四天王とは────魔王の持つギフト『超進化』によって、改造された人間のことです。別名魔族とも呼ばれる彼らは魔王の配下の中でも飛び抜けて強く、高い知能を持っています」
『魔物の比じゃない』と語り、ルーシーさんは少し表情を険しくした。
「まともに殺り合えば、こちらもそれなりの痛手を負うことになるでしょう。ただ────会議の時にも説明しましたが、四人ともまだ完全ではありません。つまり、まだ成長途中ということ。魔王が世界の滅亡を先延ばしにしてきたのも、配下の成長を待っていたからです」
「なるほど……それで、ここ数十年はなりを潜めてきたのか」
納得したように頷いた兄は、自身の顎を撫でる。
────と、ここでリエート卿が手を挙げた。
「じゃあ、十年前の襲撃は何だったんだ?」
クライン公爵家の一件を話題に出し、リエート卿は『何のためにあんなことを?』と尋ねる。
確かに四天王の成長を待ってから仕掛けるのであれば、わざわざ騒ぎを起こす必要はない。
戦力を蓄えるという意味でも、静かにしているのが最善だろう。
「あれは恐らく────魔王健在の意思表示と牽制、それから小手調べかと思います。数十年の間に、人類も色々変わってきていると思うので」
恐らく魔王の性格を一番理解しているであろうルーシーさんの返答に、リエート卿は顔を歪める。
「……俺達はそんなつまらない事情に巻き込まれたのかよ」
当時の光景を思い出しているのか、リエート卿は眉間に深い皺を刻んだ。
明らかに納得いかない様子の彼を前に、兄は一つ息を吐く。
「まあ、結果的に全員無事だったんだから良かっただろ」
「……そうだな。リディアやニクスのおかげで、魔物を見事一網打尽に出来たし」
『あれは魔王もビビっただろ』とポジティブに捉え、リエート卿は楽しげに笑った。
すっかりいつもの調子に戻った彼を他所に、ルーシーさんはポカンとしている。
「えっ……えっ?リディアも行ったの?」
「あっ、はい。転移魔法を使えるのが、私しか居なかったもので」
「あぁ、それで……なるほど……リエートは……」
ブツブツと独り言を零し、ルーシーさんは大きな溜め息をついた。
かと思えば、呆れたような……でも、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「貴方って、本当にフラグを折る天才ね」
「えっ?」
「何でもない。それより、本題へ戻りましょ」
ヒラヒラと手を振ってクライン公爵家の話題を流し、ルーシーさんは本格的に話し合いを始める。
議題は言うまでもなく、学園内に居る四天王をどう倒すかについて。
そこでちょっと一悶着あったものの、概ねルーシーさんの言い分が通り、作戦会議は幕を下ろした。
今度は生徒会のお仕事か。お兄様達は本当に大忙しね。
間髪容れずに書類の決裁や資料の作成を始めた三人に、私は一先ずお茶を出す。
『ありがとう』と言って受け取る彼らに笑顔で頷き、私は鞄を持って退室した。
というのも、ルーシーさんに呼び出されているため。
一応、兄達の許可は貰っている。というか、ルーシーさんがもぎ取った。
『ちょっとくらい、息抜きしたっていいじゃない』と。
ここ最近のルーシーさんの頑張りは、お兄様達も知っているから断れなかったんでしょうね。
それに『こちらからアクションを起こさない限り、当分の間は安全』とまで、言われたら……ね?
押し黙るしかなかった兄達の様子を思い出し、私は『直ぐに戻りますから』と心の中で言う。
────と、ここで校舎裏の土手に辿り着いた。
「お待たせしました、ルーシーさん」
既に待ち構えていた彼女へ声を掛け、私は素早く結界を展開する。
また、先日と同じ要領で姿も隠した。
まあ、もう夕方なので人通りは少ないと思うが。
でも、念には念を入れておかないと。
「お隣失礼しますね」
「うん」
まだこの距離感に慣れないのか、ルーシーさんはちょっと照れ臭そうだが、嫌がる素振りはない。
なので、私は遠慮なく隣に腰を下ろした。
と同時に、結界に包んでおいたチョコも広げる。
夕食前だと小腹が空くと思って。
『食べ過ぎには注意しないと』と考えつつ、チョコを一粒手に取る。
「それで、お話というのは?」
もうすぐ日暮れということもあり早速質問を投げ掛けると、ルーシーさんは少し表情を強ばらせた。
かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。
「その前に、クライン公爵家の一件をもっと詳しく説明してくれる?」
「ええ、構いませんよ」
チョコを飲み込んでからコクリと頷き、私は当時の状況を出来るだけ細かく話した。
と言っても、十年も前のことなので記憶はちょっとおぼろげだが。
「なるほどね。首都に来てからクライン公爵家の一件を聞いて、シナリオが変わったのは知っていたけど、そういう風に改変されていたんだ」
「改変、と言いますと……本来は違う展開になる筈だったんですか?」
「うん、そう。本当はね────」
そこで一度言葉を切ると、ルーシーさんはとても悲しそうな表情を浮かべた。
「────あの一件で、クライン公爵家の直系はリエートだけになる筈だったの」
「!!」
『公爵夫妻と小公爵は死ぬ予定だった』と説明され、私は衝撃を受ける。
でも、確かに私が動かなければ……リエート卿と兄をクライン公爵家に連れて行かなければ、全滅も有り得る事態だったため、あっさり腑に落ちた。
『あのとき、勇気を出して本当に良かった』と安堵する中、ルーシーさんは言葉を続ける。
「ゲームのシナリオでは、こう説明されていた。魔物の大群がクライン公爵家を襲い、そのときたまたま不在だった次男だけ助かった、と」
『領民も合わせて、ほとんど助からなかった』と語り、ルーシーさんは手元に視線を落とした。
「このことをキッカケに、リエートは聖騎士を辞めてクライン公爵家の当主になるんだけど……まるで、人が変わったように暗くなったんだって。多分、家族の死を受け止めきれなかったんだと思う」
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「それでアントス学園に入学する頃には、口数も笑顔もすっかり減って……魔王を討つことだけが、生き甲斐になるんだ」
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ルーシーさんは涙で潤んだ桜色の瞳に様々な感情を滲ませ、力なく笑う。
「ゲームをプレイしていた当初は、『そういう影のあるイケメンよき~』なんて思っていたけど……私、不謹慎だったよね。実際にリエートを目の当たりにすると、そんなの微塵も思えないよ。ただただ、『みんな無事で良かったね』としか……」
申し訳なさそうに身を縮め、ルーシーさんはポリポリと頬を掻いた。
過去の自分を恥じているのか、ちょっと気まずそうである。
「それで、まあ何が言いたいかというと……」
そろそろと視線を上げ、ルーシーさんは控えめにこちらを見つめた。
かと思えば、居住まいを正す。
『いきなり畏まって、どうしたんだろう?』と疑問に思う私の前で、彼女は────
「リディア、ありがとう。リエートを救ってくれて。一ヲタクとして、めっちゃ感謝している」
────と、お礼を述べた。
『やっぱ、推しには幸せでいてほしいからさ』と主張する彼女は、明るく笑う。
リエート卿の不幸を変えられた事実に、歓喜しながら。
「い、いえ……!私はそんな大したこと……」
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