お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第二章

釈然としない

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「あの……申し訳ありませんが、詳しい説明をお願いしてもいいですか?正直、訳が分からなくて」

 何故、ペンキのことを予期していたのか。これも何かのフラグなのか。

 様々な疑問が脳裏を駆け巡り、私は困惑を露わにする。
『大体、どうしてそんなに冷静なの……?』と戸惑っていると、ルーシーさんは一つ息を吐いた。

「端的に言うと、本来受ける筈だった嫌がらせを事故の一環として受けているの」

「……えっ?」

「ほら、シナリオではヒロインいじめられているでしょ?だから、その補填的な?」

 『私も最近、気がついたんだけどね』と述べつつ、ルーシーさんは腕を組む。
と同時に、指先で顎を撫でた。

「これは私個人の見解だけど────イベントやフラグの時期と状況を変えることは出来ても、消滅は出来ないんだと思う。ある程度、シナリオの力は働いているんじゃないかな。少なくとも、私には」

 『貴方は何故か全く影響を受けてないけど』と肩を竦め、苦笑いする。

「まあ、とりあえずそういう訳だからブレスレットの運搬はよろしく」

「それは、はい。もちろん。でも、なんというか……釈然としないです」

 『どうして、ルーシーさんだけ』と不満に思う私に、彼女はスッと目を細めた。
ちょっと嬉しそうに。

「でも、悪いことばかりじゃないよ。このおかげで、学園祭当日の不安は多少和らいでいるし」

 『シナリオの力が働く=イベントが成立する』と捉えているのか、ルーシーさんは鼻歌を歌う。
ちょっと楽観的な気もするが、あまりグチグチ言ってもしょうがないので私は何も言わなかった。
『シナリオの力を阻害する方法を知っている訳じゃないし』と嘆息する中、ルーシーさんは歩を進める。

「ねぇ、あの二人って今どこに……きゃっ!?」

 ふとこちらを振り返ったルーシーさんは、見事階段を踏み外した。
これもシナリオの力によるものなのか、それとも単なるドジなのかは分からないが、とにかくピンチである。

「ルーシーさん……!」

 反射的に彼女の名前を叫び、私は風魔法を展開した。
生身じゃとても間に合わないし、今は両手が塞がっているから。
『ルーシーさんの体を傷つけないように』と注意しつつ風力を調整し、一旦彼女を跳ね飛ばす。
そう、トランポリンのように。

 焦っちゃダメよ、私。
まずはルーシーさんの体勢を整えないと。
着地はそれから。

 リエート卿ほど風の扱いが上手くない私は、『少しずつ高度を落としていって、ルーシーさん自身に着地を』と考える。
それが一番安全で、確実だから。

「ルーシーさん、落ち着いて着地体勢に……」

「────こんなところで、何をやっているんだ?」

 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は勢いよく後ろを振り返った。
すると、そこには兄の姿が。
なんなら、リエート卿まで一緒に居る。
『助かった!』と安堵する私は、慌てて彼らの手を引っ張った。

「実はルーシーさんが階段から、落ちてしまって……!とりあえず上に避難してもらったのですが、見ての通り着地が……!」

「あー、それであんな格好に」

 『それは災難だったな』と言い、リエート卿はポンポンと私の背中を叩いた。

「もう大丈夫だから、安心しろ。ここから先は俺に任せておけ。よく頑張ったな」

 ニッと笑って一歩前に出るリエート卿は、下から何かを掬い上げるようにして手を動かす。
すると、柔らかい風が巻き起こり、ルーシーさんの体を包み込んだ。
かと思えば、ゆっくり……本当にゆっくり階段の踊り場へ降ろす。

 あれはクライン公爵家に転移した際、使っていたものね。
エレベーターみたいに安全で、驚いた記憶があるわ。

 無事に着地したルーシーさんを見下ろし、私はホッと胸を撫で下ろす。
『やっぱり、リエート卿の風魔法は素晴らしいな』と思いながら。

「ありがとうございます、リエート卿」

「助かりました」

「おう。無事で良かったぜ」

 グッと親指を立てて応じるリエート卿に、私とルーシーさんは笑顔を向けた。
和気あいあいとした雰囲気がこの場に流れる中、兄が声を上げる。

「それより、どこに行くつもりだったんだ?良かったら、送っていくぞ。またドジを踏まれても、面倒だからな」

「いや、もう事故りませんって!」

 『私の信用なさすぎ!』と嘆き、ルーシーさんは口先を尖らせた。
不満を露わにする彼女の前で、私は急いで間に入る。
言い合いにでも、発展したら困るため。

「いえ、私達はお兄様達を探していて……えっと、だから送ってもらう必要はありませんわ」

 『今、会えましたし』と語る私に、兄とリエート卿は首を傾げる。

「僕達に何か用か?」

「あっ!もしかして、宝石のことか?」

 『やっぱ、足りなかった?』と苦笑し、リエート卿は頬を掻く。
今にも追加発注を掛けそうな彼を前に、私とルーシーさんは首を横に振った。

「いえ、そういうことではなくて」

「ブレスレットを作り過ぎちゃったから、二人にプレゼントしようと思ったんです。材料を揃えてくれたお礼ということで」

 『良かったら貰ってください』と述べるルーシーさんに、私はコクコクと頷く。
そして、二人に袋を渡した。

「えっ?いいのか?俺らが貰っちゃって」

「はい」

「私達の手には余る代物なので」

「売るなり、あげるなり好きにしろと言ったのに」

 『全く……』と呆れつつも、兄は少し嬉しそうだ。
リエート卿も、若干目を輝かせている。

「ありがとな。すげぇ嬉しい」

「まあ、せっかくだから貰っておいてやる」

「おいおい、そこは素直に喜べよ」

「はっ?お前のように鼻の下を伸ばせ、と?」

「えっ!?俺、今そんな表情かおしてんの!?」

 ショックを受けた様子で仰け反り、リエート卿は『嘘だろ!?』と叫んだ。
と同時に、両腕で顔を隠す。

「だらしない顔をリディアに見られたくねぇ……」

「もう手遅れだろ」

「なんっ……!?」

 ギョッとしたように目を剥き、リエート卿は後ずさった。
かと思えば、こちらに背を向けて俯く。
『ガーン』という効果音が聞こえてきそうなほど落ち込んでいる彼を他所に、兄はこちらへ向き直った。

「とりあえず、二人ともその……ありがとう。大事に使う」

「うん、どういたしまして」

「こちらこそ、材料を提供していただきありがとうございました」

 ペコリと頭を下げ、私は再度感謝の意を表した。
ルーシーさんも釣られたようにお辞儀し、お礼を言う。

「それじゃあ、私達はこれで」

「生徒会のお仕事、頑張ってくださいね。また何かお手伝い出来ることがあれば、遠慮なく声を掛けてください」

 『いつでも大歓迎ですから』と言い、私はルーシーさんと共にこの場を後にした。
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