お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第三章

憑依の説明

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「先に結論から、申し上げます。私は────リディア・ルース・グレンジャーではありません」

 自身の胸元に手を添え、私はハッキリと断言した。
すると、両親はハッと息を呑み……苦しげに顔を歪める。
『そうじゃないと信じたかった』と狼狽える彼らを前に、ノクターン皇帝陛下はそっと眉尻を下げた。
何となく予想はしていたのか、彼にあまり驚いた様子はない。
ただ、悲しそうに……どこか哀れむように両親を見つめているだけ。

「信じられないかもしれませんが、私は元々別の世界で暮らしておりました。でも、ある日命を落とし、気づいたら当時六歳のリディアになっていたのです」

 俄かには信じ難い話を語り、母の手元にある箱へ目を向けた。

「その証拠となるかどうかは分かりませんが、本物のリディアより頂いた手紙を持っています」

「「「!?」」」

 ガバッと勢いよく顔を上げ、周囲の者達はこちらを凝視した。
『本当か!?』と視線だけで訴え掛けてくる彼らを前に、私は小さく頷く。

「手紙はその箱に入っています。どうぞ、中を確認してみてください」

 そう言って鍵を差し出すと、母は震える手で受け取った。
緊張した面持ちで鍵を見下ろし、ゴクリと喉を鳴らす。
恐る恐る箱を開け、中を確認する彼女は慎重にゆっくりと本物のリディア直筆の手紙を取り出した。

「もう十年も前のものなので多少古くなってはいるでしょうが、大事に保管してきたため文字は読める筈です。お辛くなければ、読んであげてください」

 リディアの最後の想いや言葉を知ってほしくて……私は手紙をあらためるよう促す、
すると、両親は黙って頷き、封筒から一枚の便箋を取り出した。
折り畳まれたソレを丁寧に広げ、文面へ視線を落とす。
と同時に、母は泣き崩れた。
父も辛そうな顔をしているが、皆にも内容を伝えるため口を開く。

「私の体に憑依、してしまった方へ……突然このような事態に巻き込んでしまい、ごめんなさい。でも、もう限界なの……全部疲れた。だから、貴方に私の体をあげる……好きに使ってくれて構わない、わ。ただ、一つだけ……可能であれば、色んな人に愛される人へなってほしい……っ!」

 これでもかというほど顔を歪め、父は目に涙を浮かべた。
最後まで読むことが出来ない父に代わって、今度はノクターン皇帝陛下が言葉を紡ぐ。

「私はどう頑張っても、そういう人になれなかったから……貴方の第二の人生が、幸福で溢れていることを願うわ。リディア・ルース・グレンジャーより」

「「「……」」」

 悲願とも言えるリディアの未練を知り、彼らは一様に黙り込んだ。
シーンと静まり返る周囲を他所に、私は自身の手のひらを見つめる。

「私はリディアの『色んな人に愛される人へなってほしい』という文章を、『自分が・・・愛されるようになりたい』と解釈しました。なので、正体は明かさずに過ごしてきましたが……途中からは、『この居場所を失いたくない』という想いもあって……正直、独りよがりでした」

 『憑依した時点で全て明かすべきだった』と語り、私はグッと手を握り締めた。
己の過ちを自覚しながら居住まいを正し、今一度頭を下げる。

「皆さん、今まで本当に申し訳ございませんでした。決して許されないことをした、と自覚しております。どのような処罰も、甘んじて受け入れる覚悟です」

 『償うためなら何でもする』という意志を見せる私に、ノクターン皇帝陛下はスッと目を細めた。
かと思えば、スルリと自身の顎を撫でる。

「まず、これだけは宣言しておこう────貴殿に司法による裁きを与えることは出来ない」

「!?」

「正直、これでは証拠不十分だからね。現状、今の君が本物のリディア嬢じゃないことを証明出来る手立てはない訳だし。何より、この文面を見る限り君は巻き込まれた被害者だ。それをどうして、責められる?」

 『お門違いもいいところだ』と肩を竦め、ノクターン皇帝陛下は少しばかり場の空気を軽くしてくれた。
ホッとしたように息を吐き出すルーシーさんやレーヴェン殿下を他所に、彼は肩の力を抜く。

「とにかく、私から何か言うことはない。あとは当人達次第だ」

 『ここから先は気持ちの問題だ』と言ってのけ、ノクターン皇帝陛下は黙り込む両親を見つめた。
思い詰めたような表情で手紙を眺める彼らの姿に、一つ息を吐く。
────と、ここでルーシーさんが手を挙げた。

「あの、私からも罪の告白がありまして……よろしいでしょうか?」

 緊張したような……でも、どこか凛とした顔つきでルーシーさんは発言許可を求めた。
すると、ノクターン皇帝陛下は困惑を示すものの……一先ず話の先を促す。
聞いてみないことには何も分からない、と判断したのだろう。
『ありがとうございます』と言って席を立つルーシーさんは、一度深呼吸してから顔を上げた。

「実は────私も同じく、前世持ちなんです」

「「「!?」」」

「リディアと違って憑依ではなく転生ですけど、今まで黙っていてすみません」

 ペコリと頭を下げ、謝意を示すルーシーさんは実に淡々とした様子だった。
言い淀んだり、躊躇ったりする素振りは一切ない。
『私のためにかなりの覚悟を決めてきてくれたのね』と目頭が熱くなる中、彼女は真っ直ぐに前を見据える。

「で、ここからが本題なんですが────私の未来予知は全て前世から得た知識によるものです。なので、正確に言うと予知ではないというか……話せば、長くなるんですけど」

「構わない。詳しく話してくれ」

「はい」

 『元々そのつもりだった』とでも言うように頷き、ルーシーさんは少し手を広げた。

「では、この世界を知った経緯からお話しますね。まず、前世には恋愛シュミレーションゲームなるものがありまして────」

 乙女ゲームの説明からシナリオや分岐ルートのことまで、ルーシーさんは事細かに話してくれた。
羞恥心を必死に抑えながら……。

 よく考えてみると、『貴方と運命の恋を』の説明ってある意味地獄よね。
しかも、攻略対象者である三人を前にしているから内心かなり気まずい筈。

 『私もお手伝い出来たら良かったのだけど』と申し訳なく思う中、ルーシーさんは粗方説明を終えた。
すると、リエート卿が真っ先に声を上げる。

「えーっと、つまり俺達と疑似恋愛するゲームの内容から未来を予知……じゃなくて、知っていたって訳か?」

「端的に言うと、そうですね……」

「あっ、一応私も同じゲームを持っていました。プレイする前に亡くなってしまったので、内容は把握しておりませんが」

 『ルーシーさんだけに恥ずかしい思いはさせない』と奮起し、私は会話に割って入った。
どうにかしてルーシーさんの負担を減らそうと画策していると、レーヴェン殿下が目を細める。

「ふ~ん?ちなみに二人は誰に恋をしていたんだい?」
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