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第三章
魔王ハデスの願い
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「昨日の最終打ち合わせでも話しましたが、私達のやるべきことは────魔王の封印です」
あらゆるものを封印出来る聖なる杖を眺め、麻由里さんは凛とした表情を浮かべた。
「便宜上討伐と言ってきましたが、魔王は『不老不死』のギフトを持っているため倒せません。だから、完全に身動きを封じてこの世から消えたことにします」
『ゲームでもそうだったし』と補足しつつ、麻由里さんは真っ直ぐ前を見据える。
「ただ、魔王を封印するには瀕死状態に追い込まなければなりません。下手に抵抗されると、厄介なので」
封印にも色々制約や条件があるらしく、麻由里さんは難しい顔つきでこちらを振り返った。
「ここから先はとにかく、力のぶつかり合いになります。全力で魔王を叩き潰してください」
「「「了解」」」
即座に首を縦に振った私達は、各々の役割を果たすため動き出す。
まずレーヴェン殿下はここら一帯に魔力を流し、ギフト『千里眼』の発動条件を整え、兄はギフト『絶対命中』を発動させる。
これはその名の通り、どんな攻撃も必ず対象に当たるというものだ。
ただし、使用時間は限られているため使い時を見極めないといけない。
今回は出し惜しみなしと言われているので、使用に踏み切ったのだろう。
なら、私もギフトを使おうかな?
四つあるギフトを脳内で思い浮かべる中、兄は冷気を圧縮した矢を放つ。
それも、二十本近く。
『あれって、触れるだけ凍りつく代物じゃなかった?』と考えていると、矢は見事魔王に命中。
一瞬にして、氷像と化した────だが、しかし……
「まあ、悪くなかったよ」
魔王は身じろぎ一つで氷を割った。
刺さった矢を慣れた様子で引き抜き、ポタポタと赤い血を流す。
それを見て、私は思わず動揺してしまった。
少なからず、相手を傷つけることには分かっていたのに……。
ドクンッと激しく脈打つ心臓を前に、私は深呼吸する。
『ちゃんとして』と自分に言い聞かせながら。
「それにしても、妙だね……全く反撃してこないなんて」
絶え間なく続く兄の攻撃と受け身の魔王を見比べ、レーヴェン殿下は頭を捻った。
「『千里眼』で三百六十度あらゆる方向から、動向を監視しているけど、今のところ攻撃する素振りはない。『心眼』も同様だ」
────心眼とは、レーヴェン殿下の持つもう一つのギフトで、人の感情を色で見分けられる。
つまり、戦う意欲や反撃する意思があればその前兆を感じ取れるのだ。
「あれでは、まるで────倒されるのを待っているようだ」
怪訝そうな表情で違和感を吐き出し、レーヴェン殿下は『何がどうなっているんだ?』と思い悩む。
────と、ここでリエート卿が急に後ろを振り返った。
「おい……!猫!」
言葉少なに危険を知らせ、リエート卿は剣を抜く。
が、時すでを遅し……。
学園祭で見たあの猫さんが、
「あっ……!」
麻由里さんの聖なる杖を強奪してしまった。
それも、一瞬で。
『どんなに可愛い見た目でも、魔物は魔物だものね』と考えつつ、私は急いで土魔法を放つ。
猫さんの足元だけ土を盛り上げ凸凹にし、体勢を崩そうとしたのだ。
でも、背中に生えた翼を駆使して飛来し、躱されてしまう。
『私の魔法発動スピードじゃ、捉え切れない!』と焦る中、レーヴェン殿下が蔓を生成した。
そして、猫さんの足を拘束しようとする────が、途中で矛先を変えた。
「危なかった……」
魔王の放ったであろう雷の槍を蔓で叩き落とし、レーヴェン殿下は一つ息を吐く。
『千里眼と心眼がなきゃ、対応し切れなかった』と零す彼を他所に、猫さんは魔王の元まで飛んで行った。
聖なる杖を口で咥えながら。
「ご苦労様、チェルシー」
猫さんごと膝の上に置き、魔王は聖なる杖へ手を伸ばす。
と同時に、兄とリエート卿が強力な魔法を放った。
迫り来る氷塊と風の刃を前に、魔王……ではなく、猫さんが反応する。
『シャー!』と威嚇して口から炎を放つ猫さんは、兄達の攻撃を見事相殺。
おかげで、魔王の行動を止められなかった。
「申し訳ないけど、これは────破壊させてもらう」
そう言うが早いか、魔王は手に持った聖なる杖を────握り潰す。
『なっ……!?』と声を漏らす私達の前で、彼は杖を真っ二つにした。
「う、嘘……!?伝説級のアイテムを壊すとか、アリ!?」
『チートじゃん!』と嘆く麻由里さんは、頭を抱え込んだ。
混乱状態に陥る彼女を前に、私達は顔を見合わせる。
『どうする?』と問い掛け合うように。
「……聖なる杖を破壊された時点で、僕達の計画は全て台無しになった。ここは一旦逃げるべきだろう」
『このまま戦いを続けても無意味』と言い切り、兄はこちらにゲートを開くよう要請する。
それにコクリと頷くと、彼は真っ直ぐに前を見据えた。
「離脱準備が整うまで、防御に徹しろ。死ぬ気でアカリを守れ」
魔法で氷塊を量産しながら、兄は妖精結晶を使用する。
後退するまでの時間、魔王には何もさせないつもりなのだろう。
『弾幕を張って牽制するつもりなんだ』と悟る中、魔王は夜に染まった瞳を怪しく細めた。
「おや?いいのかい?このまま、逃げて」
「何が言いたい?」
数百に登る氷塊を魔王へ叩き込みつつ、兄は眉間に皺を寄せる。
すると、魔王はクツリと笑みを漏らした。
「君達が退いた瞬間、僕は────人間の大虐殺を行う」
「「「!?」」」
衝撃のあまり固まる私達に、魔王は淡々と告げる────残酷すぎる現実を。
「君達のせいで魔族の育成は失敗してしまったが、世界を滅ぼす手が全くない訳じゃない。少なくとも、ルーチェ帝国を破滅に追い込むくらいは出来るだろう」
「「「っ……!」」」
『そんなこと出来る訳ない!』とは、嘘でも言えず……私達は歯を食いしばった。
不老不死で、魔物をたくさん引き連れていて、聖なる杖を破壊出来る存在……そんな人物が帝国を襲ったら、一溜りもないだろう。
無論、こちらもタダでやられるつもりはないが……甚大な被害を受けるのは必須。
『どうすれば、いいの……?』と考え込む私達を前に、魔王は地面に落ちた聖なる杖の残骸を足で蹴った。
「だから、今ここで僕を伐つんだ。持てる力を全て使って、ね。君達がここに居て武力行使を続ける限り、僕は人間を襲わないと誓おう。君達も含めて、危害は加えない」
あまりにもおかしな条件を提示し、魔王は『さあ、かかっておいで』と宣う。
夜の瞳に僅かな期待を滲ませる彼の前で、麻由里さんは表情を引き締めた。
「……何故、そうまでして私達と戦おうとするの?」
誰もが抱いていた疑問を口に出し、麻由里さんはゴクリと喉を鳴らす。
緊張した様子で前を見据える彼女に対し、魔王は穏やかな笑みを向けた。
「────この人生を終わらせてほしいからさ」
一瞬の躊躇いもなくそう言い切った魔王に、私達はなんと返せばいいのか分からず……押し黙る。
彼の不可解な言動から何となくそんな気はしていたが、いざ言われてみると何とも言えない気持ちになって。
虚無感にも似た感情を抱く中、魔王はチラリと麻由里さんを見る。
「これまでも僕を倒そうとした勢力は多く居たけど、君ほど迷いのない子は居なかった。まるで全てを知っているかのように、備えていただろう?だから、君なら僕を殺せるんじゃないかと……救ってくれるんじゃないかと思ったんだ」
『君は希望の光だ』と語り、魔王はトントンと玉座の肘掛けを指で叩いた。
「なあ、本当に────封印以外、打つ手はないのかい?」
『僕をガッカリさせないでくれよ』とでも言うように問い掛け、じっと麻由里さんを見つめる。
その目はどこか淀んでいて……縋ってくるような脆さを孕んでいた。
『もう君しか居ないんだ』と切実に訴え掛けてくる彼を前に、麻由里さんは瞳を揺らす。
「……どうして、そんなに死にたいの?貴方の目的は……夢は世界の滅亡でしょう?」
『志半ばのくせに死んでいいのか』と疑問を呈する麻由里さんに、魔王はスッと目を細めた。
「僕の目的はここに転生してきた時から、変わらない────死んで楽になること。ただ、それだけだ。世界の滅亡はその手段の一つに過ぎないんだよ」
「どういうこと……?」
怪訝そうに眉を顰める麻由里さんは、意味不明だと示す。
すると、魔王はそっと目を瞑った。
「じゃあ、少しだけ昔話をしようか────僕はね、元々世界を救う英雄だったんだよ」
あらゆるものを封印出来る聖なる杖を眺め、麻由里さんは凛とした表情を浮かべた。
「便宜上討伐と言ってきましたが、魔王は『不老不死』のギフトを持っているため倒せません。だから、完全に身動きを封じてこの世から消えたことにします」
『ゲームでもそうだったし』と補足しつつ、麻由里さんは真っ直ぐ前を見据える。
「ただ、魔王を封印するには瀕死状態に追い込まなければなりません。下手に抵抗されると、厄介なので」
封印にも色々制約や条件があるらしく、麻由里さんは難しい顔つきでこちらを振り返った。
「ここから先はとにかく、力のぶつかり合いになります。全力で魔王を叩き潰してください」
「「「了解」」」
即座に首を縦に振った私達は、各々の役割を果たすため動き出す。
まずレーヴェン殿下はここら一帯に魔力を流し、ギフト『千里眼』の発動条件を整え、兄はギフト『絶対命中』を発動させる。
これはその名の通り、どんな攻撃も必ず対象に当たるというものだ。
ただし、使用時間は限られているため使い時を見極めないといけない。
今回は出し惜しみなしと言われているので、使用に踏み切ったのだろう。
なら、私もギフトを使おうかな?
四つあるギフトを脳内で思い浮かべる中、兄は冷気を圧縮した矢を放つ。
それも、二十本近く。
『あれって、触れるだけ凍りつく代物じゃなかった?』と考えていると、矢は見事魔王に命中。
一瞬にして、氷像と化した────だが、しかし……
「まあ、悪くなかったよ」
魔王は身じろぎ一つで氷を割った。
刺さった矢を慣れた様子で引き抜き、ポタポタと赤い血を流す。
それを見て、私は思わず動揺してしまった。
少なからず、相手を傷つけることには分かっていたのに……。
ドクンッと激しく脈打つ心臓を前に、私は深呼吸する。
『ちゃんとして』と自分に言い聞かせながら。
「それにしても、妙だね……全く反撃してこないなんて」
絶え間なく続く兄の攻撃と受け身の魔王を見比べ、レーヴェン殿下は頭を捻った。
「『千里眼』で三百六十度あらゆる方向から、動向を監視しているけど、今のところ攻撃する素振りはない。『心眼』も同様だ」
────心眼とは、レーヴェン殿下の持つもう一つのギフトで、人の感情を色で見分けられる。
つまり、戦う意欲や反撃する意思があればその前兆を感じ取れるのだ。
「あれでは、まるで────倒されるのを待っているようだ」
怪訝そうな表情で違和感を吐き出し、レーヴェン殿下は『何がどうなっているんだ?』と思い悩む。
────と、ここでリエート卿が急に後ろを振り返った。
「おい……!猫!」
言葉少なに危険を知らせ、リエート卿は剣を抜く。
が、時すでを遅し……。
学園祭で見たあの猫さんが、
「あっ……!」
麻由里さんの聖なる杖を強奪してしまった。
それも、一瞬で。
『どんなに可愛い見た目でも、魔物は魔物だものね』と考えつつ、私は急いで土魔法を放つ。
猫さんの足元だけ土を盛り上げ凸凹にし、体勢を崩そうとしたのだ。
でも、背中に生えた翼を駆使して飛来し、躱されてしまう。
『私の魔法発動スピードじゃ、捉え切れない!』と焦る中、レーヴェン殿下が蔓を生成した。
そして、猫さんの足を拘束しようとする────が、途中で矛先を変えた。
「危なかった……」
魔王の放ったであろう雷の槍を蔓で叩き落とし、レーヴェン殿下は一つ息を吐く。
『千里眼と心眼がなきゃ、対応し切れなかった』と零す彼を他所に、猫さんは魔王の元まで飛んで行った。
聖なる杖を口で咥えながら。
「ご苦労様、チェルシー」
猫さんごと膝の上に置き、魔王は聖なる杖へ手を伸ばす。
と同時に、兄とリエート卿が強力な魔法を放った。
迫り来る氷塊と風の刃を前に、魔王……ではなく、猫さんが反応する。
『シャー!』と威嚇して口から炎を放つ猫さんは、兄達の攻撃を見事相殺。
おかげで、魔王の行動を止められなかった。
「申し訳ないけど、これは────破壊させてもらう」
そう言うが早いか、魔王は手に持った聖なる杖を────握り潰す。
『なっ……!?』と声を漏らす私達の前で、彼は杖を真っ二つにした。
「う、嘘……!?伝説級のアイテムを壊すとか、アリ!?」
『チートじゃん!』と嘆く麻由里さんは、頭を抱え込んだ。
混乱状態に陥る彼女を前に、私達は顔を見合わせる。
『どうする?』と問い掛け合うように。
「……聖なる杖を破壊された時点で、僕達の計画は全て台無しになった。ここは一旦逃げるべきだろう」
『このまま戦いを続けても無意味』と言い切り、兄はこちらにゲートを開くよう要請する。
それにコクリと頷くと、彼は真っ直ぐに前を見据えた。
「離脱準備が整うまで、防御に徹しろ。死ぬ気でアカリを守れ」
魔法で氷塊を量産しながら、兄は妖精結晶を使用する。
後退するまでの時間、魔王には何もさせないつもりなのだろう。
『弾幕を張って牽制するつもりなんだ』と悟る中、魔王は夜に染まった瞳を怪しく細めた。
「おや?いいのかい?このまま、逃げて」
「何が言いたい?」
数百に登る氷塊を魔王へ叩き込みつつ、兄は眉間に皺を寄せる。
すると、魔王はクツリと笑みを漏らした。
「君達が退いた瞬間、僕は────人間の大虐殺を行う」
「「「!?」」」
衝撃のあまり固まる私達に、魔王は淡々と告げる────残酷すぎる現実を。
「君達のせいで魔族の育成は失敗してしまったが、世界を滅ぼす手が全くない訳じゃない。少なくとも、ルーチェ帝国を破滅に追い込むくらいは出来るだろう」
「「「っ……!」」」
『そんなこと出来る訳ない!』とは、嘘でも言えず……私達は歯を食いしばった。
不老不死で、魔物をたくさん引き連れていて、聖なる杖を破壊出来る存在……そんな人物が帝国を襲ったら、一溜りもないだろう。
無論、こちらもタダでやられるつもりはないが……甚大な被害を受けるのは必須。
『どうすれば、いいの……?』と考え込む私達を前に、魔王は地面に落ちた聖なる杖の残骸を足で蹴った。
「だから、今ここで僕を伐つんだ。持てる力を全て使って、ね。君達がここに居て武力行使を続ける限り、僕は人間を襲わないと誓おう。君達も含めて、危害は加えない」
あまりにもおかしな条件を提示し、魔王は『さあ、かかっておいで』と宣う。
夜の瞳に僅かな期待を滲ませる彼の前で、麻由里さんは表情を引き締めた。
「……何故、そうまでして私達と戦おうとするの?」
誰もが抱いていた疑問を口に出し、麻由里さんはゴクリと喉を鳴らす。
緊張した様子で前を見据える彼女に対し、魔王は穏やかな笑みを向けた。
「────この人生を終わらせてほしいからさ」
一瞬の躊躇いもなくそう言い切った魔王に、私達はなんと返せばいいのか分からず……押し黙る。
彼の不可解な言動から何となくそんな気はしていたが、いざ言われてみると何とも言えない気持ちになって。
虚無感にも似た感情を抱く中、魔王はチラリと麻由里さんを見る。
「これまでも僕を倒そうとした勢力は多く居たけど、君ほど迷いのない子は居なかった。まるで全てを知っているかのように、備えていただろう?だから、君なら僕を殺せるんじゃないかと……救ってくれるんじゃないかと思ったんだ」
『君は希望の光だ』と語り、魔王はトントンと玉座の肘掛けを指で叩いた。
「なあ、本当に────封印以外、打つ手はないのかい?」
『僕をガッカリさせないでくれよ』とでも言うように問い掛け、じっと麻由里さんを見つめる。
その目はどこか淀んでいて……縋ってくるような脆さを孕んでいた。
『もう君しか居ないんだ』と切実に訴え掛けてくる彼を前に、麻由里さんは瞳を揺らす。
「……どうして、そんなに死にたいの?貴方の目的は……夢は世界の滅亡でしょう?」
『志半ばのくせに死んでいいのか』と疑問を呈する麻由里さんに、魔王はスッと目を細めた。
「僕の目的はここに転生してきた時から、変わらない────死んで楽になること。ただ、それだけだ。世界の滅亡はその手段の一つに過ぎないんだよ」
「どういうこと……?」
怪訝そうに眉を顰める麻由里さんは、意味不明だと示す。
すると、魔王はそっと目を瞑った。
「じゃあ、少しだけ昔話をしようか────僕はね、元々世界を救う英雄だったんだよ」
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