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第三章
貴方の人生は
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◇◆◇◆
「これで、昔話はおしまい。どうだい?少しは僕のことを理解出来た?」
『殺してくれる気になった?』と問い、魔王は夜の瞳を細めた。
こちらの反応を窺う彼の前で、私達は顔を見合わせる。
こちらの世界の住民からすれば、とばっちりでしかないけど……魔王の立場になって考えてみると、世界を滅ぼしてでも解放されたいと願ってしまうのも分かる気がする。
とはいえ、これまでの行いを肯定するつもりはない。
アガレスの件も、魔物による大虐殺の件も決して許されるようなものじゃないから。
ギュッと胸元を握り締め、私は善悪だけじゃ割り切れない事情に眉尻を下げた。
『どうすればいいの……?』と自問しつつ、自分の使える魔法やギフトを思い浮かべる。
────と、ここで魔王が席を立った。
「どんな方法でもいい。僕を殺してくれ。そうすれば、この世に平和は訪れる」
「……平穏に生きる、という選択肢はないのですか?」
『死ぬことでしか安息を得られないのか?』と問い、私はじっと夜の瞳を見つめる。
出来ることなら、誰にも死んでほしくないから。
ここまで拗れてしまった以上、手を取り合って生きていくのは無理かもしれない。
でも、互いの領域を犯さずにそれぞれの人生を歩むことは出来るんじゃないか。
「英雄でも魔王でもない、ただのハデスとして生きていくことは……」
「君は本当に綺麗事が好きだね。本物のリディア・ルース・グレンジャーとは、大違いだ」
『あの子はもっと現実的だった』と語り、魔王は一瞬にして目の前まで来る。
「まるで、昔の僕を見ているようだよ。理想ばかり追い求めて、現実を見ようとしない」
私を通して過去の自分を見ているのか、魔王は顔色を曇らせた。
自己嫌悪とも自己憐憫とも捉えられる表情を浮かべ俯く彼に、私は
「でも、貴方はその理想を叶えられたんですよね?だから、英雄と讃えられていたのでしょう?」
と、問い掛ける。
すると、魔王はフッと笑みを漏らした。
「英雄?自分の望み一つ叶えられないのに?」
夜の瞳に虚無感を滲ませ、魔王は額を手を当てる。
「僕ほど無力で、無様で、情けないやつは居ないよ。いくら大勢の人々を助けられても、自分一人幸せに出来ないならそれは……」
「────貴方の人生はただ疲れるだけのものだったんですか?」
自分の功績を、軌跡を、日々を全て否定しようとする魔王に、私は堪らず言葉を投げ掛けてしまった。
最後まで言わせてはいけない気がして。
「家族や友人、恋人などの大切な人は居なかったんですか?」
危険だと分かっていながら一歩踏み出し、私は下から覗き込むようにして魔王を見つめる。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
「安らぎや幸せを感じる瞬間は、一瞬たりともなかったのですか?」
「そんなことは……」
迷いながらも首を横に振ろうとする彼は、ハッとしたように固まる。
きっと、自分でも気づかなかった本心が出てきて衝撃を受けているのだろう。
ゆらゆらと瞳を揺らす彼の前で、私はまた一歩前へ出た。
『アカリ……!』と咎めるように名前を呼ぶ兄達を他所に、私は言葉を紡ぐ。
「貴方は本当に無力で、無様で、情けない方だったのですか?」
「っ……」
言葉に詰まって何も言えなくなる魔王に、私は表情を和らげる。
『まだ希望はあるかもしれない』と思いながら。
でも、きっと最後の一押しは……私じゃダメ。
ちゃんと彼を知っている人じゃないと。
『これ以上、魔王の心に踏み込めない』と考え、私はそっと妖精結晶のブレスレットを握った。
と同時に────ギフト『嘆きの亡霊』を発動する。
これは一時的にあの世とこの世を繋げることが出来るギフトで、死んだ者を呼び出せる。
ただし、相手に応じる意思がなければ現れないし、この場に居る者達と縁のある人物しか呼び出せない。
つまり、全然関係のない他国の初代皇帝などを呼び出すのは不可能ということ。
通常一人ずつしか呼び出せないんだけど、妖精結晶の効果を利用すればもっと多く呼び出せる筈。
ここら一帯に広がる霧を眺め、私は両手を組んだ。
『お願い、誰か来て』と心の底から願う中、ゆらりと霧が不自然に揺れる。
そして────
「「「ハデス……!」」」
────一気に十数人もの男女が、姿を現した。
と言っても、全員透明で実体はないけど。
「君達、どうしてここに……」
呆然とした様子で彼らを見つめ、魔王はたじろぐ。
ここに来てようやく揺らぎ始める彼に、死者達は構わず詰め寄った。
「魔王って、どういうことだよ!?何でそんな選択をしたんだ!」
「疲れたから休みたい気持ちは、分かるわ!でも、やっていい事と悪い事があるでしょう!」
「大体、そんなに悩んでいるなら相談してよ!私達、仲間じゃないの!?」
「どうして、いつも一人で溜め込むんだ!俺達はお前にとって、頼りない存在なのか!?」
「えっと……」
四方八方からお叱りを受ける魔王は、オロオロと視線をさまよわせる。
さすがの彼も、かつての仲間や友人に説教されるのは堪えるらしい。
「ぼ、僕は……」
「私達と過ごした時間は苦痛だった?」
少し悲しそうな表情を浮かべ、茶髪の美女は魔王の頬に手を添える。
と言っても、透明なので実際には触れていないだろうが。
でも、何となく温もりは感じられている筈。
「確かに世界を救うために、私達はあらゆるものを諦めてきたけど……私は貴方と過ごせて、幸せだったよ。楽しかった」
「同じく。たとえ、あの頃に戻って違う人生を集めたとしても、俺はお前達との旅を選ぶ」
「まあ、何度も世界を救って疲弊し切ったハデスと俺達じゃ、訳が違うかもしれないけど……でも、何度繰り返されてもこの選択は変わらない」
「ハデス、もし私達と同じ気持ちなら死ぬのは考え直してくれない?」
『お願いよ』と述べる茶髪の美女に、魔王は顔を歪める。
迷いを露わにしながら俯き、ギュッと手を握り締めた。
「でも、僕はもう疲れたんだ……」
「ねぇ、ハデス。よく考えてみて。この世界で魔王たる貴方を除いて、脅威となる存在は居る?」
幼子に話し掛けるような口調で優しく問い、茶髪の女性はスッと目を細める。
と同時に、赤髪の美丈夫が横から身を乗り出した。
「この世界にお前が救わないといけない存在は、居ない。つまり、神々は英雄になることを求めてここに転生させた訳じゃないんだ」
「恐らく、貴方を休ませるためにここへ連れて来たんじゃないかしら?だって────それほどの力を持っていながら、試練や苦難は特になかったでしょう?」
「!」
驚いたように目を剥き、魔王は慌てて顔を上げた。
『まさか……』と目を白黒させる彼の前で、緑髪の美男子は穏やかに微笑む。
「基本、大きな力には大きな責任が伴う。そのため、正しく力を使えるよう神々は敢えて試練を用意するんだ。俺達だって、幾度となく壁とぶつかり、その度乗り越えてきた。でも、今回だけは違うだろう?」
「貴方が死を望んで魔王となったことで降り掛かった災難はたくさんあるでしょうけど、それ以外に困難はあった?」
「……なかっ、た。ギフト複数持ちで持て囃されることはあったけど、別に何も強制されなかったし……」
震える手で口元を押さえ、魔王は数歩後ろへ下がった。
今回の転生への認識が間違っていたかもしれないと気づき、動揺を隠し切れないのだろう。
────と、ここでリエート卿が口を開く。
「これまで色んな神託が下されてきたけど、魔王関連のものは一つもなかった。教皇聖下や大司教が集い、集団で祈祷を行ってもだ。頑として、神々は動かなかった」
「!?」
聖騎士としてあらゆる記録や書物を閲覧出来るリエート卿の証言に、魔王は更なる衝撃を受ける。
『じゃあ、本当に……』と狼狽える彼の前で、リエート卿は前髪を掻き上げた。
「今、考えてみると神々はお前を庇っていたのかもな」
「っ……!」
神の慈悲を勘違いしていたことが明確になり、魔王は胸元を握り締めた。
『僕の願いを切り捨てた訳じゃなかったんだ……』と嘆き、下を向く。
「でも……だからって、こんな……永遠なんて、酷すぎる……」
「これで、昔話はおしまい。どうだい?少しは僕のことを理解出来た?」
『殺してくれる気になった?』と問い、魔王は夜の瞳を細めた。
こちらの反応を窺う彼の前で、私達は顔を見合わせる。
こちらの世界の住民からすれば、とばっちりでしかないけど……魔王の立場になって考えてみると、世界を滅ぼしてでも解放されたいと願ってしまうのも分かる気がする。
とはいえ、これまでの行いを肯定するつもりはない。
アガレスの件も、魔物による大虐殺の件も決して許されるようなものじゃないから。
ギュッと胸元を握り締め、私は善悪だけじゃ割り切れない事情に眉尻を下げた。
『どうすればいいの……?』と自問しつつ、自分の使える魔法やギフトを思い浮かべる。
────と、ここで魔王が席を立った。
「どんな方法でもいい。僕を殺してくれ。そうすれば、この世に平和は訪れる」
「……平穏に生きる、という選択肢はないのですか?」
『死ぬことでしか安息を得られないのか?』と問い、私はじっと夜の瞳を見つめる。
出来ることなら、誰にも死んでほしくないから。
ここまで拗れてしまった以上、手を取り合って生きていくのは無理かもしれない。
でも、互いの領域を犯さずにそれぞれの人生を歩むことは出来るんじゃないか。
「英雄でも魔王でもない、ただのハデスとして生きていくことは……」
「君は本当に綺麗事が好きだね。本物のリディア・ルース・グレンジャーとは、大違いだ」
『あの子はもっと現実的だった』と語り、魔王は一瞬にして目の前まで来る。
「まるで、昔の僕を見ているようだよ。理想ばかり追い求めて、現実を見ようとしない」
私を通して過去の自分を見ているのか、魔王は顔色を曇らせた。
自己嫌悪とも自己憐憫とも捉えられる表情を浮かべ俯く彼に、私は
「でも、貴方はその理想を叶えられたんですよね?だから、英雄と讃えられていたのでしょう?」
と、問い掛ける。
すると、魔王はフッと笑みを漏らした。
「英雄?自分の望み一つ叶えられないのに?」
夜の瞳に虚無感を滲ませ、魔王は額を手を当てる。
「僕ほど無力で、無様で、情けないやつは居ないよ。いくら大勢の人々を助けられても、自分一人幸せに出来ないならそれは……」
「────貴方の人生はただ疲れるだけのものだったんですか?」
自分の功績を、軌跡を、日々を全て否定しようとする魔王に、私は堪らず言葉を投げ掛けてしまった。
最後まで言わせてはいけない気がして。
「家族や友人、恋人などの大切な人は居なかったんですか?」
危険だと分かっていながら一歩踏み出し、私は下から覗き込むようにして魔王を見つめる。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
「安らぎや幸せを感じる瞬間は、一瞬たりともなかったのですか?」
「そんなことは……」
迷いながらも首を横に振ろうとする彼は、ハッとしたように固まる。
きっと、自分でも気づかなかった本心が出てきて衝撃を受けているのだろう。
ゆらゆらと瞳を揺らす彼の前で、私はまた一歩前へ出た。
『アカリ……!』と咎めるように名前を呼ぶ兄達を他所に、私は言葉を紡ぐ。
「貴方は本当に無力で、無様で、情けない方だったのですか?」
「っ……」
言葉に詰まって何も言えなくなる魔王に、私は表情を和らげる。
『まだ希望はあるかもしれない』と思いながら。
でも、きっと最後の一押しは……私じゃダメ。
ちゃんと彼を知っている人じゃないと。
『これ以上、魔王の心に踏み込めない』と考え、私はそっと妖精結晶のブレスレットを握った。
と同時に────ギフト『嘆きの亡霊』を発動する。
これは一時的にあの世とこの世を繋げることが出来るギフトで、死んだ者を呼び出せる。
ただし、相手に応じる意思がなければ現れないし、この場に居る者達と縁のある人物しか呼び出せない。
つまり、全然関係のない他国の初代皇帝などを呼び出すのは不可能ということ。
通常一人ずつしか呼び出せないんだけど、妖精結晶の効果を利用すればもっと多く呼び出せる筈。
ここら一帯に広がる霧を眺め、私は両手を組んだ。
『お願い、誰か来て』と心の底から願う中、ゆらりと霧が不自然に揺れる。
そして────
「「「ハデス……!」」」
────一気に十数人もの男女が、姿を現した。
と言っても、全員透明で実体はないけど。
「君達、どうしてここに……」
呆然とした様子で彼らを見つめ、魔王はたじろぐ。
ここに来てようやく揺らぎ始める彼に、死者達は構わず詰め寄った。
「魔王って、どういうことだよ!?何でそんな選択をしたんだ!」
「疲れたから休みたい気持ちは、分かるわ!でも、やっていい事と悪い事があるでしょう!」
「大体、そんなに悩んでいるなら相談してよ!私達、仲間じゃないの!?」
「どうして、いつも一人で溜め込むんだ!俺達はお前にとって、頼りない存在なのか!?」
「えっと……」
四方八方からお叱りを受ける魔王は、オロオロと視線をさまよわせる。
さすがの彼も、かつての仲間や友人に説教されるのは堪えるらしい。
「ぼ、僕は……」
「私達と過ごした時間は苦痛だった?」
少し悲しそうな表情を浮かべ、茶髪の美女は魔王の頬に手を添える。
と言っても、透明なので実際には触れていないだろうが。
でも、何となく温もりは感じられている筈。
「確かに世界を救うために、私達はあらゆるものを諦めてきたけど……私は貴方と過ごせて、幸せだったよ。楽しかった」
「同じく。たとえ、あの頃に戻って違う人生を集めたとしても、俺はお前達との旅を選ぶ」
「まあ、何度も世界を救って疲弊し切ったハデスと俺達じゃ、訳が違うかもしれないけど……でも、何度繰り返されてもこの選択は変わらない」
「ハデス、もし私達と同じ気持ちなら死ぬのは考え直してくれない?」
『お願いよ』と述べる茶髪の美女に、魔王は顔を歪める。
迷いを露わにしながら俯き、ギュッと手を握り締めた。
「でも、僕はもう疲れたんだ……」
「ねぇ、ハデス。よく考えてみて。この世界で魔王たる貴方を除いて、脅威となる存在は居る?」
幼子に話し掛けるような口調で優しく問い、茶髪の女性はスッと目を細める。
と同時に、赤髪の美丈夫が横から身を乗り出した。
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「恐らく、貴方を休ませるためにここへ連れて来たんじゃないかしら?だって────それほどの力を持っていながら、試練や苦難は特になかったでしょう?」
「!」
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「基本、大きな力には大きな責任が伴う。そのため、正しく力を使えるよう神々は敢えて試練を用意するんだ。俺達だって、幾度となく壁とぶつかり、その度乗り越えてきた。でも、今回だけは違うだろう?」
「貴方が死を望んで魔王となったことで降り掛かった災難はたくさんあるでしょうけど、それ以外に困難はあった?」
「……なかっ、た。ギフト複数持ちで持て囃されることはあったけど、別に何も強制されなかったし……」
震える手で口元を押さえ、魔王は数歩後ろへ下がった。
今回の転生への認識が間違っていたかもしれないと気づき、動揺を隠し切れないのだろう。
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「!?」
聖騎士としてあらゆる記録や書物を閲覧出来るリエート卿の証言に、魔王は更なる衝撃を受ける。
『じゃあ、本当に……』と狼狽える彼の前で、リエート卿は前髪を掻き上げた。
「今、考えてみると神々はお前を庇っていたのかもな」
「っ……!」
神の慈悲を勘違いしていたことが明確になり、魔王は胸元を握り締めた。
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