51 / 109
50
しおりを挟む
「その目。魔のものは魔を引き寄せる。隠しきれないその右目です」
不黒文は藍色の眼帯をなぞる、女神が睨み見透かしたその右目を。
「少し便利な程度の目に見えるが? ふふふ、生徒たちもこのスペシャルな姿をイカしていると」
「不黒文、これはそういった話ではありません」
「ふっふ、分かっている。だが私自身はっきりと分からないことの方が多いとは──いえるな?」
もう長年付き合いつづけ、己の一部でないとおかしいほどに染まっているこの目、この色。
その灰色に潜む何が己の罪であるのかを、不黒文は分からない。女神の言う罪がおそらく漠然とは分かっているが、きっとそれを深くは分からないだろう。
記憶の奥底に眠るヤツと自分の犯した罪を知っているが、その罪の名までは知らない。永遠にも思えるほどに長い地下へとつづく階段を下りていった……あの日以来、知ろうとはしなかった。
いたずらに時を重ね生きていても核心になる部分は、この目に何一つ見えて来なかった。とても近くてとても遠い、いつまで経っても誰も迎えには来ない置き去りにされた感覚だった。
彼女は、やがてその右目に蓋をした。青春を穢したその灰色の記憶と決別するように。
不黒文は手に取っていたパン菓子の蓋を、そっと皿上にある元のクリームの上へとかぶせ、戻した。
「灰色の悪魔の目。その目はいわば悪魔の化石」
「悪魔の……化石? ふむ、ゴロゴロせず、ちゃんと見えてはいるが」
もはや身につける眼帯には意味がない。この瞳の色を見透かし知る女神には隠す必要のないものであった。
不黒文は藍色の眼帯を外した。解放された灰色の目で眺める世界に狂いはない。幻覚が見えている訳でもない、動かない硬い化石でもなく光はちゃんと宿っている。
「今はなき天魔戦乱の時代、イニシエに栄え暴の限りを尽くした強力な大悪魔族はその滅び干からびた体の一部でさえも、底知れない魔力を今もなお秘めていると言われています」
「そこまでの圧倒的なチカラは感じないがな。生徒たちと比べると多少魔力がオート回復しやすいらしいが、それが恩恵ということか。それに身につけたこの魔力量は、私の実力の方も少なくとも半分はあることだろう。ふふ」
「はい、それは持つものの意志と体質ポテンシャルによって得られる魔力とチカラの限りは違うそんな底知れない代物です。同じくそれを手にした〝クリアクレア〟は、あなたよりもその目を限りなく同化させ使いこなしています。そうでないと考えられない成り上がりの速さ。今は大悪魔と名乗り、魔界のある一帯を支配しているという噂も……遠い遠い私の耳にも届きうるところです。大悪魔──クリアクレアは」
「そんな名前をしたヤツはまったく知らないが、どこか似たような語感のヤツならば……埃まみれの卒業アルバムでもめくり返せば、思い出すかもしれないな」
「悪魔に魅入られてしまったものはもはや別人です。たとえどれだけ良いように想像と解釈をしても、元のような清い人間ではもうありません。普通のものではない。普通の人間が、大悪魔になるまで適し悪の芽が育つことはありえないのです」
「ありえない……そうだな、あの時の私はちょうどそんなことを思っていたな。だがそいつが何者になったとて、やはり私にはあまり関係のないことだ。そんなヤツのことはとうに、顔、カタチ、好きな曲や食べ物まで、忘れてしまったことだからな。お偉い一国の校長先生ともなると、今は生徒たちの世話の方が」
「いいえ、あるのです。あなたが忘れようとしても拭いきれないあなたの罪として」
「結局この私に何が言いたい?」
「ええ、あなたという存在が現世に決していてはいけない明確な理由があります。その悪魔の右目はクリアクレアの左目といくら一方が存在を抹消し忘れていようが、妖しい繋がりをもっている。右目と左目、両目を一人に使わずにわざわざ分けられ置き去りにした──それがどういう意味を持つか分かりますか? 彼女が何を狙っているか、何を考えているのかが……そう、分かるはずがないのです。悪魔の考えることなど」
「分かるはずがない……か……確かに私にヤツと共にするこの灰色の青春の繋がりと、存在するだけの罪があるとして、あるとしてもだ。この今の青き尊きを謳歌する不黒の生徒たち、不黒の学校自体が、こんな知らない赤空の下に晒され濁らされ巻き込まれてしまうのは、いただけないぞ? 何らかのそれ以上の意思が介入していようとも、リアクションが大袈裟すぎるというものだ」
見上げる緑の葉は、天に染まる赤を隠しとおせない。ブク高の校舎は相変わらず赤く濁った妖しい色合いの空の下に存在している。もういくら待ってもあの青に晴れることはない。そんな隔離された昼も夜も曖昧な不条理な小さなセカイである。
天を見上げた不黒文は両腕をひろげながら、首を傾げた。いったい誰の仕業であるのかを、隣の黒髪の女神に問いかけるように。
「それもあなたが集めてしまったことなのです。やはり魔は魔を惹き寄せる。あなたは知らずその目で多くの子たちの才能を見抜き、この場所に集めた」
問われた女神は毅然としている。いくら話せど最後はやはりその目に帰結する。発端は灰色のその目であるのだというスタンスを崩さない。
そして、不黒文がトップに居座るこの不黒高校そのものが、彼女と同じ罪を背負っているとでも女神は言いたげであった。
不黒文は藍色の眼帯をなぞる、女神が睨み見透かしたその右目を。
「少し便利な程度の目に見えるが? ふふふ、生徒たちもこのスペシャルな姿をイカしていると」
「不黒文、これはそういった話ではありません」
「ふっふ、分かっている。だが私自身はっきりと分からないことの方が多いとは──いえるな?」
もう長年付き合いつづけ、己の一部でないとおかしいほどに染まっているこの目、この色。
その灰色に潜む何が己の罪であるのかを、不黒文は分からない。女神の言う罪がおそらく漠然とは分かっているが、きっとそれを深くは分からないだろう。
記憶の奥底に眠るヤツと自分の犯した罪を知っているが、その罪の名までは知らない。永遠にも思えるほどに長い地下へとつづく階段を下りていった……あの日以来、知ろうとはしなかった。
いたずらに時を重ね生きていても核心になる部分は、この目に何一つ見えて来なかった。とても近くてとても遠い、いつまで経っても誰も迎えには来ない置き去りにされた感覚だった。
彼女は、やがてその右目に蓋をした。青春を穢したその灰色の記憶と決別するように。
不黒文は手に取っていたパン菓子の蓋を、そっと皿上にある元のクリームの上へとかぶせ、戻した。
「灰色の悪魔の目。その目はいわば悪魔の化石」
「悪魔の……化石? ふむ、ゴロゴロせず、ちゃんと見えてはいるが」
もはや身につける眼帯には意味がない。この瞳の色を見透かし知る女神には隠す必要のないものであった。
不黒文は藍色の眼帯を外した。解放された灰色の目で眺める世界に狂いはない。幻覚が見えている訳でもない、動かない硬い化石でもなく光はちゃんと宿っている。
「今はなき天魔戦乱の時代、イニシエに栄え暴の限りを尽くした強力な大悪魔族はその滅び干からびた体の一部でさえも、底知れない魔力を今もなお秘めていると言われています」
「そこまでの圧倒的なチカラは感じないがな。生徒たちと比べると多少魔力がオート回復しやすいらしいが、それが恩恵ということか。それに身につけたこの魔力量は、私の実力の方も少なくとも半分はあることだろう。ふふ」
「はい、それは持つものの意志と体質ポテンシャルによって得られる魔力とチカラの限りは違うそんな底知れない代物です。同じくそれを手にした〝クリアクレア〟は、あなたよりもその目を限りなく同化させ使いこなしています。そうでないと考えられない成り上がりの速さ。今は大悪魔と名乗り、魔界のある一帯を支配しているという噂も……遠い遠い私の耳にも届きうるところです。大悪魔──クリアクレアは」
「そんな名前をしたヤツはまったく知らないが、どこか似たような語感のヤツならば……埃まみれの卒業アルバムでもめくり返せば、思い出すかもしれないな」
「悪魔に魅入られてしまったものはもはや別人です。たとえどれだけ良いように想像と解釈をしても、元のような清い人間ではもうありません。普通のものではない。普通の人間が、大悪魔になるまで適し悪の芽が育つことはありえないのです」
「ありえない……そうだな、あの時の私はちょうどそんなことを思っていたな。だがそいつが何者になったとて、やはり私にはあまり関係のないことだ。そんなヤツのことはとうに、顔、カタチ、好きな曲や食べ物まで、忘れてしまったことだからな。お偉い一国の校長先生ともなると、今は生徒たちの世話の方が」
「いいえ、あるのです。あなたが忘れようとしても拭いきれないあなたの罪として」
「結局この私に何が言いたい?」
「ええ、あなたという存在が現世に決していてはいけない明確な理由があります。その悪魔の右目はクリアクレアの左目といくら一方が存在を抹消し忘れていようが、妖しい繋がりをもっている。右目と左目、両目を一人に使わずにわざわざ分けられ置き去りにした──それがどういう意味を持つか分かりますか? 彼女が何を狙っているか、何を考えているのかが……そう、分かるはずがないのです。悪魔の考えることなど」
「分かるはずがない……か……確かに私にヤツと共にするこの灰色の青春の繋がりと、存在するだけの罪があるとして、あるとしてもだ。この今の青き尊きを謳歌する不黒の生徒たち、不黒の学校自体が、こんな知らない赤空の下に晒され濁らされ巻き込まれてしまうのは、いただけないぞ? 何らかのそれ以上の意思が介入していようとも、リアクションが大袈裟すぎるというものだ」
見上げる緑の葉は、天に染まる赤を隠しとおせない。ブク高の校舎は相変わらず赤く濁った妖しい色合いの空の下に存在している。もういくら待ってもあの青に晴れることはない。そんな隔離された昼も夜も曖昧な不条理な小さなセカイである。
天を見上げた不黒文は両腕をひろげながら、首を傾げた。いったい誰の仕業であるのかを、隣の黒髪の女神に問いかけるように。
「それもあなたが集めてしまったことなのです。やはり魔は魔を惹き寄せる。あなたは知らずその目で多くの子たちの才能を見抜き、この場所に集めた」
問われた女神は毅然としている。いくら話せど最後はやはりその目に帰結する。発端は灰色のその目であるのだというスタンスを崩さない。
そして、不黒文がトップに居座るこの不黒高校そのものが、彼女と同じ罪を背負っているとでも女神は言いたげであった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
憧れのお姉さんは淫らな家庭教師
馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。
女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる