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茶人として茶を点てる練習と、ダンジョンで手に入れた新たな茶器の厳選や鑑賞、それと茶室を常に綺麗にしておくこと。
これらも勿論大事であるが、もうひとつ、異国の血をひく水野サーガが日課にしていることがある。
それは侘びでも寂びでもない、【波綿岩死】の心である。
【波綿岩死】の心とは、甲賀流忍術における真の心の構え方であり秘術である。心の庭を集中想像し創造する、己と向き合い己を高める。そんな精神面に重点を置いた術であり、これを会得し高めれば、たとえ岩を投げ込まれようと、荒波が立とうと、動じることのない〝真の心〟を得ることができるという。
ただ受動的に忍ぶだけではない、広い心を創ることこそが波綿岩死の肝であり極意である。
畳の上に正座する水野サーガ。目を瞑りひとり集中する彼女の心の庭は────ゼラニウム。言わずと知れたスウェーデン人の愛する花だ。
一面に広がる赤ピンクのグラデーションを成すゼラニウムが、サーガのまわりに生き生きと咲いている。
毎日一輪、何も無かった殺風景なその庭にゼラニウムを咲かせること。それがサーガが日々繰り返してきた想像の賜物であり、今では赤くキレイな花畑となった安らげる心の庭だ。
そんな赤い赤い顔ぶれを眺めていると、いけないとは思いつつも、つい彼女は自慢げになってしまう。
波綿岩死の精神修行を彼と共にしていたことを思い出してしまう。素直に褒めてくれたあの時の感情が蘇るのは、いけないことだろうか。
本来は誰にも見せることのない精神の庭、一人で続けて来た鍛錬の成果を褒められるのはやはり嬉しいものだ。
彼はまだこの修行法に慣れずおぼつかないながらも、筋は良い。きっと、このゼラニウムの花畑に勝るものを、彼も己の精神の庭に築き上げてしまうことだろう。
ならば追いつかれないように自分も一層頑張る、それもまた良いのでは?
ふと、そんなことを意地悪にも思ってしまった。
サーガが、長々と甘い物思いに耽ていると──
そのとき、突然、一陣の風が吹いた。
「黒い……花?」
ゼラニウムではない。赤いあかい……アカにまぎれた……黒い真珠のような花が一輪。
静かに驚いたサーガは、ついつい見知らぬ〝その花〟を手に取ってしまった。
「mysigなんと心地良い……かほり……」
思わず花弁に鼻先を寄せた、その黒い花はとてもとてもいい香りがした。そして同時に「たった一輪で良い」──そんな当たり前のことにも気づけないのかと、その黒い花に言われた気がしてしまった。
まだ鼻をくすぐり漂う黒い花の香りに、思いもよらぬ教えを学び、その鮮烈な衝撃にサーガはハッとした。
その瞬間──。庭に咲き誇っていた一面の赤が、黒い風に飛ばされ一斉に散り散りになった。
ようやく心の庭から醒めたサーガは、手に摘んだ虚空の一輪を嗅ぐ。名残惜しそうにするも、もうその黒い花は一片たりともそこにはなかった。
やがて、正座する畳の上から立ち上がり、後ろを振り返るも、茶室には誰もいなかった。静けさの中で独り、サーガは溜めていた息を吐いた────。
これらも勿論大事であるが、もうひとつ、異国の血をひく水野サーガが日課にしていることがある。
それは侘びでも寂びでもない、【波綿岩死】の心である。
【波綿岩死】の心とは、甲賀流忍術における真の心の構え方であり秘術である。心の庭を集中想像し創造する、己と向き合い己を高める。そんな精神面に重点を置いた術であり、これを会得し高めれば、たとえ岩を投げ込まれようと、荒波が立とうと、動じることのない〝真の心〟を得ることができるという。
ただ受動的に忍ぶだけではない、広い心を創ることこそが波綿岩死の肝であり極意である。
畳の上に正座する水野サーガ。目を瞑りひとり集中する彼女の心の庭は────ゼラニウム。言わずと知れたスウェーデン人の愛する花だ。
一面に広がる赤ピンクのグラデーションを成すゼラニウムが、サーガのまわりに生き生きと咲いている。
毎日一輪、何も無かった殺風景なその庭にゼラニウムを咲かせること。それがサーガが日々繰り返してきた想像の賜物であり、今では赤くキレイな花畑となった安らげる心の庭だ。
そんな赤い赤い顔ぶれを眺めていると、いけないとは思いつつも、つい彼女は自慢げになってしまう。
波綿岩死の精神修行を彼と共にしていたことを思い出してしまう。素直に褒めてくれたあの時の感情が蘇るのは、いけないことだろうか。
本来は誰にも見せることのない精神の庭、一人で続けて来た鍛錬の成果を褒められるのはやはり嬉しいものだ。
彼はまだこの修行法に慣れずおぼつかないながらも、筋は良い。きっと、このゼラニウムの花畑に勝るものを、彼も己の精神の庭に築き上げてしまうことだろう。
ならば追いつかれないように自分も一層頑張る、それもまた良いのでは?
ふと、そんなことを意地悪にも思ってしまった。
サーガが、長々と甘い物思いに耽ていると──
そのとき、突然、一陣の風が吹いた。
「黒い……花?」
ゼラニウムではない。赤いあかい……アカにまぎれた……黒い真珠のような花が一輪。
静かに驚いたサーガは、ついつい見知らぬ〝その花〟を手に取ってしまった。
「mysigなんと心地良い……かほり……」
思わず花弁に鼻先を寄せた、その黒い花はとてもとてもいい香りがした。そして同時に「たった一輪で良い」──そんな当たり前のことにも気づけないのかと、その黒い花に言われた気がしてしまった。
まだ鼻をくすぐり漂う黒い花の香りに、思いもよらぬ教えを学び、その鮮烈な衝撃にサーガはハッとした。
その瞬間──。庭に咲き誇っていた一面の赤が、黒い風に飛ばされ一斉に散り散りになった。
ようやく心の庭から醒めたサーガは、手に摘んだ虚空の一輪を嗅ぐ。名残惜しそうにするも、もうその黒い花は一片たりともそこにはなかった。
やがて、正座する畳の上から立ち上がり、後ろを振り返るも、茶室には誰もいなかった。静けさの中で独り、サーガは溜めていた息を吐いた────。
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